86 千尋の華麗なる日常②
SIDE:本庄千尋
12月に入り、今日も学校で話したことすらない男子から告白され、丁重にお断りして精神的な疲労を感じながらいつもの帰り道をてくてく歩いていると――。
「お姉ちゃん大変! お母さんがっ!」
丁度神社ダンジョンが左手に見える所で、萌が道の向こうから走って来た。顔に焦りが見える。
「どうしたの!?」
「お母さん、たぶん誘拐されたっ!」
「誘拐!?」
慌てる萌を落ち着かせて事情を聞いてみると、母・鈴音は夕飯の買い出しで近所のスーパーに出掛けたらしい。買い物を終えてスーパーから出て来た母の前に大型の黒いバンが止まり、一瞬その姿が見えなくなった。バンが走り去った後、母の姿も消えていた。一部始終を近所のおばちゃんが見ていて、それを萌に教えてくれたそうだ。
千尋はこういう事態を懸念していた。自分と萌は心配ないが、最も非力な母が狙われる可能性は頭にあった。
「分かった! 大丈夫、私に任せて!」
千尋は萌の手を引いてそのまま左手の神社の境内に入った。別にここに入る必要はないのだが、この場所は何となく落ち着くのだ。
萌と二人で大岩のセーフティゾーンに入ると、氏神が顔を出した。
「ど、どうしたの千尋ちゃん? 凄く怖い顔してるけど」
普段と違う千尋の様子に、氏神も何かあったと悟る。
「うーちゃん様、母が攫われたようなんです」
「なんだって!?」
こちらの世界に戻ってすぐ、千尋は緊急時に萌と母、二人の居所が分かる手段が欲しいと氏神に訴えていた。
通常のGPSによる追跡(スマホを含む)は本物の軍などが相手なら真っ先に無効化される。そう考えた千尋は、神様の加護で追跡に使えるものがないか氏神に聞いたのだった。そして千尋の目的に適う加護は確かにあった。それは血縁者の居場所がなんとなく分かるという割とふんわりとした加護だった。
「この前授けていただいた加護、早速役に立ちそうです」
「お姉ちゃん……」
「萌、心配しないで。私が絶対にお母さんを見つけるから」
千尋は目を閉じて母の姿形を強く思い描いた。しばらくすると母の居る方角がなんとなく分かる。それは現在北に向かって移動しているようだった。
「萌、取り敢えず方向は分かるから行って来るよ!」
「え、私も一緒に行く」
千尋は一瞬だけ考える。
「分かった、一緒に行こう」
「うん!」
「えっと、千尋ちゃん?」
大岩から出ようとする千尋を氏神が引き留めた。
「はい、なんでしょう?」
「あんまり派手な事はしないでね……出来るだけ」
「善処します!」
千尋の力を知っている氏神はハラハラしていた。大切な母が誘拐されたのだ。そんな愚行に及んだ者は滅んでもおかしくない。それは自業自得というものだが、巻き添えの規模が心配である。
(お願いだから手加減してね……)
千尋は萌を抱きしめたまま、飛行スキルで北に向かって飛んでいた。地上から見えないように結構な高空を飛んでいる。萌が寒くないように風障壁を張るのも忘れない。
「お姉ちゃん、ここどの辺だろう?」
「うーん、隣の県には入ってると思うけど」
誘拐事件は言うまでもなく警察の領分である。姉妹にもそれは分かっているが、警察よりも自分達の方が早く母を見つけられる事もまた分かっていた。
現在、母は移動していない。速度から考えて先程まで車で移動していたのだろう。今は停車中の車か、どこかの建物か。とにかく母の様子を確認して、その後を警察に任せるか判断するつもりである。
市街地から離れ、眼下には緑が広がる。山地に入ったようだ。千尋は自分と萌に「擬態」を使って高度を下げる。
「お姉ちゃん、見つからない?」
「大丈夫。ヘイロンの『擬態』を使ってるから、下からは見えないはず」
「すごい」
萌に褒められてちょっぴり鼻の穴が広がる千尋。
「あそこにロッジみたいなのがある」
「ほんとだ! お母さんはあそこ?」
「そうみたい」
麓から続いている山道の先、少し開けた場所に二階建ての大きなロッジがあった。建物の周囲には黒いバンやSUVが6台駐車されている。
空から見た限り、ロッジのデッキに2人、周辺の森の中に6人の男がいた。全員が黒っぽい服装でタクティカルベストを着用し、アサルトライフルで武装している。とても日本とは思えない光景だった。
千尋はロッジから500メートル以上離れた森の中に音もなく舞い降りた。
「萌、様子を探って来るからここで待ってて?」
「うん、分かった。気を付けてね」
千尋は一つ頷き、森の中を疾走する。木々の間を黒い旋風がすり抜けていくようだった。そしてロッジを目視した途端に転移する。
「隷従せよ」
デッキに居た2人の見張りに隷従魔法を掛ける。
「私の事は目に入らない。そのまま警戒を続けなさい」
「はい」
言語の加護により自動的に相手の言葉で命令した。自分に「擬態」を掛け、見張りを素通りして屋内に入る。1階には10人ほど居たが、次々に隷従魔法を掛けていく。足音を忍ばせて2階に上がると話し声が聞こえてきた。
「チヒロ・ホンジョウの動きは掴めたか?」
「いや、まだだ」
「自宅にはメッセージを残して来た」
「モエ・ホンジョウはどうだ?」
「そちらも掴めていない」
「ポリスに動きは?」
「今のところない」
母の気配を探ると、廊下の突き当りにある部屋に行き当たった。扉をそっと開けると見張りの男がこちらを凝視していた。男からは扉が勝手に開いたように見えているだろう。
「隷従せよ」
男を椅子に座らせる。母はベッドに寝かされていた。こんな状況なのに幸せそうな寝顔である。
(よかった)
千尋は眠ったままの母を横抱きにして、萌が待っている所に転移で戻った。
「お母さん!」
「大丈夫、眠ってるだけだよ」
「よかった……」
「よし、転移で家に戻ろう」
萌に掴まってもらい、直ぐに自宅アパートへ転移する。
「萌はお母さんを見ててくれる? 知らない人が来たらぶっ飛ばしていいから」
「分かった。お姉ちゃんは?」
「うん、再発防止策を講じてきます」
千尋は念の為アパートの部屋を絶界で囲み、転移で消えた。
再び山中のロッジ。母を救い出してからまだ2分くらいしか経っていない。まだ気付かれていないようで、屋内はひっそりとしている。
数人が集まっていた2階の部屋に行き、全員いっぺんに隷従魔法を掛けた。何人かに質問し、集団のリーダーを確定する。リーダーにいくつか質問した後、ロッジ周辺に「絶界」を掛けて外に出られないようにする。
ロッジから出て母の部屋に居た男以外、全員の隷従魔法を解除してから空へと飛び立った。
スマホの地図アプリで目的地を設定し、超高空を飛行する。千尋一人なので遠慮なくスピードを出すと、数秒で目的地に到着した。この辺りはすでに真夜中を回っている。
(さてと)
そこは母を攫った特殊部隊を派遣した国。その空軍基地の一つである。内陸にある小国なので空軍と陸軍しか持たない。特殊部隊のリーダーから聞き出した緯度・経度に基づいて飛んで来たので間違いない。
「火球・連弾」
5000メートルの上空で、竜の翼を広げホバリングする千尋を中心に、30個の魔法陣が現れる。
炎属性の初級魔法で、最も威力が弱い「火球」。千尋はMPを極力込めないよう意識して、それを30個放った。
滑走路と格納庫が火の海に包まれ、基地に警報が鳴り響く。
千尋は次のポイントに移動し、同じように火球を放つ。わずか30分程度の間に、空軍基地5か所、陸軍基地4か所が機能不全に陥った。
それを見届けてから、とある住宅街へ向かう。真夜中の住宅街は所々街灯がある以外、静まり返っていた。目的の家に侵入し、30代くらいの女性一人、10歳未満の男の子と女の子、合わせて3人に隷従魔法を掛け、ひとまとめに抱えて山中のロッジへと転移で戻った。
隷従魔法が解けた特殊部隊員の前に、千尋と家族3人が突然現れる。訓練された隊員達が一斉に銃を向けて来たが、リーダーの男が驚愕の声を上げる。
「フランカ!? リードとベティまで! 一体どうやって――」
千尋が擬態を解いて姿を現すとリーダーが口を噤んだ。
「お母さんを攫うってことは、自分も同じ目に遭う覚悟はあるんだよね?」
「チヒロ・ホンジョウか!? 家族に何をした!」
「それはこっちの台詞だよ……まぁお母さんはとっくに助け出したけど。あと、ご家族には何もしてないよ? ただここに連れて来ただけ。私がいつでもこう出来るって知って欲しかったからね」
千尋は淡々と説明した。特殊部隊員の母国で軍事拠点9か所を使用不能にしたこと。その気になれば、軍の上層部や国の最高責任者の家族をいつでも攫えること。
「信じなくてもいいけど、あなた達の国を消し去ることくらい造作ないよ?」
そう言ってほんの少しだけ魔力を放出する。その場にいた隊員のうち、失神しなかったのはリーダーだけだった。意図的にリーダーを避けて放出したからである。
「お望みならいつでも相手するけど、2回目からは手加減しないから。覚悟しておいてね」
そう言い残し、千尋は転移で消えるのだった。




