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32 砦内のひとコマ

本日も少し早めの投稿です。明日から19時台に戻ります。

「ほ……本庄? お前本庄だよなっ!?」


 本庄と呼ばれて、千尋と萌の二人が声のした方に顔を向けた。


「お姉ちゃん、知ってる人?」

「…………いや、知らん」

「ちょ、ちょっと待って! 俺だよ、大神! 大神哲也!」


 大神が大声を上げたことで、その場が一瞬静まる。大神の下へリアナが近付いた。


「テツヤ、使徒様を知ってるの?」

「シト? シト、シラナイ。カノジョ、シッテル」


 リアナが大神を伴って千尋の隣に座った。


「チヒロ様、彼はあなたを知っているようなのですが、彼をご存じですか?」

「リアナさん、私のことは単に『チヒロ』と呼んでください。それに、その人のことは知りません」


 リアナの前では魔王キャラを封印する千尋。


「中2で同じクラスだっただろ!? 大神だよ、大神! お前とダンジョンで揉めた大神哲也だよっ!」


 理解できない言葉に、リアナが千尋に問うような視線を向ける。


「彼は私と同じ学校だった、私のものを奪おうとした。なるほど、確かに言われてみれば見覚えがある気がします」


 大神の言葉をリアナに説明しながら、ようやく思い出した千尋。


「お、お前、何で普通にここの言葉を喋れるんだよ!?」

「お前って言うな。次言ったら顎を砕く。落ち着いて丁寧に尋ねろ。気が向いたら答えてやる」

「ぐっ、こいつ、うっ!?」


 千尋に向かって拳を振り上げる大神。その後ろからブランドンに羽交い絞めにされた。


「落ち着けテツヤ。お前、この方が何をして下さったのか分かってるのか?」

「ナニ? シラナイ!」

「お前も見ただろう。砦の外にいた魔王軍の軍勢を」

「アア。ソレガナニ!?」

「チヒロ様とモエ様、たった二人であの軍勢を文字通り細切れにしたんだ」

「コマギレ?」

「皆殺し。殲滅。全部倒した。分かるか?」

「ゼンブ? アレヲ!?」


 この場にいる全員が自分を射るような目で見ている事に、大神はようやく気付いた。千尋と萌の二人だけは、我関せずとテーブルの料理に舌鼓を打っていた。


「このお二人は人族を救って下さった英雄。救世主様なの。テツヤ、お二人に向かって失礼な態度は止めて。彼女達の怒りを買えば、人族なんて簡単に滅んでしまう」

「リアナさん、私達そんな事しませんから! ね、お姉ちゃん」

「もちろん。嫌いなヤツは別だけど」

「お姉ちゃん?」

「冗談だ。それで大神は何でこの世界にいるんだ?」


 千尋は大神に向かって尋ねた。


「分からない。俺の方が聞きたいよ。兄貴と一緒に飛ばされたんだ。兄貴はその日に死んじまった。虎みたいな魔物に殺されたんだ」

「飛ばされた……自分の意思ではない、と?」

「当たり前だ! 誰が好き好んでこんな所に来るんだよ?」


 はぁ、と溜息を一つ吐いて千尋が説明する。


「世界を渡って飛ぶには神の力が必要だ。私達がここの言葉を話せるのも、神の依頼でここに来たからだ。大神が意思に反してここに飛ばされたのは神の怒りを買ったからだろう」

「神? 神様ってことか? 何言ってるんだ?」

「別に理解しなくていい」

「そんな事より、俺を元の世界に戻してくれよ!?」

「話を聞いていたのか? 元の世界に帰るには神の力が必要なのだ。私達にそんな力はない」

「でもおま……本庄達は帰れるんだろ!?」

「私達はな。だが大神のことは知らん」

「知らんってそんな……頼むよ本庄、この通りだ!」


 大神が千尋に向かって頭を下げる。


「いくら頼まれても知らないものは知らないのだ」


 千尋は別に煽っている訳ではなく、事実を淡々と述べたに過ぎない。だが、同胞だから、顔見知りだから助けてくれて当たり前、と思っている甘ちゃんの大神には、千尋の態度が酷く冷たいものに見えた。そして、それはすぐに怒りへと変わった。


「うぉぉおおおおおー!!」


 大神は、すぐ傍にいたブランドンのロングソードを奪い、千尋に斬りかかった。


「キン」


 それは、千尋が刀を鞘に納める音。刀を振った所は、萌以外の誰一人として見えていなかった。


「ガシャン」


 ブランドンのロングソードが音を立てて石床に落ちる。その柄は、切り離された大神の右手が握り締めていた。


「あああああああああっ!?」


 千尋が座っていた椅子から立ち、ロングソードを拾って右手を外し、ブランドンに返す。


「あ、間違った」


 ブランドンに大神の右手を差し出していた。今度はちゃんと、柄の方を向けてロングソードを返す。


 大神が痛みに蹲っている横に膝を突いて、右手首の切断面に切り離された右手を添える。


治癒(ヒール)


 眩い黄緑の光が大神の右手首を覆い、やがて元通りに繋がった。驚きから立ち直ったブランドンとケネス、それに隊長クラスの男達が大神を立ち上がらせる。


「これは慈悲だ。異世界で片手がないのは生き辛いだろうから」


 失血で朦朧とした大神を一瞥し、千尋が声を掛けた。大神は6人の男達にどこかへ連れて行かれた。千尋はリアナとプリシア、副団長達に事情を説明した。


 大神は恐らく、千尋の世界にいる神の怒りを買い、ここに飛ばされたこと。そのため神の加護はなく、戦闘経験もないからこの世界の農民より弱いだろうこと。元々彼は千尋のものを奪おうとし、それが叶わず敵意を抱いていたこと。元の世界に帰りたいが、千尋にはその方法が分からないのでそのまま伝えたらキレてしまったこと。


「そうか……彼は『稀人(マレビト)』ではなかったのですね……。ハッ! 私が連れて来た彼が大変失礼な真似を……本当に申し訳ございません!」

「あ、別に気にしてません」


 地球人同士の揉め事だから、どちらかと言うとこっちが迷惑を掛けた気がする。


「いえ、そういう訳には……私の出来る事でしたら何でもいたしますので!」

「何でも……?」


 千尋がニチャアと黒い笑みを浮かべた。


「お姉ちゃん? また悪い顔になってる」

「む、そんなことは考えてない」

「ああああの、ででで出来る事で、お、お願いします……」


 千尋がリアナに向かい、45度の礼をしながら右手を差し出す。


「私と、お友達になってくださいっ!!」

「えっ? あ、はい」


 リアナは、ポカンとしながら千尋の右手を握った。


「やった! 萌、聞いたか? 異世界の勇者とお友達になったぞ!!」

「ヨカッタネー」


 その後、スマホを取り出してメチャクチャ撮影し始めた。リアナとツーショットで、プリシアも交えて3人で肩を組み、そこに萌も入り、戻って来たブランドンとケネスも巻き添えになって、最後にはオレイニー団長とも記念撮影した。


 料理も堪能してご満悦の千尋が突然宣言する。


「そうだ、フロに入ろう」

「お姉ちゃん、ここに来た目的忘れてないよね?」

「もちろんだとも。だがな、萌。今日は東と西で200万の魔王軍を殲滅しただろう?」

「うん」

「萌は頑張った」

「うん……お姉ちゃんも」

「うむ。二人で頑張ったのだ。疲れを取って英気を養う。これも重要だと思わないか?」

「それがお風呂?」

「それがフロだ!」


 うーちゃん様は、神器があればいつでも帰れるって言ってた。お風呂に入りたいなら一度帰ってお家で入れば良いのでは?


 萌が疑問に思っていると、いつの間にか千尋がマルガ副団長に「ここってお風呂ありますか?」と聞いている。「ございます!」と元気な返事が聞こえる。あるんだ……。


 そして千尋は、すかさずリアナとプリシアを風呂に誘っていた。「友達なんだから一緒に入ろう!」とさも当たり前のように言っている。二人は苦笑いしながら、「では失礼ながらご一緒に」なんて言っている。これが狙いだったか!!


 あれよあれよという間にお風呂の準備が整えられていく……なにせ、明日をも知れぬ窮状を救って下さった使徒様が、お風呂をご所望なのだ。そりゃあ風呂ぐらい喜んで用意するってものだ。


 魔術師団に号令がかかり、水魔法と火魔法の得意な者が30名選抜された。砦に勤める使用人達が、慌ただしく風呂の掃除と石鹸、タオル等の準備を行う。風呂上りに飲むミルクをキンキンに冷やす事も忘れない。そして、女性騎士15名が風呂の警備に当たる。使徒様と勇者一行のあられもない姿を男どもに見せる訳にはいかない。ネズミ一匹通さない厳戒態勢が敷かれる。風呂の準備に当たる誰もが使命感に燃えていた。


 え、お風呂ってこんな大事(おおごと)だっけ?


 萌が頭を捻っていると、伝令兵が息せき切って走って来た。


「使徒様! お風呂の準備、整いました!」

「ありがとう! では行くぞ!」


 千尋が今日一番の張り切った声を上げた。

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