34 メリオローザ戦(1)
SIDE:ケネス(勇者パーティ)
僕の本名はケインズ・フライゲル。アルダイン帝国西部に小さな領地を持つ子爵家の三男だ。15歳になった頃、長兄が家督を継いだのをきっかけに、僕は「ケネス」という名前で冒険者に登録した。幼い頃から剣術の鍛錬を行っていたが、冒険者になってから短剣の二刀流に切り替えたのが功を奏した。僕は斥候としての才能を開花させ、あれよあれよという間に冒険者として名を上げていった。
1年半ほど前、アルダイン帝都の冒険者ギルドを通じて「勇者パーティ」への参加を要請された僕は、喜んでそれに応じた。勇者と共に戦える機会なんて、これを逃せば一生巡って来ないと思ったからだ。
それから、先に勇者と行動を共にしていた大盾使いのブランドン、魔法使いのプリシアに続いて勇者パーティ4人目のメンバーとして迎え入れられ、各地で魔獣や魔族と戦ってきた。
僕の得意技は身体強化で、敏捷と腕力の切り替えが一瞬で出来るのが自慢だった。この技で冒険者としても有名になれたのだ。だが、勇者リアナは別格だった。素早さ、腕力ともに身体強化した僕を上回り、さらに魔法まで使える。つまり僕達の仕事は、リアナが全力で戦えるようにサポートする事で、それはすぐに理解出来たし、その仕事に誇りを持てた。
リアナは強い。それは間違いない。しかし、個の力に限界がある事もまた事実だった。
ザイオン砦西方での魔王軍との戦い。それは数の暴力を思い知る戦いだった。神教国騎士団だって決して弱い訳ではない。だがあまりにも数が違い過ぎた。僕達が到着した時には戦線は崩壊し、最早いかに勝つかではなく、いかに犠牲を少なくして撤退するかという状態だった。
なんとか砦に撤退する事には成功したが、そこから打つ手がなかった。救援は来ない。現状を打開する作戦もない。このまま籠城していても、いつか砦が落とされる事は誰もが分かっていた。
そんな時に現れた、二人の使徒。まだ子供にしか見えない二人が、アルダイン帝国で100万の魔王軍を殲滅したと言う。とても信じる事など出来なかったし、何かウラがあるのではと訝った。それはブランドンも同じ気持ちだったようだ。僕達は警戒した。リアナは人族の希望。何としても守らなくてはならない。
そして砦の防壁の上から放たれた魔法。数の暴力を覆すのは、それを遥かに上回る理不尽なまでに圧倒的な暴力。使徒のお二人は、あっさりとそれを体現なされた。
そして、魔法を放った後のあまりに無防備なお姿。力尽き、動けない状態は、正に敵にとっては千載一遇の機会。それを何の警戒心もなく晒すお二人からは、我々への信頼が窺えた。
僕は心が震えた。使徒様は敵なんかじゃない。これ以上ないほど頼りになる味方だった。
ブランドンも同じ気持ちだったようで、僕達はその後、使徒様をそれぞれ抱えて移動した。使徒様はご遠慮なさっていたけど、こんなにお疲れの使徒様に自分の足で歩かせるなどとんでもない事に思えた。10回も極大魔法を放ち、使徒様のお二人は疲労困憊のご様子だったが、砦を包囲していた魔王軍は一掃された。
その後祝勝会のような場でひと悶着あったが、リアナとプリシアは使徒様方と親交を深めたようだ。
それから僕はブランドンと一緒に、砦の外側で作業する騎士達の手伝いを続けた。
「チヒロ様とモエ様を最初疑った自分が恥ずかしいよ」
「俺も同じだ。あれだけ強大な力を持ってるのに、何の見返りも求めず救いの手を差し伸べるなんてな」
「それが使徒様という存在なんだろうね。まるで神が遣わした天使のようだ」
「違いねぇ。実力はこっちの方が魔王じゃねぇか、ってくらいだがな」
僕達は笑い合った。つい数時間前までは死を覚悟していたのに、こんな軽口が言えるなんて。
――カンカンカンカン!
「敵襲ー! 敵襲ー!」
ブランドンの顔に緊張が走った。
「せっかく使徒様達がお休みになってるのによぉ。無粋な奴らだぜ」
「全くだね。ここは使徒様のお手を煩わせぬよう、僕達で片付けたい所じゃない?」
「奇遇だな。俺も同じ事を考えてたぜ」
僕達は騒ぎが大きくなってきた方に向かって走り始めた。砦には、北と南、そしてその中間の3か所に出入りのための門がある。敵が襲ってきたのは南門だった。
「くそ、魔王軍の生き残りか!?」
「全部魔族だね……100くらいかな」
「食後のデザートに丁度いい塩梅だなっ!」
ブランドンはそう言いながら、突っ込んできた黒い肌の魔族にシールドバッシュを当てた。後ろに吹っ飛んだそいつに肉薄し、二本の短剣で首を刎ねる。
何体もの魔族が一度に襲い掛かって来るが、フルプレートのブランドンはその攻撃を体を張って食い止める。僕は身体強化を瞬時に切り替えながら、敵を攪乱して急所を突き、切り裂いていった。
騎士達も頑張っている。2~3人で一人の魔族に対応し、確実に数を減らしていた。
「あと……半分くらいかな、っと!」
「先が見えてるってのは楽でいいなっ!」
魔族が振り下ろした剣を躱し、カウンターで腕を切り飛ばす。すかさずブランドンが心臓を一突きにしてくれた。体が思うように動く。彼の言う通りだ。終わりが見えてるから辛さも感じない。
そんな風に楽観し始めた時だった。
「ぐはぁ!」
「ぎゃあ!」
「うごっ」
少し離れた所で戦っていた3人の騎士がまとめて吹き飛ばされた。
「あたしの! 仲間を! 殺したのはどいつだっ!?」
スタイルが良く、煽情的な恰好をした女の魔族が鞭を振るい、周囲の騎士を次々と薙ぎ倒していた。
側頭部から突き出た角。額にある3つめの眼球がギョロギョロと動き、僕を捉えた。
――ギィィイイン!
恐ろしい速度で迫った鞭を、短剣を使ってギリギリ弾いた。鞭は生き物のように動き、隣のブランドンを死角から襲う。
――ギャリィィイイイッ!
鞭は盾を持つ左腕に絡まり、金属の鎧ごと引き千切った。
「ぐはぁ!?」
「ブランドン!」
無防備になった彼に鞭の先端が迫る。鋭く尖った錘が彼の顔面を狙っている。僕は夢中でその前に体を投げ出した。衝撃に備えて体を固くする。
だが、いつまで経っても衝撃は来ない。後ろを振り返ると、リアナが大剣で鞭を防いでいた。
「ケネス! ブランドンを連れて砦の中へ!」
「いや、俺の事はいい。リアナを守れっ」
ブランドンは傷口近くを布で巻いて止血しようとしている。放っておいたら死んでしまうかも知れない。早く治癒士の所に連れて行かないと……。
「プロミネンス・アロー!」
僕が迷っていると、プリシアの魔法が炸裂した。
「ここは任せて! ブランドンを早く!」
ブランドンの無事な右腕を首に回し、抱えるようにして砦の中を目指す。無駄かも知れないが、途中で彼の左腕を拾った。
幸いな事に、南門のすぐ内側で治癒士が待機していた。僕は大切な友達と千切れた左腕を治癒士に預け、すぐに戻る。
プリシアが上位炎魔法のプロミネンス・アローを連発するが、魔法障壁に阻まれている。それでもリアナの援護になっているようで、鞭を捌きながらジワジワと女に近付いていた。
「チマチマと邪魔ねっ!」
女は左手にもう1本、鞭を握った。鞭の二刀流だと? そんなのは見た事も聞いた事もない。そして左手の鞭がしなったかと思うと、その先端がプリシアの腹に突き刺さった。
「ぐふっ!」
「「プリシア!」」
そして2本の鞭が猛烈な勢いでリアナに襲い掛かる。大剣では捌ききれない程の手数だ。
「ケネス! プリシアを!」
僕はリアナから言われる前に駆け出していた。だが、僕の行く手を鞭が阻む。
(くそっ! 早くプリシアを助けないと)
「アーハハハハハー! あんた達はみんな死ぬ! みんな殺してあげるわ!」
その時、南門の後ろが眩しい緑色に光った。そこから砲弾のような勢いで黒い塊が飛び出して来る。
「リアナさん、遅くなってごめんなさい!」
モエ様だった。モエ様は、籠手で鞭を弾きながら僕達に教えてくれる。
「お姉ちゃんがブランドンさんの腕を治してますから! すぐにプリシアさんも治します!」
「はあ? 子供がしゃしゃり出て来るんじゃないわよ! まずあなたを殺してあげる!」
なんと、女の背中から更に2本の腕が生え、鞭が4本に増えた。2本はリアナを攻撃したまま、新たな2本がモエ様を襲う。
まずいっ! モエ様は魔法使いなのに! 近接は得意じゃないんだ。武器すら持っていないじゃないか――
え?
モエ様が、2本の鞭を片手で掴んで止めた。目で追うのさえ困難な鞭を。そのままグイっと引っ張ると女がよろける。気が付くと女の目の前にモエ様がいて、その拳を女の腹に埋めていた。
「ふぐっ!?」
「お姉ちゃん、すっごく怒ってるよ? 私知らないからね?」
モエ様が女に向かってそんな事を仰った。
プンプン٩(๑`^´๑)۶




