表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/96

75 萌、偉そうなおじさんを怒らせる

SIDE:ルビーフェルド王国


 窓のない石造りの広大な部屋。円形の壁に沿って巨大な石柱が数十本並んでいる。灰色の床には直径3メートルの精緻な魔法陣が描かれ。その周りを濃紺のローブを纏った24人の魔術師が囲んでいた。絶え間なく魔法陣に魔力を注ぐために魔術師達は3列に並んでいる。


 魔法陣に魔力を注ぐという作業は1ヵ月近くに及んでいた。昼夜を問わず作業に駆り出された王国の魔術師達は疲労の極みに達し、既に数十人が倒れ、治癒院で治療を受けている。


 そんな魔術師達の努力が、遂に報われる瞬間が訪れようとしていた。


 それまで仄かな光を放っていた魔法陣が、真っ白な強い光を放ち始める。


「「「「おお!!」」」」


 後ろで控えている魔術師達が声を上げる。壁沿いに立っていた騎士の一人が上役に知らせるために部屋から飛び出して行った。


 魔法陣を囲む最前列にいる8人の魔術師達は、額に汗を滲ませながら魔力を注ぎ込む。薄暗かった部屋は、太陽が出現したかのように隅々まで照らされた。そこへ豪華な服を纏った3人の男が小走りで走り込んでくる。壁沿いの騎士達と魔力を注ぎ込んでいない魔術師達が一斉に跪く。


「ご苦労。魔法陣が突然光り始めたと聞いたが」


 36歳の若き王、バルサージャ=ルビーフェルドが誰にともなく尋ねる。


「はっ! 先ほどから白い光が徐々に強くなっております。もう間もなく召喚が成功するのではないかと存じます!」


 騎士の中で、一人だけ金色の鎧を纏った男が国王に報告した。


「そうか。ではしばらく待たせてもらおう」


 国王と共にこの部屋へ入って来た2人の文官が、銀色の鎧を纏った騎士に何やら告げる。時を置かず、豪華な装飾が施された椅子が運び込まれ、バルサージャは当たり前の顔でそれに腰掛けた。


 白い光はさらに光量を増し、8名の騎士が王の前に立って万が一の事態に備える。もう目を開けていられない、誰もがそう感じた時、光は突如として消えた。


 そして、魔法陣の中心に片膝を突く少女の姿があった。


「これが『神々の使徒』……?」

「子供ではないか……」

「あんな子供が炎竜帝を倒せるのか……?」


 周囲が騒めく。それもそうだろう。魔術師達がひと月に渡って魔力を注ぎ込み、ようやく召喚に成功したと思ったら、現れたのはあどけない少女なのだから。


 真っ黒な髪は顎の下で切り揃え、くりくりとした大きな瞳で周りを見回している。この国の標準的な子供で例えると、12~13歳くらいだろうか。異様な形の籠手と脛当てを身に着けてはいるが、とても竜を倒せるとは思えなかった。


「えーっと、モエ・ホンジョウと言います。どなたかお話出来ますか?」


 モエ……確かに少女はそう名乗った。魔王となった炎竜帝を倒せる唯一の存在。「モエ」という名の「神々の使徒」。情報通りだ。ようやく運が回ってきたか。バルサージャはほくそ笑んだ。立ち上がり、少女に近付く。騎士達が気色ばみ、剣の柄に手を掛けるが、それを目で制した。


「お主は『モエ』という名の『神々の使徒』で間違いないか?」

「はい、そうですけど」


 モエという少女は、王に向かって小首を傾げた。


「喜べ! お主は余のために炎竜帝を倒すのだ! このバルサージャ=ルビーフェルドに仕えることを誇りに思うが良い!」


 バルサージャは両手を高々と挙げ、芝居がかった口調でそう告げる。すると、少女は眉を顰めてこう言った。


「え、イヤですけど」





SIDE:本庄萌


「え、イヤですけど」


 萌の言葉に、この場にいる全員が口をぽかんと開けて目を丸くしている。目の前の、ひと際ゴージャスな服を着たおじさんは、こめかみに青筋を浮かべていた。


「……今何と申した?」


 おじさんが低い声を出す。もしかしたら威嚇しようとしているのかも知れない。


「イヤと言ったんです。聞こえませんでしたか?」


 萌はおじさんを煽った。周囲の武装した男達が剣を抜く。


 初見で偉そうな態度を見せる奴には、最初からガツンと言わないとダメ! 誰かが言った言葉を思い出す。無駄な争いをする気はないけど、誠意のない人にこちらが誠意を見せる必要はない。


「お主は誰に物を言っているのか、分かっているのだろうな?」


 おじさんの口の端がピクピクしている。


「誰だか知らないし、知りたくもありません。私は神様に遣わされたんです。神様の言う事以外は聞きません」

「ならば力づくで言う事を聞かせるまでだ」


 鎧姿の男達が一斉に剣を向けて近付いて来る。遅い。遅すぎる。神社ダンジョン1層のトマトやアボカドでももっと素早い。


 萌は欠伸を堪えながら男達の攻撃を捌く。半身になって剣を避け、籠手で弾き、身を屈め、バックステップで躱す。そのついでに一発ずつ軽く掌底突きをお見舞いしていく。

 1分もかからず、鎧姿の男達は地面に伏した。すると次に魔法が飛んで来る。薄く張った水の障壁で全て防ぎ、魔術師達にも軽くパンチをお見舞いした。


 この広間に居た、戦闘能力を持った者36人。全員が戦闘不能になるまでにかかった時間、1分40秒。


(■■■■■■だったら、多分半分の時間で倒しただろうな)


 萌の脳裏に、誰かの姿がゆらりと浮かんだ。その誰かなら、萌よりもずっと早く、スマートに殲滅したと確信があった。


(……■■■■■■って、誰だっけ……)


「き、貴様っ! 子供だと思って加減してやれば調子に乗りおって! おい、近衛騎士を呼べっ」


 おじさんが口から唾を飛ばしながら気の弱そうな男性に命令している。


「うるさいっ!!」


 萌が声を上げ、バルサージャ王を睨んだ。それは物理的な圧力を伴い、バルサージャ王は思わずその場に尻餅をついた。


(あー、もう! 今大事な何かを思い出せそうだったのに!)


 はぁ、と溜息を吐く小6少女。小声で「アイス・ランス」と呟くと、広間の壁に向かって巨大な氷の槍が放たれた。壁は一撃で大きく崩れ、青空と街並が見えた。


「じゃあ私は行きますね。追って来たら手加減しないから、そのつもりで!」


 萌はへたり込んだバルサージャに向かってシュタッ! と手を上げ、一瞬の躊躇もなく壁に開いた穴から外に飛び出す。


 そこは、中庭に面した王城の3階だった。高さは15メートルほど。萌の身体能力を以てすれば、そのまま着地しても問題ない。


 すとん、と猫のように音もなく土の地面に着地し、飛んでいる時に見えた街に向かって走り出す。


 近衛騎士の集団が広間で呆然と座り込む国王を発見した頃、萌は王城の防壁を軽々と飛び越えて貴族街を抜けようとしていた。





SIDE:碧空の鷲獅子(ブルーグリフォン)


「使徒を連れて来いって言われたけど……どうやって探すの?」


 魔術師の三角帽子を被ったメイベルが、デュークにジト目を送りながら尋ねた。


 ここはルビーフェルド王国王都メイクァートの冒険者ギルド。併設されている酒場の一角に『碧空の鷲獅子』の面々とルーロンが腰を下ろしている。なぜかアイラもニコニコ顔で座っていた。諜報員は暇なのだろうか。


「王城に行く訳にもいかねえよな……」

「見た目の特徴はヘイロン様に教えてもらったけどねぇ……」


 炎竜帝であり魔王であるヘイロンの頼みを断れる者がいるだろうか。もしいたら、単なる命知らずだろう。


「召喚は王城で行われてるのよね?」

「そのはずっす」

「ルビーフェルドの騎士団に拉致されて、そのままヘイロン様の討伐に向かう可能性も……」


 はぁ、と一同は溜息を吐いた。引き受けたは良いが、どうやって探せば良いのだろう。


 その時、冒険者ギルド入り口の扉が開き、黒髪の少女が一人で入って来た。少女は室内をキョロキョロ見回し、受付の方に歩いて行く。その様子をデュークとアイラが何気なく見ていた。


(モエっていうのは多分あのくらいの女の子だろうな……)

(背格好は似てるけど、モエさんがここに来たら苦労しないっすよね……)


 少女はカウンターの向こう側にいる受付の女性に声を掛けようとしていた。


「ようこそ、冒険者ギルド・メイクァート支部へ! 冒険者登録ですか?」

「あ、いいえ。ちょっと探してる人? がいて、情報があれば教えていただけないかな、と思いまして」

「私で分かることでしたら大丈夫ですよ!」

「ありがとうございます。あのー、『魔王』ってどこにいるかご存じですか?」


――ガッシャーン!


 なんとなく聞き耳を立てていたデュークとアイラが椅子から転げ落ち、派手な音を立てた。その音に、カウンターの少女と職員がこちらを向く。アイラが身軽さを活かして素早く立ち上がり、何事もなかったかのような顔をしてカウンターに近付いた。


「あの、つかぬ事をお聞きするっすけど、貴女はひょっとして『モエ』さんっていうお名前じゃないっすか?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ