22 ダンジョンで試験(1)
レベル76? 今日探索者登録をしようとする15歳の少女が? 何の冗談だ。
レベルの偽装は重罪だ。以前、ダンジョンで「鑑定偽装」というスキルを見付けた探索者がレベルを偽装し、国から探索者支給金を詐取する事件があった。本当のレベルは9だったのに、51と偽ったのだ。
この事件は、偽装探索者と共に攻略済みダンジョンに潜った別の探索者からの報告で発覚した。レベル51にしてはあまりにも弱かったのだ。それ以来、レベル50を超えた者は探索者協会での試験が義務付けられている。
偽装するにしても76はあんまりだ。まだ15歳の少女には酷だが、厳しくお灸を据えなくてはならない。まだ支給金を受け取っていないから事件にする必要はないが、探索者という仕事を舐めてもらっては困る。ダンジョンでモンスターと戦わせれば、すぐに化けの皮が剥がれて泣きを入れるだろう。
地下へと繋がるエレベーターに乗りながら、隣に立つ姉妹を見る。こんな可愛らしい姉妹がレベルを偽装するとは。
「こちらになります」
エレベーターを降り、ダンジョンへ続くゲートを通る。更衣室に案内し、本庄千尋に着替えを促した。さすがにスカートでダンジョンに入れる訳にはいかない。
「お姉ちゃん、私もダンジョンに入っちゃダメかな?」
「うーむ、どうだろう。試験だからな」
「妹さんもモンスターを倒した事があるんですか?」
「はい。妹もレベル76です」
「…………いいでしょう。妹さんも一緒にどうぞ」
「妹はまだ12歳ですが、良いのでしょうか?」
「本当にそれ程の高レベルなら、特例措置の申請が可能です」
「えっ!? 私も探索者になれるの?」
「なれますよ、試験に合格すれば」
「やったー! ね、お姉ちゃん、いいでしょ?」
「黒沢さんと私の指示をしっかり聞くのだぞ?」
「うん!」
12歳でレベル76だと? 大人を舐めるのもいい加減にして欲しい。ここは姉妹揃ってしっかりと現実を見せ、二度とレベル偽装をしようなどと思えないくらいの恐怖を叩き込んでやらねば。
姉妹はそれぞれ協会備え付けのスポーツウェアに着替え、各々の装備を付け始める。
……なんだその巻物? そこから次々と装備を取り出しているように見えるけど。え、ちょっと待って、それってアイテムボックス?
コート、ジレ、ブーツ、グローブ、刀、籠手、脛当て……いや、やけに本格的じゃない? どれも既製品には見えない。ダンジョンアイテムだろうか。
「あ、そうだ。黒沢さん、これまで集めたマグリスタルの買い取りもお願いしたいのですが」
「え? あ、そうですね。ではここに出してもらえますか? 職員に取りに来させますから」
「かなりの量ですが大丈夫でしょうか? 査定などするのなら、その部屋で出しましょうか?」
「いや大丈夫ですよ」
どうせ大した量じゃないし、レベル偽装ならマグリスタルは没収だ。
「分かりました。では出します。よいしょ、っと」
そう言って、本庄千尋は巻物からダンボールを出し始めた。ひとつ、二つ、三つ……
「ちょ、ちょっと待って! これ何箱あるの?」
ダンボールが10箱くらい積まれてから、慌てて尋ねる。
「ちゃんと数えた事はないんですが、恐らく100箱以上かと」
「ひゃ、100!? ごめんなさい、やっぱり後から査定部の部屋で出して貰える?」
「分かりました。戻しますね」
この時点で、私は何かがおかしいと気付き始めた。アイテムボックスのような巻物、レアアイテムに見える装備、そして山のようなマグリスタル。
この子達、本物かも知れない……。もし本物なら、この支部始まって以来の高レベル探索者だわ!
この東羽台支部に所属する探索者の最高レベルは52。もしこの子達が本当に76なら、他の支部に行かないよう囲い込まなければ。
私は自分の装備を整える。探索者は引退したが、これでもレベル38。ここのダンジョン10層までのモンスターなら一人でも倒せる。
「あ、黒沢さんもダンジョンに潜るんですか?」
「ええ、直接見なければならないので」
「意外とアナログなんですね」
ディスられた気もするが今はどうでも良い。早くこの子達の実力を確かめねば!
更衣室を出てしばらく歩き、厚さ3メートルの鋼鉄製ゲートまで移動する。
「この先はいきなりダンジョンになります。ここは少々特殊なダンジョンで、各階層に転移陣があって、行きたい階層に移動出来ます」
「へぇ、行ったことない階層にも行けるんですか?」
妹の萌ちゃんが無邪気に聞いて来る。ん? 行った事のない……この子達、もしかしてダンジョン内転移スキルを知ってる……?
「そうです。ここは50階層まであって、頭の中で数字を念じるとその階層に行けます」
「そうなんだ! 便利だね、お姉ちゃん!」
「うむ、そうだな」
「えー、ちなみに本庄さん達は何層まで下りた事があるんですか?」
「15層です」
「それほど深くないですね」
「そうですね。私もそう思います」
15層だと、1体のモンスターから得られる経験値は平均3000前後のはず。それでレベル76はやっぱりおかしい。
プロの探索者でない限り、ダンジョンに潜れるのはせいぜい1日1~2時間。10体、どんなに多くても30体倒すのが関の山だ。最大で1日9万の経験値である。ステータスリーダで見た経験値は、4300万近くだった。ずっと15層でモンスターを倒したとしても480日、つまり1年と4カ月近くかかるのだ。去年の7月に初めてダンジョンに入ったという話と計算が合わない。
「と、とにかく行ってみましょう」
「「よろしくお願いします」」
百聞は一見に如かず。考えても分からないなら実際に見れば良いのだ。私達は鋼鉄製ゲートを抜けてダンジョンに侵入した。
「このダンジョンへの侵入許可は下りているのですか?」
「大丈夫。支部長が管理者で、すでに二人の許可を取っています」
そんな話をしていると、いきなり右からホーンラビットが飛び掛かって来た。と思ったらいきなり靄に変わった。え、何? 今誰か動いた? 私には何も見えなかったけど。
千尋ちゃんの手元を見ると、右手が刀の柄を握っていた。まさか、一瞬で斬った?
「さて、何層に行きますか?」
「取り敢えず10層に行きましょうか」
「分かりました」
ゲートの近くにある転移陣で、私達は10層に移動した。ここには、ゴブリンの上位種であるゴブリンウォリアー、ゴブリンジェネラル、そして強敵のゴブリンロードがいる。
「この層には――」
モンスターの説明をしようとしたら、姉妹は既に駆け出していた。さっきまで隣に居たのに、もう20メートル先のゴブリンウォリアー3体と戦っている。いや、戦ってなどいないな。ゴブリンウォリアーは何も出来ず、千尋ちゃんに両断され、萌ちゃんに爆散させられていた。
「ゴブリン、懐かしいな」
「お姉ちゃん、ゴブリンと戦ったことあるの?」
「ああ、試練の時にな」
「あー、前教えてくれたアレかー」
待って待って。今あなた達が瞬殺したのは、ゴブリンっぽいけどゴブリンより遥かに強いモンスターだからね? 懐かしいって感想おかしいからね?
「ここのマグリスタルは?」
「ああ、ロボットが回収します。申し訳ないですが、ここのマグリスタルは本庄さん達の収入にはなりません」
「承知しました」
マグリスタルを蔑ろにしない……レベル76なら、この程度のマグリスタルは無視してもおかしくないのに。意外とケチなんだろうか?
10層をしばらく奥に進むと、ジェネラル1体とウォリアー6体の群れに遭遇した。レベル30台の探索者6人以上で臨むのが安全と考えられるモンスター編成だ。
「萌、我が先に斬り込むぞ」
「了解!」
千尋ちゃんが地を這うような低い姿勢で、躊躇なく群れに飛び込む。まるで黒い旋風のようだ。風が通り過ぎた後には、胴体を両断され靄に変わったウォリアーが3体。そのままジェネラルと激突する。
その後を追うように、萌ちゃんは上から群れに飛び降りた。人間の跳躍力とは思えない。ハイキック、パンチ、膝蹴りの3動作で、3体のウォリアーが靄に変わる。
ジェネラルは大剣で千尋ちゃんと応戦していた。華奢な腕で持つ細い刀で、自分の身長くらいある大剣を受け止めている。それを力任せに押し出し、ジェネラルがたたらを踏んだ隙に大きくジャンプ。首を刎ねた。
何だこの子達。今まで見た事のある探索者とは一線を画している。強さの次元が違う。
私は、この子達の強さをもっと見たいと思ってしまった。
「黒沢さん、どうでしょう?」
「え、ええ。もう少し下の層に行ってみましょうか」
「「分かりました」」
黒沢さんは手の平を返すのがめちゃくちゃ早いようです。




