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83 氷竜帝と闇竜帝

「私が召喚されたのはここだよ」


 本来なら灯りがなければ真っ暗な広間だったそこは、壁の一部が大きく崩れて月明かりが差し込んでいる。

 萌によれば、広間で召喚された直後に壁を壊してそのまま飛び出したので、城の内部については分からないそうだ。


「こういうお城とかって、だいたい偉い人は上の方に居ると思うんだ」


 完全に千尋の偏見であった。王城というのはかなり大きな建築物で、用途に応じた部屋が驚くほどたくさんある。王や王妃、王太子などの居室は城と別棟になっている場合もあるし、城の高層部に偉い人がいるとは限らない。


 だが、規格外のLUC()値を持つ千尋は、本能の赴くままに行動しても良い結果に繋がる。


 広間から出てしばらくすると上階へ続く階段を見つけた。城の内部は万が一敵に侵入された場合を想定して階段を離して作ってある。それでも迷うことなく次の階段を見つけ続け、遂に最上階に到着。


「全然誰とも会わないね」

「まさか直接中に転移する奴が居るとか思ってないだろうからね。1階とか、外を警備してるんじゃない?」


 千尋は「魔力視」を発動しながら移動していたが、何かの魔道具や魔法によるものか、城の床や壁が魔力視を阻害していた。それでも迷いなくズンズン歩いていく。やがて長い廊下の突き当りに見事な彫刻が施された両開きのドアを見つけた。


「いかにもな扉だよ、お姉ちゃん」

「本当だ」


 もし、その扉の向こうに要人がいるのなら、普通は扉の前に警護の兵士がいる筈だ。


(警護がいないってことは、ハズレかな……)


「ハズレっぽいけど一応確認」


 と言いながら扉に手を掛けた瞬間、向こう側に何かが居る事に気付いた。


「萌、何かいる」

「わかった」


 萌を後ろに庇いながら、「バーン!」と扉を開けた。そこは広い会議室のような場所で、いくつかの魔道具らしき照明器具が灯されていた。奥に長い楕円形のテーブル、豪華な装飾がついた椅子が両側に6つずつあり、一番遠い上座にひと際大きな椅子が置かれている。


 そこには女性がゆったりと脚を組んで座っていた。真っ白な髪を長く伸ばし、同じ色の睫毛に縁どられた瞳は薄い青。口角が上がっているが、目は全く笑っていない。


 女性の後ろには男が立っていた。濃い金髪に茶色の瞳、艶のある毛皮をマントのように羽織っている。男の目には千尋と萌の登場を面白がっている色が浮かんでいた。


「このような所に、子供が二人。何用だ?」


 男の方が口を開いた。


「えーっと、ちょっと話をしようかなって」


 千尋がにこやかに答える。


「エメラダルグ帝国の偉い人……いや、()で合ってるよね?」


 千尋がそう尋ねた次の瞬間、白髪の女性――エメラダルグ帝国皇帝、ビアンカ=フォン=ブランサンドルが右手を軽く振った。巨大な氷の刃が二つ、千尋と萌の首を狙って放たれる。しかしそれは、姉妹の首に届く前に消失した。


「んー……話す気はない?」

「小娘。今何をした?」


 千尋も萌も、全く身動きしていない。ビアンカが放った氷の刃は、千尋が瞬間的に少しだけ放出した魔力とぶつかって消えたのだ。


「さあて、何だろうね?」


 千尋が惚けると、ビアンカから放射状に冷気が迸る。会議室の奥から凍り付いていくが、姉妹の近くまで来ると冷気が霧散する。


「この――」

「まあ待てビアンカ。俺がやろう」


 立ち上がろうとしたビアンカの肩を、後ろの男が押さえる。茶色かった瞳が灰色に濁り、千尋を見据えた。


「っ!? 俺の『隷従』も効かないのか?」


 男とビアンカの顔に焦りが見え始めた。退路を探すように視線が彷徨う。


「絶界」


 千尋の小さな呟きの後、キーンと甲高い音がした。


 絶界――ステータスが途方もなく上がったのに伴い、新たに発現した千尋のEXスキル。半径500メートルの球状に結界を展開した。内からも外からも絶対に破れない結界である。


「さあ、これでもう逃げられないよ。話をするか戦うか。好きな方を選んで?」


 千尋の言葉を聞いて、ビアンカと男が竜に変化した。王城の最上階は、2体の巨大な竜の出現によって崩壊する。千尋は萌の腰を抱いて飛行スキルを使った。


 キラキラと輝く真っ白な竜と、一切の光を反射しない黒い竜。


「うーん、そうじゃないかと思ってたけど……やっぱりそうか」


 ヘイロンの記憶で見た、氷竜帝パイロン。120年前に討伐されたと言われる竜である。そして黒い竜は、ヘイロン自身が500年前に倒した筈の闇竜帝アンヘイロン。


「ねえ、なになに!? お姉ちゃん、あの竜知ってるの!?」


 知識も記憶もない萌にとっては何が何だか全く分からない事態であった。


「んーとねぇ…………後で説明する」


 千尋も混乱している。討伐された筈の2体の竜帝がここに居る。


「ねえっ! 本当に話す気はないの!?」


 よく分からないので本人(竜)に聞きたいのだが、相手は話してくれる感じではない。というか、口元に魔力が集まって眩しく光っている。初っ端から竜息(ブレス)を放つ気らしい。


「お、お姉ちゃん!? なんかヤバそうなんだけど!?」

「あー、もう! 雷霆絶界(らいていぜいっかい)!」


 竜息(ブレス)の直前、2体の竜帝は2つの球体に飲み込まれた。ファンロンの雷霆結界ライトニングフィールドの上位互換版である。こちらは目に優しいように黒い結界で覆っている。その内側では1秒間に100発ほどの雷撃が迸っていた。


 ヘイロンのスキルである「見取り」は、融合していた千尋にも継承され、独自の「守離破」へと進化していた。今の千尋なら、一度見ただけで魔法やスキルを再現・強化し、さらにオリジナルへと昇華させる事が可能である。チートが極まっていた。


 雷霆絶界(らいていぜいっかい)は1分ほどで解除した。2体の竜帝は体から煙を上げながら地上へと落ちていく。それを風障壁で受け止め、そっと地面に降ろした。意識のない竜帝達に上級治癒(ハイヒール)を掛けた上で、小さな絶界に閉じ込める。それから最初に展開した絶界を解除した。


「萌、どうしたらいいか分からないからヘイロンに聞きに行こう!」

「わ、分かった!」


 このまま殺してしまって良いのか判断がつかないので、千尋はヘイロンに助けを求める事にした。出来ればなんだか面倒くさいので丸投げしたいと思っている。


 ヘイロン達を探すために王城の上空高くまで飛び上がると、防壁の外側で大変賑やかな場所を見つけた。地球なら「何かのイベントかな?」と思うくらいビカビカと光っていて時折轟音が響いている。これでそこにヘイロン達が居なかったら逆にびっくりだ。

 萌を抱いたまま、千尋はその賑やかな場所に向かって飛行スキルで飛んだ。


「おーい、ヘイローン!」


 ノリノリで炎を吐いているヘイロンに呼び掛けた。

 最も荒ぶっているのはファンロンである。広範囲に雷撃を降らせて帝国軍を蹴散らしている。ルーロンはヘイロンとファンロンの攻撃で防壁が壊れないように風障壁を張って守っていた。苦労性の竜帝である。


「ん? どうしたチヒロ」

「あのさー、パイロンとアンヘイロンが居たんだけど」

「は?」


 だいぶ端折った。


「いや、私もよく分かんないからさ、一緒に来てよ。ここは二人に任せて大丈夫でしょ?」

「わーっはっはー! ここは俺がいれば問題ないぞ!」

「……行ってくれば?」


 ファンロンは楽しんでいるようだが、ルーロンはかなり面倒になって来ているらしい。後で機嫌を取る必要があるかも知れない。『碧空の鷲獅子』のデューク辺りが。


「いや、我もまだ暴れた――」

「いいからいいから!」


 千尋がヘイロンの頭に生えている角の1本を無理矢理引っ張る。炎竜帝が大人しくドナドナされて行く。


「あの黒い球は何だ?」


 上層階が崩れた王城の上空に来ると、地上に発生している異様な黒球を指差してヘイロンが尋ねた。


「あれは私の結界。あの中に二人がいるの」

「……結界」

「お姉ちゃんの新しいスキルらしいです」

「……スキル」

「まあ細かいことはいいから。じゃあ結界を張り直すね。『絶界』」


 王城の敷地全体を覆うような「絶界」を展開し、パイロンとアンヘイロンを閉じ込めていた絶界を解除する。そこには、真っ白な竜と真っ黒な竜が横たわっていた。


「……確かにパイロンとアンヘイロンのようだ。だが何故ここに?」

「それは私も聞きたい。本人に聞こうとしても話にならなくて」

「そうか……」

「殺しちゃったらいけないかもって思ったから」

「そうか……ありがとう、チヒロ」


 ヘイロンを連れて来たのは正解だったようだ。取り敢えず目を覚ますのを待って、後はヘイロンに任せよう。丸投げ出来そうで安心する千尋であった。

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