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19 夏休みが終わったよ!

 ペギストリギアンとの死闘の果てに中二病患者垂涎のアイテムをゲットした千尋と、それを生温い目で見守る萌だったが、さすがに翌日はダンジョン探索を休んだ。その後、夏休みが終わるまでに5層へと到達し、同時にレベル上げに勤しむ姉妹であった。


 4層は引き続き海のフィールドで、イカ・タコ・ウニ・アジ・サバ・ブリ・マグロなど寿司ネタと見紛うモンスター・ラインナップ。千尋と萌が歓喜して小躍りしたのは言うまでもない。


 そして5層は森、というか果樹園だった。所謂トレント系のモンスターと、バカでかい食虫植物のようなモンスター、さらに蜂のモンスターが襲ってきた。昆虫が苦手な千尋だが、蜂はギリセーフらしい。5層のドロップは果物と蜂蜜。女子にはフルーツも欠かせないのである。


 5層には隠し部屋、というか最早全く隠す気のない洞窟があった。そこには、キラキラと神聖な光を纏った、透き通ったクリスタル製の動く巨樹がいた。硬さに苦戦しながら何とか倒すと、そこで新たなスキルが手に入った。


「『ダンジョン内転移スキル』……」

「わっ!? 私のステータスにも同じスキルが出てきたよ!?」

「パーティ単位で貰えるスキルなのだな」

「これで往復の時間が短縮できる……レベル上げも捗るねっ!」

「うむ!」


 「ダンジョン内転移スキル」は、一度行った階層なら自由に転移出来るスキルである。5層までとなると、ステータスが上がった姉妹でも往復で3時間近くかかった。これが一瞬で移動出来るのだ。さらに下層を目指す上でも非常に有用なスキルである。


「ふっ……来たな、我らの時代が!」

「うん! 来たよ、私達の時代っ!」


 どうやら本庄姉妹の時代が来たらしい。


 まだ6層以降には行っていないが、氏神が教えてくれた話によると、6層から下はこれまでと違って仮所有者の願望やイメージは反映されない。如何にもモンスターらしいモンスターが出現するとのことだった。


「えぇ……じゃ、じゃあ、これ以上美味しいものは出ないってこと?」


 萌が肩を落としてしょんぼりする。


「萌、転移スキルがあるから、日替わりで食材を獲りに行けば良いではないか」

「っ! そうだね、その日の気分でお肉・お魚、獲り放題だね!」


 食いしん坊キャラが定着しそうな萌。それを微笑ましく眺める千尋。今日も平和である。


 こうして千尋と萌、中2と小5の夏休みは終わった。





SIDE:勇者リアナ


 タリステッド辺境伯の領都モーダルで「テツヤ」を保護して約3週間。


 人族の希望であり、魔王をも凌駕する力を持つ「稀人(マレビト)」。テツヤがその稀人かも知れないと考えた今代の勇者リアナは、パーティを組むブランドン、ケネス、プリシアの3人を説得してテツヤを旅の同伴者に迎えた。


 しかし、困ったことに全く言葉が通じない。日常の簡単な事ならジェスチャーで何とか意思疎通が可能だが、彼が何者で、どこから来たのか、どんな目的で来たのかという重要な事を聞き出せなかった。


 そして、試しに剣を持たせて模擬戦をしてみたが、魔法使いのプリシアにすら手も足も出ない有り様。加えて攻撃魔法はおろか人族の9割が使える生活魔法すら使えなかった。おまけに体力も町娘以下ときた。


「リアナ、さすがにこれで稀人はないんじゃないか?」

「僕もブランドンと同じ意見です」

「ん。単なる足手まとい」


 テツヤ本人が、強くなろうとか役に立とうとする姿勢を見せてくれれば話は違ったのだが、ここまで一切そんな素振りがない為リアナも仲間に反論出来ない。


 しかし、彼が稀人である可能性がほんの僅かでもある以上、放っておく訳にもいかない。それ以前に、途方に暮れた異邦人の彼を見捨てる事は、心優しいリアナには出来なかった。


 魔王軍幹部ペギストリギアンを討伐する為にこの地に来たのだったが、結局シュライザー大森林を無為に捜索するだけで終わってしまった上、稀人候補という厄介事まで抱え込んだ。

 こうなったら、勇者発祥の地でありリアナ達の本拠地でもあるグレイブル神教国へ戻り、討伐失敗の報告とテツヤについての相談をするべきだろう。


 こうして勇者一行とテツヤは、グレイブル神教国を目指し一路西へ向かうのだった。





SIDE:本庄千尋


 夏休み明けの教室では、大神哲也の話題で持ち切りだった。


「千尋ちゃんプールぶりー! ねぇねぇ、大神君まだ見つからないんだってさ!」


 朝から千尋に声を掛けてきたのは、隣席の相馬智花(そうまともか)だった。


「おはよう。家出でもしたのではないのか?」


 中2と言えば親兄弟や学校、大人達や社会のシステムに嫌気が差し、盗んだバイクや自転車で走り出したい年頃と言えなくもない。窃盗、ダメ絶対。


「お兄さんもまだ行方不明らしいし、これは事件の匂いがするね」


 それを聞いて千尋もようやくピンと来た。大神兄弟、千尋から神社のダンジョンを奪おうとした兄弟ではないか。あれから起こった出来事の数々が濃すぎてすっかり忘れていた。思い出したからと言って特に心配する訳でもないが。


 この時点で、イレギュラー騒動の犯人が大神兄弟である事を、千尋は知らない。千尋に余計な罪悪感を抱かせたくなくて、氏神が敢えて話していない為である。


「一番有力な説は『誘拐』みたい。ほら、大神君の家ってお金持ちだから」

「ふむ。金持ちも大変だな」


 千尋にとってはどこまで行っても他人事であった。そして2学期の始業式が終わり、ホームルームの最後に担任の藤原里美先生から一言。


「本庄さん、この後職員室に来て下さい」

「? 承知しました」


 身の回りを片付け、そのまま帰宅するために鞄を持って職員室を訪れる。


「失礼します」

「ああ本庄さん。このまま教頭室に来てくれるかしら?」

「……はい」


 正直顔も覚えていない教頭が何の用だろう?


 藤原先生と共に教頭室に入ると、3人の中年男性がいた。どれが教頭か分からないので曖昧に目礼する。


「教頭先生、本庄千尋さんです」

「君が本庄さんか」

「はい」


 右端に座った気の弱そうな男性から聞かれる。銀縁メガネと薄い頭髪、やせ型。気苦労が多そうだ。


「こちら、大神哲也君のお父様。そちらが県警から来た方です」


 真ん中に座る、ゴルフウェア姿の神経質そうな男が大神の父。左端の坊主頭に体格の良い男が警察官だった。


 大神の父と警察? 行方不明と言われる大神兄弟の事で来ているのはさすがに分かる。だが、自分がこの場に呼ばれる理由がさっぱり分からない。


 藤原先生に促され、一緒に男性達に向かい合う形でソファに座る。


「私は県警生活安全課の高村と言います。本庄千尋さん、で間違いないでしょうか?」


 左端の高村と名乗る男が、意外と柔らかい声音で尋ねた。


「はい」

「本庄さんにいくつか聞きたい事があって来てもらいました。大神家のご兄弟が行方不明になっている事は知ってるかな?」

「はい」

「我々は、行方が分からなくなった当日の彼らの足取りを追って、結論から言うと、その日の深夜に本庄さんの家の近くにある神社に行ったのではないかと考えています」

「神社に?」

「はい。何か思い当たる事はないかな?」

「私が思い当たる事?」

「ええ」


 思い当たる事――強いて言えば、夏休みの前にダンジョンを横取りされそうになった事と、教室で哲也が絡んで来た事くらいだ。しかしそれが行方不明と関係あるとは思えない。


「…………特にありません」

「ふざけるなっ!」


 それまで腕を組んで目を瞑っていた大神の父が、突然激昂した。


「お前が何かした事は分かってるんだ! 子供は大人から聞かれた事に素直に答えろっ!」


 何を言ってるんだろう、この人は? 支離滅裂ではないか。


「大神さん、落ち着いて下さい」

「こんな小娘に舐められて黙ってられるかっ!」


 うーん……ペギストリギアンと命のやり取りをしたからだろうか、怖さの欠片も感じない。


「あの、私が何かしたって分かってるなら、聞く必要ないんじゃないですか?」

「屁理屈を言うな! うちの息子達がどこにいるのか、今すぐ答えろっ!」

「大神さん! これ以上大声を出すなら退席してもらいますよ!」


 何だろう、この茶番? とにかくこのおじさんは、私が大神兄弟に何かして、その上で居場所を知っていると思ってるらしい。何がどうなったらその考えに行き着くんだろう。


「えーと、高村さん、でしたっけ?」

「ええ、高村です」

「私、今ものすごく怖いんですけど」


 恐怖の欠片も感じていない千尋が、わざとらしく自分を抱くような姿勢になる。


「その上で、よく分からない事を強要されているんですけど」

「えっと、つまり?」

「この知らない男性を、脅迫罪か強要罪で訴えます」

「なっ!? 貴様、言うに事欠いてこの俺を訴えるだと!? この貧乏人の盗っ人風情が!」

「侮辱罪、名誉棄損罪も付け加えます」

「この小娘がぁぁあああ!」


 大神の父は遂に立ち上がって身を乗り出し、千尋の胸倉を掴んだ。


「高村さん。これって暴行罪ですよね? 私が少しでも怪我をしたら傷害罪」

「ええ、まあ……ちょっと大神さん! 落ち着いて!」

「そして、大の大人が女子中学生に暴行を働いているのに、現職の警察官がそれを傍観している、と」

「え……あ……大神さん、それ以上やったらこの場で逮捕しますよ!」

「警察官も、他の大人も助けてくれないので、正当防衛と私人逮捕を実行します」


 千尋はそう言って立ち上がり、胸倉を掴む大神父の手首を捻り上げ、床に引き倒した。


「いたたたたた!」

「本庄さん! 過剰防衛ですよ!」

「教頭先生、110番お願いします」


 千尋は、職員室に来る前に相馬智花からボイスレコーダーを借りていた。そして当然教頭室の一部始終は録音されていた。


 本来、警察による事情聴取や聞き取りに一般人が同席する事などあり得ない。特に千尋の場合は未成年者である。保護者なしで大人4人が囲んでいる時点で恫喝と受け取られかねないのだ。県警の高村は大神から金を渡され、今回の役を買って出た。大神は息子達から神社ダンジョンの話を聞いており、行方不明に千尋が絡んでいると勝手に思い込んでいた。教頭と担任はとばっちりだが、生徒を保護する責任を放棄していたと言える。


 教頭が警察を呼んだ事で、大神は現行犯逮捕。高村はその後懲戒処分を受けた。教頭と藤原先生は教育委員会からこっぴどく怒られた。


 この騒動をきっかけに、千尋は学校で「黒幕(フィクサー)」と呼ばれるようになったが、本人はそれを(いた)く気に入ったのだった。

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