39 ジョンスティール王国(3)
SIDE:魔王テンドーリュウズ
約2万の軍の最後方から眺めていると、ベヘレスの防壁が目に入って来た。間もなく先頭が壁に到達するという時、空から突然光が降って来た。
軍勢の中で魔法を使える者が障壁を展開する。俺も独自で自分を中心に障壁を張ったが、上空からの攻撃は数秒後に障壁を軽々と突破する事が視えた。だから咄嗟に障壁を五重にした。その判断が正しかった事は直ぐに分かった。
俺が張った五重の障壁より外側は、空から降って来た超高温の岩によって蹂躙された。普通の障壁など紙同然。2万の軍勢は蒸発し、炎に焼かれ、溶岩に押し潰された。俺の障壁も4枚が破壊され、俺を守護するように近くにいた単眼魔人は、8体中5体が再生能力が追い付かずに消滅。辛うじて残った3体も魔力の殆どを自身の再生に使っただろう。
このように強力な攻撃が出来る人族が居るとは聞いた事がない。話に聞く「勇者」という奴だろうか? それとも、人族の魔術師総掛かりで大規模魔法を構築したのか?
さっきの攻撃を連発されたら危なかったが、幸いにも次の攻撃は来なかった。あれだけの魔法だ、さすがに連発は無理だったようだ。この隙に、単眼魔人に攻撃を命じた。
まあ、俺だけならいつでも逃げられるが、苦労して集めた軍勢を灰にされたんだ。ここに居る人族は皆殺しにしないと腹の虫が治まらない。単眼魔人に出来るだけ削らせて、最後の仕上げは俺が出るとしよう。
SIDE:本庄千尋
オレイニーおじいちゃんと、髭面でマッチョなブラムス騎士団長にそれぞれお姫様抱っこされながら防壁の上から下へと運ばれる千尋と萌。
生粋の日本人である姉妹(お年頃)は衆人環視の下でお姫様抱っこなどされる事に不慣れである。MPはモリモリ回復しているが、恥ずかしさのあまりSAN価がガリガリと削られた。
(くうっ、羞恥! 精神的にキツい!)
ようやく1階に辿り着き、壊れやすい貴重品を扱うようにそっと地面に降ろされた。
「チヒロ様、モエ様、大丈夫ですか!?」
千尋と萌は精神的疲労でその場に座り込む。いつの間にか敬語になっていたブラムスが心配の声を上げた。
「だ、大丈夫です、少し休めば」
こうして姉妹が精神ダメージの回復に努めている頃、防壁の外ではリアナ達勇者パーティと単眼魔人による激しい戦いが繰り広げられていた。
「献身の光!」
ブランドンが叫ぶと、構えた大盾が青白い光を放つ。ヘイトを自分に集中させる技だ。
「おらぁ一つ目ども! こっちだ!」
単眼魔人がブランドン一人に集中する。鎖に繋がった鉄球、大斧、大剣。それらの攻撃が一斉に降って来る。
「鉄壁の守り!」
ブランドンの体と盾が金色の光に包まれた。一定時間防御力を最大化するスキルである。単眼魔人の攻撃を盾で弾き、受け流し、正面から受け止める。そこで出来た隙を逃さず、リアナ達が攻撃する。
プリシアが離れた場所から炎の槍を放つ。ケネスが双剣で脚に斬り付ける。
「聖光弾!」
リアナが聖属性魔法を放った。巨大な光弾が単眼魔人の腹に直撃し大穴を開ける。
「うりゃぁあああ!」
大きく跳躍したリアナがそいつの首を刎ねた。
「まず1体! こいつらは再生持ちだから頭を潰すのよ!」
「「「おう!」」」
千尋と萌の地獄の業火によって大ダメージを被った単眼魔人は、本来の力を発揮出来ないでいた。とは言え「歩く災厄」。残された2体が怒りに我を忘れ、狂ったように武器を振るい始めた。
「プロミネンス・アロー!」
「聖光弾!」
プリシアが1体に向けて上級炎魔法を放ち、リアナの聖属性魔法が追撃する。
「くそっ、こいつら障壁も使えるのか!?」
ブランドンが驚きの声を上げるが、既にリアナが吶喊していた。
「はっ!」
単眼魔人の後ろに回り込み、大木のような脚に向かって剣を横薙ぎにした。
「グオオッ!?」
太腿から半ば千切れかけた脚を庇って、大斧を杖のように突く単眼魔人。ケネスが跳躍して首を連続して斬り付けるが両断には至らない。
「聖光斬!」
ケネスの攻撃に気を取られた隙に、リアナが正面から跳躍し、頭から股まで一刀両断した。
「あと1体!」
残された単眼魔人は自分の不利を悟り後ろへ下がる。遠距離から鉄球を振り回すため、なかなか近付けない。プリシアが魔法を放つが、鉄球に阻まれて本体まで届かない。
「俺が前に出て隙を作る」
ブランドンが右手の長剣を投げ捨て、両手で大盾を持って走り出す。同時に単眼魔人の目が赤く光り出した。時間に伴って回復した魔力で、必殺の熱光線を放つつもりだ。
「ブランドン、下がって!」
「天牙雷命」
ブランドンを制止するリアナの横を、黒い影が通り過ぎた。青白く光る刀身が残光となって棚引く。単眼魔人の目から溢れる光が最高潮に達した時、影と残光が急に上昇し、赤い光は突然消えた。単眼魔人は首から上がなくなり、轟音と共に後ろ向きに倒れる。その横に納刀する千尋が立っていた。
天牙雷命は、魔法で発生させた雷を刀身に凝縮し、当たった瞬間に解放する技である。刀を振り抜く速さが尋常ではないため、千尋でもタイミングを合わせるのが難しいのだが、成功すれば相手を跡形もなく消し飛ばす事が出来る。
(まだ少しタイミングが合わないな)
それでも余波だけで単眼魔人の頭は消し飛んだ。
「「「「チヒロ!」」」」
「遅くなってごめん」
「もー、お姉ちゃん。一人で突っ込むんだから」
「ああ、済まない。あの光はヤバそうだったから」
熱光線が発射されていれば、リアナ達は無事で済まなかっただろうし、ベヘレスの街は半壊していただろう。勘で動いた千尋だったが、結果的に多くの者を救ったのだった。
「パチパチパチパチ」
突然の拍手に、全員が音のした方を見る。
「いやぁ、弱っていたとは言え単眼魔人3体を無傷で倒すとはなぁ。素晴らしい」
それは友好的とも言える笑みを湛えながらそんな事を口にした。人族のような外見だが一見して違うと分かる。側頭部から突き出した、2本の黒い巻き角。眼球には金色の瞳が2つずつある。病人のように青白い肌、指先の爪は角と同じ黒で、鋭く尖っている。
「褒美として、俺が直接殺してあげよう」
前に居た筈のそいつが、瞬きの間にリアナの後ろに回り込んで背中に貫手を放った。
「ガキン!」
そいつの爪が、萌の籠手に阻まれる。その横から千尋が刀を袈裟懸けに振るうが空を切った。
(むっ、転移か)
「リアナちゃん! 奴は転移できる。壁の後ろに下がって!」
「で、でも」
「お願い!」
今までの敵と格が違う。恐らくこいつが「魔王」。転移を持っているなら、リアナ達の誰かを簡単に人質に出来る。足手纏いという言葉は好きではないが、リアナ達を守りながら勝てる程甘い相手ではなさそうだ。
「うむ、良い判断だ。だが逃がすとでも?」
「断空波」
「アース・ウォール!」
再び前に現れた魔王(仮)に向けて、千尋が断空波を連続して何発も放つ。その隙に萌がリアナ達を隠すように土の障壁を発生させる。
「リアナさん、今のうちに!」
「モエ、ありがとう!」
ケネスが荷物のようにプリシアを横に抱え、防壁の門へ走る。ブランドン、リアナとその後に続く。彼らが壁の内側に入り門が閉じられるまで、断空波とアース・ウォールは止まらなかった。
「ふん、まあいい。そう言えばまだ名乗ってなかったな。俺はテンドーリュウズ。魔王と呼ばれている」
魔王テンドーリュウズは不敵な笑みを浮かべながら口にし、胸の前で見えない球を両手で包むような姿勢になった。
「あー、お前達の名前には興味がない。じゃあ死ね。空削」
ぞわっと悪寒が走り、千尋は咄嗟に半身になって頭を仰け反らせる。
「ぐっ!」
千尋の黒髪がいく束か千切れて宙に舞う。その額からドロリと血が流れる。額からこめかみにかけて、皮膚とその下の薄い筋肉が抉り取られていた。
「お姉ちゃん!」
「くっ、上級治癒」
千尋の頭部が緑色の光に包まれ、怪我が治癒していく。
「はっ! 今のを躱すとはな! だがこれならどうだ。空削弾幕」
「アース・ウォール!」
萌が魔王と姉妹の間に分厚い土の壁を出現させた。千尋は反射的に萌に駆け寄りその身を抱いて横に跳んだ。
「ああっ!?」
千尋のふくらはぎが人の拳より大きな半球状に抉れる。
「お、お姉ちゃん!?」
「ぐっ……百火繚乱、上級治癒」
土壁を含め、広範囲に隙間なく火柱を出現させ、直後に自分を治癒する千尋。
「萌、奴の攻撃は見えない。恐らく胸の前で組んでいる両手――あの大きさで空間ごと削り取っている」
「離れた場所の空間を?」
「そうだ。壁があっても関係ない。その後の何とかって言う攻撃は、同時に複数か所を削るのだと思う」
「どうやって防ぐの?」
「転移も使うから厄介だ。奴より速く動くしかないが――」
「話は終わったか?」
魔王テンドーリュウズが火柱の範囲を超え、姉妹の背後に転移して来た。千尋と萌は咄嗟に左右に跳ぶ。
「空削」
魔王が呟いた瞬間、萌の右脚が弾け飛んだ。




