面倒な人たちですね
地球を訪れてから、数日が経った。
今は日替わりで評判の良い宿泊施設を選んでは、気ままな一人旅を満喫している。
最初は保護者が居ないと、宿泊を許可してくれないのではと心配した。
けれど今は日本の観光業界は経営が苦しいようで、本当は法律違反スレスレではあるけれど、子供でもお金さえ払えば泊めてくれた。
色々思うところはあっても、ここは地球でノゾミ女王国ではない。
そこまで気にすることではないし、私が宿泊や観光をすれば日本の利益になる。
ちょっと法律から外れていても業界には貢献しているから、とにかくヨシと割り切るのだった。
朝になって出発の準備が整った私は、受付で部屋の鍵を返す。
きっちりチェックアウトを行って外に出ると、旅館の入口を監視していたと思われる数名が反応して、私の様子をスマートフォンやカメラで撮影を始める。
若干嫌な顔になってしまったが、取りあえずは無視して歩き出す。
「話しかけては来ませんし、無視ですね」
島風に探らせているので、彼らが私の正体を突き止めようとしているのはわかっている。
けれど謎のコスプレイヤー以外の情報は出てこないし、地球に住んでいるわけではない。
知り合いや住所は突き止められずに、不明のままだ。
私は大通りを軽やかに歩きながら、地球のスマートフォンに似せた道具を取り出す。
そのまま影山市のマップを開くが、行き先を決める途中で島風から連絡が入った。
「ふむ、アレを放置するのは不味そうですね」
スマートフォンを眺めるのを止めて、一旦鞄に戻す。
そして脳内に直接マップを投影しながら、少しだけ早く歩き始める。
時刻は朝の八時で、影山市は東京に近いので行き交う人はかなり多い。
さらには自分はかなり目立つため、彼らが見失うことはないだろう。
そんなことを考えながら入り組んだ裏通りを歩き回り自分を追ってくる人たちを翻弄する。
しばらく続けると、見事に目的の人物だけを誘い出せた。
あとは目的地に連れて行くだけだが、最後まで油断はできない。
目立たないように鞄に手を入れて、魔石がはめ込まれた特殊な手袋を取り出す。
装飾が豪華な特注のマジックアイテムで、護身用だが見栄えも重視している。
だが普段使いはしていないため、両手に装着するのは今回が初めてだ。
するとタイミング良く目的地に到着し、裏路地が行き止まりになる。
これ以上先には進めず、周囲は薄汚れたビルの壁や放置されたゴミや残骸が散らばっていた。
行き止まりなので引き返すべく自然な動きで振り返ると、先程から私をずっと付け回していた、強面の二人組と対面する。
「へへっ、このときを待ってたぜ」
「悪いが逃げ場はないぜ。大人しくするんだな」
明らかに堅気ではないガラの悪い二人組だ。
彼らはヘラヘラ笑いながら、私に近づいてくる。
ただのストーカーなら放置安定だが、この人たちは放ってはおけないので、わざわざ裏路地に誘い出したのだ。
しかしそんなことは、目の前の二人は気づきもしない。
「どうした? 怖くて声も出ないか?」
私が無反応なのが不思議なようで、男の一人がお決まりの台詞を口に出した。
「俺たちは嬢ちゃんの保護者に用があるだけで、乱暴はしねえ」
「そうそう、大人しくしてりゃ。すぐに親御さんのところに帰してやるよ」
私の正体は、何処かのお金持ちのお嬢様説が有力なようだ。
そしてこの二人も、それを信じている。
(別に間違ってはないけど、私に親はいないんだよね)
女王をしているので、その気になれば国家予算を自由に使える。
あとは両親は転生前ならいたが、今はいなかった。
しかし、それをわざわざ説明してやる義理はないし、私は下卑た笑みを浮かべる彼らが近づいてくるのをじっと待った。
(彼らを撃退するのは簡単だけど、今の私は地球人だからね)
なのでやっつけるなら地球人っぽくないと駄目だ。
今はその機会を待っているのだが、ここで想定外のことが起きた。
「貴方たち! 何をやっているの!」
完全に振り切ったと思った他の地球人が、あろうことか強面の男たちの後ろから現れたのだ。
「ちいっ! 面倒なことになってるな!」
しかも何故か安坂アナウンサーだけでなく、プロデューサーらしき人も一緒だ。
彼らは私を追って、裏路地の奥深くまで入ってきている。
「安坂! 警察に連絡だ!」
「はっ、はい!」
彼女は慌ててスマートフォンを取り出して、急いで警察と連絡を取ろうとする。
だがそれを見たガラの悪い男たちは焦り、大声で叫んだ。
「くそっ! 目撃者を消すぞ!」
「ああ! そうすりゃガキを攫って逃げられる!」
ガラの悪い男たちは、完全にターゲットを変えた。
それを見た私は、予期せぬ乱入者に呼びかける。
「今すぐ逃げてください!
この人たちは拳銃を持っています!」
「なっ、何だって!?」
驚いて硬直したのは安坂アナとプロデューサーだけでなく、強面の男たちもだった。
しかし彼らはすぐに正気を取り戻して、ほんの一瞬だけ振り向く。
「なっ、何でバレたんだ!?」
「気にしてる場合か! とにかく殺るぞ!」
私はここで二人を止めようと駆け出すが、やはり見た目相応しか力が出せないので遅い。
地球人らしく振る舞うという足枷に縛られて、実力が出せなかった。
なので彼らが隠し持っていた拳銃を取り出して、立て続けに発砲するほうが早い。
外れてくれることを願ったけれど、運命は無慈悲だった。
二発の発砲音が響いたあとで、プロデューサーが腹を押さえてうずくまる。
「プロデューサー!?」
彼は安坂アナを咄嗟に庇い、銃弾から守ったのだ。
「けっ、怪我はないか! 安坂!」
一発は外れて、ゴミ袋に穴を開けた。
しかしもう一発は、彼の腹部に撃ち込まれてしまう。
幸い即死ではなかったが、ガラの悪い二人組は殺すつもりだ。
けれど私はそうはさせまいと両手を伸ばして彼らに触れて、思考操作でマジックアイテムを発動させる。
「痺れなさい!」
瞬間、彼らの体に高電圧が流し込まれた。
「ぎゃあああっ!!!」
「すっ、スタンガンだとおお!!?」
二人はあっという間に白目をむいて、地面に倒れてしまった。
念のために確認すると完全に気を失っているようで、時々ビクンビクンと痙攣している。
これなら警察が来るまで目覚めないし、起きても動けるようになるのは当分先だ。
なので私は次に、安坂アナとプロデューサーに近づいていく。
「大丈夫……では、ありませんよね」
定例通り安否を尋ねようかと思ったが、銃弾を腹部に受けて大丈夫なはずがない。
実際に安坂アナは混乱しており、あまりの激痛で気を失って倒れているプロデューサーに必死に呼びかけている。
「プロデューサー! しっかりしてください!」
どうやら動揺しすぎて、救急車や警察を呼ぶのも忘れているようだ。
なので私は島風に命令を出して、主要機関に匿名で連絡を入れておいた。
(さて、どうしたものかなぁ)
地球人はうちの国民じゃないので、守ったり助けたりする義務はない。
(しかし、未来予測では外れる可能性が高かったのになぁ)
どうやらプロデューサーの運は相当悪かったようで、即死でなくても救急車が来る前に亡くなりそうだ。
私は今後の対処に頭を悩ませて、思考加速で時を停止させて考えた。
現実では一瞬のことだが、やがて結論が出たので安坂アナウンサーに声をかける。
「この人を助けたいですか?」
「そっ、そんなの当たり前じゃない!」
泣きながら叫ぶ安坂アナの両手は、プロデューサーが流した血で汚れている。
何とか出血を止めようとしているようで、助けたいのは本当のようだ。
「では今から起きることは、誰にも言わないでください。
そうすれば私が、彼の傷を癒やしましょう」
実際にノゾミ女王国の技術なら、この程度の怪我なら容易に完治させられる。
「たっ、助かるの!?」
私は口を閉じて、微笑みながら頷いた。
しかし現実は、エルフの仮装をした幼女の信用度など殆どない。
なので、この状況でも踏ん切りがつかないようだ。
しかしプロデューサーの苦しそうな声が聞こえて、すぐに真面目な顔つきになって口を開いた。
「わっ、わかったわ! 絶対に誰にも言わない! 約束する!」
「ええ、約束ですよ」
未開惑星保護条約は、現地人に正体がバレたら立ち去らなければいけない。
しかし現時点の目撃者は彼女だけなので、安坂アナウンサーが黙っていれば全てが丸く収まる。
宇宙人など最初から何処にもいなかったになれば、そもそも混乱が起きないのだ。
グレーゾーンではあるが、女王である私がルールなので何も問題はない。
「島風、転送開始。それと私たちの痕跡も、処理しておいてください」
わざわざ口に出す必要はない。
けれど安坂アナも、そちらのほうがこれから起きることを理解しやすいと思った。
「えっ? ええっ!? きゃああっ!?」
ほんの少しだけ彼女の悲鳴が響いたが、裏路地の三人が光に包まれるとすぐに聞こえなくなる。
あとに残ったのは、白目をむいて気を失ったガラの悪い二人組だけだ。
本来なら女王を誘拐しようとした時点で彼らは報復対象だが、ここは未開惑星でうちの管轄外である。
それに正当防衛でボコボコにしたし、あとは地球人に任せるのだった。
その後、匿名の通報を受けて、警察隊や救急車がすぐに駆けつけた。
証拠の拳銃は現場に転がっていたので現行犯逮捕となったが、他に人は居ないし痕跡も見当たらなかった。
しかし要救助者と思われる犯人は見つかったので、あとは取り調べによって明らかにすることに決めて、その場をあとにするのだった。