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49 萌、姉の気持ちが分かる

お風呂回です。

 鶴子川(つるこがわ)市中心部やや北寄りの高台にある「ホテル千鶴荘」。市内で一番古く、高級なホテルである。


 既に陽は落ちていた。正面ロビーに続くなだらかな坂道は左右の植え込みに間接照明が配置され、庭園を見事に浮かび上がらせている。車寄せに到着すると、ロビーから洩れる暖色系の灯りに出迎えられた。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん。起きれる?」

「むぅ……」

「お姉ちゃん!」

「チヒロ!」

「むにゅ?」

「今日はホテルに泊まるんだよ! お母さんも来るって」

「ほぇ……ホテル?」


 まだ寝ぼけている千尋を何とか車から降ろし、萌とアセナが横から支えながらロビーに入る。そこでは、既に到着していた姉妹の母・鈴音と先に車から降りた黒沢が話をしていた。


「萌ちゃん! 千尋ちゃん!」


 姉妹に気付いた鈴音が、黒沢に軽く一礼してからこちらに駆けて来る。


「お母さん、来てくれたんだね!」

「む、むにゅぅ……」

「そうよぉ、萌ちゃん。ところでお姉ちゃんは大丈夫なの?」


 鈴音は萌の頭を優しく撫でた。萌とアセナに両脇を抱えられている千尋は半分眠っているようだ。


「うん、怪我とかじゃなくて、単に疲れて眠いだけだから」

「そ、そう? とにかくお部屋に行きましょうか。それで、こちらのお嬢さんは……」


 鈴音がアセナを見ながら尋ねる。その瞳には、不信感ではなく好奇心が宿っていた。さすがは千尋の母。血は争えない。


「この子はアセナちゃん。言葉が通じないけど、私かお姉ちゃんなら分かるから」

「? そうなのねぇ……?」

「詳しい事は後で話すよ。とにかくお姉ちゃんを休ませよう」


 ホテルに到着するまでの間、萌はアセナと同室にしてくれるよう黒沢にお願いしていた。黒沢も幼く見えるアセナを一人にする訳にいかず、かと言って自分では言葉が分からないのでどうしようか悩んでいたため、萌の提案に全力で乗っかったのだった。


こうして本庄親子とアセナの4人は、ベルボーイに案内されて8階の客室に向かった。





 千尋達が客室に向かうためにエレベーターに乗っている頃、駐車場に停められた1台のワンボックスカーのすぐ傍で異変が起きていた。

 それは千尋達が乗って来た協会の車で、千鶴荘で千尋達を降ろした後、探索者達が集まっているビジネスホテルに移動したのだった。ここはそのビジネスホテルの駐車場である。


 リアタイヤのすぐ脇に5mm角くらいの黒い欠片が落ちていた。それはそこら中に落ちている小石と見分けがつかなかった。小石と異なるのは、そこから僅かに黒い微粒子が立ち昇っている事だった。


 千尋が本気の天牙雷命(てんがらいめい)を放ってガルキュリオをバラバラにした時。ほんの小さな鎧の欠片が、千尋愛用のコートに付着した。それは千尋が車から降ろされた際に地面に落ち、タイヤの溝に挟まってこの駐車場まで運ばれたのだった。


 鎧の破片から立ち昇る黒い微粒子は、少しずつその勢いを増しているように見えた。





「――という訳で、私とお姉ちゃんは異世界に行ったの。それで異世界の言葉が分かるようになったみたいで、別の世界から来たアセナちゃんの言葉も分かるし、私達の言葉もアセナちゃんには通じるんだ」


 協会が本庄親子とアセナのために用意してくれた客室は、ベッドルームとリビングが分かれた広めのツインルームだった。エキストラベッドが2つ運ばれ、4人が1つずつベッドを使えるようにしてくれている。


 リビングのソファでお茶を飲みながら、萌は鈴音にこれまでの経緯を説明していた。と言っても、危ない目に遭った部分は端折っている。鈴音は、ダンジョンの神様のおかげで姉妹が異世界に遊びに行ったくらいに思っている。


 萌の隣にはアセナがちょこんと座り、向かい側に鈴音が座っていた。千尋はベッドルームでお休み中である。


 余談だが、アセナが使っていた槍は萌が巻物の異空間に保管している。


「モエ、この人はモエとチヒロの母君であるか?」

「そうだよ」

「▲~@%タ#□+ス&Bチ*▽ユ(はじめまして、アセナと申します)」

「お母さん、アセナちゃんが『はじめまして』だって」

「あらあら! ちゃんとご挨拶が出来て偉いわぁ。よろしくね」


 鈴音が身を乗り出してアセナの頭を撫でた。アセナは恥ずかしそうに頬を染めている。尻尾がゆらゆらと揺れていた。


「ねぇお母さん。しばらくアセナちゃんを(うち)に泊めてもいい?」

「私は構わないけど、家は狭いから……それでもいいかしら?」


 鈴音はケモ耳少女に全く抵抗がないようだった。血は争えない。


「アセナちゃん。元の世界に帰る方法が見つかるまで私達の家に来ない?」

「良いのじゃろうか?」

「お母さんも良いって言ってるし。ただ、家狭いけど大丈夫かな?」

「それは問題ないが……チヒロは何と言うじゃろうか」

「お姉ちゃんは100%反対しないよ! むしろ無理矢理にでも家に連れて行くと思う」


 千尋はゲートが一方通行と分かった瞬間に、アセナを家に連れて帰ろうと決めていた。なので萌の言っている事は完全に正しい。


「萌ちゃん。取り敢えずアセナちゃんと一緒にお風呂に入ったらどうかしら? お洋服は余分に持って来てるから、少し大きいけど今よりマシかもよ?」


 ダンジョンで3日に渡って戦い続けたアセナである。怪我などは治療済みだが、着ている服はボロボロだし体中にモンスターの返り血を浴びている。女の子に言う言葉ではないが、ぶっちゃけ臭い。


「そ、そうだよね! アセナちゃん、ご飯の前にお風呂に入ろっか」

「風呂か。確かに汚れておるし」

「服も、私かお姉ちゃんのやつを着てね。ちょっと大きいかもだけど」

「ありがとう、なのじゃ」


 このホテルには大浴場もあるが、さすがにアセナを連れていけない。部屋にある風呂に入る事にする。


「わっ! ここ温泉なんだね!」


 脱衣所で服を脱ぐ前にお風呂を覗いた萌が声を上げた。独特の硫黄の匂いが微かにした。それは4人家族がいっぺんに浸かれる湯舟を備えた広めの内湯だった。アセナも一緒に覗き、鼻をスンスンさせている。


「アセナちゃん、匂い大丈夫?」

「大丈夫。嫌いな匂いじゃないのじゃ」

「よかった。じゃあ入ろ」


 萌はまず自分が下着姿になり、アセナの血でゴワゴワになった服を脱がせる。アセナはすっかり萌に懐いたようで、されるがままになっていた。自分も下着を脱ぎ、アセナの手を引いてお風呂に突入した。


「先に髪を洗おうね」


 アセナを風呂椅子に座らせ、シャワーからお湯を出す。


「うおっ!? な、なんじゃそれは! お湯が雨みたいに出て来るのじゃ……これは魔道具じゃろうか?」


 いちいち反応がかわいいなぁ。萌はほっこりしていた。


「これはシャワーって言うんだよ。この世界では、だいたいどこのお風呂にも付いてると思う」

「なんと……そんなに魔道具が普及しているのか……」


 血でごわついた髪をお湯で流し、備え付けのシャンプーを使うが全然泡立たない。尻尾もシャンプーで良いのかよく分からなかったが、髪と同じ毛質なのでこちらもシャンプーを使う事にした。


(尻尾も全然泡が立たない……手強い)


「アセナちゃん、一度流すから目を瞑っててね」

「う、うむ」


 目をぎゅっと瞑って肩を竦めたアセナが可愛くて、萌はいつも自分の事を可愛いと言ってくれる姉の気持ちが分かったような気がした。


「もう一回シャンプーするね」

「あい」


 3回目のシャンプーでようやく普通に泡立つようになった。


「いい匂いがするのじゃ」

「もう少しで終わるからね」


 ケモ耳があるから少し手間なのだが、丁寧に洗っていく。またすすいだ後、コンディショナーを丁寧に揉みこむ。尻尾も同様だ。

コンディショナーが馴染む間に体を洗ってあげる事にした。タオルにボディーソープをたっぷり垂らし十分に泡立ててから背中を擦る。一度全身を洗ってコンディショナーと一緒にお湯ですすぎ、もう一度体を洗う。うなじ、顎の下、手足の指の股まで丁寧に洗うと、萌の額からは滝のような汗が流れ落ちていた。


「さあ、綺麗になったよ! アセナちゃんは湯舟に入っててね」


 それから萌は自分を手早く洗い、アセナの隣に身を沈める。


「ふぃ~」


 小6女子であっても湯舟に浸かると声が出るのは日本人の性であった。


(アセナちゃんとお風呂入ったって言ったら、お姉ちゃん絶対羨ましがるだろうなぁ)


 ふと隣を見ると、アセナは湯に浸かりながらウトウトしていた。萌達が来るまで3日間、ほとんど一人で戦っていたのだ。眠くならない筈がなかった。


 ――バシャン!


「ひゃう!?」


 顔がお湯に浸かって変な声を出すアセナ。


「アセナちゃん、上がろっか」

「そ、そうするのじゃ」


 アセナの長い髪をタオルで巻き、尻尾の水気を拭きとる。アセナの下着は鈴音がホテルの売店で買って、尻尾を出せる穴を急遽開けてくれたくれたようだ。服は萌の大き目のTシャツで、アセナが着ると丁度ワンピースのようになった。


 お母さん、グッジョブ。


 脱衣所にある椅子にアセナを座らせ、ドライヤーで髪と尻尾を乾かしてあげる。乾かすと尻尾がフワフワになった。洗ってようやく分かったが、アセナの髪は深みのある銀色で、とても艶やかだ。


 お風呂で体が温まり、髪も乾かしてもらって心地良いのだろう。アセナは舟を漕ぎだし、時折「ガクッ」となっている。


「はい、終わったよ。アセナちゃん、ちょっと寝ようか」


 萌はアセナを横抱きにして千尋が眠っている隣のベッドに運んだ。ベッドに横たえた途端、アセナは眠りに落ちていた。

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