20 萌
ここまでが第一章となります。
SIDE:本庄萌
私はお姉ちゃんが大好きだ。
お姉ちゃんは、私のことをいつも「可愛い可愛い」って言ってくれるけど、私はお姉ちゃんの方がずっと可愛いと思う。顔が小っちゃくて、目がくりくりと大きくて、鼻筋がシュッとしてて、上唇がツンと上を向いてて……。お肌も白くて綺麗だし。顎くらいで揃えてるショートボブの髪の毛は濡れてるみたいにツヤツヤしてる。
でも、私がお姉ちゃんの事が大好きなのは見た目の話じゃない(見た目も好きだけど)。
私が物心ついて最初に覚えてる事。あれは私が3歳ぐらいの時、近所の4~5歳の男の子3人に神社の境内でいじめられていた。その時はたまたま一人だった。たぶん、お母さんやお姉ちゃんの目を盗んで、勝手に神社まで遊びに行ってしまったんだと思う。
男の子達に囲まれて、蹲って泣いている私の前に、いつの間にか人影が立っていた。はぁはぁと肩で息をしながら、私を守るように両手を広げて男の子達に立ち向かっていた。
「萌を、妹をいじめるなっ!!」
お姉ちゃんだった。男の子達はお姉ちゃんより年下だったけど、相手は3人。それでも全く怯むことなく、お姉ちゃんは拳を振るっていた。男の子達は直ぐに泣きながら逃げて行った。
お姉ちゃんは私を叱りもせず、ただ一言。
「萌、怪我してない?」
自分は鼻血を出してるのに、真っ先に私の心配をしたお姉ちゃん。お姉ちゃんはいつもこの調子だった。どれだけ自分が痛い目に遭っても、「萌、大丈夫?」と。小学生に上がるくらいまで、何度もお姉ちゃんに助けられた。
お姉ちゃんは、私にとってヒーローなのだ。私の勇者様なのだ。
勇者と言えば、お姉ちゃんの魔王ムーブが始まったのは……中1くらいだったかな?
自分の事を「我」と呼んだり、語尾が「~なのだ」になったり、急だったからびっくりした。私は心配になって、お姉ちゃんの症状についてスマホで一生懸命調べた。
その結果分かったのは、お姉ちゃんは「中二病」を患っていると言うこと。漫画や小説、アニメのキャラになりきったり、突然目や腕が疼いたりする厄介な病気で、現代においても治療法は確立されていないらしい。ほとんどの場合、成長するにつれて自然に治まるが、稀に大人になっても治らないケースもあるそうだ。
最初、意味が分からなくて戦慄した。だけど、体に害がある訳じゃないと分かって安心した。
中二病だろうが魔王だろうが、お姉ちゃんはお姉ちゃんだ。私が大好きなのは変わらない。この1年ちょっとで私もだいぶ慣れたし。
勇者や魔王と言えば、うーちゃん様に聞いてみたい事があったのを思い出した。今日は2学期の始業式で、私はもう終わったけど、お姉ちゃんが帰って来るのはお昼前くらいだろう。それまで少し時間があるから神社に寄り道することにした。もしかしたらうーちゃん様に会えるかも、と思って。
いつもの道を歩く。9月に入り、空気には秋っぽさが混ざってきたけど、昼間の太陽はまだまだ元気だ。
祠の前で、お姉ちゃんに教えてもらった通りにお参りする。それから左奥の大岩に行ってみた。
「やあ、萌ちゃん」
「うーちゃん様、こんにちは!」
「今日は一人なの?」
「はい。あ、ダンジョンには後からお姉ちゃんと一緒に来ます」
「そっか」
「はい。あの、うーちゃん様にお聞きしたい事があるんですけど」
「答えられる事なら何でも答えるよ」
「えっと、あの、うーちゃん様はお姉ちゃんを『勇者』にするつもりですか?」
「ふむ。萌ちゃん、ちょっと座ろうか」
うーちゃん様と偶然会えた私は、思い切って気になっていた事を聞いてみた。大岩の横の、座るのにちょうど良い大きさの石に腰を下ろす。
「萌ちゃんは、千尋ちゃんに『勇者』になって欲しくないのかな?」
「うーん……そういう訳じゃない……かな? お姉ちゃんがなりたいなら良いと思います。ただ危なくないかなーと思って」
「なるほど。『勇者』に相応しい力が付いたとして、『勇者』になって他の世界を救うかどうか、それを決めるのは千尋ちゃん自身だからね。強制はしない。それに、ボクがこんな事言うのも変だけど、千尋ちゃんにはなるべく危ない目に遭って欲しくないと思ってる」
さらにもう一歩踏み込んでみよう。
「うーちゃん様は、お姉ちゃんの事を気に入ってますよね?」
「うん。もちろん萌ちゃんの事もね」
「あ、ありがとうございます。でも、どうしてなのか聞いても良いですか?」
「うーん、どうして、か……何だろう、フィーリング?」
「え、理由はないんですか!?」
「ボクがダンジョン・コアになって、外の様子を窺ってた時……ダンジョンに初めて気付いてくれたのが千尋ちゃんなんだ」
「はい」
「この子が仮所有者になってくれたらいいな、って思った」
「…………ひと目惚れ?」
「ふふっ。まぁ人間のそれとは違うけど、ひと目惚れみたいなものかな?」
「分かります」
「そう?」
「はい。私もお姉ちゃん大好きなので」
「なるほど。あっ、そうだ。千尋ちゃんにも言おうと思ってたんだけど、ステータスについて教えておくね」
「ステータス?」
「うん。ダンジョンの外では、ステータス上昇の恩恵をあまり感じないでしょ?」
「ええ、まあダンジョンの中ほどは」
「本当の力を発揮できるのはダンジョンの中だけ。そう思ってる人が多いんだけど、実際はダンジョンの外で使える力に『制限』を掛けてるんだ」
「なるほど?」
「力があると使いたくなっちゃうでしょ? 外でも使えると色々と大変な事が起こる可能性が高い」
確かに。お姉ちゃんとか、「うわーっはっはっはー!」って言いながらその辺で炎魔法とかぶっ放しそう。そうじゃなくても犯罪に使われたら大変だもんね。
「制限は掛かってるけど、自分の命を守る為や神が考える正しい行いの時は制限掛からないから。そのつもりでね」
「はい、お姉ちゃんにも伝えます」
「うん、是非お願いね……ん?」
「どうかしましたか?」
「二人、こっちに近付いて来るね……よくない波動を感じる」
あまり顔を動かさないように気配を探ってみる。境内の砂利を踏んでこちらに来る足音が二人分聞こえた。
「萌ちゃん気を付けて」
「大丈夫。心配いりません」
うーちゃん様は消えていた。私は立ち上がってこちらに来る人達を見た。黒っぽいジャージのような服を着て帽子を深めに被っている。体型と髪の長さから二人とも女の人のようだ。
「お嬢ちゃん、ちょっと良いかしら」
一人が話し掛けてきた。知らない人だ。私の警戒メーターが上昇する。
「何でしょうか」
「本庄萌ちゃんでしょ? お母さんが事故に遭ったの。今から病院に連れていくわ」
「お母さんが事故? ちょっと電話してみます」
なんて典型的な……。ほんとにこんな事言う人いるんだね……。
「電話は通じないわ。今手術室なの。一刻を争うのよ!」
「そうですか……一応、お母さんの会社の人に電話します」
「っ! そ、その人も一緒に事故に遭ったのよ!」
事故率高過ぎじゃない? お仕事中、外に出ない事務職なのに。
「……じゃあ会社に――」
「ええい、もういいわっ! なるべく穏便にって思ってたけど仕方ない」
そう言って目の前の女の人が、懐から黒くて四角い箱のような物を出す。ドラマで見た事ある。スタンガンって奴だと思う。
もう一人の人が後ろに回り、私を羽交い絞めにしようとした。
「え? 何!?」
腋の下から通そうとした相手の腕を取り、スルッとすり抜けて後ろに回る。そのまま腕を捻り上げた。
「あいだだだだだだっ!」
「くっ、どいて!」
さっきまで喋ってた人がスタンガンを突き出す。私は腕を極めた人を前に突き飛ばした。
「ジジジッ!」
「はう!」
突き飛ばした女の人が白目を剥いて倒れる。
「こ、このーっ!」
またスタンガンを突き出して来たので半身になって躱し、相手の鳩尾に軽くパンチを入れた。
「うげぇ」
スタンガンを取り落とし、お腹を押さえて蹲る。私はそのスタンガンを拾い上げ、女の人の首筋に当ててスイッチを入れた。
「ジジッ!」
「はう」
スタンガン、すご。電撃で気絶した女の人が二人。これ、どうしたら良いんだろう?
SIDE:本庄千尋
教頭室の一幕で思いのほか時間を取られた千尋は、足早に自宅に向かっていた。途中、神社の前に真っ黒なワンボックスカーが止まっているのを見る。窓まで真っ黒で中が窺えない。怪しい。
運転手をチラッと見たが帽子を目深に被って俯いている。ますます怪しい。千尋の足は自然と駆け足になって神社に向かう。
祠の左、大岩の手前に萌が立っていた。
「萌っ!」
「あっ、お姉ちゃん! おかえり!」
萌の足元に二人の女性が倒れている。まさか萌、ヤってしまったのか……?
「萌は家に帰るのだ。ここは私がヤったことにする」
「待って、お姉ちゃん勘違いしてると思う」
ふと視線を感じて振り返ると、黒っぽい服に帽子の男と目が合った。さっき黒い車の運転席にいた男だ。そいつは慌てて車に乗り込もうとしている。
「お姉ちゃん! 私、誘拐されそうになったの!」
その言葉で、千尋の心は瞬時に沸騰しそうになった。私の萌を、世界で一番大切な妹を、誘拐だと?
「その罪、万死に値するっ!!」
千尋の右目から金色の光が零れる。セルモーターが回る音がしてエンジンがかかった。次の瞬間、左側のタイヤがぐにゃりと捩れ、サスペンションごと千切れた。車は左前に傾き、エンジンが唸りを上げるがその場から動けなくなった。
車から降りて逃げようとした男は、一瞬で詰め寄った千尋にワンパンで沈められた。
警察によると、萌を誘拐しようとした3人組は大神家の差し金だった。千尋に対する暴行程度なら、体裁は悪いものの罰金くらいで済んだかも知れない。だが、未遂とは言え誘拐となると話は大きく変わる。
千尋と萌を害そうとする企みを機に、大神(父)の悪事が次々と明るみに出た。特に問題となったのは、所有するダンジョンで見付かった「感情石・黒」を何度か悪用したり、転売していた事であった。大神(父)は懲役5年の実刑判決を受け、さらに被害者に賠償するため、全てのダンジョンとこれまで貯め込んだ資産を手放し、その上で大きな借金を背負う事になった。
千尋と萌の下にも、弁護士を通して慰謝料の話が来たが、母・鈴音と姉妹で話し合い、これを断った。
そして事件から8か月後。季節は巡り、千尋が中3、萌が小6に進級して50日が経った頃。
千尋は15歳の誕生日を迎えた。そう、探索者として登録出来る年齢を迎えたのだった。
第一章をお読みいただきありがとうございました!
明日から第二章を投稿します。
第二章では、姉妹が異世界で暴れます。
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