73 ドラゴンジョークですよ?
「ヘイロン、さっき雷竜の群れが襲ってきた時、ファンロンの声がしたの」
雷竜帝ファンロン。120年前に討伐された氷竜帝パイロンに乞われ、ヘイロンと共に魔力で卵を生み出した竜帝の一角。その名の通り雷属性の魔法を操る強大な竜だ。
「…………捕えた怪しい男という奴に色々聞きたいものだな」
全員がチラッとアイラを見た。
「えーと、連れて来るっすか? 気絶させてるっすけど」
アイラの言葉を受けて、離れた所に控えていた兵士が建物に走って行った。
「アイラさんって、もしかして偉い人……?」
メイベルが尋ねる。パーティ最年少の自分より幼く見えるアイラだが、もしかして?
「いやー、そんなこと全然ないっすね!」
偉くなかった。
「ただ、あたしの所属が特殊なんで、みんな気を遣ってくれるんすよ」
パールグラン王国においては諜報員というのは非常に大切にされている。命を懸けて重要な情報を集める人員だかららしい。
そこに先ほどの兵士と数名が、板に乗せた男を連れて来た。
「色々聞きたいんすけど、目を覚ましたら自害する可能性が高いっす」
どうしたもんすかねー、と小首を傾げるアイラ。
「ここに良い物があるではないか」
ついさっきルーロンがさり気なく地面に置いた金色の輪っかを、ヘイロンは爪の先で摘まみ上げた。
「それは機能していないのでは?」
デュークが尋ねる。
「だからこうする」
ヘイロンは、金色の輪っかを自分の指に嵌め、そこに魔力を流し始める。輪っかに刻まれた魔法陣が赤い光を放ち、それがヘイロンを覆うように広がっていった。
「ちょ、ちょっとヘイロン!? それはマズいんじゃない!?」
「魔獣を操る……炎竜帝が操られたら!?」
「それはマズいなんてもんじゃないわ!」
「やばやばっす!!」
ルーロンやデューク達、それにアイラも慌てふためく。ただ一人、マリーだけが落ち着いて椅子に座っていた。
「みなさん、大丈夫です。ヘイロン様が誰かに操られるなどあり得ません」
まあ、今は実質チヒロに操られてるようなものであるが。
赤い光がヘイロンに吸い込まれるように消えていく。すると、ヘイロンの魔力が徐々に溢れ出し、目には怪しげな赤い光が灯った。フシュウー、と呼吸音が響く。
「「「「「「世界が終わる!?」」」」」っす!?」
マリー以外全員の顔が絶望に染まる。
「…………なんてな。驚いたか?」
溢れだした魔力が綺麗さっぱり霧散し、目の赤い光も消える。
「え?」
「は?」
「なに?」
「うそ?」
「ちょっとちびったっす!」
マリー以外の全員が地面にへたり込んだ。
「あんたねえ!! やっていい冗談とやっちゃいけない冗談があるのよ!?」
ルーロンが顔を真っ赤にしてヘイロンをポカポカと殴る。
目を赤く光らせたのは千尋のEXスキルである。こういう時は効果絶大だ。主に見た目で。
「まあまあ、そう怒るな。今ので色々と分かったぞ?」
「何がよ!?」
「こいつに魔力を供給していたのは、ここから東南東に約2500キロ離れた場所にある魔法陣だ。位置的に帝国であろうな。それとこの魔法具の名は『隷従金縛』というらしい。さらに、隷従の魔法を覚えた」
ルーロンとデューク達が口をあんぐりと開ける。アイラはいつの間にか姿を消していた。おそらく着替えに行ったのだろう。
「隷従の魔法を……覚えた?」
「ああ」
「え、誰でも操れるの? ヘイロンが?」
「いや、魔力の高い者を操るのは難しいし、そうでなくても短時間しか操れんだろう」
炎竜帝がヤバい能力を手に入れたのだけは分かった。
「悪用はしないと約束する。だから安心せよ」
全然安心出来なかった。そこへアイラが戻って来る。
「はー、マジで終わったかと思ったっすよ。えーと、それでどうなったんす?」
『碧空の鷲獅子』の面々がアイラに説明してくれた。
「なるほど! ヘイロン様はこのローブ男が自害しないように、かつ聞きたいことに答えるように操ろうって訳っすね!」
「理解が早くて助かる」
帝国は何の目的でベヒモスの群れをパールグラン王国に向かわせたのか? 帝国とルビーフェルド王国は結託しているのか? この企みの首謀者は誰か?
雷竜帝は帝国に与しているのか? だとしたら何故?
魔法で操れる時間は短いので、聞きたい事を事前に纏める。尋問役はもちろんアイラである。
「じゃあ起こすっす。ヘイロン様、お願いするっす!」
「うむ」
こうして男の尋問が始まった。
SIDE:本庄萌
萌は神社ダンジョンの最下層で+300%のミノタウロスを一撃で沈めた所だった。本日5回目である。
(ふぅ。今日のノルマ達成)
ダンジョンに潜ると謎の寂寥感に襲われる萌だが、それでも週に2回は潜っていた。辞めてはいけない気がしたからだ。
ダンジョン内転移のスキルで1階層に戻り、出口である大岩の穴を潜る。外に出ると、今日は氏神に出迎えられた。
「萌ちゃん、こんにちは!」
「うーちゃん様、こんにちは」
「少しお話できる?」
「はい、大丈夫ですよ!」
萌とウルスラは大岩のセーフティゾーンにブルーシートを広げ、向かい合って座る。
「萌ちゃんに、また異世界に行って欲しいんだ」
「また魔王が現れたんですか?」
「実は……ちょっと込み入った事情があってね」
「事情?」
巻物の中から飲み物とコップを出し、ウルスラに手渡す萌。しっかりした小6女子である。
「ごめんね、詳しい説明は出来ないんだけど……今回は、倒す前にまず魔王と話をして欲しいんだ」
「……話……話を聞いてくれる相手なんですか?」
「うん、それは大丈夫。萌ちゃんの方から、世界を滅ぼす気があるか、人間を憎んでいるか聞いてみて欲しいの。その上で、萌ちゃんが必要だと思ったら魔王討伐を試みて欲しい」
んんー? と、萌は盛大に首を傾げた。討伐を試みる? 倒す、じゃなく? いや、そもそも話をするって……?
「あの、魔王って人間を憎んでて、世界を滅ぼそうとしているから魔王なのでは?」
うんうん、とウルスラが頷く。基本的にはそうなんだけどね、と続ける。
「そこが今回の込み入った事情ってヤツなんだよ」
「ふむ。つまり、今度の魔王は人を憎んでなくて、世界を滅ぼす気もない、と?」
キナジア世界に行ってもらった神使ケルニアによれば、千尋は炎竜帝ヘイロンと呼ばれるドラゴンと融合している。千尋はヘイロンの中で眠り続けており、今は分体とでも呼ぶべき精神体の「チヒロ」が色々と頑張っている(?)らしい。チヒロは人を憎んでいないし、世界を滅ぼそうなどと考えていない。
今回、萌をキナジア世界に送り込むたった一つの理由。それは千尋がいないものに改変された世界を元に戻し、千尋を無事にこの世界に戻すことである。それには、萌自身に千尋のことを思い出してもらわなければならないのだ。
(直接言えたら楽なんだけどなぁ)
他の神が改変した世界について、別の神は直接干渉できない。話をすることさえ許されていない。ウルスラは千尋のことを萌に話せないのだ。話そうとすると、より上位の神の力で言葉が搔き消されてしまう。
「今度の魔王はね、確かに『魔王』という存在ではあるんだけど魔王っぽくないと言うか、いい奴って言うか」
これでもギリギリなのだ。最高神にエイシアのことを上申し、キナジア世界を司る神とも連携しているので、上位神からお目こぼし頂いている状態である。
「えっと、結局私は何をしに行くんでしょう……?」
そうなるよねー、とウルスラは思った。
「と、とにかく! 行けば分かるから!」
「えぇぇ……」
最後はゴリ押しであった。それでも異世界行きを断らない萌は、素直で良い子である。
あと一週間くらいで準備が整うから、よろしくね! それ以上萌から追及される前に、ウルスラは逃げるように消えるのだった。




