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76 萌、冒険者ギルドで親切そうな人達に会う

 冒険者ギルドで探し人に会うという奇跡。


 『碧空の鷲獅子(ブルーグリフォン)』とルーロン、アイラは萌とお互い自己紹介し、魔王とは炎竜帝ヘイロンであること、自分達がヘイロンの所まで案内出来ることを告げた。


「わぁ! それは助かります。ありがとうございます!」


 萌は花が開いたような笑顔で礼を述べた。実際、城ではやらかした自覚があるし、魔王がどこにいるか見当もつかなかったのでデューク達の申し出は渡りに船だった。


「ところで、モエさんは城で召喚されたのでは?」


 回復役(ヒーラー)のマリアが尋ねる。


「そうです。よくご存知で」


 ヘイロンがモエと会いたがっている事は、ヘイロンの希望で伏せている。そこでアイラが口を開いた。


「実はあたし、パールグラン王国でちょっと機密に関わる仕事をしてるんす。そこで、ルビーフェルドが『モエ』という名前の『神々の使徒』を召喚しようとしてるってことを知ったんっすよ」

「なるほど」


 あ、今いるこの国がルビーフェルド王国で、西に隣接しているのがパールグラン王国っす、とアイラが説明する。


 萌は疑念を持った。


 魔王は炎竜帝ヘイロンと呼ばれている、ここはいい。城の偉そうなおじさんも「炎竜帝を倒せ」みたいなことを言っていたし。

 召喚について知っていた理由も、まあ納得出来る。


 しかし、この人達は何故私を炎竜帝の所まで案内しようとするのだろう?


(うーちゃん様が言ってた……魔王は確かに魔王だけど、魔王っぽくないって。いい奴とも言ってたな)


 この人達に悪意があるとか、魔王に操られて私を案内しようとしているとかではない、と思う。私を見つけた時びっくりしてたみたいだから、待ち伏せでもない。でも私を探そうとしてたのは事実だ。これはどういうこと?


 萌は訳が分からなくなった。だからストレートに聞いてみることにした。


「えーっと、もしかしてですけど、そのヘイロンって人? 竜? に私を連れて来いって言われました?」


 全員がサッと萌から顔を逸らした。


(うわぁ……この人達分かりやすい。この世界の人って正直なのかな?)


「あっ、今のは忘れて下さい」


 萌の言葉を受けて全員の顔に安堵が浮かんだ。萌は笑ってしまいそうになるのを必死に堪える。


「えっと、実は私、神様から『魔王と話をして欲しい』って言われたんです。その上で倒すべきかどうか自分で判断して、と。……それで、みなさんから見て、ヘイロンって良い竜ですか?」


 萌の質問に、全員がルーロンを見る。え、私? と言いながら、ルーロンが話し始めた。


「そうねぇ、良いか悪いかで言えば、今のヘイロンは間違いなく良い竜だと思う。人族を憎んでない、と言うかむしろ護ろうとしてるし。大きな力を持つ者は、弱い者を護る義務があるーとか言ってるしね」


 ふむふむ、と萌が真剣な眼差しで頷く。


「私が気になるのは、ヘイロンが強過ぎるってこと。彼がその気になれば、竜息(ブレス)でこの星を砕けるでしょうね」


 ルーロンの言葉に『碧空の鷲獅子』とアイラがギョッとした。萌は眉を顰めながら聞いている。


「この世界の存続を、一体の竜が握ってる状況なの。もしその事実が広まったら……彼は善良だとしても、彼を放っておくのは危険だと考える者も出て来るでしょう。特に大陸一の大国、エメラダルグ帝国なんかはどんな手段を使ってもヘイロンを排除しようと考えてもおかしくない」


 ルーロンの推察は他の全員の頭に最悪の光景を浮かばせた。ヘイロンと帝国が争ったら……どっちが勝っても大陸中が火の海となり、人族一人住めない荒野になっても不思議ではない。


「まぁあくまでも仮定の話だし。何も起こらない可能性だって十分あるからね。話が逸れちゃったわ。ヘイロンが良い竜なのは、ここに居る全員が同じ意見だと思うわよ?」


 反対の意見を述べる者はいない。それなら、ヘイロンというのは氏神(ウルスラ)様の言う通り「善い魔王」なのかも知れない。


「でもそれなら、この国は何故ヘイロンを倒そうとしてるんですか?」

「それは……アイラ、話してもいい?」

「じゃああたしが教えるっす。この国はパールグラン王国を手土産に東の大国、エメラダルグ帝国の属国になろうとしてるっす。それにはヘイロン様がジャマって事っすね」


 知らない世界で国が3つ出て来るので、それぞれの関係性が分かりにくい。そんな萌を見てルーロンが教えてくれる。


 エメラダルグ帝国は、約100年前から周辺の小国を次々に併吞して来た。この国(ルビーフェルド王国)の王は、王族の身分を保証、つまり王族皆殺しを免れるために属国になる事を自ら申し出た。その際、大陸西端のパールグランをこの国が攻め落とす事が条件になった。

 パールグラン王国の件は、ルビーフェルドが言い出したのか、帝国が言い出したのか、そこまでは分かっていない。


「で、ヘイロン自らがこの国の諜報員が居る前で言った訳よ。自分を倒せるのはモエという名の神々の使徒だけだ、って」


 ん? それって……。


「ヘイロンは私のことを前から知ってた……?」

「それは、実際に会えば分かると思うわ」


 ルーロンさんも他の人も、それに氏神(ウルスラ)様も、やたら私をヘイロンに会わせようとしている……ヘイロンは私に会いたがってるように聞こえる。私の事を知ってるようだし。どっちみちヘイロンに会うのが目的だから、それで良いのかな。


「よし、じゃあ会いに行きま――」


――ドカン!


 盛大な音を立ててギルド入口の扉が開かれた。鈍色の鎧を着た兵士が十数人、磨き上げられた高そうな鎧を着た騎士と思われる男が一人、わらわらとギルドに入って来る。


「聞けっ! ここに、『モエ』という黒髪黒目の少女はいるか!?」


 そうこうしている間に、兵士達がギルド内を隈なく探している。似た髪色の女性の顔を覗き込んで念入りにチェックしているようだ。


 『碧空の鷲獅子』の5人とアイラがチラっと萌に目を遣った時、驚きを顔に出さないよう必死に堪えた。


 萌の髪は燃えるような赤に変わり、更に長く伸びていた。目の色は明るい緑になっている。真っ黒だった籠手と脛当てまで、深紅色に変わっていた。

 ルーロンが瞬時に「擬態」を掛けた結果だった。萌自身にその姿は見えていない筈だが、追われているとは思えない程落ち着き払っている。


 やがて兵士達は出て行った。残されたのは冒険者やギルド職員の不満な顔だけだった。


「モエ……あなた、何やったの?」


 モエはヘイロンを倒す切り札。それがここに居るという事は城を抜け出したということだろうが、あの兵士達の様子は頼みの綱を探すというより大罪人を探すそれだった。


「えーっと、何か偉そうなおじさんの言う事を断ったら周りの人が襲い掛かって来たんで軽くお休みいただいて、お城の壁を壊して逃げました」

「な、なるほどね」


 デューク達5人は手で目を押さえて俯いた。この状態でモエを国から連れ出せば、自分達も犯罪者になること請け合いだ。


「ま、まあ、どうせこの国には見切りをつけたんだ。それに俺達はヘイロン様がいるパールグランに付くと決めた。今更国に義理立てする必要はないよな」


 デュークの言葉に、4人はゆっくり頷いて覚悟を決めた顔になった。

萌とアイラは木製のカップからストローで「ちゅー」と果実水を飲んでいた。


「騒ぎを避けるために、ルーロン、王都を出るまでモエの擬態をそのままでお願い出来るか?」

「ええ、任せといて!」


 こうして『碧空の鷲獅子』とアイラ、ルーロン、赤髪に擬態した萌の8人は冒険者ギルドを後にした。





SIDE:マリー


「落ち着いて下さい、ヘイロン様!!」


 パールグラン王国王都パールイスタの南西5キロ、森を開拓して作られている炎竜の新たな棲み処。そこでひと際大きな竜舎がヘイロンの仮住まいである。

 仮住まいとは言え、ヘイロンの為に巨大、かつ快適に設えられたリビングという名の大広間。


 ヘイロンはそこで、落ち着きなくウロウロしていた。


「だって、もうすぐ萌が来るんだよ!? 落ち着いてられないよ!?」


 ヘイロンっぽい喋り方も忘れ、チヒロが前面に出ている。


「ヘイ……チヒロ様。そんなに忙しなく歩いては竜舎が壊れますよ? 座ってお待ちになっても到着の時間は変わりません」

「むぅ」


 マリーはチヒロがソワソワし始めてからすぐに人払いした。ヘイロンの中の人がチヒロであることは、新たに神殿で働き始めた6人にはまだ知られていないからだ。チヒロが前に出るとヘイロンの威厳が損なわれる恐れがある。


 チヒロは、もちろん自分で萌を迎えに行きたかった。だが、敵対関係にあるルビーフェルド王国に直接乗り込めば大騒ぎになるだろう。主に向こうが。それに、もしルビーフェルドが萌に何かしようとしたら、平静を保つ自信がなかった。それこそうっかり竜息(ブレス)を吐いちゃうかも知れない。


 ついうっかり、で王都が消し飛んだら、さすがにチヒロも後味が悪い。いや、今の力で竜息(ブレス)を放てば、大陸の形が変わるだろう。それはヤバ過ぎる。


 だから『碧空の鷲獅子』とルーロンに萌の迎えを頼んだ。ルーロンはチヒロにとっては頼れるお姉さんである。そのルーロンから、先程『モエを見つけたわ。これからそっちに向かうわね』と念話が届いた。それからチヒロはずっと大広間をウロウロしている。バカでかいヘイロンがウロウロしているのだから、マリーが「落ち着け」と言うのも無理はない。


 早く萌に会いたい。でも、会うのが怖い。


 もし、萌が千尋を思い出してくれなかったら? もし、千尋の目が覚めなかったら?


 それでも会わなければならないのだ。その瞬間は着々と近付いていた。

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