41 帰還
ここから第三章となります。
「ふい~」
リアナが貸してくれた着心地の良いワンピースに素足という恰好で長椅子に横たわる千尋。大きなパラソルが心地よい日陰を作り、サイドテーブルには異世界の果物で作った果実水が置かれている。
テーブルを挟んだ隣には、同じ格好の萌が横たわっている。二人ともリアナから借りた服だが、萌はほとんどサイズがぴったりなのに対して千尋はぶかぶかである。特にお胸の辺りが。
「ちゅーーーーー。美味しいね、これ!」
ストローで果実水を飲んだ萌が満足そうに微笑む。
「うむ」
「たまにはこんな風にゆっくりするのも良いよね」
「うむ、そうだな」
魔王を倒した翌日、千尋達はブラムス第二騎士団長に案内され、ジョンスティール王国王都にある王宮に招かれた。リアナ達とオレイニー団長も一緒だ。そこで魔王討伐の報告を行い、千尋と萌は国王から報奨金を受け取った。
その額、10億セニカ。異世界の貨幣価値が全く分からない姉妹にリアナが教えてくれた所によれば、王都に貴族並みの屋敷を5~6軒建てられる金額だそうだ。そう言われてもピンと来なかった姉妹は、半分を受け取り、残り半分は復興支援のため寄付した。
その翌日は、オレイニーの勧めでアルダイン帝国の帝都へ赴いた。マーカスサス将軍に連れられて皇帝の居城へ。
地獄の業火で帝都東部の地形を変えてしまった事を怒られるかとひやひやしたがお咎めなしで、ここでも10億セニカの報奨金を受け取る。
どうやら3国の通貨単位は同じらしい。そしてアルダインでも姉妹は半分を国に寄付した。
その次の日にはグレイブル神教国へ。シャマル教皇から涙を流して感謝され、またもや10億セニカを頂き、同じように半分を寄付した。
そして現在。グレイブル神教国南部、ジョンスティール王国との国境近くにあるプレストンという街に滞在中の姉妹。なぜここに居るかと言うと、リアナの実家があるからだ。
リアナの本名は、リアナ・フォン・プレストン。この街を治めるプレストン伯爵家の次女であった。伯爵家が所有する、湖に近い別邸で寛いでいる最中である。
千尋と萌がなぜ報奨金の半分を手元に残したのか。元の世界に帰る姉妹にとって、異世界のお金には価値がない。リアナ達勇者パーティは、姉妹とは別に報奨金を受け取ったが、その額は5分の1程度だった。
「チヒロ、モエ。楽しんでる?」
「リアナちゃん! うん、ここは良い所だねぇ」
「服まで貸していただいて。リアナさん、ありがとうございます!」
「そんなのはいいの。それより、このお金は――」
「うん、リアナちゃんに任せる」
残った15億セニカは、全てリアナに託した。あげる、と言えばリアナは気を遣うだろう。だから託すことにした。リアナなら困っている人の為に役立ててくれるに違いない。
目の前に広がる湖は、初夏の空を映して青く輝いている。湖面を渡る風が心地よい。
思えば、神社ダンジョンを発見してからこんなにゆっくり過ごしたことはなかった。毎日レベル上げに明け暮れ、それをおかしい事だとは思わなかった。その考えは今でも変わらないが、こういうゆったりした時間を過ごすのも悪くない。そう思う千尋だった。
魔王を討伐したことで、勇者パーティは一時的に離れている。メンバーはそれぞれ行きたい所に散った。ただ、2ヵ月もすればまた集まるのだと言う。
「魔王は居なくなったけど、脅威が全て消え去った訳じゃないからね」
この世界には、人族に害を成す強大な魔物が他にも居るらしい。それらが牙を剥いた時の為にも勇者パーティは必要なんだそうだ。
「魔王、か……」
千尋と萌は、確信に近い疑念を抱いていた。
この世界に来て、神様の加護で言葉に不自由はない。この世界の人々の言葉は、吹き替え版の洋画を見ているような感じで耳に届く。少し臨場感に欠けるし唇の動きが合わないが、意味は完全に理解出来る。
大神哲也と会った時、彼は日本語で喋っていた。それは千尋達にはすぐに分かった。
そして、魔王テンドーリュウズ。彼も日本語で喋っていたのだ。
千尋と萌の耳には、テンドーリュウズは「テンドウ・リュウジ」と聞こえた。
見た目は日本人どころか人間からかけ離れていた。だから、もしかしたら彼が日本語を使えたのはスキルの一種という可能性もある。
(だけど、彼が元日本人だとしたら、話が大きく変わってくる)
大神がこの世界に飛ばされた、という例もある。
「勇者」を派遣するだけではなく、「魔王」をも派遣しているとしたら?
地球のダンジョンは、勇者と魔王、両方を育成しているのだとしたら?
一体、神様の目的は何なのだろう?
その夜、プレストン伯爵家の別邸で、千尋と萌はリアナと最後の夜を楽しんだ。食事のあとは千尋のたっての希望でリアナを交えて3人でお風呂に入り、その後はパジャマパーティー。眠気に勝てなくなるまでお喋りに興じた。
そして翌朝。
「もう帰ってしまうのね……」
「リアナちゃん……」
「リアナさん……」
ごく短い間ではあったが、魔王と魔王軍を倒して人々を守るという共通の目的で戦った。リアナとは本当の意味で「絆」が生まれていた。決して裸の付き合いをしたからだけではない。
「ぐすっ、リアナちゃん。私、またここに来る方法を、さ、探すから!」
「チヒロ。いつまでも待ってるわ」
「リアナさん、姉がご迷惑をお掛けしました」
「とんでもない! モエ、あなたが羨ましい。チヒロのこと、よろしくね」
「はい!」
「うぅ、ぐすん……私が姉……」
3人は強く抱き合った。
「チヒロ! モエ! 本当にありがとう! 元気でね!」
「リアナちゃんも!」
「お元気で――」
リアナの目の前で、千尋と萌の姿が消えた。それまで我慢していた涙がリアナの目から零れ落ちた。
(本当にありがとう、可愛らしくてとっても強い、二人の使徒様)
「千尋ちゃん、萌ちゃん! お帰りー!」
「うぅ……ぐすっ、う、うぇええーーーん!」
「ど、どうしたの、千尋ちゃん!? どこか痛い?」
「うーちゃん様、ただいま戻りました」
「萌ちゃん、千尋ちゃんは……?」
「大丈夫です。友達とお別れしたから」
「そ、そっか。向こうで友達が出来たんだね」
「はい! とってもす、素敵な、ぐすん、ひ、人達が……」
姉妹の帰還を待っていた氏神の前で、千尋と萌は抱き合ってわんわん泣いた。それは、姉妹が初めて味わう友達との別れだった。
一瞬前まで手の届く所に居たのに。あんなに楽しく過ごせる友達が出来たのに。
もう二度と会えないなんて。
「二人とも泣かないで。また会えるさ」
「うっ、ふぐぅ、な、慰めはい、いらない、ですぅ……」
「おねえちゃーーーん! わ、わたしっ、うぐっ、リアナさんに、ぐずっ、会いたいよぉーーー!」
「あ、あのね、本当にまた会えるから」
「うわぁあああーーーん! ……え?」
「うぇえええーーーん!……へ?」
涙と鼻水でボロボロになった顔を氏神に向ける二人。
「ちょっと落ち着こうか?」
「ぐすっ、はい」
「うぇっ、はい」
氏神がどこからともなく取り出したティッシュで姉妹は涙と鼻水を拭いた。大岩の穴に敷いたブルーシートに二人と一柱が腰を下ろす。
「もう大丈夫?」
「「はい」」
「まずは無事に帰って来てくれて良かった。魔王は倒せた?」
「「はい」」
「そうか、ありがとう。君達のおかげで異世界リムネアは救われた。これが今回の報酬だよ」
そう言って氏神は左右の手を差し出す。拳を開くと、そこには目が眩む程の白い光を放つマグリスタルがあった。
「大きさは他のマグリスタルと変わらないけど、含有エネルギー量は桁違い。良い値段で買い取って貰える筈だよ」
千尋と萌は「ほえー」と言いながらマグリスタルを見つめていた。目が¥マークになっている。両手を皿のようにして大切に受け取った。
「それと、異世界に出来たお友達とまた会えるっていう話だけど」
姉妹がこくこくと頷く。
「ダンジョン最深部でコアに管理者登録すると管理者権限が利用できるのは知っているよね?」
「はい」
「使徒として異世界に行った者が管理者になった場合、権限が増えるんだ。ある条件を満たせば異世界と行き来できる『ゲート』の設置が可能になる。一度でも行った事のある異世界に限るけどね」
「ゲート……その、『ある条件』とは何ですか?」
「一つは、ダンジョン・モンスターの強さを+80%に設定して、ダンジョン・ボスを10回倒す事だよ」
「ほうほう」
千尋と萌は身を乗り出して氏神の説明を聞いている。
「あと一つ、ゲートを起動するのにエネルギーが必要なんだ」
「エネルギー」
「うん。まあ、マグリスタルだね。えっと、日本円換算だと…………ざっと1億円分くらいのマグリスタルがあれば起動出来るね」
「い、1億円……。それは最初の1回だけですか?」
「そう。一度『ゲート』が異世界と繋がれば行き来は自由になる」
行き来?
「あの、もしかして、異世界の人をこちらに連れて来る事も出来ます?」
「出来るよ。こっちの人をあっちに連れて行く事もね。ただし、変な人や魔物なんかは連れて来ないでね」
「あ、それはもちろん」
まず神社ダンジョンを攻略する。ダンジョン・コアで管理者登録をして、モンスターの強さをMAXの+80%にする。その上でダンジョン・ボスを10回倒す。さらに1億円分のマグリスタルをかき集めれば、いつでもリアナ達に会いに行けるようになる。
「お姉ちゃん!」
「萌!」
「やるしかないよね!」
「うむ! リアナちゃんにまた会える……漲ってきたぁー!」
もう二度と会えないと思っていた友達とまた会える! その事実に舞い上がってしまった千尋と萌は、氏神に「魔王は元日本人だったのか?」と聞くのをすっかり忘れてしまったのだった。




