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55 ムムド村

「む、虫ぃーーーっ!! 天牙滅炎(てんがめつえん)っ!」

「お姉ちゃん、待って!? 森がなくなっちゃう!」


 萌が体を張って千尋の超絶殲滅剣技を止めようとする。ちなみに止めるのは3回目である。


「も、萌、止めるなっ! こんな森、焼き払った方が」

「待てちんちくりん。ここは俺達の聖地――」

「ふんがーっ! ぶっ飛ばす!」


 チラチラと炎を纏った刀をブンブン振り回すが、アセナの兄、アドナはひょいひょい躱す。このやり取りも3度目である。


 最初に降り立った祭壇から、アドナの住む集落へ向かう森の中を歩いている。まだ15分程しか歩いていないが、森なので虫が多い。ここバルケムの虫は地球で見た事のないようなデカい極彩色のヤツが多いのだ。虫が何よりも嫌いな千尋が森ごと焼き払おうとするのも仕方のない事であった。


 あと、「ちんちくりん」呼ばわりもムカつくらしい。言うまでもないが、千尋は本気で刀を振っている訳ではない。


「ほら、お姉ちゃん。村が見えて来たよ!」

「くぅ、やっとか……」


 姉の周囲に虫が来ないよう最大級の警戒を払いながら、萌が拓けた場所を示す。千尋も疲れているが、萌はそれ以上に疲れた。主に精神的な意味で。


「ようこそ、ここがアセナの生まれた村『ムムド』なのじゃ!」


 そこは「村」と呼ぶには規模が大きい。馬車が2台、余裕を持ってすれ違えるような広い道はしっかりと踏み固められ、均されている。道の両側には石造りの立派な家が規則的に建ち並び、所々3階建て以上の建物も見受けられる。


 ムムド村の中心部に近付くと商店のようなものがたくさん並んでおり、人も多く賑わいを感じた。


「アセナちゃん、ここに居るのはみんな神狼族なの?」

「いや、ほとんどが狼人族じゃな。神狼族は兄者とアセナくらいしか居ないのじゃ」


 アセナと兄アドナの髪色は光沢のある銀色。なるほど、言われてみると他の人達は黒や茶色で銀髪は居ない。


「前回の悪魔族との戦いで、神狼族の戦士はほとんどが殺され、残った者も散り散りとなった。ここは元々俺とアセナが生まれた村だ。アセナの姿が消えた時、帰って来るならここだろうと思って俺は戻って来た」


 アドナは戦いで大きな怪我を負ったが、なんとか生き残った。妹が消えてさぞかし心配したことだろう。その心中を想像すると、胸の奥が引き絞られる気がする千尋であった。


 私を「ちんちくりん」と呼ぶ事は大目に見てやってもいいかな、と思うくらいにはアドナに同情した。


「アセナ、取り敢えず俺が借りている家でゆっくりしてくれ。今までどこで何をしていたのか、その只人族達との関係もよかったら教えてくれ」


 口は悪いが悪い獣人ではないらしい。


「ちんちくりんと妹も歓迎しよう」

「ムキーっ!」


 やっぱりちんちくりん呼ばわりは許せん! 秒で手の平を返す千尋である。


 アドナの後をぷんすこしながらついて行くと、一軒の家に案内された。4人家族でも十分住めそうな広さ。床には磨かれた木板が貼られ、家具も同系色の木製でまとめられている。粗野な外見に反して非常に落ち着いた雰囲気だった。


 家の中に入ると、兄妹は改めてひしっ、と抱き合った。





 兄妹が再会を喜び、お互いの近況を語り終えた頃にはすっかり陽が沈んでいた。千尋と萌はアドナの家のキッチンを借り、神社ダンジョン産の食材と異空間に常備している調味料で簡単な夕食を作る。


 アボカドとミニトマト、レタスのサラダ。ポークソテー。エビの塩焼き。常備している食パン。それらを皿に盛って供した。


「口に合うか分からないけど、召し上がれ!」

「チヒロ、モエ、ありがとうなのじゃ!」

「……いただこう」


 アセナが嬉しそうにパクパクと食べる。その無邪気な様子を見ていると16歳というのが未だに信じられない。アドナも恐る恐る口に運んでいた。


「…………美味い」

「そりゃ良かった」

「ちんち……チヒロ達の世界ではいつもこんな美味い物が食えるのか?」

「これは食材が特別なんですよ! あ、パンは普通にどこでも買えるけど」


 萌が胸を張って答えた。


「そうなのか……良い世界のようだな」

「うん。まあまあ平和だし、危険も少ない。私も良い世界だと思うよ」


 口いっぱいに食べ物を詰め込んだアセナもコクコクと頷いている。そんなアセナの姿をアドナは目を細めて見ていた。


「チヒロとモエがお前を助け、その上こちらに戻る手助けをしてくれたのだな。チヒロ、モエ、妹を助けてくれて感謝する」


 アドナが姉妹に向き直り、千尋と萌に向かって深く頭を下げた。


「気にしないでいいよー。私達がしたくてした事だからね」

「ですです。アセナちゃん可愛いので」

「うむ、確かに俺の妹は世界一可愛いが。とにかく礼を言う。ありがとう」


 うわ、シスコン気持ち悪い。アドナの言葉に千尋はドン引きした。自分の事は全自動棚上げ中である。


「アドナ、悪魔族について教えて欲しい」


 食事がひと段落した所で千尋が切り出した。


 氏神(ウルスラ)によれば、ここバルケムにはあと2体、「次元に関する能力」を持つ悪魔族がいて、そのせいでこれまでの均衡が崩れたという話だった。放置すれば他の種族が滅びかねないのである。


「つい最近、奴らは只人族の国を一つ占領した。生き残った者は全員奴隷にされているらしい」


 獣人種と区別するため、獣人の特徴を持たない人種は「只人族」と呼ばれている。


「只人族って、元々数が少ないんでしょ?」

「そうだ。この数年で只人族は半分以下になっているだろう」


 萌の問いにアドナが苦々しい顔で答える。


「生き残っている者も7~8割は奴隷かも知れない」

「マジか……」

「そんなに……」


 衝撃的な事実に姉妹は言葉を失った。


「アドナさん、悪魔族を率いているヤツっているんですか? 王のような」

「……おそらくは」

「はっきりとは分からない?」

「王を見た奴で生きてる者はいない」

「なるほど」


 統率者がはっきりしないなら片っ端から潰していくしかないか……。しかし只人族が滅びる寸前という話ならあまり悠長な事は言っていられない。


「アドナ、ここから一番近くで、悪魔族が多く集まっている場所は分かる?」


 統率者の居場所がはっきりしないなら引き摺り出すまでだ。大きな集団を潰していけばいずれ出て来るのではなかろうか。千尋の考えは物凄く脳筋だった。力任せとも言う。


「そうだな……ここから北西に徒歩で10日くらいの場所に、占領された只人族の街がある。およそ2万の悪魔族が駐留している筈だ」

「その街か、その近くに詳しい人はいる?」

「いる。俺だ」


 ガルキュリオとは2度干戈(かんか)を交えた。しかし「大軍」とは戦った事がない。アセナの肉親を巻き込んで大丈夫だろうか? まだ神聖属性魔法の効果もはっきりしないのだ。


 前回訪れた勇者リアナ達の世界「リムネア」では、極大魔法で魔王軍を効率的に削ることが出来た。今回も同じようにいくだろうか。


――ドンドンドン!


 千尋が逡巡していると玄関を叩く音がする。


「アドナさん、居るか!?」


 外からの声にアドナが食卓から立ち玄関に向かう。


「どうしたんだ、こんな時間に?」

「た、大変だ! 悪魔族の集団がこっちに向かってる!」

「なんだと!?」


 祭壇からムムド村に来る道中で聞いた話では、この村は今まで悪魔族に襲われた事がなかったらしい。


「数はどれくらいですか?」


 いつの間にかアドナの横に立った千尋が狼人族の男性に尋ねた。


「只人族!?」

「チヒロとモエは信じられないくらい強いぞ? 悪魔族を倒すために異世界から来てくれたのじゃ!」


 千尋とアドナの間からひょっこり顔を覗かせたアセナがドヤ顔で宣言する。その後ろには萌もニッコリしながら立っていた。


「そ、そうなのか? とにかく、狩りに行ってた連中が言うには100以上はいると」

「100だと!?」


 アドナの顔が青ざめる。ムムド村で悪魔族と戦えるのは、アドナとアセナくらいなのだ。


「100か……まあ、肩慣らしには丁度良いかな。ねえ萌?」

「神聖属性を試せるね!」

「な!? お前達、分かってるのか? 悪魔族には俺達神狼族の攻撃でないと止めを刺せないんだぞ!」


 アドナが声を荒らげる。


「まあまあアドナくん落ち着きたまえ。私たちも伊達に神様から遣わされた訳じゃあないよ」


 すかさずマウントを取ろうとする千尋。ちんちくりん呼ばわりされた事は忘れていない。


「兄者、チヒロとモエは本当に強い。その上、神から悪魔族を倒す力を授けられたらしいのじゃ」

「それは本当なのか!?」


 アセナの言葉を受けてアドナが千尋に問うた。


「うーん……たぶん?」

「なぜ疑問形!?」

「まあまあアドナさん。私たちも実戦でこの力を使うのは初めてなんです。どれくらい効くかとか威力がどんなものか、やってみないと分からないんです」


 ますます興奮するアドナを萌が宥める。


「ここでウダウダ言ってても始まらない。とにかく行こう」


 千尋と萌、そしてアセナとアドナの4人は悪魔族が迫る森へと向かった。

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