35 メリオローザ戦(2)
SIDE:本庄千尋
千尋と萌は砦の中で迷っていた。無理もない。今日初めて来たし、常に誰かが案内してくれていたのだ。
「お、お姉ちゃん、どうしよう!?」
「上だ! 防壁の上に行こう!」
下に行くのを諦め、何となく道が分かる上を目指す。ようやく防壁の上に出ることが出来たが、そこは北の端っこだった。
「萌、向こうだ!」
「うん!」
騒ぎが起こっている方に向かって走り出す。それは砦の南側だった。
「お姉ちゃん、リアナさんが戦ってる!」
「むっ、ブランドンが怪我をしているようだ」
「えぇっ!?」
「降りるぞ」
千尋は萌の手を引いて高さ30メートルある防壁の上から飛び降りた。地表近くに風魔法で上昇気流を起こし、落下速度を落とす。
「ブランドン!」
「ブランドンさん!」
ブランドンの左腕は鎧ごと千切られたようで、治癒魔法を使える者が必死に止血をしている所だった。
「我が代わろう。萌、先に行ってくれるか?」
「はいっ!」
千尋はブランドンの横に膝を突き、千切れた左腕を抱える。
「チ、チヒロ様……俺なんかよりリアナ達を」
「いい。喋るな」
「へへっ……ドジっちまいましたぜ……」
切断面を近付け、意識を集中する。
「最上級治癒」
目を開けていられない程の眩い緑色の光が千尋の掌から零れ、ブランドンの左腕を包んだ。
(骨を再生して繋ぐ……血管、神経を再生、繋ぐ……筋肉、脂肪を再生、繋ぐ……皮膚を再生、繋ぐ……)
千尋の額から汗が滲む。1分もかからず、左腕が繋がった。
「どうだ? 不具合はないか?」
「う、動く! 動きますぜ、チヒロ様!」
「よかった。だが失った血が多い。しばらく安静にするのだ」
「いや、すぐ行かねぇと――」
「気絶させられたいか?」
「…………ちっとばかり休憩します」
「うむ」
千尋の視線に気圧され、立ち上がりかけた腰を再び地面に降ろしたブランドン。それを確認し、千尋はすぐに門から出る。右の方に腹を押さえて蹲るプリシアを見付けた。
前を見ると萌が触手……じゃなくて鞭を握っている。そのまま力任せに引っ張って女の懐に潜りパンチを喰らわせた所だった。向こうは大丈夫そうなのでプリシアを治療しよう。
「プリシアちゃん!」
「……チヒロ様」
「喋らないで。すぐ治してあげるから。上級治癒」
腹の傷口の近くに掌をかざし、また緑色の光を迸らせる。今度は30秒ほどで治癒を終えた。プリシアをお姫様抱っこして門の内側へ。ブランドンの隣に降ろす。
「二人とも少し休んでて」
そう言うと、千尋の姿は二人の前から文字通り消えた。
「お姉ちゃん、すっごく怒ってるよ? 私知らないからね?」
メリオローザが射殺さんばかりの目で萌を睨む。
「おっと」
鞭の持ち手の下から刃を出し、それを萌に突き立てようとするメリオローザだが、萌は後ろに跳んで躱した。
「チ、チヒロ様!?」
「リアナちゃん、遅れてごめん」
大剣で2本の鞭を必死に捌いていたリアナの隣に、いつの間にか千尋が立っていた。たまに千尋にも攻撃が飛ぶのだが、ひょいひょいと軽く躱している。少し離れた所で、ケネスが驚愕に目を見開いていた。
――ザンッ
千尋が刀を振り上げると、鞭は途中で斬られ地面に落ちた。
「リアナちゃん、少し休んでて。ケネスも」
「「チヒロ様!」」
ひらひらと手を振り、女の方に歩いて行く千尋。斬られて短くなった鞭と、先程萌が掴んでいた鞭、計4本が千尋を襲うが当たる気配がない。首を倒し、肩を捩じり、足を引き、最小限の動きだけで攻撃を躱していた。
「何なの!? あんた何なのよっ!?」
3メートル手前で立ち止まる。
「我は怒っている。友達を傷付けられたからな」
「それが何だって言うのよ? こっちは仲間を100万人殺されたのよ!?」
ふぅ、と千尋は息を吐いた。
「人族を救う為には仕方なかった」
「あ……あんたがあの魔法を……」
「すぐには殺さぬつもりだったが、一撃で殺してやる。詫びだ」
「おまえぇぇええええ! 殺す殺す殺す殺す!」
メリオローザは鞭を手放し、4つの掌と3つめの眼球の前に魔法陣を展開した。
「血の盟約により地獄より来たらん。永劫の炎を顕現せしめ我が敵を灰燼と成せ――」
「天牙雷命」
千尋が呟くと刀の刀身が青白い光を放つ。そして瞬きの後に千尋はメリオローザの背後におり、刀を鞘に納める所だった。メリオローザは体の左半分が消し飛んでいた。
――チン
鞘に納めた音が鳴ると、残りの右半分が炭になって崩れ落ちる。それと同時に、散らばっていた魔族の最後の一人も打ち倒された。
「「「「「うぉぉおおおおー!」」」」」
騎士達が雄叫びを上げる。ザイオン砦が完全に勝利した瞬間だった。
「せっかく風呂に入ったのに、また汗をかいてしまった」
「そうだね……もう一回入る?」
「いや、たくさんの人が準備に奔走するだろう? それは申し訳ない」
「お姉ちゃんが遠慮するなんて。さっきは全然そんな事なかったのに」
「さっきは欲望に我を忘れていたのだ」
「……自覚あるんだね」
そんな話をしながら南門の内側に入ると、リアナとケネスが座り込んだ仲間を気遣っていた。
「チヒロ様! 助けていただいて心から感謝します」
リアナから礼を言われ、千尋は「いえいえ」と言いながら手を振る。
「もっと早く来れば、誰も怪我しなかったのに。申し訳ない」
「そんな! ブランドンとプリシアが無事なのはチヒロ様とモエ様のおかげですから!」
ケネスが声を張り上げる。
「と、当然のことをしたまでです……お気になさらず」
砦の中で迷ってました、あははー! と言えれば楽なのだが、そのせいで腕が千切れ、腹に穴が開いた人の前では口が裂けても言えなかった。
「それにしても、お二人は魔法だけじゃなくて近接戦闘も得意なのですね!」
「あーちきしょう! 俺も見たかったぜ」
「いや、あれは間近にいても見えないと思うよ?」
「そうなのか?」
「私でもはっきりとは見えなかった」
「リアナ、少しは見えてたの!? やっぱり凄いな、君は」
千尋と萌はお互い顔を見合わせた。萌が千尋に問うような顔をして首を傾げると、千尋が軽く頷く。
「あの、もし良かったら私と姉の模擬戦をご覧になりますか? 速度遅めバージョンを」
「し、使徒様の模擬戦!? 見たいです、ぜひ!」
「私達、元々は近接戦が専門なんです」
「えええええええっ!?」
「最初は魔法が使えず、物理で頑張った。今でも、普段の戦闘では殆ど魔法は使わない」
「…………てっきり魔法専門だと思ってましたよ……」
「あんな魔法は初めてなんです。ね、お姉ちゃん?」
「うむ、そうだな」
「は、初めてぇぇえええええ!?」
プリシアの声が裏返った。極大魔法など、ダンジョンで使う機会がない。恐らく今後もそんな機会はないだろう。そう考えると、異世界にいる間にもっと魔法をぶっ放そうかな、と物騒なことを考える千尋であった。
「取り敢えず今夜は遅いですし、ブランドンさんとプリシアさんも休まなきゃですし。模擬戦は明日起きてからで良いですか?」
「もちろん! ぜひお願いします!」
という事で明朝、千尋と萌は模擬戦を行うことにした。
姉妹は使徒としてずっとこの世界にいる訳ではない。自分達が去った後は、この世界の人々自身で人族を守る必要がある。自分達の戦い方が少しでも参考になれば、という気持ちだった。目の前でブランドンとプリシアが怪我を負った事も大きい。
そして翌朝。
砦の内側には、演習場という名のだだっ広い草原があり、そこにリアナ達勇者パーティ、オレイニー団長、マルガ騎士団副団長、ページア魔術師団副団長、そして多くの騎士や魔術師が集まった。使徒の模擬戦が見れると聞いて思いのほかたくさんの人が集まり、緊張気味の千尋と萌である。
マルガ副団長が前に出て挨拶を始めた。
「今朝は、チヒロ様とモエ様が我々のために模擬戦を見せて下さる! 使徒様の戦いは次元が違うが、何か少しでも参考に出来るよう、皆一挙手一投足を見逃さぬように!」
余計な事を言いやがって……。千尋と萌は同じ気持ちだった。人に注目されながら戦うなんて探索者登録の試験以来だが、数が段違いだ。手汗がヤバい。
「お姉ちゃん、ど、どうしよう……?」
「適当に、という訳にもいかんな……」
「私、お腹痛くなってきた」
「我など腹痛に加えてハゲそうだ」
あれ、つい最近この件があったな……。二人は顔を見合わせて笑った。おかげで少し緊張が解れた。
「よし、やってみるか!」
「そうだね!」
実は、姉妹で模擬戦を行うのは初めてである。千尋は木剣を握り、萌は右手の籠手を外した。魔法は禁止、速度は普段の半分、可能な限り攻撃は寸止め、と簡単なルールを決めた。前に出て余計な事を言ったマルガ副団長が開始の合図を行った。
「それでは、はじめっ!」
千尋が使った「天牙雷命」の説明は何話か後で出て来ます。




