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77 感情石・白

SIDE:本庄萌


「よくぞ参られた、神々の使徒、モエ殿」

「ささ、どうぞこちらにお座りくださいませ」


 真っ白な髪をボブカットにした可愛らしい女の子に促され、萌は6人くらい座れそうな豪華なソファに誘われた。


「我がヘイロンである」

「マリーと申します。ヘイロン様にお仕えする使用人頭です」

「モエ・ホンジョウです」


 萌はペコリと頭を下げてからソファに腰掛けた。


 想像していたのと全然違う。炎竜帝と呼ばれる魔王に会うのだから、なんかこうもっと禍々しい場所を想像していた。

 でもここは、大きな窓から日差しが差し込み、木の温もりが感じられる落ち着いた広間。そこに、見た目は恐ろしいが紳士的な雰囲気を醸し出す巨大な竜と、折れそうなくらい華奢で可憐な少女が待っていた。


(敵意とか全然感じないな)


 萌はマリーが淹れてくれた紅茶を一口啜った。あ、美味しい。と思わず呟くと、マリーが恐れ入ります。と答える。何だか偉い人のお家に招かれたみたいだ。


 今ここには、萌とヘイロン、マリーしか居ない。萌を連れて来てくれたルーロンや『碧空の鷲獅子』、アイラ達は気を利かせて席を外している。


「えーっと、ヘイロンさん。まずお聞きしたいんですけど、人族に対して憎しみがあったりしますか?」


 萌はまず、氏神(ウルスラ)から言われた件から片付けようと考え、尋ねた。


「過去にはあった。だが今はない」

「この世界を滅ぼそうとか思ったりは?」

「ない」


 ふむふむ。と萌は頷く。この辺はルーロンさんから聞いてたから予想通り。


「あの、一応お聞きしますけど、ヘイロンさんって『魔王』なんですよね?」

「ああ、望んでなったものではないがな。差し詰め『ボクは悪いドラゴンじゃないよ!』というヤツだ」


 萌はヘイロンの答えを聞いてぽかんとしてしまった。


「…………ドラゴンジョークである」


 萌がぽかんとしたのは呆れたからではない。ヘイロンの台詞に聞き覚えがある気がしたからだ。言い回しは違ったかも知れないけど……。いや、アニメか何かで聞いたのかな?それに『ドラゴンジョーク』って台詞も、似たような台詞をどこかで聞いたような……。


「……えっと、分かりました。あの、違ってたらごめんなさい。ヘイロンさんって、私のこと前から知ってます?」

「…………萌、お主はどうだ?」

「え?」


 みんなが私とヘイロンを会わせようとしていた。ヘイロンは前から私の事を知っている節がある。だからストレートに尋ねてみたのだが……。


 私もヘイロンの事を知って……る?


 ヘイロンの言葉に、萌は眉を顰める。知っている筈、知っていなきゃいけない、誰にも言われていないのに、そんな焦燥感に駆られる。


「萌、少し外に出てみないか」


 ヘイロンがそんな事を言い出した。うん、少し外の空気を吸っても良いかも。萌はそう考えて頷き、ヘイロンと一緒に外に出た。


 森を切り拓いて、あちこちに巨大な竜舎が作られている。一つ一つがかなり離れているので圧迫感は全くない。人族と竜が一緒になって、建物を建てたり建材を作ったり、ただ休憩したりしている。まるで随分昔から2つの種族が仲良しのようだ。


 ヘイロンの住まいの前には、何もない土地が大きく広がっていた。少し離れた場所では白く磨かれた石で大きな建造物を作っている途中である。


「萌、我と少し手合わせしよう」

「はい!?」

「体を思い切り動かして頭を空っぽにするのだ。何も難しく考える事はない」


 ヘイロンの顔をまじまじと見つめる。この竜は、私の心を見透かしてるんだろうか。ここ最近、ずっと胸に何かがつっかえているような感覚。ふとした時に襲われる、体ごと潰されそうな寂寥感。


「我は頑丈だぞ? 恐らくはこの世界で一番頑丈だ。案ずるな、全力を出しても我が死ぬようなことはない」

「で、でも」

「まぁ良いではないか。模擬戦だと思えば」


 見上げるヘイロンからは、一切の敵意が感じられない。それどころか、その目はまるで慈しむような色を湛えていて――


「では我から行くぞ!」


 萌の頭上に巨大な右前足が降ってくる。


「っ!?」


 萌はヘイロンの懐に潜り込むことで攻撃を躱す。目の前のお腹に正拳突きを入れようとすると、ヘイロンは右後ろ足を前に出してそれをブロックした。


――ガキィィイイイン!


 巨大な金属の塊同士がぶつかったような音が響く。続けざまに左前足、尻尾の攻撃が来る。萌はそれを籠手で受け流し、尾を踏み台にヘイロンの顔に蹴りを繰り出す。


 ガツン! と岩山を蹴ったような感触。ヘイロンは萌の蹴りを顔で受けても平然としていた。


「このぉぉおおおおお!」


 萌は猛然とラッシュを叩き込む。ヘイロンは攻撃せず、それを全身で受け止めた。萌の勢いに押され、ズルズルとヘイロンが後ろに下がる。


 萌は無我夢中だった。スキルも魔法も使わず、ただ純粋に力をぶつける。胸に溜まった澱が汗と共に流れ去って行く。怒りもなく、使命もなく、誰かを助けるためでもなく、ただ拳を突き出し蹴りを放つ。


「うりゃぁぁあああ!」

「参った!」


 渾身の一撃を放とうと気合を入れた直後。ヘイロンの声で我に返った。


「さすがだな、萌。我の負けだ」

「ええ!? ヘイロンさん、まだまだいけるでしょ?」

「いや、反射的に障壁魔法を使ってしまった。我の負けだ」

「むぅ。()()()()()、全然本気出してなかった」


 それは全くの無意識で出た言葉。あの、何もない草原で、たくさんの騎士や魔術師に囲まれ、初めてやった模擬戦。


 そうだ。私は模擬戦をやった。…………誰と?


 ヘイロンの首元、一箇所だけ鱗が逆立っている場所。いわゆる竜の逆鱗に、魔法陣が浮かぶ。その淡く美しい光の中から、1本の刀が現れる。


 真っ黒な鞘、真っ黒な柄。柄には磨かれた白い石が3つ並んで埋め込まれている。それがゆっくりと萌の目の前に降りてくる。


『萌。その刀を握って』


 頭の中に、酷く懐かしい声が聞こえた。何度も何度も、数えきれないくらい聞いた声。いつも近くで聞こえていた声。


 萌は何の疑いも持たず、両手で刀を受け取る。そして右手を刀の柄に添えた瞬間――


 世界が白く爆発した。





 「感情石」という鉱物がある。ダンジョンで稀に見つかるアイテムで、白と黒の2種類が存在する。感情石・白は、人間の「正」の感情に基づき、石の持ち主の願いを具現化しようと働く。


 試練を乗り越え、その対価として千尋は氏神(ウルスラ)から刀を受け取った。そこには、真珠大の感情石・白が埋め込まれていた。以来ずっと、千尋はその刀を使い続けた。そして、そこには千尋の願いがずっと込められていた。

 ヘイロンと融合した後も、千尋はずっと刀を握り締めていた。その間、千尋は萌との思い出を夢で辿り、萌の幸せを願い、深く愛していた。


 感情石・白は、千尋の願いを具現化する。それは、萌に届いた瞬間、爆発的な眩い光を放ち、世界を元の正しいものへと導き始めた。





 視界が真っ白に染まる。しかし、萌は恐怖を感じなかった。それどころか、今まで味わったことのない温かさを感じた。押し寄せる大波のように、千尋の想いが萌を包む。


 手で掴めそうな程に感じる、千尋の愛情。萌が生まれてからずっと、千尋は萌を守って来た。仕事で大変な母の代わりに、萌に精一杯の愛情を注いで来た。


 感情石・白を通して、萌に千尋の想いが伝わる。自分の命より大事な、たった一人の妹。ひたすらにその幸せを願い、守ろうとする覚悟。


 涙が止まらない。萌は大声で叫んだ。


「お姉ちゃんを、忘れるなんて! わ、私、お姉ちゃんを忘れてた! ごめん……お姉ちゃん、ごめんなさい!!」


 萌は刀を胸に抱き、両膝を突いて蹲る。


「お、お姉ちゃんを……一番大切な人を、わ、忘れるなんて……」


 うああああああ! 萌の慟哭が森に木霊した。


 ふわりと萌の髪を撫でる感触。傷付きやすい宝石を触れるように、限りなく優しく撫でる感触がする。そして、懐かしくて、今一番聞きたい声が聞こえた。


「萌。萌は悪くない。大丈夫、大丈夫だよ」


 泣き腫らした目で見上げると、柔らかな日差しを背に千尋が立っていた。


「お、おねえぢゃん?」

「そうだよ。萌のお姉ちゃんだよ」

「お姉ちゃん……お姉ちゃん! うわぁぁあああああん!!」


 萌が千尋に抱き着く。千尋は優しくその背中に左手を回し、右手でいつまでも萌の頭を撫でるのだった。

まるで最終話のようになってしまいましたが、まだ続きます(笑)

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