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57 アインシュタッド戦

SIDE:本庄千尋


「め、目がぁああーーーっ!?」

「まぶしいっ!?」


 自分達で繰り出した攻撃で目が眩むという失態を犯した本庄姉妹。これまで夜間の戦闘もあったものの、ここまで暗い場所で戦った事がなかったし、こんなに光るとは思っていなかった。これも経験のなさから来る油断であろう。本来なら致命的なミスと言える。


 姉妹にとって幸運だったのは、二人で放った「神槍乱舞(しんそうらんぶ)」で同時に600本もの槍を放ち、迫りくる悪魔族の殆どを一撃で倒せたことであろう。完全なオーバーキルであった。


「くっ、魔眼『魔力視』」


 千尋は魔力視の魔眼を発動。急いで周囲を索敵する。


「半径100メートルに魔力は……むっ! 北から急速に近付いて来るヤツがいる! かなり大きな魔力を持ってる」

「北、北、お姉ちゃん、北ってどっち!?」

「えっと、えっと、右!」


 目が眩んでいる姉妹はあわあわしていた。


氷障壁(アイスウォール)!」

風障壁(ウインドウォール)!」


 姉妹は、取り敢えず当てずっぽうで右に向かって障壁を張った。


――ズドォオオン!


 直後に、大きな激突音が森の静寂を破る。


「許さんぞぉ! 下等種族どもがっ!!」


 強固な障壁を力任せに突き破り、姉妹の眼前に立ちはだかったのは、身長2メートルを超える「真っ黒な鎧」。その頃には、ようやく2人の視力が回復してきた。


「なんかすっごくデジャヴ」


 黒鎧を見て思わず呟く千尋。


「お姉ちゃん、あの駐車場のヤツに似てるね?」

「うん、そっくり」

「何をブツブツほざいている!」


 黒鎧が姉妹に向かって大剣を横薙ぎに振るう。萌は後ろに飛び退いて躱した。


「なにっ!?」

「お姉ちゃん、またやった!」


 千尋は振り切った大剣の切っ先に乗っかっていた。それは黒鎧の怒りに油を注ぐ行為であるが、千尋は(幅広だから乗りやすいなぁ)などと思っていた。


「ガルキュリオの爪より断然乗りやすい」

「きさまぁぁあああー!!」


 黒鎧が大剣を狂ったように振るうが、千尋は直前に転移して萌の傍に移動した。


「お姉ちゃん、怒らせちゃったね」

「うん、おこだよ」


 攻撃をして来ない二人の様子に、黒鎧が冷静さを取り戻した。


「……ガルキュリオを知っているのか?」

「うん、まあ」

「しつこかったよね」


 普通に返事する千尋と萌。生真面目である。


「その口ぶり……奴は失敗したのか」


 黒鎧、アインシュタッドが呟く。神狼族で最も警戒するべき少女を異世界に隔離する、ガルキュリオはそういう任務に就いていた。アインシュタッドはそれが失敗したと瞬時に判断した。


 それも、目の前にいる二人の只人族のせいで。その見立ては正しい。


「それで……神狼族の女のガキはどこだ?」


 こいつもアセナちゃんを狙ってるのか。余程神狼族の力が怖いらしい。


「さあ、どこだろう――」

「「チヒロー! モエー!」」


 誤魔化そうとした千尋の言葉に被せるように、背後から姉妹を呼ぶ二人の声が聞こえた。


(ゆっくり来て、って言ったのに……)


「ふっ……ふははははー! 何と言う僥倖! 標的が向こうからやって来るとはな!」


 100体もの配下を連れて来てその全てが倒されたと言うのに、何だろう、この余裕の態度。千尋と萌は背後のアセナとアドナの方に行かせないように警戒を強める。


 すると黒鎧は姉妹から距離を開けるように後ろに飛び退いて叫んだ。


「転移門!」


 黒鎧と姉妹の間に3つの巨大な魔法陣が現れる。そして、ダンジョンで見た石造りのゲートが出現した。


「我は悪魔族三将が一人、アインシュタッド! 我が(あるじ)の命により、仇敵神狼族を滅ぼす者なり!」


 アインシュタッドが名乗りを上げた。


「我が名はチヒロ! 神々の使徒にして、神の命により悪魔族を滅ぼす者なり!」

「お姉ちゃん!? 対抗しなくていいから!!」

「むぅ?」


 名乗りには名乗りを以て返す。それが千尋の中の常識である。


「神々のシト、だと?」

「ほらややこしくなった!」

「チ、チヒロは神々の使徒じゃったのか……?」

「アセナちゃんまで!?」


 アセナが目をキラキラさせて千尋を見つめていた。千尋はドヤ顔である。


「ふん! シトだかシコだか知らんが、どうせここで死ぬのだ! 蹂躙せよ、我が下僕達よ!」


 四股踏んでどうする。て言うかこの世界に相撲があるのか? とツッコミを入れる間もなく、3つのゲートから何かが溢れだした。


(あれはダンジョンで見たモンスター……ということは、次元を司る悪魔族残り2体のうち1体がこいつか)


「「神槍乱舞(しんそうらんぶ)!」」


 千尋と萌の前に600の魔法陣が展開され、600本の金色の槍が放たれる。それらは弾丸を超える速度でゲートから出ようとするモンスター達に着弾した。姉妹は同じ轍を踏まないよう、片目を瞑っている。


 槍は正確にモンスターに届いたが、1体たりとも倒せなかった。


「お姉ちゃん、効いてないよ!?」

「うお!? なるほど、神聖属性は悪魔族特効。あれは悪魔族じゃないんだ」

「つまり普通の攻撃が通るってこと?」

「だね! 天牙雷命(てんがらいめい)・連撃!」

「ロックバレット!」


 雷の斬撃が3つのゲートから溢れるモンスターを薙ぎ払い、討ち漏らしを拳大の岩礫が襲う。


「ゲートに供給される魔力を絶つ」

「つまり?」

「私がアインシュタッドを倒す。萌はゲートの方をお願い」

「わかった!」


 アインシュタッドはアセナとアドナの背後に別のゲートを出現させ、二人に迫っていた。


「お前らさえ封じれば!」


 アドナが槍を構えながらアセナの前に立つ。そこに割り込むように滑り込む影。


「させないよ。雷槌(トール)

「ぐはっ!?」


 電撃の眩い白光がアインシュタッドに直撃し、その進行を阻んだ。


「くぅ、シコめ……」

「使徒だわっ!」


 千尋は軽めのツッコミを入れながら、刀の峰に沿って左手を滑らせた。鍔から切っ先に滑らせる左手に合わせて刀身が眩い金色の光を纏う。


天牙神閃(てんがしんせん)


 一筋の光が闇を天空まで切り裂き、一瞬だけ森が金色に照らされた。千尋はいつの間にかアインシュタッドの背後で納刀していた。


「う……ぉぉぉおおおおお……」


 縦に両断されたアインシュタッドから金色の粒子が大量に噴き出す。


「チヒロ! そいつの本体は剣じゃ!」

「え、マジ?」


 アセナの言う通り、剣から黒い靄が溢れていた。ダンジョンで見た再生の兆しである。


 せっかくカッコ良くキメたのに……。千尋は再び刀を抜き、地面に横倒しになった大剣を爪先で弾いて宙に浮かせた。


天牙神閃(てんがしんせん)!」


 再び煌く金色の斬閃。それはV字を描いて大剣を3つに分断する。


『オオオオオォォォォォ…………』


 地の底から響くような安堵の吐息。3つの欠片になった大剣が金色の粒子になって闇に溶けて行った。


「兄者、見たであろう?」

「チヒロ、本当に強いんだな……」


 呆気にとられたアドナに、何故かドヤ顔のアセナ。


「お姉ちゃん、ゲートが消えたよ!」

「おお、良かった。ありがとう、萌」


 周囲を索敵して討ち漏らしがないか確認した後、4人はムムド村に戻った。





 アドナの家で迎えた翌朝。


「アインシュタッドは『悪魔族三将』と『(あるじ)』って言ってた」

「ガルキュリオとアインシュタッド、あと二人は強いのがいるってことかな?」

「或いはガルキュリオも下っ端かも」

「アドナさん、その辺り何か情報ありますか?」


 神社ダンジョンから持ち込んだ食材を使い、千尋と萌で用意した朝食を4人で食べながら今後の事を話す。


「悪魔族を率いる王と直属の配下だな。三将は残り一人、バルトラスという奴だ」

「王の名前は?」

「昨日も言ったが、統率者を見た者はいない」


 千尋。萌、アセナの3人は食パンをもぐもぐしながらアドナの話を聞いている。


「取り敢えず、悪魔族に占領された一番近い街に行くしかないか」

「行ってどうするのだ?」

「悪魔族の王がいる場所を突き止めたい」

「そ、そうか」


 アドナを巻き込むのは気が引けるが、転移するには場所を知っている彼が必要だ。一度そこに転移して、ムムド村に彼を戻そう。


「アセナも行くのじゃ」

「え、アセナちゃんは危ないからお留守番してて欲しいかなーって」

「神狼族の使命なのじゃ」

「そ、そうなんだ」


 二人くらいなら、守りながらでも戦えるだろう。本当に危ない場合は転移で逃がせば良い。こうして4人で只人族の街に向かう事に決まった。

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