18 ダンジョンの真実
「千尋ちゃん! 萌ちゃん!」
魔王軍幹部を何とか倒し、ヘロヘロになりながらセーフティゾーンまで戻ってきた姉妹を氏神が出迎えた。
「「うーちゃん様」」
「はぁー、二人とも無事……じゃなさそうだね。ちょっと付いて来てくれる?」
氏神に先導され、再びダンジョンの1層へ下りていく。いつも宿題をしている出入口の近くで止まる。
「本当はいけないんだけど、二人を危険な目に遭わせたのはボクのミスだ。だから治療を施させてもらうね。そこに横になってくれる?」
姉妹は素直に地面に横たわった。
『ダンジョン・コアの権限で治療シークエンスを起動……成功しました。本庄千尋、並びに本庄萌の治療を開始します』
千尋の治癒より、もっと明るい黄緑の光が二人を包む。体中に拵えた骨折や打撲、擦り傷、切り傷が癒されていく。EXスキルを使ってから治まらなかった千尋の頭痛も綺麗に消えた。ただ、右目の内出血だけは残った。
「うーちゃん様、ありがとうございます」
「二人ともごめんね」
「お気になさらないで下さい。それより……ヤツは『魔王軍幹部』と名乗っていました。これについてお聞きしても?」
「ふぅー。仕方ない、二人には聞く権利がある。今から話す事は誰にも漏らさないって約束できる?」
「「はい」」
「千尋ちゃんは薄々気付いてると思うんだけど……今回の異物は、こことは別の世界から来たんだ」
「つまり異世界には実際に『魔王』が存在するんですね?」
「そんな嬉しそうな顔をされるとボクも微妙な気持ちだけど、そういうのが存在する世界もあるね」
「世界『も』……異世界はいくつもある、と」
「あー、まぁ、三億くらい?」
「三億!?」
「ボクが把握してるのがそれくらいで、実際はもっと多いと思う」
思っていたより異世界が多くてちょっと引き気味の千尋。萌はよく分かっていないのかポカーンとしている。
「で、数ある世界の中で、そこに住む人間の価値観が平均的で、かつ比較的平和な世界がこの地球ってわけ」
「はい」
「ダンジョンとは、千尋ちゃん達に分かりやすく言うと『勇者育成システム』なんだ」
勇者育成システム。一つの世界を滅ぼしかねない強大な「悪」が出現した時、それを倒すために「勇者」を派遣する。それを育成するのがダンジョンなのだと言う。
勇者として派遣する者は、少なくともその世界において「善」でなければならない。それは氏神のような神にとっての「善」でもある。善に関する価値観が地球人は神に近いそうだ。そして地球には「魔王」のような存在がいないので勇者を必要としていない。
千尋は訝った。おかしい。日本の中学生の10%程度は自らを魔王と自負している筈なのに。
千尋の思い切り偏った中学生観はさて置き、氏神によれば、ダンジョンの出現前も地球人を異世界に派遣していたのだが、任務を達成して無事生還する確率は2割くらいだったらしい。それに心を痛めた神々によって作り出されたのがダンジョン。
ただダンジョンを出現させても地球人に興味を持たれないため、そこから収益(お金)が生まれるように工夫されたのだった。
「つまり餌をちらつかせて、勇者に成り得る人間を誘き寄せている、という事ですね」
「身も蓋もない言い方だけど、まぁその通りだね」
「勇者召喚……まさにファンタジーです」
「召喚じゃなくて派遣だけどね」
「ねぇねぇお姉ちゃん。その『勇者』っていうのになって異世界を救ったとして、何か良い事があるの?」
「萌よ。勇者とは見返りを求めないものだ。自らの誇りにかけて悪を滅ぼし、その世界から称賛され、感謝される。それで十分なのだ」
「いや、メリットあるよ」
「あるんだっ!?」
千尋の中の「勇者像」が崩壊した。
「こちらがお願いして、自分とは全く関係のない世界を救ってもらうんだ。それも命を張って。それなりにメリットがないと」
「えー、具体的には?」
「任務の難易度によって変わるけど、少なくとも人間の一生なら働かなくて良いくらいの富が与えられるよ」
それは勇者と言うより最早「傭兵」では? と思う千尋であった。
ファンタジー作品で見かける「勇者召喚」では、召喚された者の意思に関わりなく、半ば強制的に魔王などと戦わされる。魔王を倒せば元の世界に戻れると言われたり、世界を救った報酬として莫大な報奨金を受け取ったり、魔王を討った勇者が疎まれて追放されたりと色々設定はあるが、多くの場合で元の世界に戻れない。
そもそも、その世界の(中でも一部の者の)都合で勝手に召喚され、自分達では敵わないから魔王を倒してくれ、というのは虫のいい話だ。大切な人や物から無理矢理引き離し、都合を押し付けてくる世界や人の為に、自分の命を懸けられるだろうか。
それと比べて、氏神から聞いた「勇者」は現実的であろう。少なくとも本人の意思に反して異世界に派遣される事はない。リスクとリターンを見極め、希望する者だけが派遣されるのだから、それは自己責任と言うべきだ、と千尋は思った。
「なるほど、理解しました。ところで、その『勇者』として派遣されるには、どのくらいのレベルが必要なのでしょうか?」
「えっ、お姉ちゃん、勇者になるの!?」
「いや、参考までに聞いてみたのだ」
「そっかー」
「最低でレベル50だね」
「50……分かりました。色々と教えて下さりありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
千尋と萌は揃って氏神に頭を下げた。
「くれぐれも内緒にしておいてね!」
「「はい!」」
「おっと、大事な事を忘れる所だった」
「大事な事?」
「うん。今日のお詫びとして、二人に希望の『スキル』を一つずつプレゼントしようと思うんだけど」
「「いいの!?」ですか!?」
「さっきも言ったように、今回のコレはボクのミスだ。二人とも下手したら死んでだかも知れない。謝罪と思って受け取って欲しい」
「謹んでお受けいたします」
「私も!」
貰えるものは貰っておく(ただし信用出来る相手に限る)。本庄家の家訓である。
「千尋ちゃんはどんなのが欲しい?」
「爆炎魔法ですっ!」
魔王と言えば爆炎。千尋としては譲れない拘りであった。
「ば、爆炎はないから、炎でいい?」
「あ、はい」
「萌ちゃんは?」
「私は…………力を強くしたり、早く動けるようになるスキルはありますか?」
「あるよ。身体強化魔法だね。どうしてそれが欲しいのか聞いてもいい?」
「はい。私がもっと強ければ、今日だってお姉ちゃんを……ま、守れたと、ぐすっ、思う、ぐすん、です」
「あああ! 萌ちゃんごめん、泣かないで! ほら、スキルあげるから!」
そんな、飴ちゃんあげるから、みたいなノリでスキルを授けるとは。氏神様、恐るべし。いや、この場合は萌(美少女)の涙の攻撃力が高いのか。うちの萌、可愛い。
爆炎魔法がないのは少し残念だが、炎をでっかくしてぶっ放せば良いのだ。刀に炎を纏わせたり出来れば最高である。
それから少し氏神と話をして、姉妹はダンジョンを辞去した。
千尋は遂に手に入れた。全中二病患者がいつかは手に入れたいアイテムNo1(千尋調べ)。それを、至極真っ当な理由で、誰にも憚ることなく入手出来た。
「GA・N・TA・I !!」
眼帯である。もう痛みはないのだが、右目の内出血が痛々しいという事で、萌と一緒に薬局で購入して来た。ガーゼにゴム紐が付いている、最もスタンダードなタイプだ。それでも千尋は満足だった。闇落ちした少女(あくまで千尋視点)みたいだったからだ。
EXスキルが発動した時の痛みなど忘れ、ご機嫌である。もうウッキウキである。
「萌、これが皆の憧れ、眼帯だ」
「えっ、みんな憧れてるの!? 見えにくいのに!?」
「視界が半分になるなど些細な事。見よ、この儚くも痛々しい姿を」
「いや、目が痛々しいから買ったんだよね!?」
「ふっふっふ。羨ましいのか?」
「いや全然」
「ふっ…ふわぁーはっはっはー! これに慣れたら革製のヤツを買うのだ!」
「無駄遣いはやめようね?」
こうなったお姉ちゃんはしばらく帰って来ない。放っておこう。千尋の扱いには慣れたものである。生まれた時から一緒にいる姉だから、当然と言えば当然だ。
こうして、激闘の末仲良く家路に就く千尋と萌であった。なお、右目の内出血は3日で治り、眼帯は押し入れにしまわれるのだった。
千尋曰く「遠近感がおかしくなるからやっぱり要らん」とのこと。
千尋は中学生の1割くらいが中二病に罹っていると信じています。