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44/96

44 40層

 探索者協会で母と別れた後、千尋と萌は協会の男性職員が運転するワンボックスカーに乗って鶴子川(つるこがわ)市北部にやって来た。黒沢支部長補佐も一緒である。


「このダンジョンの概要を教えておくわね。モンスターは獣型がメイン。深さは40層で殆どが洞窟タイプ。管理者権限でモンスターの強さは-80%になってるわ」


 今日は協会で装備の下に着るトレーニングウェアを借りて、既に着替えている。ダンジョンは林の中にあり、車で行けるギリギリの場所まで近付いたが、他の探索者が乗って来たと思われる車が4台、少し開けた場所に放置されていた。


「やはり……誰も戻ってないようね」


 ダンジョンに向かって木々の間を歩き出す。時刻は15時。この時期は陽が落ちると気温が急に下がる。ダンジョンに入ってしまえば関係ないが。


「黒沢さん。モンスターが8割弱くなっても事故が起きるものですか?」

「正直、モンスターにやられたとは思えないわ。マグリスタルを集めるだけなら20層か、深くても30層までしか下りない筈。本来の2割の力しかない相手に負けるようなら探索者(マイナー)なんて勤まらない」

「他にどんな要因が考えられます?」

「それが分からないから困ってるのよ……」


 千尋と萌は最悪の事態を想定した。探索者達が戻らないのだから、何らかの異変が起きている事は間違いないのだ。異世界で戦った魔王のような、普通の探索者では太刀打ちできない化け物がダンジョンに紛れ込んでいるのかも知れない。


「萌、警戒レベル(ファイブ)だ」

「え? 警戒、なんだって?」

「レベル(ファイブ)、最上級に警戒する必要がある」

「わ、分かったよ」


 どうやら千尋の中では5段階の「警戒レベル」なるものがあるようだ。お姉ちゃん、たぶん今作ったな。と萌は思った。


 異世界から帰って来て、千尋の喋り方が少し変化した。自分のことを「私」と呼ぶし、仰々しい言い回しも減った。中二病が治ったのかな、と思ったが、もしかしたら魔王ではない別の何かになりきり始めたのかも知れない。謎である。


 しばらく歩き、千尋、萌、黒沢の3人でダンジョンに到着した。林の中で高低差のある小さな崖のような部分にぽっかりと穴が開いている。予め入場許可を取っているので躊躇なく入っていった。


「このダンジョンはマップがあるの」


 マップはないよりあった方が良いが、行方不明者達がどこに居るか分からない以上、いずれにせよ虱潰しで探すしかない。


「うーん……最下層から上る方が効率良いのではないでしょうか?」


 このダンジョンでは管理者権限で「転移陣」が設置されていた。1層・20層・30層・40層の4か所である。マグリスタル収集の為に20層~30層を中心に活動しているなら1層から見ていくのは非効率的というのが千尋の考えだ。


「-80%とは言え初見の、しかも最下層のモンスターよ? 大丈夫かしら」

「萌?」

「うん、大丈夫でしょ」

「だそうです」

「安全第一だけど探索者達の痕跡を見つけるのも重要だし……けど……」


 千尋と萌はお互いの顔を見て頷き合う。


「黒沢さん。実は、私達は今、モンスターの強さを+200%にして鍛えてます」

「……え? ちょっと待って。+200? そんな数値があるの!?」

「はい。+80%でダンジョン・ボスを10回倒したら、-80%から+300%まで調整出来るようになりました」


 「異世界間ゲート設置」のメニューが増えた時、「モンスターの強度設定」メニューが薄っすら光っている事に気付いた。それでメニューを開いてみると、+側の上限が大幅に増えていた。


 それだけではない。+100%を超えた強度に設定すると、得られる経験値、およびマグリスタルが変化した。現在+200%にしているが、経験値も+200%、つまり3倍得られるようになっている。マグリスタルはまだ査定していないが、恐らく同様の価値になっているだろう。


 今後徐々に強度を上げて、近いうちに+300%(4倍)にする予定である。


「モンスターの強度をわざわざ強くする人なんか普通はいないのよ……」


 黒沢は半ば呆れたような口調である。-80%にしてもマグリスタルの価値は下がらないが、獲得できる経験値も-80%になる。プロの探索者でもレベルが上がりにくい原因がこれだ。


 千尋と萌が+80%のボスを10回倒したのは異世界に出来た友達に会いたいから。そこから強度を上げたのは単なる好奇心からであった。1.8倍の強さになったミノタウロスが予想より不甲斐なかったので、もっと強くしたらどうなるだろうと思ったのだ。


「まあ取り敢えず今はいいわ。また今度詳しく聞きましょう。とにかく、あなた達は30層のボスを3倍強くしても勝てるってことね?」

「ええ」

「だから40層で-80%のボスなら心配ない、と」

「はい、恐らく」


 見た目はこんなに可愛らしいのに、なんて恐ろしい子達! 黒沢は若干引き気味だが、同時に頼もしくも感じた。


「そうね……うん、それなら問題なさそう。分かった、最下層に行きましょう」

「「はい!」」


 そう言って、3人は1層入口近くの転移陣に乗って40層に向かった。





(これは……異世界間ゲート?)


 40層の転移陣はダンジョン・コアの傍に設置されていた。そこに転移した千尋が目にしたのは、神社ダンジョンのコアと似た青い球と、石を積んで上部がアーチ状になった巨大な「門」のような物だった。門は縦横10メートル以上ありそうだ。石で囲まれた内側は、油膜のように虹色の光が揺らめいている。


(おかしい。このダンジョンで異世界間ゲートを設置出来る筈がないのに)


 マグリスタルを産出するため、管理者がモンスターの強度を-80%に設定したダンジョン。ここで、管理者以外の者が、強度を+80%に上げてボスを10回倒したというのか? 管理者に知られずに? そんな事は不可能だ。


(私の知らないゲート設置方法があるのか)


 氏神が教えてくれたのは、恐らく正規の異世界間ゲート設置方法だろう。そして目の前にあるゲートは正規のものではない。


(或いは、この世界の者が設置したゲートではない?)


「ねぇ千尋ちゃん。これが何か知って――」


 黒沢がゲートに近付き、千尋の方を振り返って尋ねようとした時。ゲートの揺らめきが大きくなり、強く光り出した。千尋は隣にいる黒沢の腰を抱いて大きく後ろに飛び退いた。


「ふぎゅっ! ち、千尋ちゃん!?」


 あまりにも早い動きに、黒沢の口から変な声が出る。


「何か出て来ます。萌、警戒して!」

「りょーかい!」


 黒沢を離れた場所に運んだ千尋が、ゲート近くまで戻りながら萌に声を掛けた。悪いもの、敵対するものが出て来るとは限らない。


 すると、ゲートからにゅっ、と巨大な「手」らしきものが突き出る。指は3本。軽く握った拳の大きさは千尋の背丈の半分くらいある。表面は青黒く、岩のようにゴツゴツしていた。その手がゲートの枠を掴み、大きな球状のものが手の横に現れる。どうやら顔のようだ。鼻と耳はない。球の半ばまで裂けた口には上下の奥まで小さな牙がびっしりと並んでいて、口の端に穴が縦に2つ空いている。そして、目と思しき赤い球が、顔の前面に2つ、左右に一つずつ合計で4つ横に並んでいた。


 遂にゲートから現れた全身は、体高12メートルを超える人型をしていた。感情が全く窺えない目で千尋達を捉える。


「キィイイイイイイイ!」

「わっ! うるさい!?」


 見た目にそぐわない、金属が擦れるような甲高い鳴き声(?)に、萌が思わず両手で耳を塞いだ。その様子を隙と見たのか、巨人が萌に右の拳を振り下ろす。


――ゴッパァアアアー!

「萌ちゃん!?」


 岩の塊が爆発するような音がして、後ろにいる黒沢が思わず悲鳴に近い声を上げる。だが、爆散したのは巨人の拳。萌は既に跳躍して巨人の顔面に蹴りを放とうとしていた。


「うりゃぁあああ!」

――ガギィイイイン!


 顔に当たる寸前、巨人が左手を上げ、そこに光の盾が出現する。萌の蹴りはその盾に阻まれた。


「お姉ちゃん、こいつ障壁持ちだ!」

「うん、天牙雷命(てんがらいめい)


 萌が一連の攻撃を繰り出している間に、千尋は天牙雷命(てんがらいめい)を発動していた。黒い刀身が目も眩む光を放つ。


 千尋は瞬きの間に巨人の背後に移動し、垂直に飛び上がる。黒沢には、白い光が巨人の足元に瞬間移動し、そこから上に走ったように見えた。股から頭頂部まで走った光に沿って、巨人が縦に両断された。


 しゅたっ、と着地した千尋に駆け寄る萌。


「お姉ちゃん、これって……?」

「ダンジョン・モンスターじゃないな」


 両断された巨人は靄に変わることなく屍を晒している。


「千尋ちゃん、萌ちゃん! 大変!」


 声に振り返ると、黒沢はゲートの方を指差している。


 ゲートに目をやると、何本もの腕がそこから突き出し、今にも這い出ようとしていた。

千尋、キャラ迷子中

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