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16 魔王軍幹部

 3層のモンスターは海の幸縛りだった。敵の防御力・攻撃力は2層に比べて結構高くなっており、海中から突然飛び出して来る奴も居て気が抜けない。千尋がステータスを見て確認したところ、3層のモンスターからは400~500の経験値が得られるようだった。


 階層の真ん中付近には、隠されていない隠し部屋があった。海の上に建てられた掘っ立て小屋のような場所である。近くで見るとかなりの大きさがあった。学校の体育館くらいある。


3層の隠し部屋ともなると中のモンスターはかなりの強敵かも知れない。アイテムには興味があるが、安全第一なのでこの部屋は一旦スルーした。


「萌、今日はこの辺で帰ろうか」

「そうだね」


 疲労は少ないが、帰還にかかる時間を考えて千尋がそう提案した時。


「むっ!?」

「なに!?」


 まだ千尋達が進んでいない階層の奥の方で激しい戦闘音が聞こえて来た。何かが砕ける音、海面を何かが叩く音。それが間断なく聞こえる。


「■%@&▽#◆!!」


 まったく意味を成さない叫びまで聞こえる。


『本ダンジョン内で異界の言語を検出。自動翻訳機能をオンにします。ダンジョン内に異物を確認。排除シークエンスを起動……失敗。異物付近に本庄千尋および本庄萌を確認。排除シークエンスを起動出来ません』


 これまで何度か聞いた、無機質な女性の声。


 異界? 異物? 排除シークエンス? 意味は分からないが、これが良くない事態である事は分かった。


 戦闘音は物凄い勢いで近付いて来る。そして千尋と萌の目に()()が映った。


 濃い灰色の巨体。腕は元々4本あったようだが、今は1本失って3本になっている。額から突き出た長い角、尖った耳。そして血のように赤い両目。右手には巨体と同じくらい大きな斧を持っている。そいつがサザエを一撃で両断し、エビを弾き飛ばし、足に巻き付くコンブを引き千切ってこちらに迫っていた。


 その両目は千尋と萌を捉えていた。





SIDE:氏神ダンジョン・コア


「なんてことだ! 何故今まで気付かなかった!?」


 ダンジョン・システムが異界言語を検出し、異物排除シークエンスを起動しようとした。それで初めて氏神は自分のミスに気付いた。


「千尋ちゃん達が近くにいる……」


 排除シークエンスさえ起動出来れば問題なかった。その階層にいる生物を全て死滅させるからだ。しかし千尋と萌を巻き込む訳にいかない。


「逃げてくれるか……いや、千尋ちゃんだと戦っちゃうかも知れない」


 千尋にとって、何よりも優先すべきは萌の安全。それが脅かされる可能性があれば、千尋は戦うだろう。


 異物は未知の脅威。ダンジョン・システムの見立てだと、千尋達では到底太刀打ちできない敵である。


「ダンジョンモンスターの敵意は全て異物に集中。少しでも足止めを。あと出来る事は……隠し部屋モンスターを強化。ターゲットを異物に固定、隠し部屋から解放」


 氏神は矢継ぎ早にダンジョンの設定を弄り、ポツリと呟いた。


「千尋ちゃん、萌ちゃん……生き延びて」





SIDE:本庄千尋


 ダンジョンのモンスターが濃灰色の巨体に襲い掛かるのを見て、千尋は以前戦った「イレギュラー」を思い出した。だが、あれは違い過ぎる。あれは明確な敵意を持ってこちらを睨んでいる。


 サザエやエビを物ともしない敵を見て、自分達の力では及ばない可能性が高いと判断する千尋。


「萌、先に逃げるのだ。我が時間を稼ぐ」

「いやだよお姉ちゃん!」

「萌っ! 姉からの頼みだっ!」

「うぅ……」


 しかし、そんなやり取りをしている間に敵は目の前まで迫っていた。


「おい、人族の娘。出口は近いのか?」


 その地を這うような低い声からは千尋達を何とも思っていない事が窺えた。こんな異形の化け物と言葉が通じるとは。恐らく先ほど聞いた自動翻訳機能なるものが仕事しているのだろう。


 千尋は萌を背に庇いながら一歩前に出て問う。


「何者だ?」

「あ? 矮小な人族は聞かれた事だけ答えれば良いのだっ!」


 ゴウッ! と唸りを上げて大斧が千尋目掛けて振り下ろされた。千尋は半歩左に避けると同時に斧を持つ手首に向かって刀を振り抜く。しかしまるで岩に斬りつけたような感触。さらに足場の桟橋が大きな破砕音とともに砕ける。慌てて飛び退き海中への転落を免れた。


「ほう? あれを避けて斬りつけるか。お前は冒険者か?」

「ふん。自ら名乗らぬ無礼者に身分を明かす気はない」

「ふっはっは! この俺に向かってそんな口がきけるとは面白い。いいだろう、教えてやる。俺の名はペギストリギアン。魔王軍幹部、厄斧(やくふ)のペギストリギアンとは俺のことだ!」


 魔王軍、だと? 自分もたいがい重度の中二病を患っている自覚があるが、この姿形で魔王軍幹部とは……(いささ)かやり過ぎではないだろうか? あと「ヤクフ」って何だろう。


「我が名はチヒロ、貴様が言う通り冒険者だ。して、その魔王軍幹部が外に出て何をするつもりなのだ?」


 千尋は相手に合わせた。その方が色々喋ってくれそうだから。


「そんな事は決まっている! 人族どもを殺して殺して殺しまくる! それが魔王様から課された俺の使命だからな!」


 こいつが言う「魔王」は碌な奴じゃないな……。


 こんな奴が外に出たら大惨事間違いなしだ。ご近所に住む人達はもちろん、お母さんだって危ないかも知れない。ここを通す訳にはいかない。


「それで! 出口は近いのかっ」

「そんな事を聞いてどうする? 貴様はここで死ぬのに」

「羽虫風情が大層な口を」


 自ら大斧で開けた桟橋の穴を超え、恐ろしい速さで迫るペギストリギアン。


「萌! 外に助けを呼びに行け!」

「行かせると思うか?」


 自らも前に出る千尋の両目には赤い光が浮かんでいた。濃灰色の巨体の前に立ち塞がり刀を構える。


「ふっ」


 右足を強く前に踏み出すと同時に刀を振り抜く。


「ふん、軽すぎるわ!」


 ペギストリギアンはその攻撃を左肩で受けるが、表面を浅く切り裂くだけに終わり、そのまま千尋を肩で突き飛ばした。


「ぐっ」


 体が浮いた千尋に、ペギストリギアンは容赦なく大斧を横薙ぎにする。左わき腹を狙う斧の刃先を、千尋は左腕で受けた。氏神のコートは刃先を通さなかったが衝撃まで殺すことは出来ず、千尋は腕の骨と肋骨を折られて吹っ飛ばされた。そのまま海中に沈む。


(うっ、痛ぅ!)

「お姉ちゃんっ」


 海に飛ばされた千尋に気を取られた萌だが、その一瞬の隙にペギストリギアンが詰め寄り、大斧を真上に振りかぶっていた。


「死ね羽虫」

「どりゃぁぁあああ!」


 ドッギャン!


 大質量の金属同士がぶつかるような音がする。萌は頭上で腕をクロスし、籠手で大斧を受け止めていた。


「なに!?」

「お姉ちゃんに何しやがんだてめぇぇえええ!」


 千尋が吹っ飛ばされた事で萌の怒りが頂点に達し、EXスキル「怒髪天衝」が発動。ペギストリギアンが小柄な萌を舐め切っていた事もあって防御に成功した。萌の体から赤い湯気のようなオーラが立ち上る。攻撃を受け止めてガラ空きになったペギストリギアンの腹に、萌は後ろ回し蹴りを叩き込んだ。


「ふぐっ」

「おりゃおりゃおりゃおりゃああああ!」


 蹴りで後退ったペギストリギアンを萌が追撃する。小さな竜巻のように、強烈なパンチと蹴りが次々と叩き込まれた。


 千尋は海中で新たなスキル「治癒」を使った。ぶっちゃけ初めてである。あと、海の底は意外と浅かった。千尋が立って顎くらいの深さであった。


治癒(ヒール)


 左腕と左わき腹が黄緑色の淡い光に包まれる。


(うっぐぅ、いってぇ)


 折れた骨が無理矢理動かされ、繋ぎ直されるような感覚。折られた時より痛い。腕がちゃんと動くことを確認し、千尋は海から飛び上がって桟橋に降り立つ。


「我、復活!」


 千尋が魔王ムーブをキメるのと、萌がペギストリギアンに薙ぎ払われるのがほぼ同時だった。空中で体勢を立て直し、千尋の横に並び立つ萌。


「ちょこまかと動きやがって! そんな軽い攻撃は効かん!」


 大斧を肩に担ぎ、ドンッ! と音を立てて姉妹に迫ろうとしたペギストリギアンの前に割り込むように、何かが立ちはだかった。


「むっ、またモンスターか?」


 千尋はその姿に見覚えがあった。


「お前は……サバっ!」

サバ、再び!

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