やっぱりこの姿は目立ちますね
<安坂聖子>
私が初めてノゾミちゃんを見たときは、まるで絵本の中から抜け出したエルフの女王だと思った。
それぐらい神秘的で、とても美しかったのだ。
透き通るような緑色の長髪やサファイア色に輝く瞳は見る者を魅了し、身にまとう雰囲気や立ち振舞からも、高貴さや可愛らしさが感じられる。
だがしかし、彼女が演じているキャラは全く聞いたことがない。
なので、ノゾミちゃんが思い描くオリジナルのエルフの女王だと理解した。
しかしハリウッド映画もびっくりの特殊メイクも凄いが、完璧に演じきる演技力も相当なものだ。
何処かの劇団や、芸能プロダクションに所属しているのかも知れない。
時間が押していたので名残惜しいが途中で別れたあとは、局に戻ってから調べてみた。
けれど同じ名前ならいくつも出てくるが、エルフのコスプレをしたノゾミちゃんとは全然違う。
それでも諦めずに検索を続けるが、何度目かの空振りに終わった私は大きく溜息を吐く。
そんな自分は、今はトーキョーテレビの自販機の前に設置された椅子に座り、疲れた顔をして壁にもたれていた。
すると自分しか居なかった休憩スペースに、四十を目前にした番組プロデューサーがやって来る。
「安坂が溜息とは珍しいな」
私は彼が企画した番組に出演させてもらっているので、上司と言える存在で良くお世話になっている。
そんな瀬口プロデューサーは自販機で缶コーヒーを購入して、プルタブを開ける。
「また、エルフのお嬢ちゃん絡みか?」
やはりプロデューサーは良く見ていたようだ。
私は本日何度目かの溜息を吐いて、よくおわかりでと返しておく。
思えば彼女に興味を惹かれて、インタビューをして来いと背中を押したのは瀬口さんだったし、もしかしたら何か掴んでいるかも知れない。
「プロデューサーは、何かわかりましたか?」
なので率直に尋ねてみると、瀬口さんは肩をすくめて困った顔をした。
「ぶっちゃけて言うと、何もわからん」
どうやらプロデューサーも空振りだったようで、私はガックリと肩を落とす。
しかし彼は懐からスマートフォンを取り出して何度か操作したあと、こちらに見せてくる。
「安坂。これを見ろ」
言われた通りにスマートフォンに視線を向けて、私は何となく書かれている内容を読み上げた。
「影山市に舞い降りし、エルフの女王様の謎に迫る! ……って、何ですかこれ!」
興奮した私はプロデューサーのスマートフォンを引っ掴んで、食い入る様に閲覧する。
するとそのブログには、ノゾミちゃんに関する動画や情報、写真や考察などが書き込まれていたのだ。
自分も彼女のことを知りたいとは思うが、犯罪スレスレの隠し撮りや盗み聞きをする気はない。
「世の中には、こういった人間も居るんだ。
まあ、わかってくれとは言わんがな」
プロデューサーは壁にもたれて缶コーヒーを飲みながら、困った顔をして順番に説明していく。
「まず最初に俺たちが担当した番組が放送されてから、例のシーンがネットで爆発的に拡散された。
それは知ってるよな?」
「ええ、まあ……はい」
自分が関わっている番組のことは詳しく知っておきたいし、ノゾミちゃんへの興味もあった。
なので検索をかける際に、私から彼女への質問だけを切り抜いた画像がインターネット上で多数見つかる。
一度しか出演していないのに、あっという間に人気者になったことに驚いたが、あれだけ可愛らしいので当然と言えた。
「つまり彼女には悪いが、有名税ってやつだな」
「はあ、有名税ですか」
有名税とは知名度と引き換えに生じる問題や代償のことだが、まだあんなに小さいのに苦労してるなと同情してしまう。
私はそんなことを考えながらプロデューサーにスマートフォンを返すと、彼はニヤリと笑って口を開く。
「んで、今度は俺が彼女の特番を企画することになった」
「えっ? いや、ちょっと待ってください! 彼女は!」
あまりにも無謀な試みに、私は慌てて声を出す。
けれど瀬口さんは落ち着いたままで、のんびりと続きを話していく。
「何処の誰かもわからない、謎のコスプレイヤーだろ?」
「はっ、はい! そうです!」
街角情報局の放送から数日が経ったが、ノゾミちゃんの正体は依然として不明なままだ。
家族や友人や年齢はわからず、性別が女性で幼児なのは間違いないが、日本語や文字が読めても日本人なのかは正直怪しい。
プロデューサーもわかっているのか、現時点で明らかになっている情報から推測していく。
「今のところ有力なのは、お金持ちのお嬢様だな。
ハリウッド映画並の特殊メイクで変装して、日本を観光してるってわけだ」
そして瀬口さんの主張に、私は素直に同意する。
「ええ、ノゾミちゃんはホテルや旅館暮らしですしね。
お金を持っていないと、宿泊できないでしょう」
彼女はとても目立つので、何処に居てもすぐにわかる。
なので影山市を活動の拠点にしているのもバレバレで、最近は日替わりでホテルや旅館に泊まっているようだ。
「今は旅館やホテルの経営が厳しいから、金さえ払えば多少のことには目をつぶるさ」
瀬口さんの推測を聞いた私は微妙な顔になったが、それに関して何かを言うつもりはなかった。
とにかくノゾミちゃんは一泊したらチェックアウトして、市の観光名所を順番に巡っているので、本当に一人旅をしているらしい。
だがそのためには大金が必要なので、やはりお金持ちのお嬢様説が有力だ。
けれど護衛などは付いている様子はないことから、家出の可能性もある。
「でもあの子。警察から逃げるの上手いんだよな」
「確か、一度も捕まっていないんでしたか?」
「そうそう、危機察知能力が高いって言うのかね」
今の御時世は保護者なしでの子供の独り歩きは通報案件なので、日が出ていてもたまに警察を呼ばれるのだ。
しかし彼女は危険を察知するとその場を立ち去り、何処かに消えてしまう。
これまで一度も捕まっていないため、謎は深まるばかりである。
「でもそれって、探しても見つからないんじゃ」
前に一度話したことはあるが、今度は警察と同じように逃げられるかも知れない。
するとプロデューサーはすぐに返答した。
「いや、警察や不審者だけのようだ」
確かにノゾミちゃんが誰にも見つからなければ、無断の撮影や質問は不可能だ。
普通に観光していることから、自らに不利益をもたらす人だけなのだろう。
「まあそれでも、あまりしつこいと逃げられるがな」
彼女に番組に出演してもらうために交渉するとしたら、途中で逃げられるかも知れない。
瀬口さんもそのことはわかっているようで、おどけた様子で肩をすくめる。
「もちろん彼女や保護者の許可は取るさ。
嫌がる子供に無理強いするほど鬼じゃないし。
金持ちのお嬢さんの不興を買うと、あとが怖いしな」
未だにノゾミちゃんの正体はまだ掴めていないが、大金持ちのお嬢様はほぼ確定だ。
下手な手を打てば、プロデューサーの首が飛ぶだけでは済まない。
確かに私も気になるので、もう一度あって色々話したい。
しかし、そんな危険な番組はしたくなかった。
「あの、プロデューサー。もちろん私は不参加ですよね?」
瀬口さんが勝手に巻き込んでくる可能性は高かったが、企画を出した彼だけが行い自分は関係ないと安心するために、若干顔をひきつらせて率直に質問する。
「悪いが、お上の意向で安坂にはアナウンサー役をしてもらう。
本当にすまん!」
瞬間、私は絶望の表情に変わった。
そして視聴率が取れるからといって、無謀な企画を強行するお上を恨んだ。
けどまあ、プロデューサーには日頃からお世話になっている。
なのでこうなった以上は失敗したら共倒れなため、現状を受け入れて少しでも上手くいくように、頑張るのだった。