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48 神の使いは愛称で呼ばれたい

SIDE:本庄萌


 時は少しだけ遡る。


 探索者達と黒沢を30層の転移陣まで先導して1層に転移した萌は、そこから急いで全員をダンジョンから脱出させた。太陽が沈みかけ、空は茜色と群青色が混ざっている。


(早く戻らなきゃ)


「黒沢さん、私は戻りますので後はお願いします!」

「分かったわ。萌ちゃん、気を付けて」

「はい!」


 萌は1層の転移陣に向かおうとしてはたと立ち止まる。


(っ! ダンジョン内転移スキルがあるんだった!)


 すぐさま29層に転移すると、千尋とアセナの姿があった。先程見た敵らしきものの姿はない。


「お姉ちゃん、お待たせ! もうやっつけた?」

「萌、待ってた! アセナちゃんを連れてダンジョンから脱出して!」

「え?」

「早く! 時間がない!」

「わ、分かった!」


 状況は良くないのかも知れない。お姉ちゃんが焦ってる所なんて久しぶりに見た。


「アセナちゃん、揺れるから喋らないでね」


 萌はアセナを横抱きにして、30層の転移陣目指して全速力で駆けた。ダンジョン内転移スキルは転移陣と違ってスキルを持っている本人しか使えないからだ(生物以外ならスキルで一緒に転移可能)。


 千尋が焦って見えたのは「魔王の角(仮)」の制限時間が切れそうだったからである。一度発動すると途中で解除出来ない。千尋はすぐに倒せると思ってスキルを使用したのだが、ガルキュリオの再生能力が予想以上に厄介だったのだ。


 萌はアセナを抱いたまま1層も駆け抜け、姉から言われた通りダンジョンから脱出した。


「アセナちゃん、大丈夫?」

「アセナは大丈夫なのじゃ。でもチヒロが……」

「お姉ちゃんなら大丈夫だよ、ってあれ!?」


 ダンジョンでは「自動翻訳機能」の働きで全く知らない異世界の言語であってもお互い意思疎通が可能だ。だが既にダンジョンの外に出ている。


「黒沢さん黒沢さん!」

「どうしたの千尋ちゃん?」

「アセナちゃん、黒沢さんに何か喋ってみて?」

「▲@%ケ#◇パ;/&Rタ>▽シ(助けに来てくれてありがとうなのじゃ)」

「え? 何語?」

「あ、やっぱり黒沢さんは理解出来ませんか」

「え? 萌ちゃんは理解出来るの?」

「ええ、まあ。たぶん姉も」

「そ、そうなのね……」


 神々の使徒(勇者)としてリアナ達の世界、「リムネア」に派遣された時、特に説明はされなかったものの、加護の一つとして千尋と萌は「言語能力」を授けられた。


(そっか、加護が生きてるっぽいね)


 実は、一度授けられた「神の加護」は余程神の意思に背いたりしなければ失うような事はないのである。


(これはお姉ちゃんにも教えてあげねば)


「モ、モエ? その女の人の言葉が分からんのじゃが……」


 アセナが萌のジレの裾を引っ張りながら尋ねる。不安なのかも知れない。


「うん。後で詳しく説明するね。取り敢えず私とお姉ちゃんは言葉が通じるから」

「う、うむ」


 その時、千尋がようやくダンジョンから出て来た。フラフラとした足取りで今にも倒れそうである。


 萌が咄嗟に駆け寄って千尋を抱き止める。


「お姉ちゃん!?」

「うーん……ギリギリだった」

「え? そんなに強いヤツだったの?」

「いや、時間的に」

「チヒロ!」

「アセナちゃん、無事で良かっ……」


 千尋の首がガクッと折れる。


「チヒロー!!」

「千尋ちゃん!?」

「くかぁー」

「大丈夫です、お姉ちゃん寝てるだけなので」


 萌が千尋の頭を優しく撫でると魔王の角がぽろっと取れた。


「モモモ、モエ!? チヒロの角が取れてしまったのじゃ!」


 アセナが焦る。アセナの世界では角は取れないものなのかも知れない。


「アセナちゃん、心配いらないよ。この角、時間が経つと取れるやつだから」

「そ、そうなのか?」

「うん」


 萌とアセナ、黒沢の3人がかりで、乗って来た車まで千尋を運んだ。ちなみに救出された探索者達は最寄りのビジネスホテルに集められているらしい。


 ――シャン


 千尋を苦労しながら後部座席に横たえると、澄んだ鈴の音が聞こえた。振り返ると、木立の間から大きな鹿が現れる。鹿を間近で見た事のない萌でも、その異常さは分かった。あまりにも大きい。馬くらいあるんじゃない? 馬も間近で見た事はないけど。


 角が大きく張り出し、複雑に枝分かれしている。その先端に金色の鈴が2つ、赤い紐でぶら下がっている。


『本庄萌。此度は我の願いを聞いてくれて感謝する』


 雄鹿の真っ黒い瞳に見つめられ、萌はピンと来た。これはアレだ。神社ダンジョンのうーちゃん様と同じ、このダンジョンの神様だ。


「お気になさらずに、神様」


 萌は雄鹿に向かってペコリと頭を下げた。


『我は神ではない。神使(しんし)、ケルニアである。気軽にケルちゃんと呼ぶが良い』


 ダンジョン界隈の神様や神の使いはやたら愛称で呼ばれたがるな……。流行ってるのかな?


『本庄萌と本庄千尋には贈り物(ギフト)を授ける。本庄千尋は意識がないようだから、また近いうちにここへ来るが良い』

「ケルちゃん様、ありがとうございます。後日、姉と一緒にお訪ねします」

『うむ!』


 萌に「ケルちゃん様」と呼ばれた神使ケルニアは機嫌良さそうに返事をすると、霞となって消えた。


「ね、ねえ萌ちゃん? 誰と話してたの?」

「あれ? 黒沢さんには見えませんでしたか?」

「ちょっとそういうのやめてこわい」


 黒沢は霊的なものが苦手なようである。


「アセナちゃんは? 見えてた?」

「何をじゃ?」

「おっきな鹿」

「鹿? いや、そんなものおらんかったぞ?」

「そっかー」

「と、とにかく街に戻りましょう。萌ちゃん達のお母さんには私がさっき連絡したけど、萌ちゃんからも連絡しておいてね?」

「あ、はい」

「それと、協会持ちでホテルを押さえたから」

「ホテルですか?」

「お母さんは協会の職員が迎えに行ってるわ。ホテルで合流して、そのまま泊まって頂くように手配してます。いいかしら?」


 ホテル……ホテルってどんなとこだろう? 千尋は小学校の修学旅行でホテルに泊まった事があるが、萌はまだないのだ。ちょっとワクワクしてきた。お母さんが来るし、明日は日曜日だから大丈夫だろう。


「はい、分かりました!」

「探索者が全員無事だったのは何よりだけど、今から事情聴取して報告書作って、千尋ちゃんはこんな状態だし、アセナちゃんの存在は完全に私の理解を超えてるし……」


 黒沢がブツブツ言い始めた。支部長補佐って大変だな、と萌は思った。


「黒沢さん! とにかく向かいましょう!」

「ハッ! そ、そうね、行きましょうか」

「くかぁー」


 口の端から涎を垂らしながら寝ている千尋をよそに、萌はアセナの手を引っ張って車に乗せた。黒沢は助手席に乗り込む。


「モエ? なんじゃこの鉄の箱は!? アセナは囚われたのか? どこかに売られるのか!?」


 閉じ込められたと思ったアセナは、耳がぺたんとなり尻尾がぷるぷる震えていた。


「アセナちゃん、大丈夫だよ! これは『自動車』って言うの。えーっと、馬車よりも速くて快適に移動できる乗り物だよ」

「アセナだって馬より速く走れるのじゃ」

「そ、そうだよね……でもこれは、座ってるだけで私達を目的地に運んでくれるの」

「ふーん……」


 アセナはよく分かっていないようだ。アセナの世界の文明レベルが分からないので説明が難しい。


「とにかく、アセナちゃんは私とお姉ちゃんが守るから!」


 萌はアセナの手を取って力強く宣言した。


「そ、そうか……ありがとうなのじゃ」

「うん!」

「くかぁー」

「じゃあ出発するわね」


 協会職員の運転で出発すると、アセナが「ビクッ」として固まった。まだ緊張しているようだ。萌はアセナにぴったり寄り添うように座り手を握る。アセナは窓の外を流れる景色に釘付けである。


 徐々に緊張が解けてきたアセナが、目をキラキラさせながら呟く。


「なんという速さじゃ……これだけ速いのに全然揺れんし」


 まだ林道だから結構揺れているが、アセナにとっては揺れのうちに入らないらしい。やがてアスファルト道路に出るとアセナのテンションが更にブチ上がる。


「モエ! すごい速い! うわー!? 前から鉄の箱が来る! 危ないのじゃ! うお!? ビュンって! ビュンって通り過ぎたのじゃ!」


 アセナの耳と尻尾が忙しなく動く。怖がったり驚いたり、表情がころころ変わるアセナを萌は微笑ましく見ていた。


「くかぁー」


 千尋は相変わらず寝ていた。


 こうして萌達はダンジョンを後にし、母が待つホテルに向かったのだった。

本音では「ケルにゃん」と呼ばれたいそうです。

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