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70 ヒーローは遅れてやって来る(ギリギリ)

「ヘイロン様、パールグランの東にベヒモスの群れが現れたと報告が参りました。群れは西に向かっているようでございます」


 カイゼリングがヘイロンに報告を行う。

 パールグラン王国を庇護下に置くことが正式に決まり、ヘイロンは配下の炎竜に交代で周辺地域の警戒を行うよう命じた。炎竜達が嬉々として哨戒任務に当たっていることは言うまでもない。みんなヘイロンに良い所を見せたがっているのだ。


 この世界における「ベヒモス」は、鼻の短いマンモスのような魔獣である。下顎から上に湾曲した巨大な牙と、額から突き出す角。体長は20~30メートルあり、焦げ茶色の体毛は竜鱗に次ぐ防御力を誇る。魔法耐性も高く、竜でも手こずる相手である。


「何頭だ?」

「およそ50頭と」

「多いな」


 2~3頭でも、人族の村などはひとたまりもない。5頭もいれば、強固な防壁に囲まれた街でも、避けて通り過ぎてくれるのを祈るばかりである。炎竜には炎の竜息(ブレス)があるので倒せないことはないが、数が多いと討ち漏らしが出る。


「我が出よう。マリーはここに残りなさい」


 少し不満気な顔をしたものの、マリーは素直に「分かりました」と返事した。


「パールグラン東端に群れが達するまで、どれくらいだ?」

「およそ半刻かと存じます」

「では急ぐ必要があるな」


 神殿から出たヘイロンが地面を蹴る。その巨体に見合わない速さで大空に舞い上がると、黒い軌跡を残して北東へと飛び去った。





SIDE:オスタリア砦


 パールグラン王国東端、国境の街オスタリア。街から2キロ東には、国境を守る「オスタリア砦」がある。南北を急峻な崖に挟まれた幅500メートルの道を塞ぐように高さ20メートルの強固な石壁を築いた地の利を活かした砦だった。


 周辺の地形から、パールグラン王国方面に向かうにはこのオスタリア砦を必ず通らなければならない。今、石壁の上には20門の弩砲(バリスタ)がいつでも放てるように準備され、さらに弓兵と魔術師、合わせて300名が攻撃に備えていた。


 彼らの下へベヒモス襲来の報が届いたのは未明の頃。国境から東方面を常に哨戒している騎馬隊が報せたものであった。


 南北の崖の中腹には、油を入れた樽をいつでも落とせるように準備している部隊もいる。


 ベヒモスの群れを通す訳にはいかない。奴らが通り過ぎた後には草も生えないと言われている。全てを踏み砕き、喰らい、蹂躙する魔獣。そんなものに王国の地を踏ませる事は許されない。


 砦の指揮を担う王国第四騎士団副団長、ミハイルは命を捨てる覚悟だった。ベヒモスとは竜に匹敵する魔獣。突進力だけなら竜をも凌ぐ。それが50頭いるとなると――。


 ふと影がよぎる。


「竜だ!」

「竜が来たぞ! 弩砲(バリスタ)、構えよ!」


 濃い赤色の鱗を持つ2体の竜が降り立った。これは……炎竜か!


「攻撃は控えよ! 炎竜には絶対に攻撃するな!」


 ミハイルが叫び、それが速やかに伝達される。2体の炎竜はこちらを気にもせず、背を向けている。それらが睨むのは東の先、ベヒモスの群れだ。


(王国が炎竜帝の庇護を受けたというのは本当だったのか! しかしさすがの炎竜でも2体では――)


 さらにいくつかの影がよぎる。最初に降り立った炎竜のさらに先へ、3体の炎竜が向かった。恐らく空中から竜息(ブレス)で薙ぎ払うつもりだろう。


 炎竜が5体。頼もしい援軍であることは間違いない。しかし、相手がベヒモス50頭となれば、恐らく止める事は出来ないだろう。炎竜が前にいる事で、こちらの攻撃も制限せざるを得ない。どうすれば良い? ミハイル副団長が作戦を練り直そうとしていると、ひと際大きな影が横切った。


「炎竜達よ。後ろに下がれ」

「ヘイロン様!」

「お手を煩わせるなど!」

「良い、下がれ。お前達がいると攻撃が出来ぬ」

「「「「「はっ!」」」」」


 ヘイロン……あれが炎竜帝ヘイロン……。黒曜石のような鱗、所々に走る血管のような赤い筋。そして炎竜の2倍以上ある巨体。こちらに顔を向けないが、後ろからでも分かる。あれはとんでもない化け物だ。


 ヘイロンに指示され、5体の炎竜が防壁の前に並ぶ。


「障壁を使える者は障壁を張れ」


 炎竜の1体から、そう声を掛けられた。ミハイル副団長が慌てて指示を出す。


「魔術師、前に出よ! 障壁を張るのだ!」


 魔術師達が戸惑いながらも障壁を張った次の瞬間。砂嵐のような土埃とともに地響きが届いた。ベヒモスの群れが視認できる所まで迫っていた。


竜爪滅炎(りゅうそうめつえん)


 ヘイロンが右の前足を振り上げた。刹那、ベヒモスの群れが業火に包まれる。それは赤と橙の大波となり、ヘイロンから2キロ以上東まで、幅500メートルに渡って全てを焼き尽くした。


 崖の中腹で油の入った樽を構えていた兵士達は、あまりの高温に這う這うの体で樽を放り出して逃げ出す。空気自体が焼けるような高温になり、放置された樽が自然発火する。それは崖の中腹で篝火のように燃え盛った。


(やっちゃった……かなり抑えたつもりだったんだけど)


 ベヒモスは魔法耐性も高い、とヘイロンの記憶から読み取ったので、チヒロは炎系最高威力である「天牙滅炎(てんがめつえん)」をヘイロンバージョンで放った。ただし魔力は1割程度に抑えて。


 それでもこの威力。もし全力で放ったらどんな事になるのか、チヒロ本人も慄くほどであった。


「消火しよう……マリーに怒られる」


 あまり得意ではない水魔法で大きな水球を出現させ、風魔法で崖の中腹に満遍なくぶっ掛けた。中腹からは白い煙が上がり、火は消えた。


 それを確認してから砦の方に歩み寄ると、炎竜達のキラキラした目で迎えられた。


「ヘイロン様、すごいっす!」

「さすがヘイロン様! さすへいです!」


 さす〇〇、流行ってんの? などと思いながら、前足を上げてそれに応える。そして石壁の上で一番立派な鎧を身に着けている人を見つけ、話し掛けた。


「この砦の指揮官殿であるか?」

「はっ! 第四騎士団副団長、ミハイル=ディアムースであります!」


 副団長がまるで新人のように背筋を伸ばし、元気な返事をくれた。


「おおぅ……ヘイロンと申す。崖の中腹にいた兵士達に配慮が足りなかった。お詫び申し上げる」

「いえいえ、滅相もございません! パールグランの危機をお救い頂き感謝の至りでございます!」


 ヘイロンは炎竜達に怪我がない事を確認し、それから火傷を負った兵士達にまとめて治癒(ヒール)を掛けた。ミハイル副団長を始め兵士達からえらく感謝された。


 このベヒモス討伐で、まだ半信半疑だったパールグラン王国内は完全にヘイロンを信じる側に傾いた。パールグランではヘイロンのことを「災厄の黒竜」と呼ぶ者がいなくなり、「パールグランの守護神竜」の名が徐々に広まっていくのだった。





「オスタリア砦に迫っていたベヒモスの群れ50頭、ヘイロン様が一瞬で片付けて下さったと報告が入りました!」


 いつもは冷静なバルジ宰相が、声に喜色を滲ませながらフェルナンド王に報告した。


「そうか……」


 王国の危機は去った。それと同時に、炎竜帝の庇護を受けると決めた王の判断は間違っていなかったと証明された瞬間でもあった。


 最初の会談のあと、数日と開けずに2度目の会談を行い、そこにはフェルナンド国王も臨席した。バルジ宰相とザッカート騎士団長曰く、「人族の少女からあれだけ慕われている竜が悪である筈がない」とのことで、王は2人の言う事を信用したのだ。


 そこでヘイロンからの提案も受け入れられた。それは「炎竜領域の引っ越し」だった。


 具体的には、王都パールイスタの南西5キロ地点にある広大な森に、炎竜達の棲み処を作るという提案だった。厩舎を巨大にした「竜舎」を複数建て、さらにヘイロンが住まう「神殿」も新たに建築する。そこには人族の使用人を5~10名派遣する。


 これらにかかる費用は全てヘイロンが負担すると言ったが、そこはパールグラン王国としても譲らず、結局折半することで折り合いをつけた。


 庇護すると決めたからには、今の炎竜の棲息領域では遠すぎて即時対応が出来ない可能性がある。それ故の「引っ越し」であった。もちろんマリーへの配慮もある。竜しかいない場所で暮らすより、人族の街の近くで、人族と触れ合いながら暮らす方が良いと考えた。


 現在はまだ森の開拓を行っている段階で、引っ越しは先の話である。それまでは配下の炎竜が交代で哨戒任務に当たっている、という訳だった。


 こうしてパールグラン王国とヘイロンの友好関係構築は着実にその第一歩を踏み出した。しかし、ルビーフェルドから派遣され王城内に潜り込んでいる諜報員には、その様子が苦々しく映るのだった。

ヘイロンはチヒロが操縦しています。

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