82 やり過ぎの自覚はある千尋
「チヒロ! ファンロンは……生きてるのか?」
駆けつけてきたヘイロンの問いに、千尋はそっと目を逸らす。
「おい!?」
「……あ、生きてる……と思います」
思わず丁寧な言葉で返す千尋。まだヘイロンと目を合わさない。
実際、クレーターに横たわったファンロンの体には一つも傷がない。千尋の上級治癒さんがしっかり仕事をしてくれていた。横目で確認すると胸の辺りが上下しているのが分かって「ホッ」と安堵の吐息を漏らす。
「さすが雷竜帝、頑丈だね!」
「頑丈だね、ではない」
「すみません、気を付けます」
とは言えあれだけ暴れてヘイロンにも奥義とか放っちゃう相手だ。警戒しながら遠巻きに意識が戻るのを待つ。するとそこに萌も走って来た。
「お姉ちゃん、どうなった?」
「あー、今はファンロンが目を覚ますのを待ってるとこ。雷竜達は大丈夫?」
「うん。炎竜達が囲んで睨みを利かせてる」
雷竜達もファンロンが倒されたとなれば大人しくしているだろう。
「……うぅ……ここは……?」
ファンロンから呻き声が漏れたので意識を戻す。
「ファンロン。目覚めたか」
「ヘイロン? なぜお前がここに?」
「……お前達が攻めて来たからな。迎え撃った」
「俺達が……攻めて来た?」
ファンロンはやはり操られていたようで、その間の記憶がないようだ。
隷従の魔法具はあくまで隷従を強制するもので、本人の意識がない状態で操れるようなものではない。記憶がなくなるという話も聞いた事がなかった。
「恐らく、特大の魔法具を5つも着けられていた弊害であろうな」
ファンロンほどの強大な竜を意のままに操るには、かなり精緻な魔法の構築と相応の魔力が必要となる。ファンロンに隷従金縛(特大)を嵌めた者はかなりの実力者であろう。
「ところで、俺を正気に戻してくれたのはヘイロンか?」
「いや、ここにいるチヒロだ」
そう言われたファンロンは視線を下げる。ヘイロンの足元に少女がいる事に今気付いた。驚きであんぐりと口を開けた。
「このような少女が……いや、見かけ通りではない……なんだこの魔力量は!? ば、化け物かっ!?」
「誰が化け物じゃ!」
ムキー! と言いながらファンロンに突っ込もうとする千尋の襟首をヘイロンが大きな爪の先で器用に摘まんで止める。
ルーロンには測れなかった千尋の強さだが、ファンロンにはその一端が垣間見えたようだ。
「……ねぇヘイロン。結局これって全部帝国の差し金ってことで合ってるよね?」
「状況から言ってそうであろう」
「なにぃ!? この俺にふざけたことしやがったのはエメラダルグ帝国なのか? クソ、ぶっ飛ばしてやる!」
竜帝ともあろうものが隷従の魔法具で操られていたとなれば、プライドが許さないのだろう。ファンロンがぷんすこ怒っている。
「帝国がこれ以上パールグランに手出ししないように、お灸を据えないとだね」
「ということは、今からエメラダルグ帝国に行くの?」
本音を言えば「アクロアイト・ヴィラ」に戻って萌や美少女達とお風呂に入りたい。それはもう、物凄く入りたい。だが、お風呂に入ろうとする度に問題が起きて邪魔されるくらいなら、元を断って憂いを無くした方が良さそうだ。
と、そんな風に思っていると美しい緑色の竜が舞い降りた。ルーロンである。
「ルーロン?」
「どうしたのだ?」
「大変なのっ! ……あらファンロン、久しぶりね」
「ああ。何か迷惑かけたようで済まねぇな」
放っておくと竜帝3体で昔話に花を咲かせそうになったので萌が話を促す。
「あのー、ルーロンさん。何かあったのでは?」
「ハッ!? そうだった、大変なのよ!」
「だからどうしたのだと聞いている」
「ルビーフェルドが陥落したわ!」
んんー? と千尋、萌、ヘイロン、ファンロンが首を傾げる。
ルーロン達は、千尋に言われた通り「アクロアイト・ヴィラ」でゆったりと過ごし、高級宿を心底満喫していたと言う。
そこへアイラの同僚(女性)がやって来て、どこかに連れ出された。しばらくして戻って来たアイラが、まいったっすー、ルビーフェルドに帝国が攻め込んで、王都メイクァートが陥落したらしいっすー、と諜報員にあるまじき口の軽さで暴露した。
アイラによると、メイクァートに侵攻した帝国軍はおよそ20万。うち騎兵3万、歩兵17万。その他に輜重隊が100万。これに加えて、帝国軍と行動を共にする魔獣が1万以上いると言う。
しかし――。
「ルビーフェルドは帝国の属国になると言う話じゃなかったっけ?」
「それが、ヘイロンを倒す筈だったモエちゃんが行方をくらました時点で、帝国はルビーフェルドを見限ったみたいなのよね」
「ええ!? 私のせい?」
萌が驚きの声を上げるが、ルーロンがそれを否定した。
「違うわ。それを言うなら召喚を唆したヘイロン――チヒロちゃんのせいって事になるけど、それも違う。帝国は結局、ルビーフェルドに攻め込む大義名分を求めていただけ。ヘイロンを倒してパールグランを落とすって言う見通しが消えたから、もう待てなかったって事でしょう」
帝国は、最初からルビーフェルド王国との約束を守る気がなかったのではないか。ルーロンは自分の憶測を付け加えた。帝国軍がメイクァートに侵攻したタイミングが早すぎる。どう考えても侵攻の準備をしていたとしか思えない。
「という事は……ファンロン達がこっちに来たのは、帝国の先遣隊として、かな?」
「ヘイロンを先に倒そうとしたんでしょうねぇ」
だが帝国の目論見は上手くいかなかった。それどころか、ファンロンという特記戦力を失っただけでなく、帝国の敵となった。
「じゃあルビーフェルドの……メイクァートだっけ? 取り敢えずそこに行く?」
「うむ」「そうだな!」「そうね」「うん!」
メイクァートの西、5キロの地点にある森に、千尋はヘイロンとして訪れた事があるので転移で移動出来るのだ。
ヘイロン、ファンロン、それにルーロンが人化する。ファンロンは黒髪に褐色の肌、金色の瞳をした20代半ばの姿だった。竜帝ともなれば、みんな普通に人化出来るらしい。
「ひとまず森に転移するよ!」
瞬きの間に景色が変わり、辺りは夜の鬱蒼とした森になった。
帝国軍がどれだけ数を揃えていても、竜帝が3体に萌、そして千尋の5人なら殲滅は容易い。と言うよりも、千尋一人でお釣りがくる。ただ、王都にルビーフェルド王国民が残っているなら派手に暴れる訳にもいかない。
「どうしようかな……」
「輜重隊まで合わせて120万の大軍なら、とてもではないが王都内に駐屯は出来ん」
「そうね。防壁の外で陣を構えていると考えて良さそう」
「魔獣もいるしな。王都内に被害が出ねぇように外でやり合えばいいじゃねぇか」
ふむふむ。竜帝さん達は防壁の外で派手にやる気である。特にファンロンの鼻息が荒い。
「萌。萌はお城で召喚されたんだよね?」
「そうだよ」
「じゃあ私達はお城の中に行ってみる?」
「おー、なるほど。帝国のお偉いさんがお城にいるかもだしね!」
「そうそう!」
本当にこの王都が陥落したのなら、城は帝国軍に占拠されているだろう。軍を率いる偉い人もいる筈だ。
「防壁の外はヘイロン達に任せるよ」
「うむ」
「ほどほどにね?」
「む? お主と一緒にするな」
ちょっと前まで災厄の黒竜とか言われていたヘイロンに、手に負えない暴れん坊認定されて腑に落ちない千尋である。
「私、どっちかって言えば平和主義者だよ?」
「ファンロンを殴り殺しかけておいて、どの口が言う?」
「…………スミマセンキヲツケマス」
痛い所を突かれたのでカタコトになった。これ以上何か言うと墓穴を掘りそうなので早速城へ向かうことにする。
「じゃあ後は任せた! 萌、行こう!」
「うん!」
シュタッ! と片手を挙げ、千尋は萌と手を繋いで王城へと転移した。
「では我らもひと暴れしに行くか」
姉妹を見送った3体の竜帝達も、竜の姿に戻って東へと飛び立った。




