54 バルケム(異世界)へ
ガルキュリオを倒し、アセナが一緒に暮らすようになって約3ヵ月が経過。千尋と萌の夏休みも終わりが近付いていた。
この3ヵ月間、アセナも姉妹と一緒にダンジョンに潜り、レベル上げを行った。レベル・システムは異世界人にも適用出来たのである。
ただし、地球人とは事情が異なった。アセナは元々ステータス値が高く、それを地球人の平均レベルに換算。レベル40からのスタートとなった。
管理者権限を使い、ダンジョン・モンスターの強さはMAXの+300%に設定。アセナにダンジョン内転移スキルを取らせ、千尋と萌がダンジョン・ボスを倒し、リポップ待ちの間に低階層でアセナのレベル上げを補助する。
モンスターの強さを+100%以上にすると、獲得経験値とマグリスタルの価値も比例して上がる。+300%だと通常の4倍である。リポップ待ちの時間でついでに食材もゲットするという文字通り美味しい所取りの毎日であった。
黒沢にお願いしてもう一つヘイズゲイザーを貸与してもらい、それをアセナに持たせている。アセナが獲得したマグリスタルは姉妹の分と別で管理し、アセナの取り分とした。
そんなある日――。
「3人とも、お待たせ! やっとアセナちゃんの世界に転移させる準備が出来たよ!」
「うーちゃん様! お手数をお掛けしました。ありがとうございます」
「「ありがとうございます!」なのじゃ!」
アセナの世界は「バルケム」と呼ばれているらしい。氏神ことウルスラはバルケムを司る神と連絡を取ることに成功。悪魔族による他種族への抑圧、侵攻、支配は深刻な問題と見做されていたものの、神狼族を始めとする獣人族の抵抗を静観していた。ところが――
『どうも、他世界からほんの一瞬、干渉があったようだ』
『干渉? どのような?』
『ごく一部の悪魔族に次元を歪める能力が授けられた痕跡があった』
『それは神の力では?』
『そうとも言い切れん。とにかく今調べておる』
『ボクの世界に悪魔族が紛れ込んで来たのはその力が原因か』
『恐らく』
といった神同士のやり取りがあったとか。
「結局詳しいことはまだ分からないんだけど、今バルケムに居る悪魔族の中に二体、次元にまつわる能力を持つ個体がいるらしい」
「なるほど?」
「それが、他種族を滅ぼしかねない程の力を持っているんだって。だから、千尋ちゃんと萌ちゃんでチョイチョイってやっつけてきて?」
「チョイチョイ……」
初めて異世界に送り出す時は結構心配してくれたのに。うーちゃん様、なんか軽い。
「あ、その前に、悪魔族特効のスキルを授けておくね…………はい、おっけー」
スキルの授け方も軽かった。
「えと、どんなスキルなんでしょう?」
「アセナちゃんがあのガルキュリオって奴を倒した時、使ってた技があるでしょ?」
「聖転送還」
「そうそう。あれって、一部の世界で使える『神聖属性』攻撃なの」
「つまり神聖属性を授かった?」
「うん、それで間違いないよ」
「「ありがとうございます」」
千尋と萌が揃ってぺこりと頭を下げる。以前から思っていたが、気軽にぽんぽんとスキルを授け過ぎではないだろうか……?
ウルスラは気にしていないが、姉妹はちょっと怖かった。タダより高いものはないからだ。ただ、地球世界の主神3柱の1柱、秩序の神ウルスラにとってみれば、少しくらいのスキルや加護を授けるのは近所の子供に飴をあげる程度のこと。ましてお気に入りの千尋と萌である。可愛い姪っ子に会う度お小遣いをあげたくなる親戚のおじさんのノリであった。
「以前授かった加護はそのままなのでしょうか?」
「うん。一度授けた加護は余程のことが無い限り消えないよ」
その後、ウルスラから「神聖属性」を使った攻撃方法について説明を受け、ダンジョン内で実際に試してみたのだが。
「…………なんかピンと来ない」
「だよね……ここのモンスターには効かないのかな?」
「そもそもちゃんと発動してるのかも分からん」
千尋の刀、萌の籠手に神聖属性を纏わせて攻撃するも、いつもと威力は変わらないように感じる。ほんのり金色に光ってはいるのだが。
「魔法、試してみる?」
「うん」
魔法も試してみたが、神社ダンジョンのモンスターにはまったく効かなかった。
「ま、まあ、現場で試してみるしかないか」
「そ、そうだね」
とにかく、アセナの世界「バルケム」には翌日出発することになった。
その夜、本庄家では。
「ア、ア、アセナちゃぁぁあああーん!」
母・鈴音がアセナを抱きしめて大泣きだった。この3ヵ月寝食を共にし、本当の娘のように感じていたところだったのに、明日元の世界に帰ると言うのだ。
「スズネ、短い間だったけど本当にありがとうなのじゃ」
「ぐすん、げ、元気でね……う、うぐっ、うえぇぇえーん!」
母の気持ちは分かる。分かるが、異世界間ゲートが開通すれば、また会える。ゲート起動に必要なマグリスタルは「98%」まで貯まっていた。
「お母さん、アセナちゃんとはまた会えるから」
「うぇっ、な、慰めは、い、いらないわぁぁああーん!」
千尋と萌はお互い顔を見合わせた。アセナも非常に困った顔をしている。
「お母さん、あのね、本当に会えるから」
「ふぇぇえええーん…………ふぇ?」
千尋は、母にティッシュペーパーを渡した。箱ごと。萌は冷たい麦茶を満たしたグラスを渡した。
それから異世界間ゲートについて話をする。もう間もなく、恐らく1週間くらいでゲートを起動できること。千尋と萌が行ったことのある異世界と行き来が出来ること。
「そ、そしたらまたアセナちゃんに会えるの?」
「うむ! また帰って来るのじゃ! アセナの世界が平和になったらスズネも遊びに来て欲しいのじゃ!」
「絶対よ? 約束よ?」
「うむ、約束するのじゃ!」
鈴音は再度アセナを抱きしめた。そして、千尋と萌に向き直る。
「千尋ちゃん、萌ちゃん。二人がアセナちゃんの世界を平和にしに行くのね?」
「……はい」
「……うん」
鈴音は千尋と萌をいっぺんに抱きしめた。
「怪我しないで……無事に帰って来てね」
「「はい」」
そして翌朝。
「3人とも、準備は良いかい?」
「「「はい!」」なのじゃ!」
「くれぐれも気を付けてね。じゃあ行くよ!」
目を閉じる。一瞬の浮遊感、直後に落下するような感覚の後、まず最初に濃い緑の匂いが鼻についた。目を開けると、そこは深い森の中に作られた石造りの祭壇のような場所。そして驚愕に目を見開くケモ耳達の群れ。
「おお……召喚に成功した、のか……?」
「これが勇者……?」
「只人族ではないか」
「いや、獣人族もいる……?」
なんだか疑問形が多い騒めきの中。
「ア……アセナ? アセナなのか!?」
銀色の髪を肩まで伸ばした精悍な顔つきのケモ耳青年が驚きの声を上げた。
「兄者? 兄者ぁぁあああー!」
アセナが祭壇から飛び降り、その青年に駆け寄り飛びついた。
「おおお! アセナ! 無事だったか!」
「兄者! 心配かけてごめんなさい、なのじゃ」
千尋と萌はそんなアセナの姿を見て(良かったなぁ)としみじみ思いながら、ゆっくり祭壇から降りた。ケモ耳達が自然と左右に分かれ、アセナ達までの道が出来る。ニコニコしながら兄妹の近くまで歩み寄る。
「それでアセナ、このちんちくりんは誰だ?」
「誰がちんちくりんじゃぶっ飛ばすぞ」
「ふんがー!」と言いながら刀の柄に手を掛けた千尋を、萌が必死に抑えるのだった。
千尋・萌・アセナの3人をバルケムに送るため、ウルスラが繋げた「次元の通り道」を利用して、別の存在がバルケムに向かったことは、この時点で誰も気付いていなかった。




