27 アルダイン帝国(1)
アルダイン帝国の帝都アルダッド。千尋、萌、オレイニー団長の3人はグレイブル神教国の神殿からアルダッド東側を守る防壁が見える場所まで転移した。
街並みは石造りの中世ヨーロッパ風。後ろを振り返ると少し高くなった場所に城がある。これで活気があればテンションも上がったかも知れないが、街の住民は見えず、巡回と思われる兵士の姿しかない。
だが、少なくともまだ石壁の内側に魔王軍は侵入していないようである。
「そこのお前ら! 戒厳令が出ているのが分かってるのか?」
軽鎧姿の兵士一人がこちらに近付きながら怒鳴ってくる。
「ん? 怪しい奴らだな、何者だ!?」
「私はグレイブル神教国宮廷魔術師団長、グリマス・オレイニーだ。教皇様の命により、こちらのお二人をご案内している」
「神教国の魔術師団長……っ! あなたは『賢者オレイニー』様!?」
オレイニーおじいちゃん、有名人だった。
「そ、それでそちらのお二人は?」
「こちらは使徒様だ」
「使徒? 使徒とはいったい……」
「我らの窮状を救うために世界を渡って来られた方々だ。女神ハムノネシア様が顕現され、我々の前ではっきりとお示しになられた」
「女神様が……」
巡回兵はあまりに突拍子もない話に戸惑いを隠せないようだ。無理もない。賢者と言われるオレイニーが現れたと思ったら、一緒にいる二人の子供が「女神の使徒」などと言うのだから。
「チヒロ殿、モエ殿。どこに向かいますかな?」
千尋は、まだ離れている石壁の上に目を凝らす。だいぶ距離はあるが、防壁の上から外に向かって攻撃している人々の姿が見える。
「防壁の上。もし壁の外で戦っている仲間がいるなら、至急壁の内側に撤退させて欲しい」
「兵士殿、案内を頼めますかな?」
「は、はい!」
巡回兵の案内で石壁に向かう。道中で馬に乗った兵と言葉を交わしていた。どうやら立場が上の人を呼んでもらうようだ。一介の巡回兵士の判断で、他国の人間を戦場に差し向けることは出来ないだろう。
防壁のすぐ傍まで到着すると、全身を赤黒い金属鎧に包んだ偉丈夫に出迎えられた。
「オレイニー殿」
「マーカスサス将軍」
二人は知己のようで握手を交わしている。マーカスサスと呼ばれた男は厳しい目を姉妹に向ける。
「この二人が女神の使徒、だと? どう見ても子供ではないか」
「将軍、もうその件はウチの方でやった。その結果、教皇をはじめ全員が認めたのだ。このお二人こそ、我々を救うために来て下さったという事を」
「しかし……」
千尋がズイッと前に出て、マーカスサスを見上げながら口を開く。
「力を見せても良いが時間が惜しい。我等を石壁の上に登らせてくれれば、魔王軍に打撃を与えて見せよう」
「打撃……? 戦況も見ていないのに、そんな事が言えるのか?」
「ふぅ……ここで撃っても良いが、敵が見えないと狙いを付けられない。だから見晴らしの良い場所に行きたいのだ。それと、死にたくない者は壁の内側に入って欲しい」
千尋は決してケンカ腰ではないのだが、相手からはそう見えてしまう。ここは仕方ない、と萌が前に出る。
「将軍、すみません。私達はこれから『極大魔法』を撃ちます。多数の敵を殲滅する魔法です。お仲間が巻き添えにならないよう、壁の内側に下げていただけますか?」
「極大……それはいったいどのような魔法なのだ?」
「見て頂ければ分かりますので。姉が言った通り時間が惜しいのです。お願いします」
萌が下手に出たのが功を奏したのか、言い争う時間が勿体ないことに気付いたのか、マーカスサス将軍が態度を軟化させた。
「分かった。まずは私が指揮して壁の外の者を撤退させる。その間にあんた達は上に登って準備をしてくれ」
「ありがとうございます」
全身鎧の別の兵が案内してくれることになったので、その後をついて行く。
「こういう時は萌に任せた方が良いな」
「どうだろう? 一度実績を作れば素直に言うこと聞いてくれそうだけど」
「その一度目が難しいのだと分かった。これからも頼む」
「うん、いいよ!」
そんな話をしているうちに防壁の上に出た。壁の高さは30メートルほど。壁の上の歩けるスペースは幅3メートルくらいだ。赤いローブを着た魔術師や、弓を持った兵士が下に向かって攻撃している。
千尋と萌、それにオレイニー団長は東に目をやった。左右を小高い丘に囲まれた帝都の東側は、地平線の彼方まで黒っぽい何かで埋め尽くされている。
「こ、これは……」
オレイニーが絶句する。黒に近い緑、焦げ茶、赤、青……それは全て体表の色。大地が異形の魔物と魔族で覆われているのだった。
「お姉ちゃん、これって……」
「うむ、思っていたより多いな」
しかし、事前に氏神から「敵は200万以上」と聞かされていたので、絶望するような事はない。ここに敵全体の半分が居るとしたら100万。そう考えると、目の前の数もなるほどと納得できる気がする。
そして、千尋がコートのポケットから徐にスマホを取り出した。敵に埋め尽くされた東側から西側の暗く沈んだ帝都までパンしている。
「お姉ちゃん?」
「ん?」
「もしかして動画撮ってる?」
「うむ」
「え、撮っていいの?」
「ダメとは言われてない。さあ、萌も一緒に撮ろう」
今度は写真を撮り始める。千尋と萌が飛び切りの笑顔でVサイン。その背景には数十万は下らない魔物と魔族。シュールである。カメラを向けられると反射的に可愛い笑顔を作ってしまう萌、12歳。これが女の子の性であった。
「いいのかな……」
「うーちゃん様にダメと言われたら消す」
「うん……うん、そうだね。それならいいかも」
そしてどう攻撃するか軽く打ち合わせする。優先順位がおかしい。
「まず私が――」
「ふむふむ」
「そこにお姉ちゃんの――」
「なるほど」
「あとはこれを繰り返して――」
「萌、あれを小さめにして、たくさん出せるか? なるべく高い所に」
「どうかな、やったことないけど」
「MPを使い切るつもりでやってみよう」
「使い切っちゃって大丈夫?」
「うむ、7分もあればMPは全回復する。どうせその間は下に降りれないだろう」
「そっか……そうだね。うん、やってみる!」
「我も全力を込める。オレイニー殿?」
「は、はい!?」
「攻撃のあと、我等は少しのあいだ無防備になるかも知れない。もしそうなったら我等を守って頂けるか?」
「畏まりました。我が命に代えても使徒様をお守りします」
オレイニー団長の畏敬の念が重かった。千尋と萌は更に細かい事を詰めていった。なにぶん初めて放つ極大魔法である。自分達でもどれくらいの威力なのか分かっていない。だから帝都を守る石壁からは少し離れた場所から向こう側を狙う事に決定した。
姉妹がイメージを固めているとマーカスサス将軍がやって来た。
「お待たせした。現在、壁の外側に生きている仲間はいない」
生きている仲間――つまり死んだ仲間の遺体は壁の外に放置ということだ。それを聞いて、千尋と萌は改めてこれが現実である事を思い知らされた。
この世界を救う。それが私達の使命。
自分達にこの世界で生きる人々の命運が懸かっている。何の罪もない子供達の数えきれない命が。普通に暮らしているだけの善良な人々の命が。それは途轍もないプレッシャーとなって姉妹の肩に圧し掛かる。
「お、お姉ちゃん。責任重大過ぎてお腹痛くなってきた」
「うむ……我は腹痛の上にハゲが出来そうだ」
「フフッ」
「うーちゃん様が我等なら出来ると信じて送り出してくれたのだ。なら、我等は力の限りを尽くすだけだ!」
「うん、そうだよね。わかった!」
千尋と萌はオレイニーとマーカスサスに一度視線を送り、防壁の上の魔術師や弓兵を見た。全員がこちらに注目している。姉妹はお互いを見つめ合って一つ頷いた。
「行くよっ! メテオ・インパクト・インフィニティ!」
萌が両手を空に掲げる。千尋以外の者は何が起こっているか分からないが、萌と千尋は空から目を離さない。すると、遥か上空にゴマ粒より小さな黒い点が無数に現れた。
それは、探索者協会の地下ダンジョンで萌が見せた土魔法、メテオ・インパクト。巨大な岩石を出現させる魔法である。だが今回放ったのはその極大バージョン。空に現れた黒い点は、一つ一つが直径約5メートルの岩の塊。それを上空3千メートルの高空におよそ1万個出現させた。
MPをほぼ使い切った事でふらついた萌は、その場に尻もちをついた。
「萌、よくやった。次は我の番だ。万火繚乱!」




