47 鎧の悪魔
空中で放たれた天牙雷命は、ガルキュリオに直撃したように見えた。
(ちぃっ、浅かったか!)
光が収まった時、腕を前で交差し、少し体を丸めたガルキュリオが平然と現れる。黒い鎧からは煙が立ち上っているものの、それ以外にダメージは見当たらない。
強力な攻撃の隙に、萌は黒沢と探索者達を連れて移動してくれたようだ。
「うむ……我の目的は既に達成した。特に戦う必要はないのだが、強者との戦いは別だ」
黒鎧からそんな言葉が届く。戦う必要はないって、どの口が言うのだ? ついさっきアセナちゃんを襲っていたじゃないか。
しかし、ガルキュリオは気になる事を口にした。目的は既に達成した、と。目的とは一体何だ?
「チヒロ! そいつの目的はアセナなのじゃ!」
(ん? だけど目的は達成したって……)
「アセナは『神狼族』で、勇者の血を引く戦士の生き残りなのじゃ! アセナだけが、奴ら悪魔族を滅ぼす事が出来る!」
「そやつを異世界に連れて来た時点で我の目的は達成したのだ。人間の小娘よ、暇つぶしに我の相手をするが良い」
うーん、情報の大渋滞。
「要するに、そいつは悪魔族ってやつで、そいつのせいでアセナちゃんはこっちの世界に来たってこと?」
「そうじゃ!」
「そいつは悪者ってことでOK?」
「奴は神狼族の戦士を皆殺しにしたのじゃ!」
アセナは目に涙を貯めながら訴えた。
「我等悪魔族にとってお主の一族は邪魔――ぬっ!?」
ガルキュリオの言葉は途中で遮られる。その背後に千尋の姿があった。ガルキュリオの左腕は、肩先から鎧ごと切断されている。
「もういい。お前、喋るな」
千尋の両耳のすぐ上から、黒いL字形の角が生えていた。右手に握られた刀は、刀身が青白く光っている。
「き、貴様ぁ!」
ガルキュリオは瞬間移動したかのような速さで千尋に爪を突き立てた。
「なっ!?」
「それは残像だ」
残された右腕を突き出したガルキュリオの背後には、既に千尋が居た。その刀が横に一閃して背中を大きく切り裂く。翼が使えなくなり、ガルキュリオは地面に落下して膝を突いた。
(なんという強さなのじゃ……)
ガルキュリオを圧倒する千尋を畏怖の目で見つめるアセナ。だが、神狼族の戦士を皆殺しにしたと言うガルキュリオも、遂に悪魔族の本領を発揮する。
――バシュッ!
止めを刺そうと刀を振り下ろした千尋が弾け飛んだ。刀が当たった部分が爆発したような衝撃を受けたが、空中で姿勢を制御して敵から目を離さない。肌が剥き出しの部分は酷い火傷を負ったが、すかさず上級治癒で自己治癒する。
(リアクティブアーマーか!?)
千尋が吹っ飛ばされた間に、ガルキュリオは左腕と翼を再生させていた。斬り落とした左腕と肩から先の鎧がなくなっている。くっついたのだろうか。
「さっきのは攻性障壁じゃ! それと、奴の本体は鎧なのじゃ!」
「なるほど、ありがとアセナちゃん!」
気が付いた時には、ガルキュリオの周りに拳大の黒い球体が浮かんでいた。縁がオレンジ色に光り回転している。
千尋は一瞬でアセナの下へ移動し、小脇に抱えて大きく距離を取った。そこへ黒い球体が砲弾のように降り注ぐ。地面が抉れて小さなクレーターが出来た。
「幽幻烈火」
千尋を模した陽炎の分身が12体現れて散開する。
「増えただと? いや、分身体か。ただの曲芸だな」
「曲芸かどうか身を以て確かめるがいい。天牙雷命」
天牙雷命は、刀が当たる瞬間に凝縮した雷を一気に解放する技である。最初にガルキュリオに対して放ったのは刀を当てていない。萌達を逃がすため、派手な牽制で放った見せかけのものだ。
幽幻烈火によって生み出される分身は、刀のみ実体を持つ。12体の分身が放つ天牙雷命は、オリジナルである千尋には及ばないが、雑魚敵なら跡形も残らず消し去るくらいの威力を持っている。
千尋の分身がガルキュリオに吶喊する。分身の動きは自律式ではなく、全て千尋が操作する必要がある。少しずつタイミングをずらし、様々な角度から斬撃を放つ。眩い白光を伴った轟音が立て続けに響く。
「うがぁぁあああああ!」
ガルキュリオだったものは、いくつもの欠片となって散らばった。しかし、一瞬のうちに欠片が集まって元の姿を取り戻す。
(やっかいな再生能力だ)
問題は3つ。ここが閉鎖空間のダンジョンである事。そのため最も火力の高い天牙滅炎が使えない。ここで使うと、恐らくダンジョン中が火の海になる。
2つ目は、アセナを守りながら戦わねばならない事だ。先ほどの黒い球体もそうだったが、明らかにアセナを狙っていた。そうする事で千尋に隙を作ろうという魂胆だろう。
3つ目の問題。EXスキル・魔王の角(仮)の使用には時間制限がある。今の千尋だと約10分間。その時間内に敵を倒さなければ、その後8時間はポンコツになってしまうのだ。
(萌、早く戻って来て)
魔王の角を使用してから、既に4分近く経っている。萌が自分の持っているスキルに気付いていれば、ここに戻って来るのにそれほど時間はかからない筈だ。萌さえ居れば、アセナの守りを任せて自分はガルキュリオに集中出来る。
「曲芸にしては程々に楽しめたぞ」
バラバラになったくせに口だけは達者な奴だ。
「どれくらい細切れになっても再生するのか試してみようか。幽幻烈火、断空波、白光乱舞」
千尋は更に分身を12体追加した。24体が半円状にガルキュリオを取り囲んで断空波を放ち、それに合わせて千を超える雷弾を打ち出す。さらに追撃で24体による天牙雷命を放った。
ガルキュリオも黙って攻撃を喰らっている訳ではない。自らの周囲に数百の黒球を生み出して迎撃している。だが手数は圧倒的に千尋軍団の方が多い。黒鎧は断ち切られ、抉れ、焦がされ、先程よりも細かい破片となって散らばった。
(あと3分……萌、頼む!)
「お姉ちゃん、お待たせ! もうやっつけた?」
「萌、待ってた! アセナちゃんを連れてダンジョンから脱出して!」
「え?」
「早く! 時間がない!」
「わ、分かった!」
萌がアセナを横抱きにして30層に向かうのを見届けると、千尋は全ての分身を解除した。その間にも、黒い破片が物凄い速さで集まり、元の姿に戻りつつある。
「我に効かんと分かったか?」
「天牙雷命・連撃!」
ガルキュリオの再生が終わった瞬間、千尋はその後ろに立って納刀した。ガルキュリオの足元から4本の光の柱が立ち上り、僅かに遅れて腹に響く雷鳴が轟いた。黒鎧の兜の部分が転がり、千尋が爪先で止めた。
「こういうのは、だいたい頭が本体でしょ」
2度バラバラにしてみたが、頭部だけは首から上がそのままの形で残っていた。
「な、何をする気だ!?」
「あははー。やっぱり当たりか」
千尋は兜を小脇に抱えたままダンジョン内転移のスキルを発動。最下層である40層に転移する。
「おお、持って来れた。これだけ他の破片から離せば再生に時間がかかるでしょ。あとはシステムさんにお任せするよ」
そう言ってポイっと兜を放り投げ、千尋は1層に転移した。
「なんだ? 逃げたのか?」
地面に転がったガルキュリオの頭に、無機質な声が響く。
『本ダンジョンの40層・29層に異物を確認。排除シークエンスを起動します……成功しました。実行します』
ガルキュリオは鎧に憑依した悪魔であり、厳密には生物ではない。だが、ダンジョン・システムは正しくそれを「異界からの異物」と判定した。
「おおおおぉぉぉぉ……」
ガルキュリオは原子レベルで崩壊する。40層にあったゲートは既になく、29層のゲートと大量のモンスターの死骸、残されたガルキュリオの破片も同じように分解され、原子が崩壊し、この世界から消滅した。
『排除シークエンス成功。終了します』
誰も居ない40層と29層で、ダンジョン・システムの無機質な声が木霊した。
人(?)任せで倒す!




