40 魔王テンドーリュウズ戦
「萌っ!?」
魔王テンドーリュウズの空削が着弾し、萌の右脚が千切れたのを目にした瞬間。千尋の頭の中でプチンと何かが切れる音がした。
千尋の側頭部に、L字型をした長く鋭い漆黒の角が出現する。両目に赤い光が灯った。この間、僅か0.02秒。
「魔眼、捻転視」
「うぅ……最上級治癒」
萌に止めを刺そうとしていた魔王は、咄嗟に転移して「捻転視」を躱す。その間に萌は自分の千切れた脚を繋げるために最上級治癒を唱えた。
「萌!」
「私は大丈夫、しばらく動けないけど!」
「分かった、任せよ。魔眼、魔力視。天牙雷命」
魔王の転移先を魔力視で探りながら天牙雷命を発動。
「そこか!」
魔王が現れた場所に肉薄し天牙雷命を放つ。その場を起点に地面が100メートルほどV字に抉れるが、魔王は再度転移してそれを躱した。
「貴様、無茶苦茶な攻撃だな!」
「ふん、雷槌」
天空から光の柱が降り注ぐ。轟音と共に、魔王が立っていた場所に小さなクレーターが出現した。
雷の速さは毎秒150キロ。1500メートル上空の雲から放たれて地表に到達するのに0.01秒しかかからない。魔王はそれをも転移で避けた。
「なるほど。未来視か」
「っ!? それに気付いたのは貴様が初めてだ。何者だ?」
「興味がないんだろう? 幽幻烈火」
千尋は魔王を南へ南へと誘導しながら攻撃を続けていた。萌からなるべく遠ざけたい。転移があるから無駄かも知れないが、少しでも萌が回復する時間を稼ぎたかった。
「魔王の角」が出現し、千尋は使える魔法が増えた事に気付いていた。それらはまるでずっと前から使えたかのようだ。自転車の乗り方を忘れないのと同じで、体が使い方を覚えていた。
千尋の周囲に陽炎のような分身が12体現れる。ユラユラと揺らめいているが千尋と全く同じ姿だった。
「はっ! 数が増えた所で同じこと。俺には未来が視えてるんだからな!」
「魔力視、同期。天牙雷命、同期。同時発動、百火繚乱」
本体と合わせて13人の千尋から百火繚乱が放たれる。1300本の火柱が隙間なく立ち上がり、広範囲を埋め尽くす。13人の千尋の魔力視が、転移した魔王の行き先を監視する。逃げ場などない。
「空削弾ま」
「雷槌」
千尋本体の頭上10メートルの場所に魔王が出現。そこにピンポイントで雷槌を放ち、千尋自身は「転移」して避けた。
「ぐはっ!?」
魔王の空削弾幕は半ばまで発動し分身の何体かに当たるが、実体を持たないのでダメージはない。雷槌が右肩を掠った魔王は転移した先で膝を突く。
「未来が視えているのではなかったのか?」
「ぐうっ、貴様!」
「天牙雷命、連撃」
12人の分身が、3人ずつ魔王に迫る。一人一人の速さは常人では捉え切れない。その上少しずつタイミングをずらしている。
千尋は「未来視」の能力について推察していた。未来が視えると言っても、そう先の未来ではない。せいぜい数秒先であろう。そして重要な事だが、未来というものは常に変化する。原因があるから結果がある。原因が複数あると、その結果は多岐にわたるものだ。
例えば、千尋が雷槌を撃つと見せかけて百火繚乱を放ったとしよう。最初は雷槌による未来が、一瞬後には百火繚乱による未来に変化する。魔王はそれに対応して攻撃や防御を行わなければならない。
では、一撃必殺の斬撃が複数の方向から、少しずつタイミングをずらして放たれたらどうなるか?
魔力視で転移先もバレる。これまでの様子から、魔王は目で見える範囲、それも余り遠くない場所にしか転移出来ないようだ。そのくらいの距離なら、千尋のスピードで追うのは難しくない。そして転移先にも天牙雷命が待ち受けている。
魔王は余りにも多くの未来に対応出来なくなった。千尋の分身による第四波の攻撃を避けるため、自身の限界の距離まで転移する。
「分身は12体しか出せないとでも思ったか?」
追加で12体の分身を出した千尋。24体が雪崩のように魔王を襲う。既に分身の天牙雷命は解除されているが、細かく何度も転移して攻撃を避ける魔王の体には、徐々に傷が増えていく。
そして魔王は気付いた。自分にぴったりとくっついて同時に「転移」する者の存在に。
「アイシクルランス!」
一瞬気が逸れた魔王の足元から、無数の氷の槍が出現する。萌の氷魔法だ。
「くっ!」
右脚を氷に貫かれながら、魔王はまた転移する。転移先には千尋の分身が待ち構え、1体が百の炎弾に変化し、変化球のような軌道で魔王に迫った。
魔王は当然のように転移する。だが、それより先に千尋(本体)がその場所に転移して、魔王が現れる前に刀を袈裟懸けに振るう。
「がはっ!?」
まるで刀に吸い寄せられるように魔王が現れ、左肩から右脇腹を深く斬り裂かれた。
「な、なぜ……?」
「魔力の流れがようやく分かったから、転移先に先回りしただけだ」
その瞬間、魔王は自分の数秒先の未来を視た。転移で躱しても先回りされる。未来視で対応出来ない程の攻撃を浴びせられる。刀で首を刎ねられる。
千尋が「転移」出来るのは当然だった。この世界を司る神の一柱、女神ハムノネシアから長距離転移の能力を授かったのだ。同じ要領で短距離転移するのは難しい事ではなかった。
魔王ががっくりと膝を折り項垂れた。
「妹を傷付けた罪、万死に値する。あの世でその罪を悔い改めよ。天牙滅炎」
刀身が赤く光る。凝縮された炎熱によって周囲の景色が歪む。刹那、千尋が斜め上に刀を振るった。
魔王の体を刀が捉えた瞬間、全ての炎熱が解放される。そこから火山口のように炎が噴き上がった。炎は高さ500メートルに達し、地面はドロドロのマグマと化した。
「あっちぃ!」
千尋は慌てて萌の近くに転移する。
「風障壁!」
「アイス・ウォール!」
千尋の風障壁の後ろに、萌が氷の障壁を張る。
「やっつけた?」
「うむ。萌……脚は大丈夫か?」
「うん! ちゃんとくっついた。治癒魔法ってすごいね!」
「動きに問題ないか?」
「大丈夫! ……それよりお姉ちゃん、角生えてるけど?」
「うむ。なんか生えた」
「なんかって! 魔王より魔王だよ!?」
千尋が頭に手をやると、角がポロっと取れた。
「なんか取れた」
「取れるんだ!?」
2本の角は、役目を終えたと言わんばかりに細かい灰になって風に散らされた。そして、全身から力が抜けたように、千尋がその場にパタリと倒れ込んだ。
「お姉ちゃん!?」
防壁の上から戦いを見ていたリアナ達。千尋が倒れたのを見て血相を変えて門から飛び出して来た。その後ろからオレイニーとブラムス、多数の兵士達が走って来る。
「「「「チヒロ!」」」」
「「チヒロ様―!」」
うつ伏せに倒れた千尋をひっくり返し、萌がその頭を膝に乗せる。
「うーん、むにゃむにゃ」
「お姉ちゃん、寝てる……?」
この時千尋はまだ知らなかったが、EXスキル「魔王の角(仮称)」を使用すると一時的に全ステータスが2倍になり、使える固有魔法が増える。その反動で、スキル使用後は8時間のあいだ全ステータスが10分の1になり、強烈な疲労感に襲われるのだ。
結果、千尋は眠っていた。口を開けて、ちょっと涎を垂らしながら。中3女子が人前で晒してはいけない姿だった。
それに気付いた萌が「ガバッ」と千尋に覆い被さる。リアナとプリシアも一瞬見えた千尋の顔で全てを察し、男どもの視線から千尋を守った。これが女子の団結力であった。
その後、怪我をしたと思った兵士が持って来た担架で運ばれる千尋。だらしない顔を隠すために薄い布を掛けられたことで、兵士達に使徒の一人が魔王との戦いで命を落としたと勘違いされる。
「使徒様は、俺達を守るために命を落とされた……」
「俺達を……この国を守るために……」
「見ず知らずの俺達を」
「なんて崇高な方なんだ……」
「「「「「うぉおおおー! 使徒様ー!」」」」」
白い布を顔に被され、天幕に運ばれる千尋を見て涙を流す兵士達。そんな事になっているとは露知らず、翌朝までガッツリ寝た千尋。寝過ぎて早く目覚めた千尋が欠伸をしながら天幕を出ると、その姿を見た複数の兵士が腰を抜かした。
「し、使徒様がっ! 復活なされた!」
「なんだと!?」
「死からも甦るなんて!?」
「さすがは使徒様!」
「「「「「うぉおおおー! 使徒様ー!」」」」」
外の騒ぎに目を覚ました萌は、笑顔で兵士達と握手する姉を見た。
「え、何これ?」
この後長きに渡り、ジョンスティール王国では「不死の使徒伝説」が語り継がれたとか。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
第二章はここでおしまいです。
次話から第三章になります。
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