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23 ダンジョンで試験(2)

SIDE:本庄千尋


「黒沢さん、どうでしょう?」

「え、ええ。もう少し下の層に行ってみましょうか」

「「分かりました」」


 まあ、この程度の敵では強さを確認出来ないのも仕方ない。千尋はのほほんと黒沢支部長補佐の思惑に乗ってしまった。


「15層に行きましょう」

「「はい」」


 神社ダンジョン以外のダンジョンに潜るのは初めての本庄姉妹。このダンジョンは、まるでビルの地下駐車場のような様相である。天井には蛍光灯があるし、駐車区画を示すアルファベットと数字が壁や柱にでかでかとペイントされている。


 ただ、10層と比べてこの15層は少し気持ち悪い。壁が部分的に生き物の内臓のようになっているのだ。色も所々赤茶色で生々しさを感じさせる。


 それにしても、この「転移陣」は便利だ。だが、行った事のない階層に自由に行けるのは諸刃の剣だとも思う。未知の場所、特に下層に行けば行くほど危険だからだ。


「15層は、ブラックウルフに乗ったゴブリンライダー、二足歩行のオーク、その上位種のオークウォリアー、ジェネラル、さらにボス級のオークロードが出現します」


 どれも神社ダンジョンでは遭遇した事のないモンスターだ。


 6層より下の神社ダンジョンでは、四足歩行タイプ、蛇やトカゲタイプ、飛行タイプ、ゴースト系が出現。そして最近の15層ではワイバーンという飛竜が出るようになった。戦った事のないモンスターは危険ではあるが、新たな戦闘経験が出来るという意味で期待が高まる千尋と萌であった。


「お姉ちゃん、二足歩行タイプはあの、ペギ、ペギス……何とかギアン以来だね」


 魔王軍幹部、ペギストリギアン。名前が長いせいでちゃんと覚えてもらえていなかった。あんなに死力を尽くして戦ったのに……。無念である。


 千尋達のレベルなら、神社ダンジョンでももっと下層、あるいは最深層まで到達していてもおかしくない。それだけの実力は十分にある。しかし、千尋の方針が「いのちだいじに」である以上、攻略を焦ってはいなかった。闇雲に下層を目指すのではなく、戦闘に習熟する事を最重要と考えている。


 千尋が先頭、真ん中に黒沢、殿に萌という並びで15層を進む。千尋と萌が無意識に黒沢を守る形をとった。そしてしばらく進むと敵影が見えてくる。


「会敵……8! 狼に乗ったゴブリン!」

「ゴブリンライダーよ! 素早い――」

「後方敵影なし!」

「後方敵影なし、確認! 萌は待機、我が吶喊する!」

「了解!」


 普段、姉妹で声を掛け合う事は稀だ。呼吸をするのと同じように、お互いの動きを合わせる事が出来る。今日は黒沢がいる為、一応それらしく見せている。それらしく見せているだけなので、掛け声もノリである。ちなみに黒沢からの助言はスルーであった。


 萌が黒沢を守る位置についたのを確認し、千尋はモンスターに向かう。だが、途中で何かを思い出したように立ち止まり、香ばしいポーズを取り始めた。


(あ、これお姉ちゃん何か思い付いたな)


「ち、千尋ちゃん!? もう敵がすぐ傍に――」

「我に仇なす異形の群れよ。業火に焼かれ灰燼に帰すが良い。百火繚乱(ひゃっかりょうらん)!」


 千尋に向かって迫っていた8体のブラックウルフ、それに乗る8体のゴブリンライダー。その行く手を阻むように8本の火柱が立ち上がる。最初は細かったのが、見る間に直径3メートルを超え、火柱同士が重なって天井まで届く炎の壁になった。


 余談だが、スキルによる魔法の発動に詠唱は必要ない。魔法名も千尋が勝手に付けたものである。


「あち、あちち」


 魔法の威力は、MPとINTに依存。魔法の発動時間、形状、指向性はINTとDEXに依存する。


 千尋が『百火繚乱』と名付けた炎魔法は複数の火柱(可動式)を発現し、2千度に迫る炎で敵を焼き尽くす代物。ダンジョンのような閉鎖空間でぶっ放す魔法ではない。余波は千尋のみならず、ずっと後ろに待機していた萌と黒沢の下まで届く。


「ふぅ。風魔法で壁を作ってもやはり熱いな」

「お姉ちゃん! 熱いな、じゃないよっ!」

「むっ?」

「……狭い所でおっきい炎は禁止」

「す、すまぬ」


 炎が消えた後にはモンスターの痕跡はなく、マグリスタルさえ半ば溶けて使い物にならない。オーバーキルが甚だしかった。黒沢さんは目を大きく見開いて口をパクパクしていた。


「黒沢さん、大丈夫ですか? もしかして火傷したとか?」


 萌が心配して声を掛ける。千尋が慌てて治癒(ヒール)を掛けた。黒沢が明るい黄緑の光に包まれる。


「ふぃ~、気持ちいい…………ハッ! 現実逃避してたわ!」


 黒沢は「炎」魔法というのを初めて見た。「火」魔法なら使える探索者はそこそこ居る。ファイヤボールとか、ファイアランスとか、火で球や槍を形作って放つ魔法。先ほど千尋が放った魔法は次元が違った。あんなもの、もし人間に向けられたら……。


 この子達、本物だわ。もういい、もう十分。機嫌を損ねて私に炎魔法が飛んで来たらたまったものじゃない。家庭はあるし、まだ家のローンだって残ってるのよ。子供達は高校生と中学生、成人するまでちゃんと面倒を見なきゃいけないし、孫の顔だって見たいのよ!


「千尋ちゃん、萌ちゃん、もうじゅうぶ――」

「敵影! 前に6、後ろに8、挟撃されている!」

「後ろ8、確認! こっちは私に任せて!」

「うむ、我は黒沢氏を守りながら前を殲滅する」


 黒沢さんが姉妹に「帰ろう」と言おうとした時、前後からモンスターが現れる。


 前方にはオークウォリアー5体、オークジェネラル1体。

 後方にはウォリアー6体、ジェネラル1体、ボス級のオークロードが1体。


「うぉぉおおおりゃあああ!」


 雄叫びを上げながらモンスターの群れに突入する萌。そこに巨大な氷柱が出現する。4体のウォリアーが瞬時に氷漬けになり、通り過ぎながらパンチを繰り出すと、中のモンスターと共に氷柱が粉々になった。


 迫る萌に向かってジェネラルが斧を、2体のウォリアーが長剣を振り下ろす。「ガキン!」と固い音がして、斧と長剣が地面を叩く。萌は身体強化魔法を発動し、既にモンスター達の頭上を取っていた。


「ごにょごにょ(メテオ・インパクト)」


 萌が小声で魔法名を発する。メテオ・インパクト(命名:千尋)は、空中に巨岩を発現する土魔法。その中心に萌が渾身の突きを叩き込む。ちなみに萌は魔法名を言うのが恥ずかしいのだが、言わないと千尋が拗ねるので言っている。姉思いの出来た妹である。


 ――ズゴゴゴゴゴゴッ!


 砕けた巨岩は、2~3メートルの塊になってモンスターに降り注ぐ。これでウォリアーとジェネラルは圧殺され、残るはオークロードのみとなった。


 一方、前方の敵に対する千尋。萌から炎魔法禁止を言い渡された。黒沢を守りながらだからどうしても遠隔攻撃したい所存。


「むぅ、仕方ない。雷撃(ライオット)!」


 千尋が突き出した左掌が眩く光り、雷撃が6体のモンスターを襲う。千尋は雷撃の後を追うように群れに突っ込み、炎を纏わせた刀を振るう。


 遠隔攻撃とは。


 結局、千尋は刀に炎を纏わせた所を黒沢に自慢したいだけであった。雷撃をわざと最弱で放ち、敵の動きを封じて刀で両断していく。わずか30秒程で6体を殲滅してしまった。


「萌、手伝いが必要か?」

「ううん、大丈夫っ!」


 3メートルを超える巨体を全身鎧で包み、まるで竜巻のような勢いで大剣を振るうオークロード。


「グォォオオオッ!」


 一撃一撃が即死級の攻撃を、萌は冷静に捌く。躱し、籠手で受け流し、脛当てで弾く。黒沢は見ているだけで寿命が縮む思いである。しかし萌には全ての攻撃がしっかりと見えていた。やがて大剣の斬撃を全て紙一重で躱し始める。


 焦れたオークロードが渾身の横薙ぎを放った。それをひょいと屈んで躱し――。


「隙ありっ」


 ドッゴォォオオオン!


 大振りの横薙ぎで体が流れたオークロードの右脇腹に萌の突きが炸裂。鎧が砕け、反対の左脇腹が大きく爆散して青白い靄が噴出する。そのままオークロードは全身が靄になって四散した。


 その様子を見ていた黒沢が、再び酸素を求める鯉のように口をパクパクする。


「終わったよー」

「うむ、見事だったぞ」

「えへへ」


 千尋に頭を撫でられてご満悦の萌。ボス級のオークロードを軽く撲殺した少女が「にへら」と口を緩めていた。これがギャップ萌え? いえ違うわ。何と言うか、純粋そうな少女に弾を込めた拳銃を突き付けられているような……いや、核ミサイル発射ボタンに手を掛けられているような感覚。そう。生殺与奪権をがっちり掴まれている感じだわ。


 ついさっきまで「レベル偽装」を疑い、しっかりお灸を据えてやろうと考えていた黒沢だが、今は別の事で頭が一杯だった。


(この子達には「自重」ってものを教えないと……でも誰が教えるの?)

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