79 王都パールイスタ
千尋の転移を使い、総勢11人で王都パールイスタを守る南門の近くに移動した。太陽は中天より少し西に傾いている。この時間、南門には入場を待つ人や馬車が短い列を作っていた。
千尋達は素直にその列に並ぶ。目の前には、女性に手を繋がれている幼い女の子がいた。その子にジーっと見つめられたので、千尋はニカッと笑顔を返した。女の子も笑顔を返してくれる。はちみつ色の髪をお下げに結び、明るいブルーの瞳が可愛らしい女の子だ。
「こんにちは、私はチヒロ。お名前は?」
千尋は膝を折り女の子と目線を合わせて尋ねた。
「こんにちは! 私はミルカって言うの。おねえちゃん、黒い髪きれいだね!」
ミルカと名乗った少女とそっくりな母親らしき女性が振り返り、千尋に目礼する。
「ありがとう。ミルカちゃんの髪の方がずっと綺麗だよ!」
千尋は巻物の中からカラフルな包装紙の飴を取り出した。
「アメちゃん食べる?」
「わぁ、キレイ! おねえちゃん、ありがと!」
可愛らしい幼女のキラキラした笑顔を堪能した千尋は、ミルカの頭を優しく撫でた。その様子を、物欲しそうな目で見つめる薄青髪の少女。
「……マリーもアメちゃん食べる?」
フルフルとマリーが首を横に振る。
「?」
千尋が小首を傾げると、マリーは屈んで自分の頭を差し出す。
(な、撫でて欲しいってことかな)
千尋はマリーのサラサラとした髪を撫でた。マリーは頬を薄っすらと赤く染め、ニコニコ顔である。その様子をミルカが不思議そうな顔で見上げていた。
(む?)
ほっこり劇場を満喫している最中、千尋の索敵に何かが引っ掛かり、東の空を眺めた。因みにまだ右手はマリーの頭をナデナデしている。青空にかかる雲の隙間をかなりの速さで飛んで、こちらに向かって来る何かが一瞬見えた。
「マリー、ミルカちゃんのこと見ててくれる?」
「はい?」
千尋はさっき見えた物の進路を予想し、高空に転移する。ヘイロンと融合していた間に会得した「飛行スキル」により、背中に真っ黒な竜の翼が生えた。両翼を広げると千尋の身長の4倍くらいある。
真っ直ぐ向かって来る黒い群れに目を凝らす。
(あれは……ワイバーンか。100頭くらいいるかな?)
ワイバーンとは、前足が翼になった大型の魔獣。体長は5メートルほど、翼を広げると10メートルほどの幅となる。後ろ足の鋭い爪と細長い口に並ぶ牙が主な武器で、魔法を使う個体もいる。
竜とは比べるべくもない脅威度だが、群れで襲い掛かって来るのが厄介な魔獣だ。
千尋は、空中に静止したまま右の掌を突き出した。
「炎槍連弾」
千尋を中心に100個の魔法陣が出現。次の瞬間、炎の槍が一斉に放たれる。槍は橙色の軌跡を後ろに残し、弾丸のように飛んでいく。
地上の萌やマリーの目には、空の一部分だけが鮮やかなオレンジ色に見えた。
千尋の膨大なMP、INT、DEXで放たれた炎槍は、その全てがワイバーンの群れに着弾。100頭を超えるワイバーンは超高温で焼き尽くされ、跡形もなく消えた。僅かな灰は風に乗って散っていく。
(うーん……これでもオーバーキル気味か)
千尋は飛行スキルを解除して、元の王都に入る列に転移で戻った。
「おねえちゃん、どこいってたの?」
いつの間にか戻って来た千尋に、ミルカが話し掛ける。
「えーと、ちょっとね」
「さっきね、お空がね、ピカッて光って、お空のたかーいところが夕焼けみたいになった! きれいだったよ!」
「そっかー。お姉ちゃんも見たかったなあ」
そう言って、再びミルカの頭を優しく撫でる千尋であった。
自分達の順番が回って来るまで、千尋が一瞬消えた事に気付いた萌から泣きそうな顔でお説教された。
「お姉ちゃん! どっか行くなら教えてよ!」
「うぅ……ごめんなさい」
萌やヘイロンも、ワイバーンの群れに気付かなかったようだ。
「あのね、ワイバーンが来てたから……」
「それはいいの……私が知らない間に居なくならないで欲しいの」
「うん。ほんとごめんね」
萌はまた千尋の腕に縋り付く。千尋としては萌がくっついてくれるのは嬉しいのだが、悲しませたり寂しい思いはさせたくない。気を付けよう、と心に刻んだ。
そうこうしているうちに、千尋達の前にいたミルカ親子が王都に入場するため、母親が衛兵に身分証を提示していた。
「「「「あ」」」」
それを見た千尋、萌、ヘイロン、ルーロンが同時に声を出した。この4人は、身分を証明する物を何も持っていない。やっべぇ。不審人物に見られて捕まっちゃう?
すると、アイラがスススッと前に出た。衛兵の一人に何やら耳打ちすると、その兵が慌てて門の中に走って行く。そして、上官らしき男性を連れて戻って来た。
「あー、人化した炎竜帝様がいらっしゃったと聞いたのだが?」
口髭を蓄えた男性は不信感丸出しで尋ねる。
「ヘイロン様。ちょろっと魔力を放出してもらってもいいっすか?」
「うむ」
「待て待て待て待て」
ヘイロンの魔力放出を千尋が寸前で止めた。
「こんな所で魔力放出したらマズいよ。ここら辺の人がみんな気絶しちゃう」
「むっ?」
「うーん……ヘイロン、一瞬竜に戻れる?」
「出来るぞ」
千尋はヘイロンと萌、それに口髭のおっさんを列から離れた場所に連れて行った。
「土障壁!」
萌の声が聞こえ、千尋達を囲む土の障壁が高さ40メートルくらいまで伸びて姿を隠した。それは王都を守る防壁の2倍以上の高さだった。
『うぎゃぁぁあああー!!』
障壁の向こうから、くぐもった絶叫が聞こえた。その直後に障壁が消え、千尋と萌、口髭のおっさんを小脇に抱えたヘイロンが戻って来る。
「ま、間違いなくヘイロン様だ……お通ししろ」
口髭のおっさんがヘイロンに抱えられたまま衛兵に指示を出した。脅したみたいで絵面は大変よろしくないが、とにかく王都に入る事が出来た。
後で考えたら、王都をよく知るアイラが居るので中まで転移すれば良かった。まあ、結果オーライだ。
ここで『碧空の鷲獅子』の5人は冒険者ギルドに行くと言って別れた。本拠地をルビーフェルドからパールグランへ移転する手続きを行うらしい。宿が決まったらルーロンが5人を迎えに行くそうだ。
「じゃあ先に宿を決めよう。アイラさん、お勧めの宿ってある? 出来ればおっきいお風呂のある所がいいなー」
「それなら商業区の『アクロアイト・ヴィラ』がお勧めっす!」
そう言うアイラに千尋達がついて行く。商業区は王都の北東部で、距離があるため乗り合い馬車を利用することにした。まぁこれも千尋の転移で行けば良いのだが、雰囲気も大事なのだ。
「お姉ちゃん、馬車って初めてだね!」
「ほんとだ! けっこう異世界に来てるのにね」
乗り合い馬車は3頭立てで、キャビンには既に4人が乗っていた。千尋達6人が乗るとほぼ満席だ。屋根はあるが窓はなく、8本の支柱が屋根を支えている。左右に5人ずつ、向かい合って座るようになっている。
座席はただの木だ。クッションなど勿論ない。王都内の道は石畳で、乗り心地はお世辞にも良いとは言えなかった。お尻の痛みから気を逸らすため街の様子を眺めようとするが、だんだんとダメージが蓄積していく。
「萌……お尻痛い」
「ヘイロン様の背中よりずっとマシです」
「マリーはすごいなぁ……萌も平気そうだね?」
「お姉ちゃん、お尻の下に風障壁を張ればいいんだよ」
「それだ!」
千尋は早速お尻の下に風障壁を展開した。
「おおぅ……なんかフワフワする」
くだらない事をやっている間に、停車場についた。ここからは歩いて行く。道の両側には屋台のような出店がたくさん並んでいて、食欲をそそる香りが漂ってくる。千尋のお腹がくぅーっと鳴った。
「はっ!? 私、3ヵ月間なにも食べてない!?」
自覚すると腹ペコでぶっ倒れそうな気がしてきた。萌とマリーが両側から千尋を支える。
「チヒロさん、王都で有名な串焼きの出店があるんすよ。もう少し我慢できるっすか?」
千尋はコクコクと頷いた。道の両側から漂う香りがまるで拷問のようである。
「ここっす!」
アイラが走って行って、人数分の串焼きを買って来てくれた。
千尋の拳くらいある大きなお肉の塊を3つ、串に刺して焼いてある。何種類ものスパイスの香りと、お肉に絡まったフルーティーなソースの香りが胃を刺激する。
道の端に寄って立ったままかぶりついた。焼き加減はレア。肉汁が口の中に溢れる。脂がのっているのにあっさりしていて、お肉自体の旨味もしっかりと味わえる。千尋だけではなく萌とマリーもペロッと平らげた。
「美味しかったー! これぞ異世界の醍醐味!」
ヘイロンとルーロンは本来食べる必要はないのだが、二人ともしっかりと平らげてご満悦のようだった。
当面の危機を脱したので、千尋達はアイラお勧めのアクロアイト・ヴィラに向かうのだった。




