31 ザイオン砦(2)
本日は早めの投稿です。
「もちろん、貴女に会うためです」
スパーーーン!
ブランドン、ケネス、プリシアの3人が反応するより早く、萌が常人では捉えられない速さで千尋に迫り、後頭部を叩いた。
「お姉ちゃん!? 何言ってるのかな?」
「萌、冷静になるのだ。異世界の勇者、しかも飛び切りの美少女だぞ? こんな機会は二度とないかも知れない」
「こんな機会ってどんな機会よっ? え、待って、冷静になるのは私じゃなくてお姉ちゃんの方だよね!? ほら、リアナさんドン引きしてるよ!」
萌に言われてリアナの方を見る千尋。確かに上半身が仰け反り、口の端がピクピクしていた。
「…………い、異世界ジョークです」
憧れの美少女勇者にドン引きされ、トボトボと元の場所に戻る千尋。「姉がすみません」と言いながら、その背中を抱くように連れて行く萌。
「よしっ! この鬱憤は魔王軍にぶつけてやる! バッチコーイ!!」
千尋が突然雄叫びを上げたので、この場の全員が「ビクッ」とした。
「えー、勇者殿。このように、チヒロ様は少し……かなり変わっていらっしゃるが、決して我々に刃を向けるようなお方ではない。むしろ一人でも多く救おうとお考えだ。ご納得いただけたかな?」
今のでどう納得しろと? と思ったリアナだが、悪意はなさそうだと判断した。理解出来るかと言われれば自信はないが。取り敢えずオレイニーに頷いておく。
「チヒロ様、モエ様。やはり防壁の上に行かれますかな?」
「……北の端」
「北の端っこに行きたいそうです」
そうやって、その場に元からいた6人と千尋達3人、合計9人はぞろぞろと連れ立って防壁の北の端に向かうのだった。
SIDE:ブランドン(勇者パーティ)
勇者リアナの盾。それが俺の役目だ。フルプレートの鎧と全身を隠せる大楯、ロングソード。大柄な体を活かし、パーティ全員の盾役として今まで戦って来た。
そりゃあ素早さではリアナは勿論ケネスにも及ばない。とは言ってもそこら辺の魔獣に後れを取る程ノロマでもない。
その俺が、リアナを守る事が使命の俺が、さっきは全く反応出来なかった。使徒を名乗るモエという少女の動きに、だ。チヒロという少女がよく分からない事を言ってリアナに近付いたから、俺とケネス、少し遅れてプリシアの3人がリアナを守るように動き始めた矢先、モエがチヒロの頭を引っ叩いていた。モエがいつ近付いたのか分からなかった。
チヒロの言動が意味不明だったからリアナは気付いていないのかも知れないが、モエの動きに俺達は戦慄した。今まで対峙したどんな敵より、それこそリアナの全力よりも早かったからだ。
防壁の上、北の端に行くという事で、俺達も一緒について行く。使徒の二人が本当に味方なのか見定めなくてはならない。砦の中だと言うのに、壁の外で戦っていた時より緊張感がすげぇ。それだけ使徒の二人が放つ「圧」のようなものが油断ならないのだ。
やがて目的地につくと、チヒロが口を開いた。
「オレイニー殿、この世界の時間の単位は?」
「この国では『刻』を使いますな。1日が12刻でございます」
「1刻が2ジカンか……。これから我と妹で極大魔法を撃つ。その後魔力が枯渇して20分の1刻ほど戦闘不能になる。その間、次のポイントに移動するまでは皆に守っていただきたい。よろしいか?」
魔法を撃って戦えなくなるから守れってか。もし使徒が敵なら倒すチャンスじゃねぇか。俺はケネスとプリシラに目配せする。俺の意図が正確に伝わったようで、二人とも目を合わせて頷いてくれた。
リアナの敵になるなら容赦はしねぇ。例え見た目が子供だとしても、だ。
「では萌、我に合わせてくれ」
「分かった!」
「行くぞ、災厄の竜巻!」
チヒロが敵の密集している場所に魔法を放った。
「ロック・カッター・インフィニティ!」
続いてモエが魔法を放った。竜巻は直ぐに勢いを増し、周囲の魔獣や魔族を吸い込んで巻き上げて行く。そこに……あれは石なのか? 細かい石の破片が竜巻の中に混ざっている。竜巻はどんどん大きく激しくなり、その中を石の破片がとんでもない速さで飛んでいる。
竜巻に巻き込まれた敵は……何と言う事だ……バラバラになっている。いや、これはいくら敵と言っても酷過ぎないか? 小さい奴も大きい奴も等しく細かい肉片になっていくのだ。
竜巻は雲に届くほどになり、肉片が上空へと舞い上がっていく。バラバラにならず無事だった奴でも、あれだけ高い所から落ちれば即死だろう。
「「ふぅ」」
使徒の二人がその場に膝を突いた。竜巻が収まり、地面には巻き上げられた肉片が雨のように降って来る。半径500メーダは敵の姿が消え、代わりに血の池が出来た。
俺達はあまりの光景に動けずにいた。目の前で片膝を突き、肩で息をしている二人の少女が、まだ子供と言っても不思議ではない二人が、この凄惨な光景を生み出したのだ。俺は理解した。彼女達が敵か味方か、そんな事は既にはっきりしていた。彼女達の力なら、砦にわざわざ姿を現さなくても、離れた場所から砦ごと俺達を皆殺しに出来た。それをしなかったのだから、敵ではないのだ。
敵じゃないなら、是が非でも味方につけなくては。俺達が、リアナが、人族が生き残るために。
SIDE:本庄千尋
「「ふぅ」」
千尋と萌は同時に膝を突いた。少し頭を上げて森を見ると、多少、いやかなり削れてはいるものの少なくとも燃えてはいない。
「チヒロ様、モエ様。この魔法は……?」
「極大魔法、地獄の暴風」
「ウ、ウラカーン……」
オレイニー宮廷魔術師団長は、千尋が即興で付けた魔法名を噛み締めた。
(お姉ちゃん、地獄シリーズで行くんだね……)
地獄の業火に続き、今度は地獄の暴風。一応「神々の使徒」なのに、これじゃ地獄からの使者みたいだよ……萌は匙を投げた。
「萌、動けるか?」
「な、なんとか」
「俺達がお二人をお運びします……いや、運ばせてください!」
気が付くと、すぐ傍に全身鎧の厳つい大柄の男性と、革鎧で腰の両側に剣を差した細身の男性が跪いていた。
「あ、大丈夫。起こしてもらえれば――ひゃっ!?」
「ひゃっ!?」
次の瞬間には、千尋と萌は二人の男性にお姫様抱っこをされていた。
「次のポイントまでお運びします。その間ゆっくりお休みください!」
「「ひゃ、ひゃい……」」
萌は思った。お姫様抱っこ、その存在自体は知っていたが、こんなに恥ずかしいものだとは。もう抱かれてしまった以上、相手に身を委ねるしかないではないか。細く見えるのに、男の人って力持ちなんだな……。
千尋は思った。固い、と。相手が全身鎧だから固いし痛い。こんな事なら、無理にでもリアナに抱っこしてもらえば良かった。勇者だからそれくらいの力はあるんじゃなかろうか。
2分もするとMPがだいぶ回復したので、降りようと思ったが降ろしてもらえなかった。なんなのコレ。何かの拷問? 結局5分くらいお姫様抱っこのまま、小走りで500メートルほど南に移動した。
ようやく降ろしてもらえた姉妹。
「萌、大丈夫か?」
「せ、精神がガリガリ削られた気がする」
「奇遇だな。我も全く同じ心境だ」
その場で深呼吸し、乱れた精神を落ち着かせる。その間にMPも全快した。
「よし、萌。やるぞ」
「はいっ!」
そして再び地獄の暴風を放つ。
極大魔法→血の池出現→お姫様抱っこ→精神が削られる→極大魔法……その後、このターンを8回繰り返し、ザイオン砦の北から南まで、魔王軍を一掃した。その間、休憩を挟みながらわずか1時間半。HPもMPも満タンなのに、ゲッソリと頬がこけた姉妹だった。
一方でリアナとプリシア、それに千尋達のおかげで手が空いた魔術師と騎士たちで、血の池に土を被せたり、火をつけて燃やしたりといった作業が行われた。大量の血をそのままにしておくと別の魔物を呼びかねないし、何より見た目と臭いがよろしくなかった。小っちゃい子が見たらトラウマものである。この作業は夜を徹して行われたのだった。
この肉片の中に「魔王軍幹部」が含まれていたのか、この時点では誰にも分からなかった。
千尋と萌は、砦の中で歓待を受けていた。食料が乏しいのではと考え、神社ダンジョン産の食材を大量に提供した。それで更に二人の印象が良くなった。
一足先に外のお片付け作業から解放されたリアナとプリシア、それに姉妹の精神をガリガリと削った元凶のブランドンとケネス。それに今日一日案内役をしてくれたオレイニー団長。砦の責任者であるマルガ騎士団副団長、その補佐役のページア魔術師団副団長、それに各大隊の隊長達が一堂に会してテーブルを囲んでいる。
そこに遅れて来た少年が、千尋を見て目を見開いた。
「ほ……本庄? お前本庄だよなっ!?」




