53 混沌の神と秩序の神
SIDE:ウルスラ(氏神)
どこまでも続く青い空。足元は見渡す限りの草原に色鮮やかな花が咲き誇っている。日差しは暖かく、吹き過ぎる風は優しく心地よい。
そこに白い屋根の東屋があった。四隅の柱も白、真ん中に置かれた丸テーブルとそれを囲む3つのベンチも真っ白である。
そのベンチに、2柱の神が座っていた。
1柱は氏神ことウルスラ。もう1柱は女神エイシア。地球世界を司る主神3柱のうちの2柱である。
エイシアは白く細い足を組み、口元に微笑を浮かべている。
「ねぇウルスラ。そろそろどちらかくれてもよろしいんじゃなくて?」
一方のウルスラは、珍しく眉間に皺を寄せて難しい顔をしていた。
「前にも言ったけど、どっちも渡す訳にはいかないよ」
「ええー。二人いるんだから一人くらい良いじゃない」
「いーや、だめだね」
甘えた声でおねだりするエイシアに、首を振って答えるウルスラ。
「うーん……そろそろ魔王を作ってキナジアに送りたいのよねぇ……。そうだ、一人くれたらバルケムとの繋がりを作るように頼んであげるわよ?」
「……お気遣いありがとう。でも不要だよ、自分でやるから」
ウルスラから断られたエイシアが、少女のようにぷくっと頬を膨らませる。
「そーお? 仕方ないわね。魔王は他で探すしかないか」
「うん、そうしておくれ」
話は終わり、と立ち上がりかけたウルスラの手にエイシアが手を重ねた。瞳に悪戯っぽい光を浮かべている。
「ねぇウルスラ。そんなにお気に入りなの? あの姉妹が」
「もちろん。ずっとそう言ってるよね?」
「ふーん……せいぜい大事に捕まえておくことね」
「言われなくてもそのつもりだよ」
ウルスラはエイシアに背を向け、ひらひらと手を振ってその場を去った。
この場所は嫌いだ。いや、場所ではなく、本当はエイシアに会うのが億劫なのだ。彼女は「混沌を齎す神」である。秩序を齎す神の自分とは相性が悪い。
世界の主神とは、その世界を維持する事が主な役目であり、どんな世界にもだいたい3柱の主神がいる。創造、秩序、混沌の神だ。このうち地球の「創造」を司る神とは滅多に顔を合わせる事がない。前に会ったのが何千年、何万年前だったか。
人という生き物は、共通の敵が居ないと同じ「人」同士で争いを始める。共通の敵が現れると、人は一致団結して立ち向かおうとするものだ。
共通の敵が自然発生すれば良いのだが、そうでない場合は定期的に「敵」を作り出してやらなければならない。本当に手のかかる生き物である。だからこそ愛おしいのだが。
エイシアは魔王を作り出して世界に「混沌」を齎す。人にとって脅威となる敵を意図的に作り、人が再び手を取り合うように仕向ける。
人の力だけで魔王を倒せれば問題ない。しかし、想定以上に魔王が強かったり、人が弱かったりした場合、世界の秩序を取り戻すために「勇者」や「使徒」を生み出すのがボクの仕事。
今、地球世界は比較的落ち着いている。争いは勿論あるが、まだ「魔王」を出現させる程ではない。だから、他の世界を維持する手助けを頼まれる。ボクは生み出した勇者や使徒を送り出すし、エイシアは魔王を送り出す。そういう風になっている。
エイシアは、最近のボクのお気に入りである千尋ちゃんと萌ちゃんに目を付けている。執着と言っても良いかも知れない。たぶん、ボクがエイシアの事が嫌いなのと同じく、エイシアもボクを嫌っているのだ。だからボクのお気に入りを取り上げようとしている。
今回エイシアと会ったのは、アセナちゃんの世界である「バルケム」と繋がりを作る為だった。もしかしたら、エイシアがバルケムに魔王を送り込んでいるかも知れないと思ったからだ。
でもその予想は外れた上、バルケムとの繋がりを作る見返りに姉妹のどちらかを要求されるとは。そこまで彼女達に執着しているとは思っていなかった。
時間は少しかかるが、バルケムとの繋がりはボクが何とかするしかない。
エイシアの動きにも注意が必要だ。彼女はこうと決めたらなりふり構わずやり遂げようとする節がある。彼女の興味が他の誰かに移ってくれれば良いのだけど。
SIDE:本庄千尋
ガルキュリオを倒した後、千尋達はなかなかに忙しい日々を過ごしていた。
事件直後、黒沢から何か聞かれるかと思っていたが特に何も聞かれなかった。アセナの事にもノータッチなのが逆に不気味であった。
その黒沢からは、事件の3日後に「例のマグリスタルの査定が終わったわよ」と連絡があり、姉妹の口座に入金があった。
その額、二人合わせて4億8千万円。
さらに、緊急依頼を受けて探索者達を無事救助した謝礼として姉妹に500万円ずつ支払われた。現在、千尋と萌の口座には、合計で5億5千万円以上のお金がある。桁が多過ぎて全く実感が湧かない姉妹であった。
母・鈴音と、顧問契約した諏訪野税理士に相談し、家族で住む家を購入することを決定。
マンションと一軒家で迷ったが、神社ダンジョンの近くに手頃な土地があったため一軒家を建てることに。諏訪野から一級建築士事務所を紹介され、そこに一任することになった。
現在はまだアパート暮らしである。もちろんアセナも一緒だ。鈴音は掛け持ちしていた2つの仕事を辞め、千尋と萌のマネジメントをすることになった。諏訪野税理士の勧めである。有給消化で出社する必要がないので、昼間も家に居る事が出来る。おかげで千尋と萌が学校に行っている間、アセナを一人にしなくて済んだ。
ガルキュリオを倒した報酬として、アセナは氏神から言語能力の加護を授かった。鈴音との会話に支障はなくなり、もし千尋達の世界で生きていく事になっても、苦労や心配は格段に減った。
千尋と萌は氏神からまたマグリスタルを一つずつ貰ってしまった。前回貰ったマグリスタルよりだいぶ安いよ、と聞かされたが、それでも数千万円は下らないだろう。こんな高価な物をポンポンくれるのが怖い。
それで異世界間ゲートを起動するのも選択肢の一つだが、姉妹はゲートの起動に必要なマグリスタルは敢えて自分達の力で貯める事にした。リアナ達の世界に行きたいのは自分達の希望であり、その希望は自分達の力で叶えるべきだと思ったからである。
そして、姉妹にとっては驚愕の事実も判明した。
それはガルキュリオを倒した翌日、本庄家が住むアパートにアセナを伴ってみんなで帰って来た夜に起こった。
「アセナちゃん、一緒にお風呂入ろー! 洗ってあげる」
千尋が満面の笑みでアセナを風呂に誘った。前日の夜、一緒に入れなかったから今夜こそは、と意気込んでいる。
「アセナは風呂くらい一人で入れるのじゃが……」
「えー、萌だって7~8歳の頃まで私が髪の毛洗ってあげてたよ?」
「アセナはこれでも16なのじゃが……」
「「え?」」
「え?」
千尋と萌は同時に聞き直した。今「16」って聞こえたような……?
「アセナちゃん? 今16って言った?」
「言ったのじゃ。アセナは今年16になったのじゃ」
「えっと、16って16歳?」
「そうじゃが?」
「「ええーーーっ!?」」
見た目はどう見ても7~8歳。真新しいランドセルが滅茶苦茶似合いそうなのに、16歳? え、私より年上……? 千尋は驚きで膝から力が抜けた。萌は隣で固まっている。
アセナに詳しく聞いてみると、獣人族の大半は長命で成長が遅いらしい。神狼族ではアセナはごく平均的なのだそうだ。
「えっと、アセナちゃん。私達のこといくつくらいだと思ってる?」
「ん? 30と25くらいじゃろ?」
「さ、さんじゅう…………」
「に、にじゅうご」
千尋、人生で初めて実年齢より上に見られる。だが思っていた「大人っぽく見える」の斜め上だったため、愕然として四つん這いになり項垂れた。萌の場合は20代だったのでダメージは軽かった。
「あぅ……なんか悪い事言ったじゃろうか……?」
「…………ううん、アセナちゃんはなんにも悪くない。ん? アセナ、さん?」
「今まで通りで良いのじゃ!」
アセナが年上なのは驚きだが、見た目が幼くて可愛いのは変わらない。うん、実年齢じゃない、大事なのは見た目だ。千尋はそう割り切って強引にアセナと一緒に風呂に入るのだった。




