87 千尋の華麗なる日常③
千尋と萌の母、鈴音を誘拐した特殊部隊とそれを派遣した国にお仕置きをして2週間ほど経った。
幸いなことに、鈴音は車に押し込まれる際薬を盛られ、そこから助け出すまでずっと眠りっ放しだった。怪我もなく、変なトラウマもない。目覚めた鈴音が口にしたのは「あら? お買い物、どうしたかしら?」とその日の夕飯の心配であった。
某国の軍事拠点が1時間もかからずに潰された事実は、同じような事を計画していた他国への十分な牽制となった。千尋が「国を消し去ることくらい造作もない」と発言した事も伝わり、その真偽を確かめようとするヤンチャな国は今のところなかった。
そうこうしているうちに、探索者協会東羽台支部・黒沢副支部長から連絡があり、千尋と萌は防衛省の幹部から呼び出しを受けた。
「あー、それって断っちゃダメですか?」
「……断ってもいいけど、悪い話じゃないと思うわよ? なんか探索者支給金も増額するような話だったし」
「行きます」
面倒臭い事この上ないが、お金が掛かっているなら話は別である。千尋がダンジョンを探していたそもそもの動機はお金なのだ。
そして3日後。姉妹と鈴音、黒沢の4人は都内某所に招かれた。姉妹は高級飲食店での会食をおおいに期待していたのだが、訪れたのは何の変哲もないビルの応接室。テンションだだ下がりである。
「本庄千尋さん、本庄萌さん、ご足労いただきありがとうございます」
ソファの対面に座った、40代半ばくらいの男性が口を開く。紺色のスーツに髪をビシッと固め、銀縁の眼鏡を掛けている。その隣には30代前半くらいの同じくスーツ姿の女性がいた。
男性に促されてソファに座る。別の女性が人数分の温かい緑茶を出してくれた。
「今日お越しいただいたのは、国防に関してお二人にご相談があるためです」
まあ防衛省だからそうだろうな、とは思っていた。
「2週間ほど前、某国の軍事施設が何者かによって破壊されたのですが……これについて我々はどうこう言うつもりはありません」
この言い方、バレてるな。千尋は心臓がバクバクしてきた。
「先ず確認したいのですが、お二人は日本からどこか別の国に移住する予定などがありますか?」
意外な質問だ。そんな事は考えた事がなかった。
「移住する予定もそんな気も今のところはありません。旅行ぐらいは行くかもですけど」
「そうですか。それは良かった」
男性と女性があからさまにほっとした顔になる。
「実は、我が国の利益を考えた際、お二人が国外に行かれると非常にマズいのです……マグリスタルは勿論ですが、お二人が居るというだけで、他国からは我が国が強大な戦力を持っていると見做されます」
これは……ダンジョンの外で力が使えるのもバレてら。
「しかしながら、国の戦力に数えられるのをお二人は良しとしないでしょう」
「そうですね。もし日本が他国を武力で侵略するなんて事になったら、私達はすぐにこの国を離れます」
他の国が勝手に勘違いするのは構わないが、戦争に利用されるなど以ての外だ。
「も、もちろん理解しています。我々の望みは、お二人がこの先も日本に住んで下さることです。それで、探索者支給金とは別に防衛費から予算を組み、『特別防衛協力費』としてお二人に毎年一定額をお支払いする事が決まりました」
防衛協力費……何ともフワッとしたネーミングである。
「それで、どれくらいの協力費にするか上に掛け合うために、デモンストレーションをして頂きたいのです」
「分かりました」
そこでようやく、男性と女性が名刺を出した。男性は牧島司、女性は赤石祥子、とあった。防衛省職員であること以外、詳細については書いていない。
牧島氏によれば、第二次世界大戦当時、爆撃訓練で使われていた無人島が千葉沖にあるらしい。周囲3キロの岩礁で、デモンストレーション当日は半径50キロの海域を立ち入り禁止にしていると言う。千尋が攻撃し、萌は解説をする、という事で決まった。
そして2日後。自衛隊の双発輸送ヘリ、CH-47JAチヌークに、防衛省の牧島と赤石、探索者協会から黒沢、そして萌が搭乗していた。千尋は飛行スキルを使ってヘリの横を飛んでいる。
上空5000メートル付近には、無人偵察機「スキャンイーグル2」を飛ばしていた。ヘリにも観測機器を積んでいるが、別角度から検証するためである。もちろん、誤解が生じないよう姉妹には告知済みであった。
『千尋さん、間もなくポイントに到着します』
『了解です……見えました。あの白っぽい所ですか?』
『そうです』
パイロットと牧島、萌、それに千尋はヘッドセットで会話が出来るようにしている。
『おい!? あれは何だ!』
パイロットの焦ったような声が耳に届いた。パイロットが言う「あれ」は竜だった。
『はっ!? あんな生物、見た事ないぞ!?』
『……えーっと、あれお姉ちゃんが擬態した竜です』
『竜……ドラゴンか!』
『異世界で見た竜そっくりなので……たぶん、お姉ちゃんなりのサービスのつもりだと思います』
『……サービス』
『……サービスです』
ヘイロンの姿に擬態した千尋は、竜なのに何故かドヤ顔に見えた。
『お姉ちゃん、聞こえますかー?』
『聞こえてます、どうぞー』
『竜じゃなくていいそうです、どうぞー』
『…………ちょっとよく聞こえません、どうぞ』
絶対聞こえてるくせに……萌がブツブツ言うと、1分も経たないうちに千尋が擬態を解除した。
『……そろそろ目標が近いので攻撃のGOサインをお願いします、どうぞ』
『萌さん、我々はどれくらい距離を取れば良いですか?』
『えー……お姉ちゃん、どれくらい離れればいい?』
『せっかくだから近くで見てもらおうかな? ヘリを絶界で包むから』
『絶界って黒いんじゃないの?』
『透明にも出来るよー』
個人的な趣味で黒くしていただけだった。その方がカッコイイと思ったので。
『お姉ちゃんもああ言ってるので、島が見渡せるくらいの距離で良いと思います』
『本当に? 大丈夫ですか?』
『大丈夫ですよー、どうぞ』
牧島は顔を引き攣らせながら島に近付くようパイロットに指示を出した。島から1キロ、高度500メートル地点でホバリングする。
『千尋さん、我々は観測地点に到着、どうぞ』
自衛隊のコールサインは最後に「送れ」「終わり」と付けるが、今日は千尋と萌に合わせてくれているようだ。
『了解、絶界を展開します。ヘリを中心に半径200メートルで展開……完了。結界はヘリが動けば一緒に動くようにしていますのでご安心を、どうぞ』
『結界の展開完了、了解。それでは千尋さん、今から行う攻撃について簡単に説明をお願いします、どうぞ』
事前の打ち合わせで説明したので、これは資料用の説明だろう。今回のデモンストレーションは全て映像と音声を記録し、資料として防衛省上層部へと提出される。
『了解。今から放つのは炎属性の魔法で「炎槍・連弾」です。私が使う炎魔法の中では下から2~3番目の威力になります。込める魔力は全MPの0.1%程度です。どうぞ』
『萌さん、MPというのは何でしょう?』
『はい、簡単に言うと魔法の素です。たくさん使えば魔法の威力が上がりますが、一度に使えるMPは上限が決まっています』
『千尋さんの0.1%というのはどれくらいでしょう?』
『魔法の威力はMP以外にINT・DEXといったステータスにも左右されます。それらを総合して考えると……島は消し飛ぶかと』
『は?』
打ち合わせの時、千尋は控えめに「島が炎に包まれるくらい」と伝えていた。だが萌は確信している。島が消し飛ぶくらいならまだ良い方だと。もしかしたら新しい海溝が生まれちゃうかも知れない。
『千尋さん、ちょっと待っ――』
『ではいきますね。炎槍・連弾!』
千尋はこれでも自重してるつもりです。




