巨大な隕石が接近中ですね
私の初めてのオーディション番組は、一曲だけでは終わらなかった。
最初は機材トラブルかと思って続けていたが、あまりにも長いのでいい加減に抗議しようと考え始めたところで音楽が止まる。
いくら機材の不調とはいえ、自分一人にどれだけ尺を使ってるんだと呆れてしまう。
おかげで、その後の進行はかなり巻いていたし当然の結果と言える。
「優勝は、飛び入り参加のノゾミ選手です! おめでとう!」
「ありがとうございます」
舞台の上で司会者に優勝トロフィーを渡されて、微笑みながら返事をする。
「ノゾミちゃんには、大手芸能プロダクションの──」
続いて彼はマイクを持ってカメラの前で堂々と宣言するので、私は強引に割り込んだ。
「それなんですが、せっかくですがお断りします。
私はアイドルにはなりませんので、他の方に機会をあげてください」
司会者だけでなく周りの人たちもざわめき始めたが、私は特に動揺せずに続きを話していく。
「私は本来はオーディション番組に出るはずではありませんでしたし、局の意向で参加しただけです。
アイドルや歌手も目指していません」
芸能活動には一切興味がない、利害が一致したので気まぐれに参加しただけだ。
それに自分は地球に観光に来たのだ。定職は女王に就いているし、退位もできないのに他の仕事を掛け持ちする気はなかった。
「しばらく、観光旅行がしたいです。ごめんなさい」
私は舞台の上で深々と頭を下げて、丁寧にお断りさせてもらう。
そのままフェードアウトするように安坂アナがいる裏側に向かうが、今は大勢が興奮しており簡単には逃げられそうにない。
なので、彼女だけしか意味が伝わらない言葉をかける。
「少し、お手洗いに行きたいのですが」
「あっ、はい! 案内しますね!」
安坂アナは理由は不明でも、私が排泄しないことを知っている。
なのでトイレに行く必要がなく、島風に転送してテレビ局から脱出する算段だと、すぐに察してくれたのだった。
オーディション番組の終了後、瀬口プロデューサーに渡したブルーレイディスクの曲に、私が声を当てることになった。
何でも動画サイトにアップロードすれば再生数に応じて広告収入を得られるらしく、路銀の足しにということだ。
確かにノゾミ女王国では人気のある曲を優先的に入れたから、審査員のウケも悪くはなかった。
しかし、大勢が視聴しなければお金は入って来ないため、いくら感性が近いとはいえ観てくれるかは疑問が残る。
だが撮影機材は揃っているし、歌って踊るぐらいなら問題ない。
それに今は手持ちは潤沢だが、いつかは尽きるので定期的に小銭が得られるかも知れないなら、駄目元で挑戦してみるのも良いかと思った。
なので島風の艦内設備で、3D映像を流して念入りに編集を行う。
ただ美麗なだけでなく、音響にもこだわり抜いた珠玉の動画を完成させる。
時間の流れが他者とは違うので数日で出来あがったように見えるが、実はかなり手間をかけて作成されたのだ。
それを瀬口プロデューサーの自宅に転送しておくと、夜中の帰宅後にすぐに電話で連絡が入った。
「誰がここまでやれと言った! 頼むから、少しは加減してくれ!」
第一声にそれだったので、艦長室の椅子に座って緑茶を飲んでいた私はすぐ返事をする。
「しかし再生数が上がらなければ、広告収入は得られないのでは?」
「それは、……そうだが!」
瀬口プロデューサーは何やら考え込んでいるようで、少しだけ間が空いた。
自分でもやらかした自覚はあるが、鳴かず飛ばずでは路銀が得られないのだ。
なのである程度は見られる動画作りを心がけたのだが、やがて電話の向こうから重い溜息が聞こえてくる。
「……わかった。あとはこっちで進めておく。
せめて動画は一度に全てアップロードするのではなく、ある程度の期間を開けよう」
確かに大企業のPV以上のレベルの動画がアップロードされたら、不審に思われる。
ならば苦情が入ったりヤバいことになったら削除し、もし次があったら雑に作ろうと少しだけ反省しつつ、私は緑茶で乾いた喉を潤しながら返事をする。
「お任せします」
「ああ、任された」
瀬口プロデューサーとの電話はそこで終わり、私は取りあえず経過を見ることにしたのだった。
オーディション番組からしばしの時が流れた。
例の動画だが、せっかくなのでノゾミ女王国の公式ホームページにもアップロードする。
そっちは人口も地球とは比べ物にならないし、さらにネームバリューもあって伸びが凄まじい。
昔はブイブイいわせていたが、今の私はトイレに置くだけのブル○レットのような存在だ。
君臨すれども統治せずで、お飾りの女王として物珍しさで見てくれているだろう。
だがまあその辺りは割りとどうでも良いし、少しずつ増えていく数字を見ると何となく嬉しくなるのだった。
ちなみに今日の私は、影山市の観光地を巡っていた。
現在は日陰にある公園のベンチに座ってソフトクリームを舐めつつ、スマートフォンを操作して呟きを漏らす。
「こっちでも、結構観てくれてますね」
今の地球の人口は七十億を越えている。
再生数はイコール人の数ではないが、まだアップロードしてから数日も経ってないのに百万以上は凄いと思った。
だが珍しく飛びつく今が一番伸びるときで、この後に失速するとしても広告収入で旅行代金を稼げるのは大きい。
やがてソフトクリームを食べ終わった私は、大きく伸びをして夏の空を眺めて一息つく。
そろそろ休憩は終わりにして、観光地巡りを再開しようと考えた。
しかしここで島風から連絡が入ったので、私はバレないように脳内データベースを開いて情報を閲覧する。
するとそこには、驚くべき事実が報告されていた。
「えっ? これは、まさか!?」
思えば今までずっと、地球に焦点を絞って情報収集をしていた。
なので、気づくのが遅くなってしまったのだろう。
私は慌ててスマートフォンを操作し、瀬口プロデューサーにかける。
幸い数コールほどで出てくれたので、焦らずに落ち着いて話していく。
「ノゾミちゃんか。どうしたんだ?」
「突然ですが、緊急かつ大切な話があります」
挨拶はそこそこに本題に入りたいが、今は人目があるので聞かれていたら不味い。
音を遮断するのは可能だが不審に思われたら困るし、電話は止めたほうが良いと判断して、少しだけ考える。
「できれば、直接会って話がしたいですね。
なので安坂アナも含めた二人の、都合の良い時間を教えてください」
瀬口プロデューサーが戸惑っているのがわかるが、伝えたいのは本当に急を要する話だ。
すると向こうもそれから少しして承諾してくれたので、時間になったら島風の艦内に二人を転送するのだった。
やがて二人を呼び出したので、私は島風の管制室の艦長席に座って正面モニターを調整する。
「それでノゾミちゃん、話って何なの?」
「電話じゃ不味いことか?」
彼らの質問に、口頭で一から十まで説明するのは難しい。
なので、正面のモニターに島風が収集した情報を投影した。
「これは何? 隕石?」
安坂アナウンサーが言うように、モニターには直径二十キロはある巨大な岩の塊が宇宙空間を漂っていた。
しかし私は、首を振って否定する。
さらに内部構造の想定図を見せて、大きく息を吐く。
「表面からは岩の塊にしか見えません。
ですが内部に、人工物を確認しました」
それはまさに、移動要塞だった。
岩石で巧妙に偽装しているが、内部には円盤型の宇宙戦艦がいくつも収納されている。
砲塔も多数隠されていることから、何らかの目的を持って航海を続けていると推測された。
「移動要塞は真っ直ぐ地球に向かっていて、あと半月足らずで接触します」
途端に二人の顔色が悪くなる。
続いて瀬口プロデューサーがおもむろに手を挙げたので、私はどうぞと声をかけた。
「移動要塞の目的は?」
「不明です」
そう言って私は現宙域の地図を表示して、自分が島風に乗って長距離ワープでやって来た方角を表示する。
さらに、そこに移動要塞の進行ルートを重ねた。
「我が国とは宙域が遠く離れています。
つまり相手は、全くの未知です」
ついでに島風が観測した未知の宇宙人を立体映像で表示すると、二人は驚きの声をあげた。
「きゃあっ!?」
「こっ、こいつは!?」
彼は映画のエイリアンとゴブリンを足して、二で割ったような外見だ。
しかし私は過去に、SAN値が削られるような宇宙人も大勢見てきた。
中には根は良い種族もいるので場馴れしており、二人のように驚いたりはしない。
「外見的特徴を踏まえると、戦闘能力は非常に高いです。
推測になりますが支配や侵略が九十パーセント以上で、確率は低いですが和平や移民もあるかと」
恐ろしく強そうに見えて、実は優しい種族が居るのは事実だ。
だが今回の宇宙人は進化の過程でそうなったので、自分たちと別種の知的生命体に遭遇した場合、得意分野によって優位に立とうとする可能性は高い。
さらに過去に遭遇した種族を、正面モニターに並べて映し出す。
「データベースにはない種族ですし、外宙域から来訪したのは間違いないですね」
近い種族はあるのだが、そのどれにも該当しなかった。
すると私の説明を聞いて、二人の表情がますます曇っていく。
やがてここで再び、瀬口プロデューサーが震えながら口を開いた。
「その、虫の良い話なのは重々承知している。
しかし、ノゾミちゃんが何とかできないのか?」
けれど私は、彼の質問に首を横に振る。
「彼らの目的が私なら別ですが、地球なら不干渉ですね」
現時点では相手の目的は不明だし、せっかく地球旅行に来ているのだ。
それなのに急な仕事が入ったら、興醒めである。
そのような事情はともかくとして、私は3D映像を消して正面モニターの表示を切り替えた。
「島風は常にバリアを展開し、外部から発見し難くしています」
地球のレーダーに映らないのはそのおかげだが、続いて彼らに説明していく。
「偵察用の無人艦載機も同じで、相手は全く気づきませんでした」
私は巨大な隕石が地球に急接近していることに気づくと、急いで艦載機を飛ばした。
そして情報収集を進めた結果、彼らの文明レベルはノゾミ女王国を大きく下回り、島風を発見できないと確信する。
ちなみに駆逐艦の島風には艦載機は一機しか積まれていないため、戦力として数えるのは少々心許ない。
専用の施設がないので修理が困難なのもあり、なるべく前線には投入したくはなかった。
「現時点で相手が気づけるのは、地球には知的生命体と水や空気や資源があるぐらいです。
それ以上の情報は得られないでしょう」
侵略か交渉かのほぼ二択だが、地球にとって重要な局面になるのは明らかだ。
一通り説明し終わると、安坂アナウンサーはガックリと肩を落としていた。
その様子を見た私は、少し怖がらせ過ぎたかなと頬をかき、彼女を安心させるように優しく声をかける。
「別に助けないとは言っていませんよ」
「ほっ、本当に?」
「はい、本当です」
そして正面モニターを切り替えて、未開惑星保護条約の項目を表示する。
続いて、すぐに説明を始めた。
「もし相手が侵略戦争を仕掛けて、未開惑星の知的生命体を支配や絶滅させようとした場合、正当防衛として武力介入ができるのです」
ただし、和平や移民では出る幕がない。
明らかな支配や侵略でなければいけないので、一発殴られるのは避けようがなかった。
そのうえで相手側に今の破壊活動は事故か故意かを問い質し、さらには地球側に味方として参戦するけど良いよね?と同意を得る。
第三勢力が介入するには大義名分が必要になるので、なかなかに面倒なのだ。
「例外として、先制攻撃も可能ではあります。
しかしそれは相手が、速度を落とさずに地球に突っ込んできた場合だけです」
恐竜絶滅クラスの巨大隕石が地球に激突すれば、人類滅亡は避けられない。
なのでその場に居合わせた者に余裕があったら、できれば阻止してくださいと規則にはある。
やはり一番は己の命なのだが、それは置いておいて続きを説明をしていく。
「ただし速度を落として、地表を破壊せずにゆっくり降下した場合は──」
長い歴史の中で力ある者の宿命なのか、いつの間にかノゾミ女王国は宇宙の警察官的な立ち位置になっていた。
けれど正義の味方は皆好きだし、圧倒的な軍事力を保有しているので容易に実行可能だ。
「状況によって武力介入に踏み切りますが、私はあくまで第三者です。
地球と異星人の方々を邪魔するつもりはありません」
地球を侵略しないのに、問答無用でぶん殴るわけにはいかない。
自分は脳筋で考えなしではあるが、戦わずに解決できるなら越したことないのだ。
それに異星人がいなくなったあとも色々大変なのだが、その辺りは各国に任せることにする。
とにかく私は、引き続き巨大な移動要塞の監視を続けるのだ。
そんな緊迫した状況ではあるが、瀬口プロデューサーは真面目な顔で意見を口に出す。
「ノゾミちゃん。話は変わるが、この異星人の取材は可能か?」
「……は?」
いきなり何を言い出すんだと思った。
つい声が出てしまったが、彼は気にせずに興奮しながら続きを話す。
「そんな状況じゃないのはわかっている。戦争になるかも知れないし、何より危険だ。
しかし、目の前の特ダネを見逃すのはな」
「気持ちはわかります。わかりますけど──」
私はどう答えたものかと悩んだが、やがて結論を出した。
そしてコホンと咳払いをして、堂々と答える。
「わかりました! 異星人の取材を許可しましょう!」
「本当か!?」
「はい。ただし、私の指示には必ず従ってもらいます!」
もし従わなければ、即転送して退去してもらうだけだ。
安坂アナは呆然としていたが、その間にも瀬口プロデューサーと取材についての打ち合わせを進めていくのだった。