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――ガチャリ。
「お姉ちゃん……え、どうして泣いてるの!?」
「ななな泣いてないもん」
千尋がホテルのドアをガチャガチャやったので、萌がドアスコープから外を確かめて開けてくれた。どうやら爆発音で萌も目が覚めたらしい。
オートロックに締め出されたらホテルのフロントに行けば良いのだが、そんな事は知らない千尋は途方に暮れていた。夜中なので騒ぐ訳にもいかず、萌や母に電話を掛けて起こすのも気まずい。このまま朝までひとりぼっちか、と思うと寂しくて泣けてきたのであった。
「ほらお姉ちゃん、部屋に入ろ?」
「……うん」
部屋に入ると、リビングでアセナがおにぎりを両手で持ってもぐもぐ食べていた。隣に座った母・鈴音がアセナの頭を優しく撫でながら微笑んでいる。なんともほっこりする光景。
「て言うかみんな起きたんだ」
「うん、なんかドオン、って音がしたでしょ?」
「近くで何かが爆発したみたい。見える所まで行ったけど戻って来た」
「さっきも2回、爆発したみたいな音がしたよね」
「そ、そう? エレベーターに乗ってて気付かなかったかも」
――ピンポーン。
インターホンの音が控えめに鳴った。インターホンがあったのか。千尋はそんな事にも気付かなかった自分が恥ずかしくなる。
千尋は萌と顔を見合わせた。しかし、こんな夜中に一体誰が?
「私が出る」
「お姉ちゃん、スコープがあるから誰だか確認してから開けてね」
「分かった」
萌はドアに向かう姉の後ろ姿を心配そうに見つめる。
「え……ええええーっ!?」
千尋の声に、萌が慌ててソファからドアに駆け寄った。
「どうしたの、お姉ちゃん!?」
「えっと、ドアの外に、うーちゃん様と……鹿?」
「鹿?」
最近萌が見た「鹿」と言えば、ケルちゃんくらいだ。萌がドアスコープを覗くと、果たしてホテルの廊下に氏神と神使ケルニアが立っていた。神と神の使いならドアくらい素通り出来そうなものだが、きっと律儀なのであろう。
萌がガチャリとドアを開いた。千尋は鹿が怖いのか、萌の背中に隠れて顔だけ覗かせていた。
「うーちゃん様、それにケル……ちゃん様。こんな所までどうなさったのですか?」
「うーちゃん様、こんばんは。それと……?」
『我は神使ケルニア。気軽にケルちゃんと呼ぶが良い』
「千尋ちゃん萌ちゃん、こんばんは。ちょっとお話できるかな?」
姉妹は母とアセナに断って部屋を出た。エレベーターでロビーに降りると、夜中にも関わらず結構な人がいる。爆発騒ぎで様子を見に来た人達だろう。千尋達はロビーを出て人気のないホテル裏側の庭園に向かった。
びっくりするくらい大きな鹿がウロチョロしていたら普通は騒ぎになる。氏神と神使の姿は千尋と萌以外には見えていないようだ。
庭園の奥まった所にベンチがあり、氏神に促された姉妹はそこに腰を下ろした。
『本庄千尋、萌。まずは我が主の要請に応え、これを解決してくれたことに感謝する』
鹿がペコリと頭を下げたので、姉妹も慌てて頭を下げた。
「えーっと、ケルちゃん様の主っていうのは……」
「あ、それボクだよ」
『ウルスラ様である』
異世界の女神ハムノネシア様が私達のことを「ウルスラの使徒」とお呼びになったので、なんとなくそうかな、とは思っていたけれど。
「やっぱりうーちゃん様はウルスラ様だったんですね」
「あれ!? 言ってなかったっけ?」
惚けているのか天然なのか判断がつかないが、まあ良い。姉妹はコクコクと頷いた。
「言ってなかったかー。ごめんね? それで、あっちで派手に爆発してる件なんだけど」
「爆発……あれがうーちゃん様方と関係あるのですか?」
「あれ、ダンジョンから出て来たヤツの仕業なんだ」
千尋のコートにガルキュリオの欠片が付着し、あそこまで運ばれて復活したようだ。氏神の説明に、千尋がしゅんとなる。
「もちろん千尋ちゃんのせいじゃないよ? アレは本当に珍しい。ダンジョンは環境が整ってるとは言え、異世界と自力で繋ぐなんてとんでもない能力だし、小指の爪より小さな欠片から復活するなんて、ちょっと意味が分からない」
あの焦りようから頭部が本体だと思っていた。すっかり騙された。体の一部が残っていれば再生出来るようだ。確かに意味が分からない。
「戦った時も、再生の速さが異常でした」
「やっぱり」
「はい……そう言えば、アセナちゃん、ダンジョンで保護した異世界の子で、『神狼族』と名乗っていましたが、そのアセナちゃんによると、ヤツは『悪魔族』というらしいです」
「悪魔族……」
氏神が「ふむ」と言いながら顎に手を当てる。
「ケルニア?」
『主、なんであろうか?』
「アイツに心当たりある?」
『あれは生き物ではないと愚考する』
「やはりそうか……うーん……困ったかも」
神様が困るとは。それは人間にはどうしようもないのでは?
「うーちゃん様?」
「うん、千尋ちゃんと萌ちゃんにヤツの始末をお願いしようかと思ったんだけどなあ。アレは殺せないかも」
確かに困った。現在進行形でガルキュリオは絶賛大暴れ中である。このままでは多くの犠牲が出てしまう。
ん? そう言えば……。
「神狼族であるアセナちゃんだけが悪魔族を滅ぼす事が出来る」
千尋が小さな声で呟いた。
「え、千尋ちゃん、今なんて?」
「アセナちゃんが言ってたんです。勇者の血を引く戦士の生き残り……神狼族のアセナちゃんだけが悪魔族を滅ぼせる、って」
「あっ。私、アセナちゃんの槍を預かってた」
「萌ちゃん、それ見せてもらっていい?」
「はい」
萌は自分の巻物からアセナの槍を取り出した。黒っぽい木製の柄の先に両刃の穂先が付いている。槍に詳しい訳ではないが、特に変わった所はない。
「これは!」
「えっ! もしかして凄い槍なんですか!?」
「何の変哲もない槍だ……」
神様ジョークだろうか? こんな時にやめて欲しい。
「この穂先に使われている金属はこの世界にないものだけど、特別な力はないみたい」
「……ということは」
「その神狼族の子が特別な力を持ってるのかも」
「萌!」
「お姉ちゃん!」
「「アセナちゃんを連れて来ます!」」
母に事情を話してアセナを連れて来た姉妹。アセナは眠そうに欠伸をしている。
「うーちゃん様」
「うん」
「チヒロ、誰と話をしているのじゃ?」
アセナにはやはり氏神が見えていないようだ。アセナの手に、氏神とケルニアがそっと触れた。
「ひゃあっ!?」
「はじめまして、アセナちゃん。ボクはウルスラ、この世界の神の一柱だよ」
『我はケルニア。ウルスラ様の使いである』
「し、鹿が喋ったぞ!?」
アセナは千尋の後ろに隠れた。尻尾がピンと立ち、毛がぼわっと広がっている。ケルニアを最初に見た時の千尋の反応とほぼ同じである。
「アセナちゃん、お疲れのところ申し訳ないんだけど、あの異世界の悪魔族? アイツを滅ぼすのを手伝ってくれないかな?」
「む? ガルキュリオのことか? ヤツは本当にしつこいのじゃ」
ここで、アセナが自分の世界で何があったのか説明してくれた。
アセナの世界には神狼族のほか、様々な動物の特徴を持った種族(獣人族)がいるらしい。つまりケモ耳の楽園である。ケモナーの千尋にとっては天国と言っても過言ではない。
動物の特徴を持たない種族をまとめて「只人族」と呼んでおり、こちらは数が少ないそうだ。いきなりダンジョンに放り込まれ、目の前でモンスターに襲われていたのがアセナの世界では「希少」な只人族だった。それで守らなければならないと思ったそうだ。
そして「悪魔族」。獣人族・只人族を合わせたより遥かに数が多く、アセナの世界を席巻しようとしている。
悪魔族は、同族以外を全て下等種族と見做し、奴隷や家畜と同じように扱っている。かつては悪魔族の支配に抵抗した種族も多くいたが、次々と滅ぼされたと言う。
「悪魔族は特殊な能力を持つ者が多い。今となっては悪魔族を滅ぼせるのはアセナたち神狼族のみじゃったが、この前の襲撃で戦士は殆ど倒されてしまったのじゃ……」
その時の事を思い出したのか、アセナが俯いてしまった。尻尾は力なく垂れ下がり、耳がヘナッと倒れている。
「ケルニア、アセナちゃんがどこから来たか分かる?」
『今調べておる。間もなく分かる筈である』
「アセナちゃんの世界が分かったら、そこの神と話してみるよ」
氏神が言うには、アセナの話を聞く限り客観的には「勇者(神々の使徒)」の派遣が妥当な状況と思われるが、その世界の神が要請しなければ異世界との繋がりが作れないらしい。
「うーちゃん様……」
「分かってるよ、千尋ちゃん。アセナちゃんを元の世界に戻せるように出来るだけの事はするつもり」
「「「ありがとうございます」」なのじゃ」
アセナが自分の世界に帰れるかどうかは氏神次第となった。
「それはそれとして、アセナちゃん、力を貸してくれるかな?」
「もちろんなのじゃ」
「千尋ちゃん。萌ちゃん。二人で――」
氏神から作戦を伝えられる姉妹とアセナ。
「二人にかかってる制限は外すから。これ、一度外すと戻せないけど大丈夫だよね?」
「はい」
「…………はい」
「千尋ちゃん!? だいぶ間があったけど!?」
千尋は少し考えてから返事する。
「私は自分が大切なものを守りたいだけです。それ以外で力を使うつもりはありません」
「うん、千尋ちゃんの言いたい事は分かった。それで良いよ」
千尋が言いたいのは、大切なもの以外がどうなっても気にしない、と言う事だ。氏神はそれを理解し、受け入れた。
「じゃあ3人とも、頼んだよ!」
「「「はい!」」なのじゃ!」
制限を外す=ダンジョンの外でフルに力を発揮できる、となります。




