52 市街戦
真っ黒な鎧が暴れている。いや、暴れていると言うのは些か控え目だろう。目の前の惨状はあいつが作り出しているのだ。
ビジネスホテル裏の駐車場は火の海と化していた。停められていた車に火が燃え移り、ガソリンに引火して時折大きな爆発が起きている。
黒沢達や宿泊客達はビジネスホテルから300メートルくらい離れたスーパーの駐車場に集められていた。ホテル周辺の住民達も避難して来ている。今やパトカー20台以上、消防車10台以上が集まっているが火の勢いは衰えていない。黒い鎧が居るので消火活動が出来ないのだ。
制服警官が拳銃で遠巻きに攻撃しているが全く効いていないようだ。兜の隙間から見える二つの赤い光点が闇に浮かび、背景の炎と合わさって現実と思えない光景を生み出している。
(あれがダンジョンに居たヤツと同じなら、自衛隊でも敵わないのでは……?)
黒沢は既に探索者協会東羽台支部の支部長に事態を報告していた。今頃は協会本部を通じて警察上層部、ならびに自衛隊に連絡が行っている筈。
黒沢の脳裏には、当然千尋と萌が浮かんでいた。しかし、ダンジョンの外では彼女達も普通の女の子。とてもあんな化け物を相手には出来ない。姉妹に頼る訳にもいかなかった。
「アクア・ボール!」
何やら聞き覚えのある声がした。その直後、炎のオレンジと黒煙の上空に巨大な水球が出現し、駐車場に落下。燃え盛る炎が一気に消えた。そして、黒い鎧に駆け寄る3つの影。
「え、嘘でしょ……?」
黒沢の小さな呟きが漏れた後、目の前に土の壁が出現した。
SIDE:本庄千尋
「萌、先に火を消そう!」
「りょーかい、『アクア・ボール』!」
千鶴荘から現場に続く坂を駆け下りながら、萌が巨大な水球を出現させた。ビジネスホテル裏の駐車場全体を覆う程の水球を落とし、一挙に火を消す。
ガルキュリオは、まるで獣のように手当たり次第爪を振るっていた。
「あれは理性がないように見える。重要な部分の再生には時間がかかるのじゃ」
兜が本体と見込んだ千尋の考えも、あながち間違ってはいなかったようだ。
「という事は、アセナちゃん、これはチャンス?」
「うむ。今のアイツは力任せに腕を振り回してるだけなのじゃ」
「お姉ちゃん、今の内だよ!」
「分かった!」
ガルキュリオに向かって多くの警察官が発砲している。まずはあれをどうにかしたい。
「萌、警官とアイツの間に壁を作れるか?」
走りながら萌が頷く。
「土障壁!」
ガルキュリオと警察官の間に、高さ5メートル、厚さ1メートルの土壁が立ち上がった。これで拳銃の弾も飛んで来ないだろう。それと同時に、ガルキュリオを駐車場側に閉じ込める事が出来た。
(人の目を避けられるのは丁度いい!)
――ギィン!
千尋が残像を残す程の速さでガルキュリオの懐に入り、1台のセダンに向かって振り下ろされた爪を刀で受ける。激しい金属音と共に火花が散った。
爪の振り下ろしが激しくなる。千尋を狙っているというよりも、まるで壊れた機械のようにその動きは滅茶苦茶だ。関節の可動域すら無視してあらゆる角度から爪が襲い掛かる。もし力に制限の掛かった状態でその攻撃に晒されれば、成す術もなくバラバラにされた事だろう。
だが、千尋はガルキュリオの爪撃を全て避けた。刀で受けたのではない。全て避けて見せたのだ。
単純なステータスでは萌の方が多くの項目で上回っている。ガルキュリオの猛攻だって防ぐ事も可能だ。しかし、萌には「全ての攻撃を受けずに避ける」事は出来ないだろう。これは、常人離れした千尋の動体視力と集中力によって成せる技であった。
(お姉ちゃん、すごい……)
萌ですら、千尋の姿が霞んで見えた。アセナには何が起こっているかも分からない。
「モ、モエ? チヒロは大丈夫じゃろうか?」
「お姉ちゃん全部避けてるみたい」
「よ……避け!? あれを!?」
「うん。私のお姉ちゃん凄いでしょ?」
「うむ、人の動きとは思えんのじゃ……」
千尋の動きは次第に洗練され、最小限で躱していく。そして、遂にガルキュリオが大振りの攻撃を繰り出したと思ったら、千尋の姿が消えた。
「ふっ。もう終わり?」
千尋は横薙ぎにされたガルキュリオの鋭く尖った爪の上に乗っていた。
「わっ! お姉ちゃん、またやった!」
萌は両手を叩いて大喜びである。漫画やアニメでしか見ることのない、敵の武器に乗るという行為。それ自体には、相手を煽る事以外に全く意味はない。だがカッコイイ。萌がカッコイイと思ってくれる。それだけで千尋にとってはやる意味が十分にあった。というより、萌が喜ぶなら全力でやる。千尋はそういうお姉ちゃんである。
萌の喜ぶ様子にちょっぴり鼻の穴を広げながら、千尋はガルキュリオの爪から左腕に移動し、その首に向かって刀を横に薙いだ。黒い兜が弾け飛ぶ。
「萌っ!」
「フリージング・インサイド!」
事前に打ち合わせしていた通り、萌が氷魔法でガルキュリオを氷漬けにした。
フリージング・インサイド。語感から想像できる通り、内側から凍らせる魔法である。敵の内側から凍らせるなんてマジ!? 出来るの? と萌は半信半疑であったが、千尋は「出来る!」と断言した。
以前異世界で使った「確滅炎」。見た目、というか効果がエグいので萌の前では自重を決めた魔法。それに似た魔法を萌に使わせて、確滅炎に対する忌避感を薄めようという小賢しい魂胆である。
果たして、ガルキュリオは頭部と首から下の2つの氷塊と化した。
萌の生み出す氷は全てを凍てつかせる絶対零度、マイナス273.15℃である。ガルキュリオが凍らされた事で、先程まで炎に晒されていた駐車場周辺の気温が急激に下がる。それほどの低温だと言うのに、氷塊の内部でガルキュリオが微かに振動していた。
「活きがいいにも程があるっ!」
「いや、お姉ちゃん。マグロみたいに言わないで」
姉妹がくだらないやり取りをしている間、アセナがガルキュリオに止めを刺す準備をしていた。目を閉じて集中している。するとアセナの体から金色の光の粒が立ち上り始めた。
「アセナちゃん、準備はいい!?」
「いつでもいけるのじゃ!」
「よし! 炎槍!」
千尋の目の前に、細長い炎の槍が2本現れる。萌が作り出した氷を溶かし、尚且つ貫通しないよう温度と威力を調整。炎が濃い青に変わり、ガルキュリオの頭部と胴体に突き刺さった。氷を貫いて直径10センチ程の穴が空く。
「アセナちゃん!」
「うむ! 聖転送還!」
アセナが持つ槍が、千尋が空けた穴を通ってガルキュリオの頭部を貫いた。穂先から金色の光が迸り、兜全体に罅が入る。そこから金色の光が漏れ、徐々に形を失ってサラサラと金色の粒に変わっていく。
『オォォォォォォ……』
どこか遠くから響くような低い声は、安堵の吐息のように聞こえた。金色の粒はまるで天に還るように夜空に溶け込んでいく。
続いて胴体も同じようにアセナの槍が貫くと、凄い勢いで金色の粒子が溢れだす。ものの数十秒で胴体は跡形もなく消えた。
後に残されたのは、頭と胴体を覆っていた氷の塊。千尋が弱めの炎魔法で氷塊を溶かし、僅かに水溜まりが残るだけだった。
「よし、撤収!」
千尋がアセナを小脇に抱え、駐車場から離脱する。土障壁も忘れずに解除し、姉妹とアセナの3人はその場から消えた。
ビジネスホテルの前には狐につままれたような顔の警察官達が取り残された。
(何が起こったのか聞きたくない。私は何も見てない)
少し離れたスーパーの駐車場では、黒沢あかねが現実逃避していた。
ガルキュリオを倒した後、千尋・萌・アセナの3人はホテル千鶴荘に戻った。氏神の姿はなかったものの、神使ケルニアが庭園に残っていた。
『我が主から感謝を伝えるよう言付かった。3人に感謝する』
立派過ぎる角を振りながら、ケルニアが器用に頭を下げた。
「ケルちゃん様、アセナちゃんの事、よろしくお願いします」
千尋とアセナはまだでっかい鹿がちょっぴり怖いので、萌が代表してお願いする。
『我が主と共に可能な限り対処すると約束しよう。それと、其方達には褒賞を授ける。時間がある時に、いつもの神社に行くが良い』
「「「ありがとうございます」」なのじゃ」
うーちゃん様よりケルちゃん様の方が神様っぽい喋り方だなぁ。萌と千尋はそう思いながらお礼を言った。闇に溶けていくケルニアを見送って、3人はホテルの部屋に戻るのだった。




