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84 天牙滅炎・絶界

こちらが本編の最終話になります。

 パイロンとアンヘイロンが目覚めるまで、千尋と萌は適当な場所にブルーシートを敷いてお茶していた。巻物には非常時のためにペットボトル入りの飲み物各種(緑茶・紅茶・水など)とクッキーやチョコレートを常備しているのだ。


 それを横目で見ながら、ヘイロンはわんこのようにジッと座って警戒していた。


「……ヘイロンもゆっくりしたら?」

「う、うむ? そうか?」

「ヘイロンさんも一緒にお茶しましょう!」

「な、なら遠慮なく」


 ヘイロンはあっさりと人化して姉妹の輪に加わった。千尋がペットボトルの紅茶(無糖)を渡す。萌が紙皿に盛ったクッキーやチョコレートを「どうぞ」と言ってヘイロンに差し出す。


「んん!? 何だこの黒いのは! 甘いのにほろ苦くて、口の中で溶けていくぞ!」

「いやヘイロン。あんた私の記憶共有したんだから知ってるでしょ」

「これが『異世界ジョーク』というヤツであろう?」


 んー、なんか違う。と姉妹は思ったが、面倒臭いので訂正しない。


「なぁチヒロ」

「うん?」

「これが終わったら、お主は自分の世界に帰れ」

「……うん」


 千尋はヘイロンを「絶対強者」にして、などと言っていたが、本音はヘイロンの安全確保だった。ヘイロンが「魔王」になったことが広く知られたのは千尋に責任がある。そのせいでヘイロンが全世界から狙われて、(あまつさ)えヘイロンが怪我したり死んだりしたら千尋は自分を許せなくなる。


 だがヘイロンは炎竜帝であり、以前よりも力が増した。千尋に守ってもらわなくても、自分の身くらい自分で守れる。だから千尋には心置きなく自分の世界に帰って、家族と過ごして欲しいと思っていた。


「エイシアとかいう神のせいで勝手に融合された訳だが……チヒロ、我は融合したのがお主で良かったと思う」

「……うん。私も融合したのがヘイロンで良かったよ」

「う、うぉほん!」


 千尋とヘイロンが瞳を潤ませながら握手をしている最中、萌がわざとらしく咳をした。


「お姉ちゃん、ヘイロンさん。いい感じのところ悪いんだけど、竜が目を覚ましそうだよ」


 萌の言葉で我に返り、パイロンとアンヘイロンを見ると「うぅぅ……」と呻きながら体を起こそうとしていた。ヘイロンの方を見遣り、「後は任せた」と目で訴える。ヘイロンも「うむ」と頷いた。


「……其方(そなた)はヘイロンか?」

「パイロン、久しいな」


 先に口を開いたのはパイロン。ヘイロンを見つめる薄青い瞳からは、千尋達に向けられていたような敵意が消えていた。


「パイロン! そいつと口を利くなっ」


 アンヘイロンがガバッと体を起こしパイロンを庇うように前に出た。


「アンヘイロンよ。お主がパイロンに掛けていた『隷従魔法』は解けかけているようだぞ?」

「だ、黙れ!」


 ヘイロンの記憶を共有する千尋は「あ、そういうこと」と言って納得したが、萌はよく分からず、アンヘイロンとヘイロン、パイロンを交互に見た。


「お姉ちゃん、どういうこと?」

「簡単に言うと、アンヘイロンがパイロンをずっと操ってたってことだね」


 およそ600年前。精神干渉系魔法に秀でた「闇竜」という竜種が突如出現し、その中でも特に突出した力を持っていたのが闇竜帝アンヘイロンだった。

 アンヘイロンはあらゆる生物を隷従させ、遂には他の竜種までも操ろうとし始めた。


「何でそんなことしようとしたの?」

「この世界の支配者になりたかったみたい」

「おおぅ……それこそ魔王じゃん」


 萌が呆れ顔であるが、千尋も全くその通りだと思う。

 とにかく、アンヘイロンが竜種まで操ろうとし始めたのが500年ほど前のことで、見かねたヘイロンによって討ち滅ぼされた。


「ねぇお姉ちゃん。そもそもの話なんだけど、竜って死なないの?」


 当然の疑問である。120年前に討伐された氷竜帝パイロン、500年前に倒されたアンヘイロンが何故今ピンピンしているのか。


「この世界の『竜』は魔力から生まれるの。体を覆う鱗や爪、牙は魔力が凝り固まって実体化したもので、内側は濃密な魔力体なんだよ。死んだら外側だけ残って魔力体は時間を掛けて生まれ変わるの」


 新たな竜を生み出す時には、他の竜が魔力を分け与える。それ以外は死んだ竜の魔力体が復活する。魔力を分け与える行為は自らの弱体化を招くので滅多に行われない。

 パイロンに請われてヘイロンとファンロンが魔力を込めて卵を作り出したのは、1体の竜だけで新たな竜を生み出すのは負担が大き過ぎるためだった。


「ということは、竜って不死身なの!?」

「不死身と言えば不死身だけど、そもそも竜っていうのは生物じゃないからなぁ。妖精とか精霊みたいなものって言えば分かりやすいかな?」

「なるほど」


 姉妹がお喋りしている間、竜の姿に戻ったヘイロンがアンヘイロンを押さえ付けていた。傍らのパイロンは借りてきた猫のように大人しい。


「くそっ! お前さえ居なければ!」

「お主は何をしたかったのだ?」

「……そんなの決まってるだろう? 世界の支配だよっ!」


 アンヘイロンの言葉に、姉妹がドン引きした。ヘイロンも苦い顔をしている。


(……アンヘイロンと融合されなくてマジ良かった)


 千尋はちょっぴり神に感謝した。


 魔王に相応しいのはアンヘイロンだった。しかし、自らは表に出ず、パイロンを通して帝国を操り、まずは人族の国を手中に収めようとしていた。つまり全然目立っていなかったためにエイシア神から見過ごされていた訳である。


「はぁ……。これは帝国も大変だねぇ」


 皇帝一族を根絶やしにしたので、パイロンが女帝を退けば帝国は大混乱に陥るだろう。アンヘイロンの隷従魔法が解ければ、パイロンはどうするつもりだろうか。


「……操られていたとは言え、それは私に心の隙があったからだ。国を任せられる人材を育てるまで、私が責任を持って帝国を維持する」


 そうか、とヘイロンは一言だけ口にした。恐らくヘイロンは今後パイロンに力を貸すだろうし、帝国がこれ以上他の国に手出しする事もなくなるだろう。


「これにて一件落着だね! 萌、宿に戻ってお風呂入ろう!」

「お姉ちゃん待って! アンヘイロンはどうするの?」


 敢えて目を逸らしていたのだが……。千尋はふぅ、と息を吐いた。


「ヘイロン、どうしたい?」

「うーむ……こやつは生かしておいても碌な事にならんな」

「だよねぇ」

「でも、死んでもいつか復活するんでしょ?」

「復活しないようにも出来そうだけど……更生の可能性は?」

「ないな」

「そっか。じゃあ私がやる」


 スッ、と千尋が前に出た。ヘイロンが押さえ付けていた足をどかすと、アンヘイロンはすぐに起き上がる。


「人族の小娘風情が俺をどうするって!?」

「萌、ちょっと行って来るけどすぐ帰って来るから」

「お姉ちゃん……約束だよ?」

「うん、約束!」

「おいっ!! 俺が話を――」

「黙れ」


 千尋がアンヘイロンに向かって魔力を放出する。それは物理的な圧力となってアンヘイロンを圧し潰した。


「ぐはぁっ!?」


 アンヘイロンの尻尾の先を握り、千尋が転移する。そこは目視出来るギリギリの高空。千尋は自分の体の周りに風障壁を展開した。そのまま竜の翼を出して更に上へと向かう。飛行速度は軽く音速を超え、アンヘイロンは失神した。


 間もなく大気圏を飛び出し、漆黒の宇宙空間へ到達する。障壁を纏った千尋には何の影響もないが、アンヘイロンの体は瞬時に凍り付いた。


(このまま漂流させるのも可哀想だよね……)


天牙滅炎(てんがめつえん)絶界(ぜっかい)


 黒い刀身が炎を纏い、すぐに眩い白に輝き始める。それをアンヘイロンに向かって振り上げるのと同時に、黒い結界に閉じ込めた。風魔法で作り出した膨大な空気も忘れずに結界内に注入する。

 千尋が持つ最大の火力と防御力を組み合わせた禁断の技。結界の内部は太陽と同等以上の温度となり、アンヘイロンは鱗や牙も残さず瞬時に焼き尽くされる。内側の魔力体さえも、あまりの高温によって消失した。


 絶界を解除すると一瞬だけ眩い光が溢れる。それは地上の者達には、一つの命が星に変わったように見えた。


(転移で帰れるかな?)


 千尋は宇宙空間から転移した。


「おお!? 戻れた!」

「お姉ちゃん!」

「ただいま、萌」

「お帰り、お姉ちゃん!」


 その後、正気を取り戻したパイロンをファンロンとルーロンに会わせ、事の次第を説明すると、ファンロンは「それならいいぜっ!」と軽く納得し、ルーロンはこめかみを押さえていた。

 因みにファンロンは帝国軍をほとんど殺していなかった。最初の雷撃で戦意を喪失させたらしい。


「よし、萌! 今度こそ戻ってお風呂に入ろう!」

「うん!」


 姉妹は先に「アクロアイト・ヴィラ」に戻り、ルーロン以外の女性陣を(無理矢理)誘って無事(?)お風呂に入るのだった。





 翌朝。


「チヒロ様……」


 涙目のマリーに抱き着かれる千尋。


「マリー、昨日も言ったけど、ちょくちょく遊びに来るから」

「本当ですか……?」

「もちろん! そのうち私達の世界にも招待するね」

「……はい! 楽しみに待ってますね!」


 アイラや『碧空の鷲獅子(ブルーグリフォン)』の5人、ルーロンとも別れの挨拶を交わす。


「チヒロさん、また遊びに来て下さいっす!」

「チヒロちゃん、また会いましょうね」


 ファンロンとパイロンはルビーフェルド王都メイクァートにいる。帝国軍の撤退と、メイクァート復興に向けて準備をするらしい。


「ファンロンとパイロンが『よろしく』と言っておったぞ」

「うん。私からもよろしくって伝えておいて?」

「承知した」

「ねぇヘイロン?」

「うん?」


 父親がいない千尋は、ヘイロンを父と重ねて見ていた。もっと見た目の年齢が近ければ恋愛感情を持ったかも知れない。千尋自身は全く気付いていないが。

 ヘイロンを「異性」と呼んで良いのか疑問は残るが、千尋が初めて好感を持った異性であった。


 ちょいちょい、と手を振ってヘイロンを屈ませると、千尋は背伸びしながらその頬にキスをした。


「ありがとね、ヘイロン」

「我の方こそ感謝しているぞ、チヒロ」

「まぁ、またすぐ遊びに来ると思うけど」

「いつでも来い」

「うん!」


 千尋は萌と手を繋ぎ、転移の神器を握り締める。「またね!」と笑顔を残し、瞬きの間に姉妹の姿が消えた。


(チヒロ……またな)





「千尋ちゃん! 萌ちゃんも! よく戻ったね!」


 神社ダンジョンの入口、大岩の傍で氏神(ウルスラ)が両手を広げて姉妹を出迎えた。


「うーちゃん様! ただいま戻りました!」

「戻りました!」

「うんうん! 二人とも無事で……無事で?」


 氏神は千尋を見て軽く絶句する。あのエイシア(クソ女神)、やり過ぎだろ……千尋ちゃんのステータス、中位神を超えてるじゃん……。


「「うーちゃん様?」」

「あ、あー! 何でもないよ! 二人とも無事で良かった!」

「色々お話したいんですが、今日は母の顔が見たいので……」

「も、もちろん! また時間がある時に話そうね」

「「はい!」」


 姉妹は揃ってペコリと氏神にお辞儀をして、自宅アパートに向かって駆け出した。


 空は茜色に染まりつつある。秋の夕方の風がひんやりと頬を撫でた。カンカンッ、とアパートの階段を軽快に昇り、玄関のドアノブに手を掛ける。


「お母さん! ただいまっ!」


―了―

ここまでお読み下さりありがとうございます!

このお話は、ここで一旦完結とさせていただきます。

感想、評価などお待ちしております。


少し(2週間程度)お休みをいただいてから番外編を投稿する予定です。

番外編では、人外ステータスになった千尋の後日談、忘れられている(作者も忘れかけてた)あの人のお話、異世界で仲良くなった人達との交流などを描くつもりです。

お楽しみに!

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