85 千尋の華麗なる日常①
番外編のスタートです!
ゆるりと投稿してまいります。
炎竜帝ヘイロンと分離して、無事元の世界に帰還して1週間が経った。11月に入り、秋もすっかり深まっている。
「千尋がいないことにされた」3ヵ月間は、世界が正しく修正されたことによって「千尋が普通にいた」ことになっている。
この感覚が千尋にもよく分からなかったのだが、3ヵ月の間に進んだ学校の授業など、実際には受けていないのに全て頭に入っていた。大変不思議である。
家に帰って来た日も、母の反応は「あら千尋ちゃん。おかえり」と普通であった。学校の友達(超少ない)も、千尋が3ヵ月も姿を消していたとは思えない淡白なもの。
ただ、大袈裟に騒がれたくない千尋にとっては嬉しい事であった。
なお、千尋と萌は氏神から「お詫びの品」を受け取っていた。エイシア神がやらかした事は神の間でもかなり問題になっているらしく、いつものマグリスタル(超高額)と、姉妹が知らない間に加護やスキルを山盛り与えられていた。神様の愛が重い。
千尋と萌から氏神にお願いしたのが、異世界で姉妹が仲良くなった人々に「言語の加護」を与えて欲しい、という事。これは誰にでも与える訳にいかなかったが、姉妹が名前を挙げた人々ならOKとなった。異世界間ゲートも既に起動しているし、これでいつでも異世界間交流が出来る。
11月の第二土曜日。千尋と萌は探索者協会東羽台支部にやって来た。
氏神から頂いたヤバいマグリスタルを買い取って貰うのが主な目的で、黒沢副支部長と会えたら千尋の上がり過ぎたレベルについて報告と相談をするつもりであった。
これが後に世界を揺るがす大事件に発展するなどと、姉妹は夢にも思っていなかった。
「千尋ちゃん。萌ちゃん。先日は本当にありがとうございました」
東羽台支部のロビーで黒沢あかねに出迎えられた。一応、姉妹の担当なので連絡を入れておいたのだが、毎回待ち構えているのは若干引く。
「いえ、出来る事をしただけですので」
探索者救出のお礼を言われたが、しっかりと依頼料も貰ったし、アセナと出会う事も出来た。それだけで姉妹は十分だと思っている。
「それで今日は……またヤバいマグリスタルを見つけたんですって?」
「そ、そうですね。また査定と買い取りをお願いします」
2階の買取カウンターに3人で移動し、受付で氏神から貰ったマグリスタルを出す。職員もだんだん慣れてきたのか、前ほどの騒ぎにはならなかった。
「また数日時間をもらうけど大丈夫よね?」
「はい、もちろん」
「それで……他にも話があるんでしょ?」
「はい……内密に」
応接室に誘われた千尋と萌は、黒沢にこれまでの経緯を話した。異世界のこと、神様のこと、ダンジョンの外でも力が使えること、魔王のこと……そして千尋が強制的に156までレベルを上げられたこと。
黒沢は話の途中からイヤイヤをするように首を振っていたが、レベル156の所で遂に限界が訪れた。目の焦点が合わなくなり、話し掛けても反応しなくなったのだ。
「黒沢さん……? ヒ、治癒!」
黒沢を優しい緑光が包む。
「ハッ!?」
「大丈夫ですか、黒沢さん?」
「……ええ、大丈夫。取り敢えずステータスを確認して登録しましょうか」
「はい!」
ステータスリーダーを応接室に持ち込んで確認すると、千尋のレベルは確かに「156」となっていた。
「日本最高の探索者はレベル102だったのに……50以上も上回るなんて……。ちょっと待って、これって世界最高レベルよね……?」
黒沢が呪文を唱えるかのようにブツブツと呟いていた。纏うオーラはさながら「闇」である。
千尋がステータスを開示したのは「探索者支給金」のため。毎月国から支給される金額が150万円以上増えるのだから、きちんと開示しない手はないと思った。
かくして驚愕の事実をいっぺんに知らされて茫然自失の黒沢に別れを告げ、姉妹は意気揚々と自宅に帰るのだった。
もうすぐ12月というある日。
千尋の通う中学校の体育館裏で、最近恒例となりつつある光景が繰り広げられていた。
「本庄さん、好きです! 付き合ってください!」
「ごめんなさい」
男子生徒が右手を差し出しながら告白し、千尋が素気無く断る。ここ最近毎日続いていて千尋も辟易している光景だった。
千尋は以前から小動物系の可愛らしい容姿をしていて、一部の男子から密かに想いを寄せられていたのだが、中二病発言や歯に衣着せぬ物言いのせいで近付き難い印象を与えていた。
それがステータスが爆上がりしたことで、異性を惹きつけるフェロモン的な何かがダダ漏れしているらしく、魅力に抗えなくなった男子が次々と告白して撃沈していた。
(せめて夢に向かって努力してるとか、人としての魅力がないとなぁ)
出来れば悪ふざけで飛び後ろ回し蹴りを放っても受け止めてくれるような男性が理想だが、ヘイロンのような強大なドラゴン以外では、探索者協会のビル並みに頑丈でなければ無理だろう。いや、ビルでも無理かも知れない。
自分の事をよく知りもしないのに、好きになるというのがイマイチ理解できない。まして相手の事を一つも知らずに告白をOKする訳がない。
今の千尋は強くて経済力もある。現実問題として千尋の飛び後ろ回し蹴りを受け止められる男性(人類)が居ない事は分かっているが、尊敬できる面が何かしらないと、魅力を感じないのは仕方のない事であろう。
「千尋ちゃん、モテモテだねぇ」
同級生で唯一気安く話し掛けてくれる相馬智花が、ニヤニヤしながら千尋の肩を叩いた。
「智花ちゃん……正直もう勘弁して欲しいよ……」
「男子どもがようやく千尋ちゃんの可愛さに気付いたんだよ!」
などと千尋を持ち上げる智花だが、千尋と一番仲が良い女子と周囲から認められている関係で男子から告白の仲介を頼まれたりしている。
普通はそういう役回りを嫌がるものだが、智花は元から千尋の評価が低い事を憤慨しており、正当な(?)評価となった事が嬉しく、またバカな男子達が玉砕する姿を見てすっきりするので嬉々として告白の舞台を整えていた。
兎にも角にも、千尋も学校に通っている間は中学生らしい生活を送っているのだった。
SIDE:某国諜報員
日本という国は思っていた以上に甘い。我々のような武装した特殊部隊が人知れず上陸するのがこんなに容易いとは思わなかった。
その情報を潜入工作員が掴んだのは2週間ほど前。日本である探索者が「レベル156」に到達したと言うのだ。
それまで、世界で最もレベルが高いと言われていたのが米国在住の探索者で、それでもレベル110だった。何の事前情報もなく大幅に更新したという話は俄かには信じられなかった。
我が国はダンジョン後進国。高レベル探索者は軒並み国外に流出し、資源確保が喫緊の課題になっている。上層部は、日本に突如出現した世界最高レベルの探索者を「確保する」と決定を下した。真偽の確認は確保した後で良いと言う。
いくらレベル156と言っても、ダンジョンの外ではちょっとばかり能力が上がったただの人間だ。こちらは最新鋭の武装で固めた精鋭30人。ちょっと過剰戦力ではないかと思っているが、これは失敗の許されない任務。用心はいくらしてもし過ぎることはない。
作戦は、探索者本人だけでなくその親族も一緒に拉致するというもの。親族を所謂人質に取って本国の言いなりにする。非人道的云々というのは国益の前では些事である。
全員がSIGの「MCX」サプレッサー付アサルトライフルで武装した我々は、5台のSUVと1台のミニバンに分乗し、それぞれ別のルートで目的地へ向かった。




