81 手加減が難しい千尋
「アクロアイト・ヴィラ」の一室からオスタリア砦に転移した千尋と萌、ヘイロン。ヘイロンは既に竜の姿に戻っている。
千尋がマリーはもちろん、アイラ、『碧空の鷲獅子』の面々、さらにルーロンすらも連れて来なかったのは、単純に危険な戦いになると判断したからだ。ヘイロンと雷竜帝ファンロンがぶつかれば、攻撃の余波だけで凄まじいものになるだろう。
萌ならば、自分の身は自分で守れるし、いざとなったら私が守ればいい、と千尋は考えていた。
近くに居る炎竜達も続々と集まって来て、砦の東側は壮観である。
「さてと。ヘイロン、どうする?」
正直に言うと、周囲の被害を無視して殲滅するだけなら容易い。千尋が出るまでもないだろう。
だが、ヘイロンはファンロンを殺したいとは思っていない。殺さずに無力化するというのは思っている以上に難しいものだ。
「そうだな。雷竜には炎竜を当てる。ファンロンは我が相手をしよう」
「うん。危なそうだったら手伝うね」
ヘイロンが空に向かって咆哮すると、炎竜達が一斉に飛び立った。1分も経たないうちに、1キロほど先の上空で炎竜達と雷竜の群れが激突する。日が暮れて群青色になった空が、雷光の眩い白と紅蓮の色で染まった。
やがて徐にヘイロンが飛び立つ。彼方にひと際大きな竜が姿を現したからだ。
雷竜帝ファンロン。雷竜は総じて炎竜の半分程度の大きさなのに、ファンロンの体長はヘイロンと同じくらいだ。遠目にも、黄色と黒のまだら模様が目立つ。
「萌、私達も近くまで行こう」
「うん!」
姉妹は竜たちが戦っている真下に移動した。
炎竜達の戦いを観察する。体の小さな雷竜は身のこなしが素早く、炎竜の攻撃を躱して効率良く雷撃を当てている。炎竜はそれに耐え、カウンターで火球を当てようとしているが、なかなか上手くいっていない。上空で意識を失って地上に落下してくる竜の数は炎竜の方が多いようだ。
(むっ。なんかハラハラする)
ヘイロンと融合していた千尋にとって、炎竜達は「仲間」「同胞」と無意識に刷り込まれている。その炎竜達が押されているとなれば気が気でない。
チラッとヘイロンの方を見遣れば、ファンロンとがっぷり四つに組んでいた。あっちは大丈夫そうだな。
「萌、私ちょっと炎竜達の手助けしてくる。萌は落ちて来る竜を風魔法で受け止めてくれる?」
「分かった。無茶しないでね?」
「りょーかい! 萌も、何かあったら私をすぐ呼んでね?」
「おっけー!」
千尋がその場で思い切り跳躍すると、竜達が戦っている所よりも遥かに高い場所まで飛んでしまった。
(おっと、跳び過ぎちゃった。まだ力加減が上手くいかないなぁ)
そのまま自由落下しながら飛行スキルを発動。千尋の背中に竜の翼が生えた。竜達の上空50メートルくらいでホバリングする。
(炎槍でワイバーンが消し炭になっちゃったけど……竜なら大丈夫かな……いや、もっと弱い魔法から試した方がいっか)
レベル156の千尋は、以前(レベル78)と比べてステータスが約1693倍になっている。即ち、同じ魔法でも全くの別物なのだ。レベル78の時ですら異世界で魔物の大軍を殲滅し、魔王を倒した千尋である。その時より全ての力が1693倍になったと想像して欲しい。
どんな攻撃でもオーバーキルになってしまう。
(うーん……何だか魔法は嫌な予感がする……物理で行こう)
実際は物理でも攻撃力絶大だが、魔法よりは加減がしやすい。千尋はそう判断して早速実行に移す。
一番近くにいる雷竜に向かって急降下し、その頭に弱めのパンチを叩き込む。「ズゴッ!」と中々心配になる音がして雷竜は意識を失い、そのまま力なく落下を始めた。その雷竜と対峙していた炎竜が目を真ん丸にして驚いている。
(やばっ!? 死んでないよね?)
千尋は落ちていく雷竜を追い掛けて途中でキャッチした。
「治癒!!」
なお、治癒の効果も絶大である。生死の境を彷徨っていた雷竜は息を吹き返し、千尋の手から離れようと大暴れし始めた。
「てい!」
雷竜の顔を軽くビンタすると、再び気絶した。
(私、何やってんだろう?)
なお、地上から千尋の様子を見ていた萌も「お姉ちゃん、何やってんの?」と思っていた。
何にせよ、これで千尋は力加減を覚えた。そこからはあっという間だった。
――ヒュン、ビシッ! ヒュン、ビシッ! ヒュン、ビシッ!
転移してビンタ、転移してビンタの繰り返しである。たまに間違って炎竜をビンタしてしまうが、すぐに治癒で復活させる。
「あわわわわ」
次々に雷竜が落ちて来るので、萌も大忙しだ。1体1体に風魔法を掛けるのが間に合わなくなり、地上近くに風障壁を張った。
約100体いた雷竜のほとんどを、千尋は2分ほどで殲滅した。全部ビンタ一発である。
「姉さん、さすがっす!」
「竜をビンタって……あんた人間かよ!?」
「しびれたー!」
「かっこいい! かわいい!」
「ちっこいのにすごい!」
炎竜達が地上に降りて来て、口々に千尋を称賛(?)する。
「ちっこいって言ったヤツ誰だ!?」
……人外の域に達した千尋だが、身長は1ミリも伸びていなかった。ついでに胸部装甲にも一切の変化が認められなかった。どれだけステータスが上がってもコンプレックスは変わらないし、急に心が広くなったりしないようだ。
――ズーーーーーン
その時、上空で重い音が轟いた。
「「「ああっ! ヘイロン様!」」」
空に小さな太陽のような目も眩む球体が現れて、ヘイロンがそこに閉じ込められていた。
「お姉ちゃん、ヘイロンさん大丈夫!?」
「うーん……たぶん?」
ヘイロンの記憶も持つ千尋には、あれが何か分かった。雷霆結界。結界の中で無限にも思える数の雷撃が繰り返し対象を襲う。雷竜帝ファンロンの奥義である。
この世界で無類の強さを誇るヘイロンの竜鱗だが、さすがにあれをまともに喰らって無傷とはいかないだろう。
「んん? ちょっとマズいかも。助けに行って来るよ」
次から次に襲い掛かる雷撃に、ヘイロンの再生力が追い付かなくなっている。千尋は雷霆結界の前に転移した。
「天牙雷命」
青白い雷撃を纏った刀身を雷霆結界に差し込み、ヘイロンに当たらないよう慎重に振り上げる。
「おおっ!? ちょっとビリッと来た!」
雷撃同士のエネルギーがぶつかり合い、相殺されて結界が消失する。
「ふー、チヒロか。助かった」
「上級治癒!」
体中を雷撃で貫かれ、至る所から煙を上げているヘイロンが痛々しかったので、千尋は思わず上級治癒を唱えた。その千尋に、ファンロンが鋭い爪を振り下ろす。
――ガキィィイイイン
千尋はファンロンの方を見ることもなく、刀で爪を弾き返す。次の瞬間にはファンロンの顔の前に転移し、回し蹴りを放った。
――ズドォオン
ファンロンが横ざまに吹っ飛んでいく。
「チヒロ! ファンロンは操られている。特大の隷従金縛を5つ嵌められている!」
「それを外せば良い?」
「出来るのか!?」
「やってみる」
千尋はすっ飛んで行ったファンロンを追い掛けた。回し蹴りで飛ばされた意識は既に回復したようだ。ファンロンは空中で急停止し、千尋に向かって猛然と突っ込んで来る。
5つの隷従金縛には擬態の魔法も掛けられているようで鱗と同化して見える。
「魔眼、魔力視!」
魔力視を使えば隷従金縛がはっきりと見えた。両手足と首に嵌っている。千尋は空中で静止して呼吸を整える。
(すぅーーーっ)
――キキン!
ファンロンの突進を左に躱しながら刀を二閃。右手首と右足首の隷従金縛を斬った。突進の勢いのまま千尋の背後に飛び去ったファンロンを追い掛け、左足首、左手首の順で特大の輪っかを斬る。
残るは首だけだ。
「グ、グォォオオオオオ!」
隷従金縛が残り一つになると、ファンロンは苦し気な雄叫びを上げ、その場に留まって滅茶苦茶に暴れ始めた。
「はいはいごめんよー。ていっ!」
狂ったように振り回される手足や尾をすり抜け、千尋はファンロンの頭にチョップを叩き込んだ。
ズガン! としてはならない音がしたような気もする。ファンロンはそのまま地上に叩きつけられ、ちょっとしたクレーターが出来た。
「やば……上級治癒!」
眩い緑色の光がファンロンを包み、その間に最後の隷従金縛を切り離した。




