24 合格したよ!
「文句なく合格です」
ダンジョンから出た二人に、黒沢が真っ先に伝えたのが「合格」の言葉だった。
「やったー!」
「ありがとうございます」
「黒沢さん、私も探索者になれますよね?」
「ええ。十分特例措置の対象です」
レベル76という高レベル探索者が東羽台支部に所属……しかも2人も。これは快挙である。納品されるマグリスタルの品質と量が跳ね上がるし、高難度ダンジョンの攻略も捗るというもの。
ただ……この子達に、探索者の常識というものを誰かが教えなくてはならない。そして自重するということも、誰かが教える必要がある。
それほどまでに、千尋と萌の戦闘力は黒沢の常識から逸脱していた。15歳と12歳の少女に恐怖を感じていた。見た目が小動物のような可愛らしい姉妹なのが心底恐ろしい。見た目では、あのような「修羅」や「鬼神」には到底見えないのだ。
本当の所を明かせば、千尋と萌は神社ダンジョンでは派手な戦闘は極力控えている。神社ダンジョンは二人にとってホーム。自分達の「家」ではあまり暴れないというもの。今回初めて別のダンジョンに潜って、ちょっと、いやかなりテンションが上がってしまったのだ。
また、神社ダンジョンで自重しているのは別の理由もある。千尋と萌はそこで特殊な方法でレベル上げを行っているのだ。
誰かから「自重しなさい」と言われればちゃんと自重する。本庄姉妹はそれくらい出来る子達であるが、普段の千尋と萌を知らない黒沢にとっては頭が痛かった。何せ二人より高レベルの探索者がこの支部にはいないのだ。自分より弱い者の言う事を素直に聞くだろうか。下手をすればへそを曲げて他の支部に行ってしまうかも知れない……。変な所で気を遣う黒沢の悩みはしばらく続く事になる。
「黒沢さん」
「は、はいっ!?」
着替え終わった千尋が呼び掛け、黒沢がこちらの世界に戻って来た。
「萌もステータスリーダーでレベルを確認しますよね?」
「あ、そうですね。それとマグリスタルも出して頂きましょう」
黒沢について、エレベーターで地上2階フロアへ向かった。
「ここがマグリスタルの査定と買い取りを行うフロアになります」
「マグリスタルを売る時は直接ここに来れば良いのですか?」
「はい。後ほど探索者カードを発行します。それがあればこのフロアには自由に来れますので」
「なるほど」
今後しょっちゅう来る事になりそうだ。
エレベーターホールを出るとカウンターが4つ並んだ部屋があり、そこでマグリスタルを受付の人に渡すようだ。
「千尋ちゃん、あっちの部屋でマグリスタルを出して貰えますか?」
「分かりました」
「あ、萌ちゃんはこっちで……ちょっと竹山君! この子のレベルをリーダーで読み込んで。あ、レベル76だけど試験で確認済みだから」
「はーい……って、な、76!?」
「あーもー、取り敢えず確認して記録するだけでいいから」
「ひゃ、ひゃいっ!」
竹山君があまりの高レベルにテンパっていた。
特例で登録する萌の、現在のステータスは以下の通りである。
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本庄萌 女 12
Lv76
経験値:42,765,700/44,470,000
種族:人
属性:無・氷・土・光
HP:64,358(+64,147)
MP:55,963(+55,779)
STR(腕力):25,184(+25,101)
DEF(防御):20,986(+20,917)
AGI(敏捷):19,587(+19,523)
DEX(器用):22,385(+22,311)
INT(知力):18,188(+18,162)
LUC(運):15,390(+15,339)
スキル:身体強化・氷魔法・土魔法・治癒・ダンジョン内転移
EXスキル:怒髪天衝
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STRは千尋の約2倍。DEFも2倍近い。千尋が優れているのはMPとINT、LUCくらいである。千尋が近接戦で萌と同等の成果を出せるのは、刀とそれを扱う技術のおかげであった。
EXスキルの怒髪天衝はレベル4になり、怒りMAXでステータス40%増しである。
「マグリスタル、全部出しました」
「あー、ありがとう……って!? これ全部!?」
120サイズのダンボール、138箱。周りの職員が死んだ魚のような目になっていた。
「こ、これはさすがに直ぐには計算できないわ……2~3日時間を貰えるかしら?」
「それは問題ないですけど、お金はどうやって受け取るんでしょう?」
「探索者登録すると、協会に口座が開かれるの。そこに入金する事になります。その口座から、普通の銀行口座に振り込んで現金化する、っていう流れね」
「あ、そうなんですね」
「ちなみに探索者登録の費用が1万円、これは初回だけね。あと月々の会費が2千円。これは協会の口座から引き落とされるわ。会費には『探索者保険』の保険料も含まれてる」
「探索者保険?」
「ダンジョンで怪我したり、最悪亡くなった時に支払われる保険よ。あ、これ冊子。時間がある時に読んでおいてね」
「分かりました。あっ、そうだ。マグリスタルのお金は、妹と半分ずつ入金してもらえますか?」
「ええ、分かったわ。探索者登録が済めば、口座情報はスマホのアプリでいつでも見れるから。他行への振込もアプリで出来るわよ。ちなみに振込手数料は無料だからね。使い方はさっきの冊子に書いてるから」
「承知しました」
「えーと、あとは探索者支給金ね。これも協会の口座に入るわ。7月から入金されるから、源泉徴収されて……だいたい125万円くらいかしら? 税理士も探しておいた方が良いわよ。色々と経費に出来るからね」
「な、なるほど……」
「税理士は協会でも紹介してるから。よかったら1階の窓口で相談してね」
「分かりました」
これは一度母も連れて来るべきかも知れない。一度に多くの事を言われ、思った以上に大変そうだと慄く千尋であった。
探索者登録に必要な1万円はマグリスタルの買取金額から引いてくれるそうだ。萌と二人分で2万円も持っていなかったので一安心である。
そうしてしばらく待っていると千尋と萌の探索者カードが出来上がった。クレジットカード大で極薄い金属製。渋いガンメタリックカラーが千尋の中二病を擽る。いつ撮られたのか不明だが顔写真が入り、生体認証のロック機能も付いていた。
「えーと、一応確認なんだけど、二人ともこの東羽台支部に所属するって事で構わないかしら?」
「? はい」
黒沢は心の中でガッツポーズをキメた。高レベル探索者2名捕獲。
「通常、専属の受付担当が付くんだけど、千尋ちゃんと萌ちゃんには私が付くわね」
「えーと、よろしくお願いします?」
「まぁ、相談とか協会や支部からの連絡窓口だと思ってもらえればOKよ」
「承知しました。改めてよろしくお願いします」
「黒沢さん、よろしくお願いします!」
千尋と萌が黒沢に向かってペコリと頭を下げた。あら、とっても素直で可愛いじゃない。
レベルが高くなると高慢になって協会職員に対してぞんざいな扱いをする探索者も少なくない。そういう者をたくさん見てきた黒沢にとって、姉妹の反応が初々しく見えた。
「それじゃ、何かあったらアプリ経由か、緊急の場合は直接電話するからね」
「「はい!」」
こうして千尋と萌は探索者登録を無事(?)終えたのだった。
SIDE:勇者リアナ
グレイブル神教国首都、ファリストラシア。神教国は宗教国家であり、その最高権力者は教皇である。国の運営は首都の中心からやや北側に立つ神殿で執り行われている。その神殿の一室で、教皇や宰相を始めとする国家運営の重鎮たちが議論を交わしていた。
「東のアルダイン帝国軍の戦況は?」
「かなり押し込まれております。このままではあと1か月ほどで帝都が陥落するかと」
「南は? ジョンスティール王国はどうだ?」
「ジョンスティールは騎士団全軍を南に展開。現在は膠着状態とのことです」
「西はどうだ!? 我が神教騎士団はっ!?」
「はっ! 全騎士団の5分の1を失い、現在撤退戦を行っております」
「勇者は! 勇者は一体何をしているのだっ!?」
「勇者殿一行は騎士団撤退の殿を務めておられます」
グレイブル神教国は東をアルダイン帝国、南をジョンスティール王国と隣接し、西は広大な森林地帯、北は急峻な山岳地帯となっている。
現在、西・南・東の3方面から魔王軍に攻められていた。3国の兵力は合わせて約45万。それに対し、魔王軍は魔物を使役しており、その数は100万とも200万とも言われている。
魔王軍の侵攻はおよそ1か月前から始まった。3人の魔王軍幹部が3方向から大軍を引き連れて攻めてきたのだ。
南のジョンスティール王国は何とか耐えているものの、西と東の両翼に展開する魔王軍に比べて敵が少ないから持ち堪えているだけのこと。グレイブル神教国かアルダイン帝国が落とされれば、3国が共に滅亡する未来しか見えないのだった。
「このままでは……この大陸で人族が生きていける領域がなくなってしまいますぞ」
この場に居る誰もが苦虫を嚙み潰したような顔をしている。分かっているのだ。人族存亡の危機であると。
それぞれが思いに沈んでいると、教皇の重々しい声が響いた。
「勇者召喚の儀を急ぎ執り行うのだ」
「はぁぁあああああー!」
リアナは向かって来る人魔狼に向けて大剣を横薙ぎにした。二足歩行の狼の魔物は胴の真ん中で両断される。
リアナの眼前には、見渡す限り魔物の屍が横たわっている。そしてその間に埋まるように、決して少なくない数の騎士の屍も見受けられる。
一人でも多くの騎士を撤退させるために。リアナとブランドン、ケネス、プリシアの勇者パーティは、最も危険な殿を自ら買って出た。神教騎士団上層部は難色を示したが、リアナ達が殿を務めなければ騎士団の全滅も有り得た為了承されたのだった。
間もなく騎士団最後尾の部隊が砦に辿り着く。そうなれば一息つけるだろう。あと少し、あと一体。緊張の糸が切れそうになるのを気力だけで押し留める。
ようやく最後尾が砦内部に入った。後は自分達が撤退するだけだ。
最後の力を振り絞って砦に走る。今回の戦いも、パーティの誰も欠けることなく何とか乗り切った。
だが次はどうだろう? その次は? さらにその次は?
終わりの見えない魔王軍との戦いに、リアナの心は擦り切れそうだった。




