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60 妹を守り抜く

 領主城の地下には囚人を留めておく牢が20あり、本来1つにつき10人ほどしか入らない所に40人前後押し込められ、約800人の老若男女が囚われていた。水や食事は最低限しか与えられておらず、全員が衰弱している。


 思っていたより遥かに人数が多かったので、ムムド村に応援を頼むことになった。


 萌とアセナをその場に残し、アドナと千尋が村に転移。事情を説明し、手助けできる者を集めて城に転移。食料や水、調理道具は千尋の巻物に突っ込み、これを5回繰り返した。ムムド村からの助っ人は総勢40人。十分とは言えないが千尋達だけで解放された只人族達をケアするよりだいぶマシだろう。


 城の中庭で炊き出しが始まる。その様子を眺めていた萌が千尋に向かって口を開いた。


「一安心だね」

「そうだね……他の街でも同じように捕まった只人族がいると思うけど」


 その言葉に萌が眉を寄せる。


「そこは大丈夫なのじゃ」


 とてとてと歩み寄って来たアセナが姉妹に声を掛けた。


「そうなの?」

「うむ! 悪魔族は元々多数で群れるのを好まん。頭を失った今、散り散りになるじゃろう」


 そうなると、捕えた只人族を監視するような悪魔族もいなくなり、最寄りの獣人族が助けに入る筈。アセナはそんな風に説明した。


「どうして獣人族は只人族を助けるの?」

「だって可愛いもの」

「へ?」

「只人族は可愛いのじゃ。つるんとしてて」

「「え」」


 衝撃の価値観である。アセナは毛深いことなどない。ふさふさの毛に覆われた耳と尻尾はあるが、体毛が濃いとかは断じてないのだ。他の獣人族は知らないけれど。


 千尋や萌、母の鈴音などにとってはケモ耳やケモ尻尾が可愛くて我を忘れる(主に千尋が)程なのだが、アセナにとっては獣人族と比べて毛が少ない只人族が「つるん」としていて可愛く見えるらしい。それは獣人族に共通する価値観なのだそうだ。


「えーっと、私と萌は……?」

「可愛くてたまらんのじゃ!」

「そ、そっか」


 そういう風に見られてたのか。と思って若干腰が引ける千尋だが、良く考えてみれば千尋だってアセナのケモ耳とケモ尻尾が可愛いと思っているのだからお互い様である。


「……うん、お互い可愛いって思ってるなら万事問題なし!」


 一周回って自己解決した千尋を、萌とアセナが小首を傾げながら見つめる。


 異変が起きたのはその時だった。


(なに!?)


 全身の産毛が総毛立ち、一瞬で背中が凍るような感覚。千尋は反射的にスキル「魔王の角(仮)」を発動し、萌とアセナを庇うために動こうとした。


(う、動けない!)


 しかし体が動かない。指先はおろか眼球さえ動かせず、声も出せない。

 目に入る光がやけにキラキラとしている。全ての色が輝きを放っているように見え、一方で一切の音が耳に届かない。


 意識ははっきりしているのに、体の自由が全く効かない。千尋が初めて味わう恐ろしさだった。


 そんな千尋の目の前を「異形」が通り過ぎようとしている。

 下半身は白地に金糸の縁取りのある巻きスカート。足元は素足にサンダル。半裸の上半身は男性のもので、左肩から白い布をふんわりと纏っている。そして首から上は黒いドーベルマンのような顔。長くてピンと立った耳は内側が少しピンクがかった白い毛に覆われている。

 まるでエジプト神話に登場するアヌビス神のようだ。金色の瞳は理知的だが怜悧で鋭い。その瞳は千尋を一瞥もせず、萌とアセナの方を見ているようだった。


(くそっ、こいつは何だ!?)


 千尋は自分の目に全神経を集中する。両目に燃えるような痛みを覚えるが、少しずつ視線を動かせるようになった。萌の方を見ると、千尋と同じく動けないようだ。そして奴は萌に一歩ずつ近付いている。


 指先。足のつま先。手の平。首。それぞれを動かすために意識を精一杯注ぎ込む。全身が業火に包まれたかと勘違いする程、激痛と熱が千尋を襲う。


(くうっ、待て! 萌に近付くな!!)


 体の向きを変え、奴の背中に向かって一歩踏み出す。声は出せないが、魔法は無詠唱でも発動出来る筈。


雷槌(トール)!)


 しかし魔法は発動しなかった。


(なんで!? くっそぅ、転移!)


 千尋は激痛を堪えながら刀の柄を握り、奴と萌の間に割り込むように転移する。全身の力を振り絞り、刀を横薙ぎに振り抜いた。


「むっ!? お主、動けるのか?」

「い……い、もう、と、に……ちか、づ、く……な!」

「ほほう」


 これまで全く興味がなさそうだった金色の瞳が好奇心に輝いた。


「お主は本庄千尋だな。儂は神使ヘイムダル。今、この辺りの時間はほぼ停止している。その中で動けるとは称賛に値するぞ」


 時間停止だと? 千尋はふと視線を空に向ける。そこには少しずつこちらに向かって伸びている雷撃の柱が見えた。先程千尋が放った「雷槌(トール)」だ。発動しなかったのではなく、時間の流れが恐ろしくゆっくりになっているのだ。


 つまり、今千尋が動いているのは、想像出来ない程の超スピードを出していることになる。いくら「魔王の角(仮)」でステータスが2倍になっていると言っても、雷が遅々として進まないような中を動くのだ。全身の筋肉や骨が悲鳴を上げて然るべきだった。


 全ては千尋の意思の力。萌を、妹を守りたい一心であった。


「ふむ。エイシア様からは本庄萌を連れて来るように言われているのだが」


 エイシア? 誰だそれは。


「つ、れて、い、て、どう、す、る?」

「ん? 混沌の女神エイシア様が、魔王に作り替えるのだよ」

「ふ、ふざ、け、るなっ」


 千尋はヘイムダルに向かって刀を振り回す。それは幼子が棒を振り回すより遅く、弱弱しかった。あちこちの血管が破れ、そこから飛び出た血が空中に留まる。勿論そんな攻撃がヘイムダルに当たる筈もなかった。


「ぐ……わた、しを、つれて、いけっ!」

「妹の代わりにお主を、という申し出か」

「そう、だ」

「それは魔王になることに同意するということで良いか?」

「い、い。かわ、りに、もえ、にてを、だす、な」


 千尋は力一杯ヘイムダルを睨んだ。それ以外に出来ることがないからだ。


 どんなことがあっても、萌だけは守る。それが自分の務めだ。


「ふむ。……ステータスでは本庄萌が上回っているが、実力では本庄千尋が上か。この中で動けるのが何よりの証。いいだろう、お主の申し出を受ける」


 これまで千尋が出会った神と神使は千尋や萌の味方だった。気にかけてくれたし、優しかったと思う。それに対してこのヘイムダルと、まだ見ぬエイシアは千尋達にとって悪だ。千尋から萌を奪うことに一切の躊躇いがなかった。さも当たり前のように萌を連れて行こうとしていた。


 だが、人間の尺度で神の善悪を語れるだろうか。神が何を考え、何をしようとしているのか分かるだろうか。


 答えは否である。神とは超越者であり、(ことわり)そのものと言っても良い。蟻の気持ちを人間が斟酌しないように、神は人間の気持ちなど斟酌しないのだろう。ただ氏神(ウルスラ)が特別に人間に寄り添っていただけで。


「安心するが良い。お主が天界に踏み入れば、お主という人間は元から居なかったことになる。だから家族がお主の不在を悲しむことはない」


 ()()()()()()()()()()()()()


 なんて残酷なのだろう。母や萌からは、千尋と過ごした思い出さえもなくなってしまうのだ。千尋という愛すべき娘、愛すべき姉が居たという事実そのものが、なくなってしまうのだ。


(それでもいい。私は萌を守り通す。大人になっていく萌を見れないのは辛いけど、萌を守ったことは誇っていい筈)


 千尋は萌の方に振り向き、その頭を優しく撫でた。目を閉じて動けなくなった萌の長い睫毛が、光を反射してキラキラして見える。千尋は萌の姿を目に焼き付けた。


(萌。幸せになってね。ばいばい)


 ヘイムダルと千尋の姿がその場から消えると同時に、世界が元に戻った。


「あ、あれ?」


 萌の手に、涙の雫が一粒落ちる。それは別れを告げた千尋が最後に残したものか、それともほぼ停止した時間の中で感じた悲しみから生まれた萌自身のものか。今となっては誰にも分からない。


「モエ、どうしたのじゃ?」


 怪訝な顔をした萌に、アセナが声を掛けた。


「ううん、何でもない。みんなを手伝おう!」

「そうじゃな!」


 萌とアセナは並んで炊き出しの現場に歩き出すのだった。

ここまでが第三章になります。


いつもお読みくださり本当にありがとうございます。

前話のあとがきにも記しましたが、ストックが切れてしまったので第四章の開始までしばらくお時間をいただきます。

一応、第四章が終章となり、その後は番外編を少し書きたいな、と思っています。

次話は今週の土曜日に投稿予定です。

引き続きよろしくお願いいたします。

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