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61 意識がなくても神に嫌がらせする千尋

お待たせしました。第四章、開始します!

SIDE:混沌の領域


 千尋は、ダンジョンを見付けるよりずっと前から萌を守ると決めていた。それは千尋に物心ついた時から始まった千尋の「覚悟」だった。自分の存在意義と言っても良い。


 だから萌が神使ヘイムダルに連れ去られそうになった時、身代わりになったのは当然とも言える。それについて、千尋は一切後悔していなかった。


 天界に入った瞬間、千尋の意識は途切れた。「魔王の角(仮)」の効果時間はまだ残っていたものの、ほぼ停止した時間の中を無理に動いたことで精魂尽き果てたのだ。

 だが、それは千尋にとって僥倖であった。元々天界では人間が意識を保つのは困難である。さらにEXスキル「魔王の角(仮)」は、スキル保持者が効果時間内に意識を失ったため、自動的に「保護障壁」を生み出した。それは千尋が目覚めるまで持続する非常に強固な障壁であった。


「なんで!? なんでこの子は『魔王化』を受け付けないの!?」


 そこは混沌の女神エイシアの領域。上下四方を真っ白い壁に囲まれた、狭いとも広いとも測り難い「神の家」である。そこにエイシアの金切り声が響いた。


 混沌の神による魔王創造には3つの段階がある。


 まず選定。誰を、或いは何を魔王にするか決める。選ばれたものに拒否権はないが、稀に自らの意思で魔王になるものもいる。


 次に強化。魔王に相応しい力を授ける。レベルシステムの恩恵を享受している探索者の場合はレベルを上げる。通常1.25~1.5倍程度だが、エイシア神の目的を叶えるために、千尋のレベルは2倍にされた。


 バルケムへ赴く直前、千尋のレベルは78になっていた。エイシア神の強化によって、これが現在156になっている。


 最後に魔王化。精神と肉体を魔王に相応しいものに作り替える。破壊衝動が究極にまで高められ、人族に対する激しい憎悪を抱かせる。同時に、人族が嫌悪する見た目へと体を変化させるのだ。


 レベルを上げられたことで、「魔王の角(仮)」は本来のスキル名である「覇王印」となった。さらに能力が強化され、自動的に生み出された保護障壁も進化した。

 保護障壁は物理・魔法攻撃を防ぐと共に、スキル発動者に益のあるもの(回復・解呪・強化など)は通し、害のあるもの(毒・呪い・弱化など)は通さない。


 本来、神の力を跳ね返すほどの力はなかったものの、魔王化より先に千尋が強化されたことが功を奏した。レベルアップのみを享受し、精神汚染と肉体改変を防いだのだ。


「何らかの障壁が作用していると見受けられますな」


 ヘイムダルが躊躇いがちに進言する。


「んもう! ウルスラが何かやったのかしら? まあいいわ。それなら『融合』でこの子の力だけを使えばいい」


 キナジア世界には丁度良い素体があるのよ。エイシアはそう言って微笑む。


「あれは元々人族を嫌ってるから」

「……では連れて参りましょう」


 既にエイシア神が創り出している次元の通り道(ディメンションパス)を使い、ヘイムダルが消える。


(この子をそのまま魔王にするより面白いかも知れないわね)


 混沌の神として魔王を創り出す任を担い、数百万年。自らの能力を使って生み出した魔王は、必ず負ける。人族の勇者、或いはウルスラの使徒によって打ち負かされるのだ。


 それはまるで自分の力がウルスラより劣っていると感じさせた。それが何度も何度も、終わりなく繰り返されている。負け続けることに、エイシア神は飽いた。たまには勝ってもいいじゃない、と思ってしまった。


 だから創ることにした。最強の魔王を。


 そこで白羽の矢が立ったのが本庄萌である。姉の千尋よりステータスが上回っていたからだ。何より、ウルスラのお気に入りだったことが大きいのだが。


 しかし、ヘイムダルの固有スキル「時流遅延」の中で、本庄千尋が驚くべき力を見せた。時流遅延の発動中は、ヘイムダルを認識することさえ不可能に近い。にも関わらず本庄千尋は動き、妹を守った。それは数百万年の間で初めての出来事だった。ヘイムダルが本庄萌ではなく本庄千尋を天界に連れて来たのも納得である。


「只今戻りました」


 ヘイムダルの声に、エイシア神は物思いから我に返った。ヘイムダルの隣には、意識を失った小山のような黒い生物がいる。


「ヘイムダル、ご苦労様。では始めましょう。炎竜帝・黒竜(ヘイロン)よ! 本庄千尋の力を喰らい、キナジアを業火渦巻く地獄と化しなさい!」


 ヘイロンと呼ばれた黒く巨大な竜と千尋の体が眩い光に包まれる。やがて小さい方の光が大きな光に吸い寄せられ、ひと際眩い光を放って一つになった。


「さあ、お行きなさい。本能の赴くまま、キナジアを蹂躙しなさい」


 エイシア神が右手を振ると、巨大な黒竜の姿が消えた。





SIDE:???


 キナジア世界の北半球に位置するポルドリア大陸。L字を時計回りに90度倒した形のこの大陸、西部最南端。即ち倒したL字の短い棒の先。大陸で何か所かある未踏領域の一つで、標高1万メートル級の山々が聳える山岳地帯である。


 その中心からやや北側に台地部分があり、そこは炎竜と呼ばれる竜種、およそ200体の棲息領域になっていた。


 キナジアの竜種は太い胴体と後ろ足、器用な手を持つ前足、太く強靭な尾、そして翼を持った姿である。成竜は軽々20メートルを超え、大きなものは倍の40メートルにも届く。竜鱗と呼ばれる非常に強固な外皮は生半可な攻撃を通さず、前足の爪や尾、人を丸呑みする口に生えた牙による攻撃は常人では防ぐこと能わず。そのうえ種によって属性の異なる「竜息(ブレス)」という魔法に似た攻撃や、魔法そのものを使う個体もいて、強さという1点においてこの世界の頂点に君臨する生物である。


 炎竜が棲む台地の中心には巨大な神殿があった。


 いや、それを神殿と呼ぶには禍々しさが過ぎる。赤みを帯びた黒い溶岩を切り出した石材は無骨な凹凸がそのままに、他者を寄せ付けない余所余所しさを露わにしている。唯一床材だけは磨かれ、そこに住まうものの足運びを邪魔しないよう配慮されていた。


 炎竜帝ヘイロンの棲み処。唯一ヘイロンだけが棲むことを許された場所。


 炎を操る炎竜種の中で最強を誇る黒い災厄。人族を殊更憎み、人族を根絶やしにしようと破壊衝動を滾らせていた――この神殿で、昨日までは。


 昨夜眠りに就いて今朝目覚めてから、何やら調子がおかしい。


(ニクイ……ニクイ……ニックキ、ヒトゾク!)

(は? なんで? 人族があんたに何かしたの?)

(ナニカ、ダト? リュウトヒトゾクハアイイレヌモノ。アタリマエノコトダ!)

(当たり前? 誰が決めたの?)

(ダレ、ダト……?)


 ヘイロンは今までにないくらい、力が漲っているのを感じていた。それこそこの世界をひと息で滅ぼせるほど。それなのに、頭の中に別の誰かが入り込んだように問答が続いている。


(人族を滅ぼし、この世界も滅ぼして、何の得があるの?)

(思いっ切り力を振るったら満足?)

(自分以外の誰もいなくなった世界で何がしたいの?)


 別の誰かが語り掛けてくる。ウルサイ、ウルサイ! だがその声はヘイロンを責めるでもなく、詰る訳でもない。聞いていると心地よくなって、身を任せたくなるような声であった。


(力っていうのはさ、誰かを苛めたり傷付けるためにあるんじゃないと思うんだ。大切な誰か、大切な何かを守る為にあると思うの)

(マモル……?)

(うん。ここには仲間もいるでしょ? みんな強いあんたを頼ってる)

(ナカマ……)

(守りたい誰かや何かがなくても、これから一緒に見つけようよ)

(イッショニ……)

(うん。あんたと私は一心同体なんだからさ!)


 ヘイロンの心は、今まで感じたことのない平穏に満たされた。凪いだ湖面を渡る爽やかな風のような。全身を優しく温める柔らかな春の日差しのような。憎悪に凝り固まった心が溶け始めると、何故これまで人族を憎んでいたのか、全てを焼き尽くしたいと思っていたのか分からなくなった。それでもこれまでで一番気分が良い。


(オマエハイッタイ……?)

(私はチヒロ。よろしくね、ヘイロン!)


 キナジアに最強の守護竜が誕生した瞬間だった。

少しストックが出来たので、これが切れるまで出来るだけ毎日投稿します!

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