56 悪魔族の襲撃
森の中を西に向かって進むいくつかの人影。千尋と萌、アセナ、アドナの4人に加え、悪魔族がムムド村に向かって来るのを目撃した狼人族の男性1人がいた。
「また森か…………焼いちゃダメ?」
千尋がブツブツと文句を言い、萌にこっそり耳打ちする。
「お姉ちゃん。ダメに決まってるでしょ?」
「むぅ」
森と言っても、鬱蒼とした下草をかき分けて進んでいる訳ではない。ムムド村と他の場所を繋ぐ交易路とも言うべき、馬車が1台くらい通れるちゃんとした土の道である。今のところ虫とも遭遇していない。少なくとも千尋が発狂するような虫は見ていない。
と、アドナの横で先頭を歩いていた男性がアドナに向かって口を開いた。
「この道をこのまま30分も歩けば悪魔族の集団が見えて来る筈だ……なあ、俺はもう戻っていいか?」
狩人然とした恰好の男性は少し声を震わせている。直接対峙した事がなくても、悪魔族というのは怖れの対象なのだ。
「ああ、いいぞ。ここまでありがとうな」
「あ、ああ。気を付けてな」
そう言い残し、男性は一目散に村の方へ走って行った。
「歩いて30分か……じゃあ、私と萌は先に行くから。アセナちゃん達は、なるべくゆっくり慎重に来てね」
「は? 俺達も行くに決まってるだろ?」
「アドナには世界一可愛い妹であるアセナちゃんを守って欲しい」
「妹を……守る……」
「また突然異世界に連れて行かれたらイヤでしょ?」
「当然だ!」
千尋によって簡単に丸め込まれるアドナ。根が純朴なのである。
「だからアセナちゃんを守ってね。ところで、この道の先に村や町はあるの?」
「妹を守る……え? ああ、徒歩で丸1日くらいの所に町があるな」
「途中には誰も住んでない?」
「住んでない筈だ」
異世界において、「徒歩1日」というのはだいたい30~40kmの距離感だ。それだけ離れていれば極大魔法を撃つことになっても巻き込む心配はないだろう。たまたま森の中にいた、という不運な人を除けば、だが。悪魔族がぞろぞろ向かって来るのに、暢気に森の中にいる人もそうそう居ないと思うが。
「じゃあ萌、行こっか」
「うん!」
「チヒロ、モエ、気を付けるのじゃ!」
「「ありがと!」」
アセナの心配する声に礼を言い、姉妹は悪魔族を迎え撃つために走り出した。アセナとアドナの目には2人が消え去ったかのように見えた。
千尋と萌は森の道を走る。もちろん全力ではない。姉妹のトップスピードはまさに瞬間移動に見える程だが、さすがに長時間は維持出来ない。
「萌、もう見えて来る筈だよ」
2分ほど走った所で千尋が口を開いた。
「どうする、お姉ちゃん?」
「まずは遠距離から魔法を試してみよう」
「そうだねー」
姉妹が道の真ん中で立ち止まった。
神聖属性魔法は神社ダンジョンで少し試し撃ちしたが、効果の程は実感出来ていない。
「取り敢えず私が撃ってみる。効果がなかったらフォローお願い」
「りょーかい!」
道の先、まだかなり距離がある彼方に、ゆらゆらと揺れる赤い点が見え始めた。ステータス上昇によって強化された姉妹の視力でも、人工的な光のない森の中だと姿がはっきりとは見えない。
赤い光の点はみるみるうちに数を増し、こちらに迫って来る。
「萌、あれで間違いないよね?」
「ガルキュリオも目が赤く光ってたし。たぶん間違いないと思う」
本来なら、攻撃の前にしっかりと目標の敵であるか確認するべきだろう。
「魔眼、魔力視」
魔力視で見てみると、黄色いオーラが立ち上って見える。魔力はかなりの量だ。獣人族や只人族ではない。
「目を赤く光らせて、あれだけの数でこちらに向かう魔力の高い集団。まず間違いないな。じゃあここから撃ってみよう。神槍!」
千尋が左手の掌を前に向けた。そこに直径30センチほどの金色に光る魔法陣が現れる。そこから音もなく金色の槍が放たれた。標的までの距離は500メートル以上。金色の光は一瞬で闇を切り裂き、赤い点の群れに突き刺さる。
――キィィイイイー!!
金属質の甲高い叫びが森に響いた。金色の槍は一体の標的に当たり、その身を貫いて後方の標的、そのまた後ろと次々に貫通し、遂には群れを突き抜ける。やがて木に当たって光が消えた。
「おー!! 萌、槍の通り道の魔力が消えた! 効果があるよ!」
「効果があるどころか、強過ぎの気がする」
「まあ、弱いより良くない?」
前回訪れた異世界でも、姉妹が協力して放った極大魔法(地獄の業火、地獄の暴風)はあまりにも威力が高かった。高過ぎて、弱い者イジメのような気がしてちょっぴり良心が痛んだ萌である。今回も敵を圧倒してしまうのだろうか?
一方で千尋は魔法の威力が強ければ強いほどテンションが上がる。自分の力に酔い痴れちゃうタイプである。
「うーちゃん様、もしかして加減ってものを知らないのかな?」
萌が半ば呆れたように零す。
「うーん、単に過保護なだけの気もするけど」
うーちゃん様は、「チョイチョイってやっつけて」と非常に軽い感じだった。授けた「神聖属性」が強力過ぎると自覚していたのかも知れない。
「取り敢えず、萌も感触を掴んだ方がいい」
「うん、そうだね。神槍!」
萌の眼前に出現した魔法陣から金色の槍が射出され、千尋の時と全く同じ事が起こる。金色の光で一瞬だけ闇が切り裂かれ、直後に甲高い叫びが響く。
同胞がわずか2本の槍で10体以上屠られたと言うのに、赤い光がこちらに近付くスピードは衰えを見せない。既に敵は200メートルの距離に迫っていた。
――キシャァァアアアアア!
悪魔族の群れから金属質な雄叫びが上がる。同胞を倒された怒りか、はたまた獲物を狩れる喜びか。
「萌、どうだった?」
「うん、手応え十分。これ、貫通するんだね」
「相手の防御力次第だと思うけど、一発で複数倒せるのはなかなかだよね」
そんな最中、姉妹は神聖属性魔法「神槍」について冷静に分析していた。萌も敵を目の前にして良心の呵責を理由に躊躇するようなタマではない。
「じゃあ数を減らして近接も試そう」
「そうだね!」
「「神槍乱舞!」」
並んで立つ千尋と萌の前に、数えきれない程多くの魔法陣が現れた。暗い森が金色に照らされる。そこから数百を超える槍が放たれ、目が眩む程の光となった。
「め、目がぁああーーーっ!?」
「まぶしいっ!?」
SIDE:アインシュタッド(悪魔族)
悪魔族の天敵、唯一の脅威と言える神狼族の戦士。只人族でも「聖属性」を持つ者がいない訳ではないが、その力は総じて弱い。だが神狼族は別格。放置は出来なかった。
古代の勇者の血を引き、最も聖属性の力が強いと言われた少女は、ガルキュリオによってこことは別の世界に隔離された。ガルキュリオがこちらに戻って来ることはないが、彼の功績は大きい。これで悪魔族がこの世界を支配する事がほぼ確実になったのだ。
残された懸念は神狼族の生き残りの男である。
そいつは狼人族が多く住む「ムムド村」に身を寄せているという情報を掴んだ。それで配下を100人程引き連れてムムド村に向かい、あと少しで到着するという頃、突然光が飛んで来た。
――キィィイイイー!!
甲高い叫びと共に、右前方にいた5~6人が光に貫かれ消滅した。
(なんだあの光は!? 攻撃か?)
只人族の使う魔法「ファイヤーランス」に少し似ていたが、速さと威力の次元が違う。初めて見る攻撃に戸惑っていると第二射が放たれた。また5~6人が貫かれて消える。
悪魔族を倒せるという事は「聖属性」の魔法なのだろう。神狼族の新たな攻撃手段か? とにかく何とかしなければ不味いだろう。
「突撃せよ! 攻撃者を殺せ!」
まだ大半の配下は残っている。これは悪魔族に対する明確な脅威に他ならない。すぐさま排除する必要がある。配下は群れを成して攻撃者に向かった。少し先、道の真ん中に2人の細い人影が見える。
我々悪魔族に歯向かうなど愚かな事だ。もうすぐこの世界全てを手に入れる。悪魔族以外の種族は、奴隷か死の2つしか選択肢がないのだ。
人影までの距離が100メートルを切った。只人族? しかも年端のいかない少女だと? どれだけ聖属性魔法に長けていようとも、この人数が一度に襲い掛かれば太刀打ちできる筈がない。現に少女達は配下による攻撃の波に呑まれようと――
その時、まるで森の中に太陽が出現したかのような、眩い金色の光が溢れた。その瞬間、自身の危機を敏感に察知したアインシュタッドは約100メートル北に転移したのだった。
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