46 ケモ耳は正義
ケモ耳少女はふらふらになりながら、千尋と萌を睨んでいる。太くふさふさした尻尾がピンと立ち、耳は周囲の音を漏らさないと言わんばかりに忙しなくぴくぴく動いている。
(ケモ耳! 本物のケモ耳!!)
千尋のテンションは振り切れそうだった。
リアナ達の世界に赴いた時、魔族や魔獣はたくさん目にしたが、所謂「獣人」を見かける事はなかった。もしかしたら探せば居るのかも知れないが、とにかく出会う事は出来なかった。
異世界と言えば、エルフ、ドワーフ、精霊や妖精、そして何と言ってもケモ耳。ハッキリ言ってしまえば、魔族や魔獣などお呼びではない。ファンタジー種族と会えなかったのが千尋は心残りだったのだ。
刀を鞘に納め、両手の掌を少女に向けながら声を掛ける。
「ボ、ボクは悪い人族じゃないよ?」
千尋は、ケモ耳少女から嫌われたくない一心で名言をパクった。
「言葉は分かる?」
ケモ耳少女は警戒しながらコクコクと頷く。
「私は千尋。こっちは妹の萌。あっちにもう一人、黒沢さんっていう女の人がいる。私達、その人達を探しに来たの」
魔法障壁に守られている探索者達を指しながら続ける。
「あなたのお名前は?」
「…………アセナ」
「アセナちゃんかー。可愛い名前だね。アセナちゃんが一人で彼らを守ってくれたの?」
「そうじゃ」
(じゃ!? もしかして?)
「そっか。アセナちゃん、ありがとうね。すっごく強いんだね」
「……アセナはまだまだ弱いのじゃ」
(キターーー! のじゃロリケモ耳少女キターーー!!)
「お姉ちゃん、口がニヨニヨしてる」
千尋は「のじゃロリケモ耳少女」と出会えた喜びを抑えられず、口の端がニヨニヨしてしまっていた。
「そ、そんな事ない……アセナちゃん、ひとまずアセナちゃんの怪我を治療してもいい?」
千尋の「そんな事ない」は、アセナが自分を弱いと言った事、萌の指摘、両方に掛かっている。
「治療……お主ら、治癒が使えるのか?」
「うん。萌、アセナちゃんとそっちの人達の怪我を見てくれる?」
「任せて!」
「私は向こうを片付けてくる」
千尋がアセナに気を取られている間に、ゲートから新たなモンスターが2体出現していた。千尋はゲートに向かって一気に加速する。黒い残像が帯のように伸びて、それが通り過ぎるとモンスターは首を刎ねられていた。
「つ、つよい……!」
黄緑色をした治癒の光に包まれながら、アセナは千尋の動きに魅入られていた。
「ほら治ったよ! 他に痛い所はない?」
「大丈夫、ありがとうなのじゃ。あれはお主の姉様であるか?」
「そうだよ! お姉ちゃん強いでしょー? 単純な力とか速さなら負けないんだけど、戦いになるとお姉ちゃんの方が強いんだよ。不思議だよねー」
「そうであるか」
「うん。あっ、こっちの人達も治療しようかな。障壁を解除してもらっていい?」
「うむ」
なんだか、喋り方がちょっと前のお姉ちゃんみたい。まるで小っちゃいお姉ちゃんだ。アセナちゃんの方が本格的ではあるけども。
探索者達は壁を背に座り込み生気のない顔をしているが、命に別条はないようだ。しかし長い人で丸3日くらいダンジョンに閉じ込められている。萌は巻物の異空間から、すぐ食べられる食料と水を取り出して提供した。
千尋はゲートの近くに立ち、出て来ようとするモンスターを斬り捨てている。合間に黒沢の所に行って話をし、黒沢が萌達の傍までやって来た。
「みんな無事で良かったわ!」
「「「「「黒沢さん!」」」」」
黒沢を見知った探索者は、顔を見て安心したようだ。
「えーっと、この子は……?」
「アセナちゃんです」
「この子まで含めると14人だけど」
アセナは、このダンジョンとどこかの世界が繋がった「異変」に巻き込まれた形である。これまで探索者達を守り通した事から、少なくとも敵対者ではないのは明白だ。
ただ、システムさんは「13人」の救出を要請していた。つまり、システムさんから見るとアセナも「異物」なのである。
千尋はゲート近くで出現するモンスターを瞬殺しながら、ゲートを通れないか試みた。
(くっ、一方通行か)
モンスターを倒してすぐにそっとゲートを通過しようとしたが、見えない膜のようなものに弾かれる。刀で斬り付けても何の感触も得られない。どうやら生物を感知した上で、向こうからこちら側への一方通行になっているらしい。
(ひょっとして、私だから弾かれる?)
またゲートから出て来ようとしていた、目が6つあるアリクイのようなモンスターの首を刎ね、皆が纏まっている所に戻る。
「アセナちゃん、ちょっと一緒に来てくれる?」
「む?」
「ゲートを通れるか確認して欲しいの」
「いや、それはもう試した。戻る事は叶わんかったのじゃ」
こんな幼い少女が、たった一人で知らない世界に迷い込み、モンスターの群れから見ず知らずの探索者達を助け続けたと言うのか。こんなにボロボロになりながら。元の世界に帰れないかも知れないと言うのに。
「……アセナちゃん」
千尋は思わずアセナをキュッと抱きしめた。
「うみゅぅ」
「一人で頑張ったね。偉いね。たった今からアセナちゃんは私が守るからね」
「う……うむ、ありがとうなのじゃ」
千尋は胸に込み上げるものがあったが、アセナはそんな千尋に若干引き気味であった。
「萌、探索者の人達は動けそう?」
「うーん……怪我は治したけど体力的にキツいかも」
「千尋ちゃん、萌ちゃん、彼らは大丈夫よ。転移陣に向かいましょう」
1層下の30層にある転移陣に乗れば、このダンジョンの第1層に転移出来る。そこまで行けばダンジョン脱出は難しくない。
「ゲートから出現するモンスターを即座に倒した場合、およそ40秒間隔で出現する。雷槌」
説明しながら、千尋は雷魔法を放った。眩い閃光と共に轟音が響き、ゲートから出て来たモンスターを消し炭に変えた。千尋と萌以外の12人が音と光に「ビクッ!」とする。
「ち、千尋ちゃん!? 魔法撃つ前に教えてくれるかな?」
「あ、すみません……30層に向かいましょう。萌、先頭を頼む。黒沢さんはマップで道を教えて下さい。探索者の方達は真ん中を3・4・3の隊列で。アセナちゃんは私の前。私が殿で追撃を排除します」
隊列を組んで30層へと向かおうとしたその時。
「行かせんよ」
最後尾に居た千尋の全身が総毛立つ。アセナに向かって来た何かに対して、千尋は己の全力と最速を以て刀を振り上げた。
――ギンッ
それがアセナの首に届く寸前、何とか弾く事が出来たが、その勢いで千尋は横に吹っ飛ばされる。ダンジョンの壁に両足で着地し、そのまま横ざまに跳んでアセナの下へ。
――ガギンッ!
千尋が両手で握った刀で受けたのは「爪」だった。1本1本が30cmくらいある真っ黒な爪は、先端がナイフのように鋭くなっている。
爪の持ち主は、大柄な男性くらいの体格で、全身に光沢のない真っ黒な鎧のようなものを纏っていた。そして、蝙蝠のような黒い翼と、ネズミのような細い尻尾がある。兜の隙間からは2つの赤く光る点が覗いていた。
爪に見えたのは、恐らく籠手の一部だ。左右の拳から4本ずつ伸びている。
「ガルキュリオ!」
アセナが槍を構え、黒い鎧を睨んだ。鎧は宙に浮いている。
「アセナちゃん、知り合い?」
「アセナは奴を追って来たのじゃ!」
ふむ、なるほど。この様子から、ガルキュリオと呼ばれた黒鎧はアセナちゃんの敵だな。つまりは私の敵だ。
気配を消していきなり襲って来た奴と、これまで体を張って探索者達を守って来たアセナちゃん。どっちが悪者かなんて考えるまでもない。
この世には絶対に外せない真理がある。ケモ耳は正義なのだ。
「萌、ここは私に任せて先に行け! みんなを頼んだ!」
「くっ、お姉ちゃん! みんなを転移陣に送ったらすぐ戻って来るから!」
「分かった!」
萌達が移動しようとすると、ガルキュリオが目にも止まらぬ速さで回り込もうとする。
「天牙雷命!」
千尋はガルキュリオを上回る速さで行く手を阻み、斜め上に向けて天牙雷命を放った。




