少しだけテレビに映りました
大金を手に入れて書店の歴史書を閲覧した私は、やはりこの地球は前世とは違うのだと理解する。
今回は心構えができていたので精神的なダメージは軽く、逆に踏ん切りがついた。
あとは思う存分に観光を楽しむだけで、特にこれといった目的もなく大通りを歩くだけでもワクワクしてくる。
夏の日差しと蒸し暑さを肌で感じるのも久しぶりなため、何もかもが新鮮であった。
取りあえず私は歩みを止めて建物の影に入り、懐から自作のスマートフォン型デバイスを取り出す。
「やりたいことは多々ありますが、何処から手をつけたものか」
地球のモノとは違い、指でタッチする必要はなく思考で操作できる。
それに処理能力も高いので、スマホの画面が目まぐるしく変わっていく。
不審に思われないように覗き見や背後を取られないように気をつけているが、今のところは近づいて話しかけてくるような地球人はいない。
誰も彼も遠巻きに見ているだけなので、私にとってはありがたいことだ。
しかし一箇所に留まっていればいずれは干渉してくるだろうし、手早く目的地を検索すると、やがて夏らしくて個人的に満足できるものを見つける。
念のために紹介文を少し読むと期待通りで笑顔になり、私は真夏の暑さにも負けずに気分良く歩き出すのだった。
書店から出て大通りをしばらく歩くと、小さな飲食店を見つけた。
店内スペースはないのでメニュー表が張り出されており、外にはベンチが設置されている。
目的地に到着した私は、思考加速で時間を停止させて大いに悩んだ。
やがて注文が決まったので、店内で調理作業をしている恰幅の良いおばさんに近づく。
そして笑顔で大きな声を出した。
「かき氷のイチゴシロップ味をください!」
「あいよ! 二百円ね!」
この飲食店に関して島風が調べた限りでは、普段は登下校中の学生が良く買っていて、今は夏休み中なので家族連れも多いらしい。
そんなことを思い出しながら、財布の中から二百円を取り出して先に支払う。
すると、おばさんは元気いっぱいにかき氷機を回し始めた。
(懐かしいなぁ)
昔はノゾミ女王国でも、同じような道具を使っていた。
しかし技術が進歩して一瞬で氷を削り終わるようになり、やがてはボタン一つでかき氷が完成するようになったのだ。
味は安っぽいシロップではなく果汁百パーセントだが、個人的にはこれじゃないと少し不満であった。
ちなみに私以外にも根強いファンは一定数居るので、昔のかき氷は完全に絶えてはいない。
しかし年々忘れ去られて少なくなり、今では極めて少数と言っても過言ではなかった。
きっと国内の隅々まで監視して、容量無制限のデータベースに適時保存してなければ、失われていた文化も多くあっただろう。
そんなことを考えながら、私はできあがったイチゴシロップのかき氷を受け取る。
「かき氷のいちごシロップ味! おまち!」
「ありがとうございます!」
お礼を言った私は近くのベンチに移動して、ゆっくりと腰を下ろす。
そして、氷の山に刺さっているストローとスプーンが一体化した道具を手に取った。
「まさに、夏って感じがしますね!」
まさに、昔懐かしの夏の風物詩だ。
だが別に、かき氷を食べるために地球に来たわけではないけれど、行く先々での買い食いは一人旅の醍醐味と言える。
とにかく私はスプーンを使い、赤色のかき氷を崩して小さな口に運ぶ。
「このわざとらしいシロップ味! まさにかき氷です!」
久しぶりに食べたかき氷は、何故かとても美味しく感じた。
しかし、別に食レポをしているわけではない。
独り言を呟くのも飽きたので、途中から無言でスプーンを動かして小さな口に運んでいた。
すると賑やかな集団が、大通りをこちらに歩いて来ることに気づく。
けれど、たまたま進路上に私が居るだけだし、わざわざ関わる気もない。
我関せずを貫いてベンチに座ったままかき氷を消化し、黙って通り過ぎるのを待つことにする。
しかし彼らは私を見つけると、急遽進路変更して近づいてきた。
そして何かの取材をしているのかテレビカメラや各関係者が見えてしまい、表情は変わらないが心の中が若干曇る。
「こんにちは。お嬢ちゃん」
そんな私の心境はともかく、女性アナウンサーは良い笑顔を浮かべている。
最初は保護者がいないか探していたが、見つからないのでマイクを持って話しかけ、マニュアル通りの説明を行う。
「私はトーキョーテレビの安坂聖子よ。
今は影山市の魅力を全国に伝えるための、生放送中なの」
テレビ局のスタッフも興味津々という雰囲気であり、私にテレビカメラを向けている。
彼女の言うことが間違っていないことを身をもって知りつつ、見物人も大勢集まっていた。
無理やり映り込むような真似はしないが、完全に囲まれていて逃げ場なしである。
「少しだけお話させてもらっても、いいかな?」
島風に周囲の分析をさせると、どうやら街角情報局という番組を放送しているようだ。
その途中で幼女エルフのコスプレイヤーを見つけて、興味を惹かれたのと盛り上がって視聴率を稼げるという理由で、インタビューを敢行したらしい。
(ふむ、宇宙人だとはバレてないね)
地球人として扱われていることに、心の中で安堵の息を吐く。
しかし、この後にどう答えたものかと少しだけ考えた。
「ええ、構いませんよ」
生放送をしているのは、地球のテレビだけではない。
断ることもできるが国民が私に抱いているイメージは真逆で、退かぬ。媚びぬ。省みぬ。女王に逃走はないのだ。
たとえ逃げるとしても戦略的撤退で、必ず反撃に転じて完膚なきまでに叩き潰す。
それが千年以上もノゾミ女王国を治めている私なのだと、これまでの歴史が証明していた。
だからこそインタビューも女王らしく堂々と受けて、アナウンサーからマイクを向けられても全く緊張もせずに、いつも通りに微笑んで見せる。
「ありがとう。じゃあ、いくつか質問させてもらうね」
なお単刀直入に言えば考えなしの脳筋で行き当たりばったりだが、国民はそんな私を慕ってくれているので別にいいのだ。
とにかく今はインタビューを受けることは重要で、失敗したらその時はその時に考えれば良いやと割り切る。
こちらの準備ができたことを感じ取ったのか、女子アナが質問タイムに入った。
「お名前は?」
「ノゾミです」
転生してからはノゾミとして千年以上も生きてきたし、今は仮装してエルフを演じている幼女である。
このまま地球人にとっては嘘でも、私にとっては事実を貫き通してやるのだ。
「ノゾミちゃんは何歳?
何処から来たの?」
カメラの前に出た時点で住所特定は避けられないが、私は地球人ではないし答えても問題はなかった。
「少し前に千歳の誕生日を迎えました。
そして、住所はミズガルズ星です」
今の発言を聞いた周りの人たちは、自然とほんわかした雰囲気になる。
あまりにも飛躍しすぎて現実味が湧かないのもあり、完全にエルフのコスプレをしている幼女だと勘違いしていた。
「じゃあ、今は何をしてるのかな?」
「普段は女王の仕事をしていますが、今は観光旅行中です」
私にとっては嘘偽りのない事実であるものの、やはり誰も信じていない。
「エルフの女王様ですか。
とても可愛らしくて、似合っていますね」
「ありがとうございます。
この衣装は世話係に選んでもらって、私も気に入っています」
ノゾミ女王国と地球の美的感覚は、とても似ている。
元々あまり差はなかったのに、私が文化を上書きしてさらに寄せたとも言う。
とにかく世話係も旅に出る前に真剣に選んでくれたし、自分では良くわからないがきっと可愛いのだろうと思った。
「ノゾミちゃん。答えてくれて、ありがとうね」
「こちらこそ、色々話せて楽しかったです」
どうやら質問は終わったようだ。
女子アナはマイクを引いたが、少し困ったような顔をしている。
「ところで今さらだけど、ノゾミちゃんのご両親に挨拶をしたいんだけど。
近くには居ないのかな?」
声をかける前から周りを探していたが、それらしい人物はいなかった。
本当に困っているようなので、私は率直に答える。
「私に両親はいませんよ」
「……あっ、ごめんなさい!」
アナウンサーは何かを察したようだ。
そして話を聞いていた周囲の人たちも戸惑っていた。
しかし、私にとっては千年も前に割り切ったことだ。
悲しくないかと聞かれれば嘘になるけれど、地球ではなくノゾミ女王国に家族ではないが親しい者もちゃんといる。
旅行初日は気落ちしたが、今はもう気にしていない。
「気持ちの整理はついているので、大丈夫ですよ」
そう言って微笑みかけると、アナウンサーの人は少し泣きそうな顔をした。
続いて私の手を取って、大きな声を出した。
「ノゾミちゃん、何かあれば相談に乗るからね!」
「いっ、いえ、それは別に──」
何故か、やけにグイグイ来る。
見た目は幼女なので、無理に強がっていると思われたのかも知れない。
私が困惑していると、どうやら放送終了時間が迫っているようだ。
プロデューサーが次のロケ地に向かうようにと、裏から指示を出す。
そして安坂聖子と名乗った女子アナは、私を心配しながらも局の命令通りに、名残惜しそうにこの場を去っていった。
押しが強い人であったが、別に悪い気はしない。
(私のこと、心配してくれるんだ)
しかも女王としてではなく、ただのノゾミとして心配してくれた。
何とも新鮮な経験に戸惑いつつも、取りあえず食べ終わったかき氷の容器を指定のゴミ箱に捨てる。
そして私は少しだけ嬉しくなり、地球の観光に戻るのだった。