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25 異世界行きは突然に

 探索者(マイナー)登録完了の翌日。千尋と萌は学校帰りにいつも通り神社で待ち合わせした。


 先に到着する萌は一人でダンジョン1層に入って宿題をする事が多い。ダンジョン内で1時間かけて宿題をしても、外では12分しか経過しない。宿題を終えたら一度ダンジョンから出て、境内で千尋を待つのだ。今日もしばらくすると千尋がやって来た。


「お姉ちゃんおかえりー」

「ただいま、萌。萌もおかえり」

「ただいま!」


 それから二人でダンジョン15層を中心に5時間(外の時間で1時間)ほどレベル上げするのが平日のルーティーンであった。


 だが今日は違った。


「千尋ちゃん、萌ちゃん、こんにちは。ちょっと良いかな?」

「うーちゃん様、こんにちは」

「こんにちは!」

「今日は二人に折り入って話があるんだ」


 大岩の中のセーフティゾーンに持ち込んだレジャーシートに、氏神と姉妹が座る。


「実は、異世界の一つから救援要請が来てる」

「それは……以前話して下さった『勇者派遣』ですか?」

「うん、そうなんだ」

「具体的に伺っても?」

「うん。リムネアという世界のある大陸に魔王が出現した――」


 その大陸には3つの人族の国がある。人族というのは地球の人間とほぼ同じだそうだ。それらの国が、魔王率いる軍勢に攻め込まれ、滅亡の危機に瀕していると言う。


「敵の数は?」

「魔族と魔物、合わせて200万を超える」

「200万……そんな大軍を相手に、勇者が一人派遣されてどうにかなるのでしょうか?」

「そうだなぁ。普通はどうにもならないよね」

「ですよね……」

「でも、千尋ちゃんと萌ちゃんなら、何とかなるかも知れない」

「っ!?」


 うーちゃん様ってば、私達を核ミサイルか何かと勘違いしてないかな……?


「千尋ちゃんの炎魔法。萌ちゃんの土魔法。二人とも、極大魔法まで使えるようになってるから」

「極大魔法?」

「広範囲殲滅魔法って言った方が分かりやすい?」


 ファンタジーが突然物騒になってきた。


「魔法耐性の高い敵まで殲滅は難しいけど、うまく使えば相当な敵を減らせる筈」

「うーちゃん様、ちょっと待ってください。お姉ちゃん、口がニヨニヨしてるよ? 広範囲殲滅魔法って聞いた辺りから」

「む? そんな事はごにょごにょ……」


 極大魔法――広範囲殲滅魔法。これぞまさしく魔王ではないかっ!! 一撃で敵を蹂躙し、生き残ったものは魔王の力に恐れ(おのの)く。千尋はニヤケそうになるのを必死に我慢していた。


「お姉ちゃんがポンコツなので私から聞いてもいいですか?」

「もちろん」

「仮に敵を減らせたとして、その『魔王』に私達で勝てるのでしょうか?」

「萌、ちょっと待て」

「ん?」

「私『達』ではない。もし行くなら我だけだ」

「なんでよ?」

「我等が二人で行って、万が一の事があったら母上……お母さんが一人になってしまう」


 姉の口から思わぬ正論を聞かされて一瞬黙ってしまう萌。


「……だったら私が行く。お姉ちゃんは残って」

「ダメだ」

「なんでっ!? どっちかが生き残れば良いなら私が行ってもいいじゃん!」

「萌を失うなんて絶対に耐えられない」

「わ、私だって! お姉ちゃんがいなくなるなんて無理だよぅ……」

「あのー、お話し中ごめんね?」


 千尋と萌がお互い涙目になっている所に氏神が割り込んだ。思わず「キッ!」と睨んでしまう。


「え、えーとね、二人とも命の危険は限りなく少ないからね?」

「「えっ?」」

「ボク、前にも言ったじゃない。千尋ちゃんと萌ちゃんに危ない目に遭って欲しくないって。だから、一か八かの危険な所にいきなり行って欲しいなんて言わないよ?」

「で、でも敵が200万って」

「200万以上ね。だけど二人にとってはほとんど雑魚だよ」

「でも数は暴力だし」

「うん、だから作戦は教えるし、神の加護も授ける」

「「加護?」」

「そう。分かりやすいように『勇者』って言ってるけど、正式には『神々の使徒』と呼ぶんだ。使徒には加護を授ける事が出来る。それはその使徒がどれくらい神から寵愛を受けてるかによって変わる」

「「はい」」

「参考までに教えると、千尋ちゃんと萌ちゃんの寵愛はMAXに近い」

「「ええっ!?」」


 自分達が知らぬ間に、神様からものすごく愛されていた件。


「ただ、今回行く世界の神はそれほど強い力を持っていないんだ。だから、加護は三つになるね」


 一つ目の加護。それはいつでも元の世界に戻れる「転移」の力。つまり、マジで危険があぶない時は逃げられるということ。


 二つ目の加護。元の世界に戻った時、この世界を旅立ってから「5秒」しか経過しないこと。ただし1年以内に戻ることが条件である。


 三つ目の加護。HPとMPの自然回復速度上昇。特にMPは毎分15%回復する。通常MPの全快には8~10時間かかるので、破格の回復速度と言える。


「つまり、魔法は使い放題、危ない時は逃げ放題、こちらに帰って来てもウラシマ状態にはならない」

「うん、まぁ一応あっちの世界を救ってくれると非常に助かるけど、それより自分達の命を大事にして欲しいってこと。それに、二人で行った方が危険は大幅に減ると思うし、勝率もかなり上がるしね」


 千尋と萌はお互い見つめ合った。


 これまでずっと二人でダンジョン攻略して来た。危険な時、辛い時は支え合って来た。戦闘中、声を掛けなくてもお互い何を考えているか手に取るように理解できる。どう動きたいのか、何をして欲しいのか自然と分かるし、お互いの攻撃方法や動きも熟知している。


 千尋と萌は手を握り合った。


「萌!」

「お姉ちゃん!」

「我等二人が共に戦えば、その力は足し算ではなく掛け算になる!」

「よく分からないけどすっごく強いってことだよね!」

「共に異世界を救うぞ。萌は我が守る!」

「うん! お姉ちゃんは私が守る!」


 氏神が姉妹を生温い目で見ていた。やっぱりこの二人、仲が良いなぁ……。


 何と言うか、その場のノリと流れで異世界「リムネア」に「神々の使徒」として派遣される事が決まった二人。取り敢えず、ダンジョン1~4層で食材採取をすることにした。異世界は「飯マズ」のイメージがあるので、食材と調味料を持って行きたい。巻物と繋がる空間の中では時間が止まるので食材が痛む心配もない。


 1時間ほど食材採取をした後、千尋は近所のスーパーに調味料を買いに、萌は氏神から魔王軍と戦うための「作戦」を聞いた。


「まず大軍の数を減らすために――」

「はい」

「萌ちゃんの魔法に千尋ちゃんの魔法を重ねて――」

「なるほど!」

「――という感じ。OK?」

「はい、OKです!」


 千尋が戻ると、氏神から直径2センチくらいのコインが付いたペンダントを手渡された。コインには十字架の頭が三又に別れ、その後ろから羽が広がっているような透かし彫りが施されている。コイン自体は光が当たると虹色に光った。それを千尋と萌が受け取り首に提げる。


「これが世界を渡る転移の神器だからね。万が一失くしたり壊れたりした時の為に、最初に転移した場所を覚えておいて。あっちの時間で1週間おきに世界を繋ぐゲートを開くから」

「何から何までありがとうございます」

「いや、こちらこそありがとう。くれぐれも自分達の安全を優先するんだよ?」

「「はい!」」

「……あと、千尋ちゃんはやり過ぎないようにね」

「…………はい」


 返事までやけに間が空いた千尋をジト目で見ながら、二人と一柱がセーフティゾーンで向き合う。


「準備はいいかい?」

「「はい!」」

「無事の帰還を祈ってるよ。じゃあ送るね!」





「おおー! 勇者が召喚された!」

「神が我々の祈りに応えて下さったのだ!」

「これで救われる!」


 瞬き一つする間に、セーフティゾーンから薄暗い石造りの広間へと移動した千尋と萌。周囲には白いローブを着た老若男女がいて、ある者は天井を仰ぎ、ある者は膝を突いて二人に首を垂れている。涙を流している者さえいた。


(お姉ちゃん、ここどこかな?)

(うーむ……取り敢えず言葉は分かる。話し掛けられるのを待とう)


 姉妹がコソコソと話していると、金糸で見事な刺繍の入った白いローブを纏った、白髪に長い白髭の老人が近づいて来た。映画ならさしずめ「賢者」といったところだ。その賢者おじいちゃんが姉妹の前で跪いた。


「貴女様方は勇者様とお見受けいたします。我らにお力をお貸しいただけますか?」


 賢者おじいちゃんの言葉を受け、千尋は胸の前で腕組みして鷹揚に頷く。広間に集まる人々の視線が集まると、千尋の高笑いが響いた。


「ふわっはっはっはー! 我こそは異世界の『魔王』! お前たちに力を貸してやろう!」

ここからしばらく異世界パートになります。

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