65 ルーロン、ヘイロンに会いに行く
SIDE:ルーロン
『碧空の鷲獅子』から相談された翌朝、早速ルーロンは炎竜帝を訪ねることにした。
「いやちょっと待て! いくらルーロンでもいきなり炎竜帝に会いに行くなんて」
「大丈夫、大丈夫。別に戦おうって訳じゃないんだし」
こっちにその気がなくても向こうは分からないだろう、そう言って無茶を止めようとするデュークだったが、ルーロンは聞く耳を持たなかった。昨夜の気遣いがルーロンのやる気スイッチを押すどころかぶっ壊してしまったようだ。しかもルーロンを止めようとする今の言葉もやる気に燃料を注ぐ結果となった。チョロゴンである。
「一応確認だけど、でゅっくん達の望みは炎竜がルビーフェルドを襲わないことで良いのよね?」
「そうだ。その見返りに、炎竜帝が何を望むか知りたい」
「分かったわ! まっかせなさい!!」
意気揚々と歩くルーロンの背中を、不安な気持ちで見送るデューク。
(本当に大丈夫だろうか……ケンカ売ったりしないよな?)
災厄の黒竜。その怒りを買えば、一夜にして一国が滅びると言う。文字通り跡形もなく国が地図から消えるのだ。
(……やっぱり俺も一緒に行くべきでは)
そんなデュークの心配をよそに、ルーロンは「認識遮断」「迷彩」を使ってとっくに竜の姿に戻り、大空を舞っていた。
(ふっふーん! でゅっくんにいいとこ見せるんだもんね!)
ルーロンが戻るまでデュークの胃痛は続くのであった。
風竜は竜種の中で最速の飛行速度を誇る。竜の飛行能力に加えて得意の風魔法を併用し、驚くべきスピードで飛べるのだ。飛行中の風竜に地上から攻撃を当てることは不可能と言われている。空で風竜に敵う生物は存在しない。まさに空の王者と言えるだろう。
そんな風竜の中で「帝」の称号を持つルーロンは、ルビーフェルドの王都から約2000km離れた炎竜の領域まで、わずか3時間で飛んだ。
「ここに来るのは久しぶりね。炎竜って喧嘩っ早い脳筋ばっかだから苦手なのよねぇ」
独り言ちながら炎竜の領域に侵入するが、何となく違和感がある。
(もう炎竜の縄張りの筈だけど、喧嘩吹っ掛けてくるヤツが全然いないわね)
以前訪れた時は、領域に侵入した途端に3体の炎竜に絡まれた。もちろん軽くぶっ飛ばしたが、今日は炎竜の姿が全くない。何か変だな、と思いつつ大して警戒もしないのは風竜帝としての強さ故か、それとも元来の大雑把な性格故か。
そうこうしている内に神殿がある台地が近付いて来た。
(ん?)
台地には、黒や赤の炎竜達が整列していた。まるでルーロンを迎える花道を作るかのように、左右に1列ずつ分かれている。
(なにあれウソでしょ?)
力こそ正義、と言わんばかりの能力至上主義、炎竜同士でも争いが絶えず、他の竜種を見ればまず竜息をぶっ放すような連中が。台地に降り立とうとしている私に不躾な視線を向けるでもなく、背筋をピッと伸ばして真っ直ぐ前を向き、微動だにしない。
え。気持ち悪い。
さすがのルーロンも事態の異様さに気付いた。煌めく明るい緑色の翼を折り畳みながら、ソワソワと周囲を見回す。すると花道の向こうから見知った顔がこちらにやって来た。炎竜帝の側近、カイゼリングだ。
「風竜帝ルーロン様。ようこそおいで下さいました。どうぞこちらへ」
「カイゼリング、久しぶり。って言うかさ、これどうしたの?」
カイゼリングに従って神殿へと歩きながら、なんとなく小声になって尋ねるルーロンである。
「以前と比べて随分様変わりしたことでしょうか?」
「ええ」
「全てヘイロン様の竜望・竜徳の成せる業でございます」
何を言っているのか全然分からないが、この変化の原因がヘイロンであることは分かった。
待ってもそれ以上説明がないので、取り敢えず進む。やがて神殿に入ると、ここも以前よりずっと綺麗になっている気がする。やがて炎竜帝の間に到着した。
「久しいな、ルーロン」
「80年振り、ヘイロン」
そこには、威風堂々とした黒竜が鎮座していた。その近くに、何故か薄青い髪をした人族の少女が立っている。
「えっと、人化してもいい?」
「構わん」
ルーロンの体が黄緑色の光に包まれ、一瞬後には女性の姿に変化した。出る所は出て引っ込む所は引っ込んでいる、20代半ばくらいのグラマラス美女。その姿を見たヘイロンが肩を竦めた気がした。
ルーロンがわざわざ人化したのは、この場に人族の少女がいたことに対する配慮であった。「帝」が2体もいる閉鎖空間は、人族には息をするのも苦しい筈だ。
すると、少女が椅子と飲み物を持って来てくれた。
「あら、ありがとう」
「い、いえ」
少女はすぐにヘイロンの傍に下がる。
「えーっと、聞きたい事が山ほどあるんだけど……先にここに来た用件を済ませるわね」
「うむ」
「ルビーフェルド王国をむやみに襲わないで欲しいの」
「うむ、分かった」
「その代わりにヘイロンがのぞむ……え!? いいの?」
あまりにあっさりとヘイロンが承諾したので、ルーロンが椅子から転げ落ちそうになった。
「ああ。パールグラン王国にも守護の申し出をしているしな。別に人族の国を襲おうとは思っておらんから」
「は? いや待ってよ。あなた人族を殊更憎んでなかったかしら!?」
「まぁあれはパイロンの……『心残り』のようなものだ」
氷竜帝パイロン。120年前に人族の勇者に討伐された竜帝。
そもそもパイロンが怒り狂い、当時大陸北部にあった2つの国を氷漬けにして滅ぼしたのは、自身の「卵」を人族の手で破壊されたからだ。
竜は卵生・胎生のいずれでもない。卵という形を取るが、それは魔素が結晶化したもので、魔力の塊と言うのが正しい。この世界の竜は魔力が形を成して生まれるのだ。パイロンの卵は、パイロンはもちろん炎竜帝ヘイロン、雷竜帝ファンロンの3帝が魔力を込めて生み出したものであった。パイロンはその卵を愛し、生まれて来る幼竜を殊の外楽しみにしていた。
怒りに我を忘れたパイロンは当時の勇者達によって討ち取られたが、死の間際に呪いを残した。
「憎い! 憎い! 人族が憎い! 人族を滅ぼせ!」
その呪いは卵に魔力を込めたヘイロンとファンロンに伝わった。120年の間、呪いによって人族を憎み続けたヘイロンだったが、千尋が生み出した精神体「チヒロ」によって、その呪いは浄化された。
「まあ、良く分からないけど分かったわ。とにかくヘイロンとしては理由もなく人族を襲うことはないってことね?」
「ああ。炎竜達にも言い聞かせている」
「そうそう、それよっ!」
ズビシッ、とルーロンが指差した。
「炎竜達、どうしちゃったの? なんか規律正しいって言うか、軍隊っぽいって言うか」
「我は何も言っておらん。何やら血気盛んな若い竜が率先してやってるとか」
「他竜事ねっ!?」
ヘイロンに挑んで全く敵わなかった30体の若い炎竜は、殺されても文句を言えない所、治癒まで掛けてもらい、その上何のお咎めもなかった。これで炎竜達はヘイロンの漢気に惚れた。
「ヘイロン様のお役に立つんだ!」「ヘイロン様みたいな漢になるんだ!」と意気込んだ結果、何故か軍隊のように規律正しくなっているらしい。
「ふぅ。なんだか疲れたわ。それで、その子は?」
ルーロンが薄青い髪の少女を見ながら尋ねた。
「この子はマリー。竜と人がお互いを理解するための第一歩だ」
「ふーん、そうなんだ。……ヘイロン、あなた変わったわね」
「うむ。強き者は弱き者を助ける義務があるのだ。強大な力は、何かを守るためにこそ使うべきである」
竜は最強生物であるが故、他の生き物を下に見る傾向にある。その上、傲岸不遜になりがちだ。何故なら誰も対抗出来ないからである。しかし最強だからこそ、弱い生き物をもっと愛するべきではないか。それほどまでに強いと言うのなら、弱い者を守るくらい造作もないことではないのか。
「無論、我等に敵対しないこと、裏切らないことが最低限の条件ではあるがな。我に遜る必要はないが、礼節と誠実さは忘れないで欲しいと願う」
「ヘイロン、あなたの考えは分かったわ。一度私が可愛がってる冒険者達に会ってもらえないかしら?」
「ああ、構わんぞ」
ゆっくりして行け、というヘイロンの誘いを丁重に断り、ルーロンはルビーフェルド王国に戻った。




