21 探索者登録してみた
ここから第二章となります。
探索者。ダンジョンに潜り、モンスターを倒しながらマグリスタルを収集する職に就く人を差す。
マイナーの語源は英語の「miner」。鉱夫とか採鉱者という意味だ。マグリスタルは最初鉱物と考えられていたので、その名残である。
ここはファンタジー作品のように「冒険者」で良かったのに、と思う千尋だが、昔から決まっている呼び名なので仕方がない。
15歳の誕生日を迎えた次の日曜日。千尋と萌はバスに乗って街の中心部に赴いた。昨年の夏、姉妹で遊びに来た市営プールもこの街にある。目的地の「探索者協会」は20階建てのビル丸々1棟。何故こんなに大きな建物が必要なのか分からない。協会、儲かってやがんな、というのが千尋の第一印象だった。
余談だが、探索者協会はそのまま読む。マイナー協会、とは呼ばないようだ。解せぬ。
更に余談で、探索者協会は公益社団法人である。営利を目的としない……筈だ。
5月下旬の晴れた昼間は、汗ばむくらいの陽気である。ガラス張りのビルの、大理石がふんだんに使われたエントランスに足を踏み入れると、エアコンが効いており途端に汗が引いて行く。
営利を目的にしない……公益財団法人……の筈だ。
エントランスには受付があり、白い制服に身を包んだ美人のお姉さんが二人座っていた。千尋と萌は右側の受付に近付いた。
「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
とびっきりの営業スマイルで聞かれる。
「探索者登録をしたいのですが」
「失礼ですが、身分証をお持ちですか?」
千尋は肩にかけた鞄から生徒手帳を取り出す。千尋の今日の装いは、白い長袖ブラウスに紺の膝丈スカート、赤茶色のローファー。萌はベージュのパーカーにデニムのスキニーパンツ、白のスニーカーという出で立ちである。
「これで良いでしょうか」
生徒手帳の写真と千尋の顔を念入りに比べられ、生年月日を確認される。
「ありがとうございます。それではこれをお持ちになって左手奥の登録窓口にお進みください」
受付嬢さんから、紺地に黄色い文字で「VISITOR」と書かれたストラップ付きのカードを手渡される。千尋と萌は、それを首から提げた。示された左手奥には、駅の改札のようなゲートがあり、その横に警備員らしき男性が立っていた。千尋達のビジターカードを確認して手動でゲートを開けてくれる。
登録窓口は日曜日なのに閑散としていた。そもそも探索者になろうという人が少ないのかも知れない。登録窓口は横一列に6か所もあるが、埋まっているのは2か所だけ。千尋は右から2番目の、茶髪ロングの若い女性が座る窓口に向かった。
「あの、登録お願いします」
「どうぞー」
明らかにやる気のない女性。名札には「樋口怜奈」とある。
「このタブレットの必要事項を埋めてねー」
そう言ってタブレット端末を渡された。タブレットがあるなら人は要らないのでは? と思うが口にはしない。萌は黙って横に座っている。
氏名、生年月日、住所、電話番号、マイナンバーを入力。
「はい、じゃあここに手を置いてー」
ガラス板に金属の脚が4本。向こう側から配線が1本出ている。これは、探索者協会だけに置いてある「ステータスリーダー」という機器だ。ダンジョンに入り、一体でもモンスターを倒した事がある物はレベルシステムによってステータス表示が可能となる。通常、ダンジョン内だけで見る事が出来るステータスを、外でも見れるようにしたのがステータスリーダーである。なおモンスターを倒した事がない者がステータスリーダーを使っても、何も表示されない。
千尋はガラス板の上に右手を置いた。
「しばらくじっとしててねー…………はい、いいですよ、って……はあ!?」
「どうしましたか?」
「えーっと、ダンジョンでモンスター倒した事ある?」
「はい」
「な、なるほど。ちょっと待ってね。リーダーの調子が悪いみたい……もう一回手を乗せてくれる?」
「はい」
言われるがまま、千尋は再び右手を置く。
昨年の夏休み以降、千尋と萌は精力的にレベル上げを行った。
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本庄千尋 女 15
Lv76
経験値:42,944,300/44,470,000
種族:人
属性:光・火・雷・風
HP:69,954(+69,618)
MP:83,945(+83,541)
STR(腕力):12,592(+12,531)
DEF(防御):11,193(+11,139)
AGI(敏捷):16,789(+16,708)
DEX(器用):22,385(+22,277)
INT(知力):20,986(+20,885)
LUC(運):19,587(+19,493)
スキル:治癒・炎魔法・雷魔法・風魔法・ダンジョン内転移
EXスキル:魔王礼賛
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上がり方がおかしいと思うだろう。だが上がったのだ。ほぼ毎日、時間経過が遅くなるダンジョンに潜り、転移で目的の階層に移動し、何度も死にそうな目に遭いながら、コツコツと経験値を稼いだ。
ちなみにステータスリーダーでは見えないが、現在のEXスキルはこのようになっている。
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EXスキル:魔王礼賛
魔王のように振舞えるスキル。
Lv1:感情が昂ると目が赤く光る。相手を一定確率で威圧。
Lv2:魔眼(右)。防御力を無視して対象を720°回転。
Lv3:魔眼(左)。魔力を可視化。
Lv4:魔王の角。かっこいい。
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着々と魔王道を突き進んでいた。萌も同じくレベル76に達している。
表示された千尋のステータスを見て、何度も首を傾げる樋口さん。遂に自分の手を乗せて正常に表示されることを確認。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってて!!」
そう言って、いろんな物にぶつかり、2度ほど転びそうになりながら、樋口さんは裏の方に消えて行った。
「お姉ちゃん、あの人どうしたの?」
「うーむ。レベルを上げ過ぎたかも知れん」
「そうなの?」
「探索者に登録する者は、大抵ステータスなしか、高くてもレベル10くらいらしい」
「そっかー。レベル76は異常だね!」
千尋と萌は、レベル上げのような地道な作業が苦にならない性格なのだ。神社ダンジョンは現在15層まで到達している。
そうこうしているうちに樋口さんが戻って来た。
「支部長補佐がお話を聞きたいと! こちらに来てもらえますか?」
千尋と萌は顔を見合わせる。
「えー、お断りしたいです」
「え、えっ? いや、そこを何とか」
「探索者登録出来ないんでしょうか?」
「いや、そんな事はありませんです! ただ、あまりにレベルが高いので、支部長補佐が直接確認したいと」
さっきまで全然やる気のなかった樋口さんだが、言葉遣いが若干迷子になっている。
「はぁ、分かりました。萌、良いか?」
「私は別に構わないよ」
「ここここちらにどうぞ!」
何故か緊張している樋口さんに案内され、「応接室」と書かれた部屋に入る。
「ちょっとお待ちください、今支部長補佐を呼んできますので!」
樋口さんが逃げるように応接室から出て行った。千尋と萌は、黒い革張りのソファに座った。あまりの柔らかさに、後ろにひっくり返りそうになる。
「わっ! これ、柔らか過ぎて逆に座りにくい!」
「全くもって萌の言う通りだな」
二人してお尻の収まりが良い場所を探していると、パンツスーツを着た長身の女性が入って来た。長い黒髪を一つに纏めている。40代前半くらいだろうか。姉妹は立ち上がって目礼した。
「はじめまして。支部長補佐の黒沢と申します」
スーツの女性はそう言って名刺を差し出す。「黒沢あかね」と書いてあった。
「はじめまして、本庄千尋です」
「妹の萌です」
「どうぞお座りください」
姉妹は慎重にソファに座った。適当に座るとひっくり返りそうになる。
「突然のことで申し訳ない。高レベルの探索者は貴重な人材のため、いくつか確認しないといけない事があるのです」
「そうなんですね。どんな確認ですか?」
「そうですね、まずは――」
千尋は黒沢から聞かれた事に答えていく。いつからダンジョンに入っているのか、そこはどんなダンジョンなのか、今までどれくらいのモンスターを倒したのか、どんな装備を持っているのか。答えられる事は答え、答えたくない事は濁す。
「では、実力を確認させて頂きたいのですが」
「どうやってですか?」
「このビルの地下にダンジョンがありますので」
「なるほど、地下に……。そこまでしないといけないんですね」
「ええ。レベル50以上の探索者には、国から毎月一定の額が支給されるのです」
いまやマグリスタルは重要な資源。高レベルの探索者は、ダンジョンの深層で超高品質のマグリスタルを収集出来る。その為、各国が高レベル探索者を囲い込もうとする。その一環として、国からお金が貰えるのだ。これは貴重な人材の海外流出を防ぐ国の施策である。
「へえ。ちなみにおいくらですか?」
「レベル×2万円です」
「ほー」
10年程前まではレベル×1万円だったそうだ。ところが、他の大国がそれ以上のお金を支給し始めたことで、国内の高レベル探索者が一斉に海外に流れたことがあった。そういった背景から、現在は×2万円に落ち着いたらしい。
「月に152万円……」
「本庄さんの場合はそうなります。大きなお金なので、受け取る資格がある事をきちんと確認する必要があるのです」
萌も、あと3年経てば受け取ることが出来るのか……。二人合わせて300万円以上。
貰えるものは貰っておく(ただし信用出来る相手に限る)。本庄家の家訓である。国が相手なら信用出来ると言って良いだろう、たぶん。
萌をチラッと見ると、目が¥マークになっていた。
「分かりました。確認してください」
「では地下にご案内します」
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