地球人の協力者ができました
腹部に銃弾を受けたプロデューサーは瀬口裕司で、女子アナは安坂聖子と言うようだ。
そして今は、第十四世代航宙駆逐艦の医務室で彼を治療していた。
あの場で弾を摘出して回復魔法をかけて済ませることもできたが、既に警察と救急車に連絡しているし、他の地球人が来るかもしれない。
あまり悠長にはしていられなかった。
それにあの場で約束したとはいえ、安坂アナが必ず守る保証もない。
取りあえず落ち着いて事情を説明し、ちゃんと契約する時間が必要だった。
彼女は半透明の医療カプセル内で安静にするプロデューサーを、静かに見つめている。
ちなみに二人は裸ではなく体を念入りに洗浄し、患者用の清潔な服を着せていた。
島風の艦内も念のために無菌状態に保ち、地球人に影響を与えないように気をつけている。
そんな事情はともかくとして、椅子に座った安坂アナは小さく息を吐く。
「まさか、本当に宇宙人だったなんて」
ノゾミ女王国の医療技術は、これまで遭遇した他文明の中では一番進んでいる。
当然、地球よりも遥かに上なので、彼の腹部の傷は数分足らずで完治し、今は念のために経過を見ている段階だ。
彼女は圧倒的な技術力を目の当たりにして、私の正体が宇宙人だと言ったらあっさり信じた。
(しかし、空気が重いなぁ)
今の安坂アナは宇宙人に誘拐された状態なので、こっちに何かする気がなくても警戒するのが普通だ。
簡単に打ち解けられないのはわかっているが、せめて契約は守って欲しい。
なので私は少しでも空気を軽くするために、彼女に話題を振る。
「そう言えば、何故あのような裏路地に?」
二人は私の追っかけをするほど、暇ではないだろう。
別に探偵でもないはずだし、何か理由があるはずだ。
すると安坂アナは少し困ったような顔になり、俯いたまま口を開く。
「実はうちの局で、今度ノゾミちゃんの取材をすることになったの」
ちなみに女王扱いされないのは、そっちではなくノゾミと呼んで欲しいと頼んだからだ。
安坂アナも、最高統治者が護衛も連れずに未開惑星に遊びに来ているとは、完全に信じてはいない。
王家の血筋でもかなり薄く、貴族の末席だと勘違いしてくれた。
おかげでそこまで堅苦しくないし、私はのんびりした雰囲気で彼女の言葉に耳を傾ける。
「だから話を聞いてもらうために、プロデューサーと二人でノゾミちゃんの後を追ったんだけど」
「なるほど。大体わかりました」
どうやら事件に巻き込まれたのは偶然だったようで、結果的に彼女たちは無事で犯罪者二名は警察に捕まった。
私の正体がバレたのは想定外だが、黙っていてくれれば全てが丸く収まる。
しかしここで、安坂アナが少し震えながら声をかけてきた。
「ノゾミちゃん」
「何ですか?」
しばらく口をモゴモゴさせていたが、やがて彼女は心を決めたのか続きを話す。
「記憶を消す装置はないの? それを使えば、私も──」
私はSF映画に出てくる、ピカッと光る道具を想像した。
確かにノゾミ女王国では開発に成功して、今も一応持ってはいる。
しかし原則として使用は禁止されており、たとえ未開惑星でも安易に使って良いものではない。
なので、そのことを安坂アナに説明する。
「種族ごとに脳の構造は異なり繊細です。
ゆえに記憶消去装置の使用は、非常時以外は禁止されています」
特に地球人の情報は殆ど集まっていないし、もし使えば何らかの後遺症が起きるかも知れない。
それに嘘の記憶で蓋をするので、キッカケ次第で思い出す可能性もある。
私が安坂アナが望めば記憶を消せることを告げると、彼女はすぐに首を横に振った。
「あっ、いえ、結構です!
貴重な体験ですし、忘れたくはありません!」
どうやら今回は使用は見送るようだ。
「ノゾミちゃんが悪い宇宙人なら別だけど、良い子だからね」
女王陛下を神様のように称えるお世辞には慣れているが、一人の少女として真正面から褒められるのは久しぶりだ。
不意を突かれて少し照れたけれど、おかげで考えがまとまった。
照れ隠しや話題を変えるためにコホンと咳払いをして、安坂アナに話しかける。
「先程の取材ですが、受けても良いですよ」
「えっ? 本当に?」
驚きの表情を浮かべる安坂アナだが、私は微笑みを浮かべて続きを話していく。
「貴女は私のことを知っていますし、上手く誤魔化せるでしょう?」
「ええ、約束は守るわ」
「ならば、地球での足場を固める良い機会になるでしょう」
現時点で私は謎のコスプレイヤーなので、この機会に安坂アナに嘘の情報を広めてもらうのだ。
そうすれば憶測で騒がれることも減る。
どのように足場を固めるかは要相談ではあるけれど、なるべく観光に支障がないようにしたいものだ。
なので私は医療カプセルで横になっている瀬口プロデューサーにも顔を向け、にっこりと笑いながら口を開く。
「もちろん、瀬口プロデューサーも協力してくれますよね?」
バイタルデータで、彼が先程から目覚めて聞き耳を立てていたのは気づいていた。
しかし、今さら秘密を知るのが一人増えても大した問題ではない。
「……気づいていたのか」
瀬口プロデューサーが身を起こそうとしたので、私は医療カプセルを開ける。
安坂アナだけでは自分のフォローはしきれないだろうし、二人には協力してもらうことにした。
彼らは事件に巻き込まれただけだが、一応自分は命の恩人だ。
この状況で断ったりはしないだろうし、向こうにも十分にメリットのある提案である。
なので私は地球で快適に過ごすために、番組の出演計画を相談するのだった。
他言無用の契約を結んでもらった二人を地球に帰還させ、そのまま何事もなく数日が過ぎた。
裏路地の痕跡は消したので、警察に事情聴取されることもなく平和なものだ。
やがて予定通りに、特番の準備が整ったと瀬口プロデューサーから連絡を受ける。
それまでは万が一に備えて島風で待機していたが、地球に来るまでは一ヶ月ほどかかったし、たったの数日だ。
ゲームや漫画などのサブカルチャーを購入して、ベッドでごろ寝しながら休暇を満喫するのも悪くはない。
安坂アナとはオンラインゲームのフレンドになり、地球のことを色々教えてもらったりもした。
なので航宙艦に引き籠もってはいたが、割りと充実した数日間だったのだ。
日本のサブカルチャーの情報も得られて、前世の記憶とは微妙に異なるが何とも懐かしい思いを抱いた。
だがまあそれはそれとして、瀬口プロデューサーから連絡を受けた私は、打ち合わせ通りにトーキョーテレビの影山支局の近くに転移する。
ちゃんと事前に人の居ない場所を探して、バレないように気をつけた。
そのまま、何食わぬ顔で大通りに出る。
相変わらず目立つので注目を集めたが、話しかけられることはない。
不審がられないように局の入り口まで堂々と歩いて行き、外で待っていた安坂アナウンサーに挨拶する。
「お待たせしました」
「いえ、私も今来たところですし、お構いなく」
定例通りのやり取りを行い、私は目の前の建物を見上げる。
影山市の支局で本部よりも小さいとはいえ、トーキョーテレビは大企業だ。
幼女に比べたら見上げるような高さで、大勢の人が働いている職場である。
「では、行きましょうか」
「はい、案内をお願いしますね」
これから特番を行うため、彼女に局内を案内してもらう。
扉を開けて中に入って廊下を歩くと、やはり広くて職員がたくさん居るようだ。
オタク友達としてなら話すことはあっても、仕事は事前のやり取りが済んでいる。
特に聞くこともないので無言で後ろを歩いていると、安坂アナのスマートフォンが鳴った。
彼女は私に一言断りを入れて、歩きながら話し始める。
「……えっ? お上の意向で? 急遽変更って、マジですか!?」
今の発言で大体理解したが、どうやら上司から特番内容を変更するようにとお達しが出たらしい。
詳しくは瀬口プロデューサーが直接伝えるとのことで、安坂アナは頭を抱えながら電話を切る。
「ええと、まずはごめんなさい」
そう言って心底申し訳なさそうな顔で謝罪してきたので、私は微笑みながら返答する。
「いえ、お気になさらずに」
しかし、ここに来ての番組変更は本当に予想外だ。
「番組は急遽変更になって、詳しいことは瀬口プロデューサーから説明されるけど。
もし無理そうなら、断ってくれても良いから」
だが協力者である二人は、この日のために頑張って準備をしてきた。
私も数日は島風に引き籠もっていて、まあ楽しかったけどそろそろ地球観光に戻りたい。
なので彼女を安心させるように、微笑みながら声をかける。
「私は大丈夫です。なので、このまま続行しましょう」
当初の予定では私の生い立ちが番組で流れて、それが地球人としての顔になるはずだった。
そして既に書類や記録媒体にまとめて、瀬口プロデューサーに渡してある。
たとえ番組を変更しても簡単な紹介をされるか、ホームページで詳細情報が記載されるはずだ。
ならば、それだけでも一応の目的は達成である。
「でも、フォローは頼みますね」
正直なところ、何が起こるかわからない。
けれど私は逆に、それが楽しみでもあった。
(最近は未来予測の精度が上がって、こういう意外な展開は減ったからなぁ)
情報が多く集まるほど未来予測の的中率が上がり、外れる可能性が下がる。
地球は調べ始めたばかりの未開の惑星で、こういったことは良くあった。
別に予想が外れて欲しいとは思っていないが、刺激的な展開は感情を揺さぶられる。
(私は今、地球旅行を思いっきり楽しんでるんだね)
とても新鮮で、何だか昔に戻った気分だ。
安坂アナも覚悟を決めたらしく、真面目な表情に変わって口を開く。
「わっ、わかりました! フォローは任せてください!」
私は基本的に行き当たりばったりで、もし失敗してもその時はその時で対策すれば良いと考えている。
なので今は先が読めない展開を、存分に楽しむのだった。